第4章【第7話:影のない子どもたち】
第7話:影のない子どもたち
泣き声が響いた瞬間、鏡迷路の空気が変わった。
冷たく、湿った匂い──まるで地下室の奥に閉じ込められたような、息の詰まる感覚が押し寄せる。
「……今の、聞こえたよな」
ナオの声は震えていた。
しおりは返事をしない。ただ、目を見開いたまま鏡の奥を凝視している。
ガラスの向こうで、小さな手形が増えていった。
一つ、二つ……いや、十を超えて、あちこちの鏡に影が現れていく。
どれも、爪が剥がれかけた小さな手。
しかも、どの影にも──足元に影がなかった。
コツ、コツ……と音が響く。
鏡の中の「子どもたち」が、ナオたちと同じ歩調で近づいてくる。
だが、現実の空間には何もいない。
鏡の中だけで迫ってくるのだ。
しおりが震える声で呟く。
「……あの時、火事で逃げられなかった子……目を……取られた子たち」
その言葉に合わせるように、鏡の中の子どもたちが顔を上げた。
空洞のように真っ黒な目の穴が、ぽっかりと空いている。
その穴から、じわじわと黒い液体が垂れ、鏡の床に広がっていく。
ナオの耳元で、声が囁いた。
『見つけた……やっと……』
振り向いた瞬間、背後の鏡に自分が映っていた。
しかし、その映像は一呼吸遅れて動く。
しかも──鏡の中のナオの足元には、影がなかった。
「やめろ……やめろ……!」
叫んでも、影はじわりと薄くなっていく。
まるで、鏡の中へ吸い込まれていくように。
と、その時──しおりの肩を、冷たい小さな手が掴んだ。
それは鏡から伸びた手だった。
しおりは反射的に叫び、ナオの腕を掴む。
「ナオさん!ここから出ないと……!」
駆け出す二人の足元に、何かが絡みつく感触があった。
下を見ると、それは影だった。
二人の影が勝手に動き、足を引っ張っていたのだ。
耳元で、子どもの笑い声が響く。
その声は、少しずつ遠ざかっていく……はずだった。
しかし、出口を抜けた瞬間──
光が全て消え、視界は闇一色に沈んだ。
そして、ナオの影だけが──完全に消えていた。




