私、校内バカップル誕生の瞬間に遭遇!!!!と思いきや(あれ…??
「はあ……みんな、絶対に私のこと、心の中で笑ってたよね……」
昼休憩の中庭。
人気のない教員用喫煙スペースの長いすに寝転がりながら、私は虚空を見つめてため息を吐き出した。
入学してまだわずか2週間。
「それっぽい」雰囲気でなんとか滑り込んだカースト上位の女子グループの中で、私は早くも、目に見えない強烈な「浮き」を感じていたのだ。
会話のテンポが、私の脳内処理速度を遥かに超えている。
流行りのコスメや、他校の男子の噂話が飛び交う中、私はただ「へぇー! すごいね!」「あ、それ知ってるー!」と、引きつった笑顔で相槌を打つことしかできない。実に哀れである。
その場にいるだけで、体中の水分が蒸発していくような居心地の悪さを感じ、ついに耐えきれなくなって「あ、ちょっとお手洗い行ってくるね!」と、脱獄を図る囚人よろしく教室から逃亡してきたのだ。
今頃教室では「あかねちゃん、遅くない?」「っていうか、あの子ちょっとテンションついていけてないよねー」なんてヒソヒソ噂されているかもしれない。
そう考えるだけで、胃のあたりがキューッと雑巾を絞るように痛む。
「はぁ…」
自然とため息が出てくる。
陰キャには、大きく分けて2つの種類が存在する。
一つは、自分の好きな世界(アニメ、ゲーム、読書など)に完全に没頭し、他人の目なんて端から気にしていない「自己完結型」の強い陰キャ。
そしてもう一つは、他人の言動すべてが自分に向けられているのではないかと怯える「自意識過剰型」の弱い陰キャ。
前者の強靭なメンタルが心底羨ましい。私は間違いなく、後者の極致に位置するスライム種族だ。
廊下で誰かがクスクス笑っていれば「え、私の歩き方おかしい? スカートの後ろ捲れてる?」とパニックになり、教室の隅でひそひそ話が聞こえれば「私の悪口を言っているに違いない」と勝手に被害妄想を膨らませる。
全員、敵。
それが、生まれてこの方16年間、陰キャという名の暗い沼地を生き抜いてきた私の、唯一にして絶対の防衛モットーなのだ。
「かかってこい! 全員私の脳内スケールでめった刺しにしてやるぞー!!!」
……あ、嘘です。ごめんなさい、石を投げないでください。陰の隅っこで静かにカビのように生きてますから。
とまあ、だからこそ、日常生活のあらゆる些細な場面で、脳内会議が24時間体制でフル稼働してしまうわけなんです(泣)
「さっきの発言、ちょっと空気冷やしちゃったかな……」
「相槌のタイミング、ちょっと遅かったよね、変な顔されてたし……」
そんな、終わりのない反省会が頭の中で繰り広げられる。
でも、この中庭の裏手にいる間だけは、その重苦しい思考の呪縛から解放される。
入学して2週間。自力で見つけ出した、この学校で唯一のお気に入りスポット。
ここに身を置いていると、お日様はあんなに大きくて、世界はこんなに広いのに、私はなんてちっぽけな砂粒みたいなことで悩んでいるんだろう、と思えてくるから、自然とは不思議なものだ。
「あー、今日も平和だな。お天道様、いつもこんな日陰者に光を分けてくださり、本当にありがとうございますぅ……」
神聖な太陽に向かって、おべっかを使うように手を合わせ、目を細めていた、まさにその矢先だった。
「――ボクと付き合ってくれ」
静寂を切り裂くように、すぐ近くから、低くて少し緊張した男の人の声が響いてきた。
ん……?
こ、こここ、告白ぅぅぅーーー!?
いや、確かにこの場所は、校舎の死角になっていて人通りが皆無だから、人目を避けて真剣な愛を告白するには、これ以上ないうってつけのロケーションではあるけれど。
よりによって私の唯一の平穏な聖域を、こんなピンク色の甘ったるいイベントで汚しやがって……!
くそぅ、けしからん! 実にけしからんぞ!
誰だ、私の昼寝を邪魔する不届き者は! 姿を現せ、私の脳内鉄拳でぶん殴ってやるー!!!!
私は気配を殺し、忍者のようにすっと長いすから立ち上がると、喫煙スペースを囲む板塀の隙間から、声のする方へと視線を向けた。
隙間から見える位置には、一人の男子生徒が背中を向けて立っている。
その背丈はスラリと高く、肩幅もがっしりとしていて、制服の着こなしからしてただ者ではない。
あの特徴的なツーブロックの髪型、そして少し日に焼けた引き締まった横顔。
あ、あれは……確か、3年生のバスケ部の先輩だ!
名前は……確か、一ノ瀬先輩、だったっけ。
イケメンで、スポーツ万能で、試合では常に大活躍。女子生徒からの人気は凄まじく、バレンタインには下駄箱がチョコでパンクするという都市伝説を持つ、校内カーストの神殿の頂点に座るお方である。
(※すべて、私が女子トイレの個室に閉じこもっている時に聞こえてきた噂話による情報である)
出たよ、本物の、生粋の「超一等陽キャ」だ!
眩しい、まぶしすぎる! 網膜が直接焼かれるレベルの発光体である。
ダメだ、ぶん殴るなんてとんでもない。むしろ、彼が放つ陽キャ特有の「オラオラ青春オーラ」の余波を浴びただけで、私の貧弱な骨髄は一瞬でドロドロに溶かされて、中庭の土の肥やしにされてしまう。
そんな雲の上の存在が、今まさに、ここで告白しているのだ。
となると、その告白の相手である女の子の方も、きっと学年で一番可愛いと言われるような、一軍カーストのトップオブトップに君臨し、放課後は毎日タピオカを飲みながらストリートスナップを撮られているような、そんな美少女に違いない。
「ごめんなさい。今は、そういうの興味なくって……」
涼やかに響くその声に、私は思わず息を呑んだ。
さ、桜凪さんっ……!?
この、澄み切った高原のせせらぎのように透き通っているのに、どこか他者を寄せ付けない、氷壁のように冷たい声。
カースト上位の三大美少女に属する一人、桜凪由奈さんに間違いなかった。
ってことは告白相手は桜凪さん!???
これは学校の大スクープなんじゃないか…?
私はさらに身を乗り出し、息を殺して2人の様子を観察する。
「僕たち家族みたいなものじゃないか」
「ごめんなさい、無理です」
先輩の食い下がりを、桜凪さんは一瞬の猶予も与えず、切れ味の鋭い日本刀のようにスパッと一刀両断した。
隙間から見える彼女は、特徴的な常盤色の美しい髪を揺らし、髪にはトレードマークであるサクラの花飾りをつけている。
緑色の髪に、かわいい髪飾り。やっぱり本物の桜凪さんだ。
それにしても、バスケ部のスター先輩に対して、ここまで一ミリの容赦もなく冷徹に振る舞える女子高生が、この世に存在するのだろうか。
そして先輩の方も、普段モテすぎて断られ慣れていないせいか、執念深く食い下がっている。非常にしつこい。実に往生際が悪いぞ、先輩。
……というか、ちょっと待って。
私、今、とんでもない状況に陥ってない?
これ、完全に「校内最大のビッグカップル不成立の瞬間」を至近距離で盗み聞きしている状態だよね?
もし、ここで私の存在がバレたらどうなる?
フラれてプライドをズタズタに引き裂かれたバスケ部の先輩は、その事実を抹消するために、私をバスケットボール代わりにドリブルしながら「次はお前がリングに沈む番だ!」とか言って、校庭の隅に埋めるかもしれない。
そして桜凪さんの方も、自分のプライベートな現場を覗き見されたとなれば、その冷徹な瞳で私を一瞥し、私の家族全員に対して、呪いの書状を送りつけてくるに違いない。
うぅ……。
これこそが、人生における究極の板挟み状態というやつか。
胃のキリキリがさらに加速し、もはや胃酸で自分の胃壁が溶けていくのがリアルに感じられる。
私とけちゃうよー。
一刻も早く風のように、あるいは煙のようにこの場から立ち去りたい。
というか、そもそも何なんだ。
クラスで居場所がなくて、静寂を求めてここに来たのに、逃げ延びた先でさらに最悪の命の危機に瀕するなんて。
おいおいお前の人生どんだけ居場所がないんだよ、あかね。
神様、デバッグ作業を怠っていませんか。
もはや自分の薄幸な運命を憐れむことしかできない私は、せめて足音だけでも立てないように、抜き足差し足で、じりじりと後退を始めようとした――その瞬間だった。
ペキッ。
「!!?」
乾燥した小枝を踏みつけた、とても小さく、しかし静まり返った空気の中ではあまりにも致命的な音が、中庭に響き渡った。
「「……」」
時が、止まった。
ゆっくりと、本当にスローモーションのように、二つの真っ黒な、そして深淵のように暗い瞳が、板塀の隙間へと向けられた。
鋭い眼光が、私の額のあたりを正確にハチの巣にする。
「あ……」
私は慌てて、日光東照宮の三猿の「言わざる」のように、両手で自分の口を塞いだが、完全に後の祭りだった。
「ご先祖様のお猿さんは、本当に偉大だったんだな……」などと、目の前の現実から必死に意識を逸らそうとするが、私の脳細胞は、無惨にも目の前の修羅場寸前の地獄みたいな状況を視覚情報として無理やりぶち込んできやがった。おのれ、あかねbrain許さない。
(え……今、コンマ2秒くらい、確実に目が合ったよね!?)
あー、終わった。
私の、短い高校生活。いや、16年の短い生涯そのものが、今ここで静かに幕を閉じたのだ。
お母さん、今まで育ててくれてありがとう。今日のお弁当の卵焼き、とっても美味しかったです。
あと、いつも部活帰りの靴下を裏返しのまま洗濯機に放り込んで、本当にごめんなさい。途中から、洗われた靴下がそのまま裏返しの状態でタンスに戻ってきているのを見て、「あ、お母さんも表に返すの面倒くさくなっちゃったんだな」って察していました。来世では、ちゃんと靴下を揃えてから洗濯カゴに入れる、立派な人間に生まれ変わりますから……!
隙間から覗く桜凪さんの瞳は、まるで獲物の値定めをする肉食獣のように、じっとりと、そして執拗に私を舐め回していた。
私のメンタルは、すでにスプーンでぐちゃぐちゃにかき混ぜられたお豆腐さんのように、原形を留めないほどに崩壊している。おわった。
私を見つめたって、何も面白いものなんて出てきませんよ! 貧弱な内臓と、少しの脂肪が詰まっているだけですから!おいしくないよ!!!
「伏見さん。ちょっと、こちらに来てもらっても構わないかしら?」
静寂を破ったのは、桜凪さんの、あまりにも落ち着いたトーンの声だった。
「あっ、はい……」
超・展・開。
それは、小学校の学芸会で「森の木の枝C」としてただ突っ立っていた私に、演出家の気まぐれで、突如として主役用のピンポイント・スポットライトがギガワット級の光量で照射されたような、恐ろしくて、そして奇妙な感覚だった。
大嵐の海を進む巨大な空母の前に立たされた、今にも沈没しそうな一艘の段ボール製の小舟のように、桜凪さんの前では、私――伏見あかねは、無力以外の何物でもなかった。
とりあえず、近所の頑固おやじに捕まった借りてきた猫のように、背中を丸めて小さくなり、余計な波風を立てないように、彼女の元へとトボトボと歩を進める。
道中、すれ違った一ノ瀬先輩から、親の仇を見るような凄まじい視線で睨まれたような気がしたが、もはやどうでもよかった。あと、フローラルな良い匂いがしたよ。ぐへへへw
どのみち、私は近い将来、彼の豪速球ドリブルによってバスケットボールの一部に改造される運命なのだ。今更一瞥されたところで、私の死亡フラグが一本増えるかどうかの違いに過ぎない。
桜凪さんの隣、わずか数十センチの距離に立って、体感時間はすでに数十分。
張り詰めた沈黙の中、彼女は突如として、私の制服の腕に、自分の細くて柔らかな腕をぎゅっと絡めてきた。
そして、目の前で唖然としている先輩に向かって、とんでもない爆弾発言を平然と放ったのだ。
「私、この子と付き合ってるの。だからあなたとは付き合えないわ」
ハイハイ、ソーデスネー、ワタシタチハアイシアウ恋人同士デ……。
は……?




