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詰みor詰み!

あー、シンプルに詰んだわ。


脳内で私は心の中で静かに悟りを開きかけていた。

やっぱり、私みたいな筋金入りの陰キャに「陽キャの華々しい学園生活」なんて、一ミリも!これっぽっちも!!!なれっこなかったのだ。


「あ、あのっ……!」


水揚げされて陸に打ち上げられ、じりじりと灼熱の太陽に焼かれながらぺちぺちと断末魔のようなジャンプを繰り返す魚みたいな勢いで、私は椅子から立ち上がる。ガタガタッと無駄に大きな音が教室の後方に響き渡った。


「なぁーに?」

「どうかしたの……?」


その瞬間、私の視界に収まっていた、クラスのカースト最上位に君臨する2人の美少女たちが、一斉にこちらを振り返った。


その表情は、一様に「怪訝」の二文字で埋め尽くされている。いや、正確には「え、なにこの生き物? 急に動いたんだけど」的な、変なものを見る目つきだった。

きっと彼女たちから見れば、今の私は『HP残高がわずか1』、はじまりの街で出会うような敵の最弱スライムが吐き出す微弱な粘液をかすっただけでも即ゲームオーバーな、青白い顔をしたゾンビか何かに映っているのだろう。


目はバッキバキに充血し、頭の中はぐわんぐわんと激しくメリーゴーランド中。足元はまるで生まれたての小鹿のごとくふらふらだ。


「おい見ろよ、あの席の伏見ってやつ、やばくね?(笑)」なんて陰口がクラスのLINEグループ(もちろん私は招待されていない←私かわいそう)で回った日には、私は間違いなく明日から再び不登校の殻に閉じこもる自信がある。それくらいには、今の私は精神錯乱状態の極みに達していたのである…。


うぅ、胃が、胃がキリキリと音を立てて悲鳴を上げている。


向けられた2対(×2)の美しい瞳から放たれる視線が、精神的な角ばりを帯びた矢となって私の貧弱な胸部をグサグサと貫いていく。視線が怖い。皆が怖い。帰りたいよーーー泣


「ご、ごめんなさいぃぃ!!」


喉の奥から絞り出した、悲鳴に近い謝罪の言葉を教室に残し、私は弾かれたように走り出した。


昼休憩の廊下は、学食を目指して早歩きする生徒や、購買の焼きそばパンを求めてしのぎを削る猛者たちでごった返しているが、もはやまばらに見える。


すれ違う見知らぬ同級生たちに「え、あの走ってるやつ何? 漏れそうなの?」と思われようが、いまはそんなことどうでもよかった。今の私は完全なるやけくそモードである。


オアシスを…!オデに救済のオアシスを!!

そうして脇目も振らずに廊下を爆走し、目指すは校舎の奥深く、ジャングルみたく緑が生い茂る中庭だ。


4月も半ばを過ぎ、ぽかぽかと暖かい太陽の光が冷え切って満身創痍になった私の全身にじわぁっと染み渡っていく。


「はあ……こーゆーのでいいんだよ、こーゆーので……」


ゼェゼェと肩で息をしながら、中庭のさらに裏手、普段は人影のまったくない安楽の地へと滑り込む。


そこは、かつて教員用の喫煙スペースだった場所だ。


現在は敷地内全域が完全禁煙となったため、ただの「過去の遺物」として残されている。幸いにも取り壊されることもなく、プラスチック製の少し色褪せた長いす付きのテーブルがひっそりと佇んでいた。


一人で占有するには少し贅沢すぎる、数少ない私の聖域。


べ、べつに私が隠れてタバコを吸いに来たわけじゃないよ! 法律的にもアウトだし、肺活量万年最下位の私が吸ったら一呼吸で気絶する自信がある。


ここは少し寂れているものの、生徒の間ではその存在すらほとんど知られておらず、まさに陰キャにとってこれ以上ない穴場スポットなのだ。


「ひとり、さいこぉー……!」


ふぅ、と長いすに背中を預け、青空を見上げる。


やっぱり、ぼっち・コミュ障・根暗という、陰キャ界の三重奏を生まれながらにコンプリートしてしまった私には、生粋の陽キャたちが繰り広げるキラキラした高校生活なんて無理だったのだ。


それを嫌というほど痛感させられた、入学から怒涛の2か月。


「高校デビュー」という、人生最大とも言える劇的な環境の変化を全身に浴びたところで、人間の根っこにこびりついたドブ泥のような本質は、そう簡単に変わりはしないのだ。


それはまるで、初期装備で貰える「ぬののふく」と「もくせいのこんぼう」しか持たないレベル1の勇者が、いきなりラスボスの魔王城にテレポートさせられたようなもの。


無謀。

ただその一言に尽きる。


結局、そんな無謀な挑戦に敗れ去り、夜な夜なベッドの中で「どうして私はちゃんとできないの……」と自分を責め枕を涙で濡らす日々を繰り返すだけだった。




そもそも私——伏見(ふしみ)あかねは、華々しいスタートダッシュに完全失敗した高校一年生である。


中学時代の私は、いかにして目立たず、いかにして気配を消すかに命を懸けていた。


話しかけられたら「あっ、はい」「あのぉー……」という消え入るような声での二大セリフに加えて首の上下運動とかいう人類の3大叡智(と私が勝手に呼んでいる)だけを武器に、学校という名の過酷な”戦場”に毎日出向いていたわけだが。


当然、そんな綱渡りの生活に、すぐ限界が訪れた。

別に一匹狼のクールな一匹狼キャラを気取りたかったわけでもないし、周りから「あの子は孤高の存在だから……」とおひとり様扱いされたかったわけでもない。

ただ、普通に友達を作って、普通に笑い合いたかった。


だというのに、世界は容赦なく残酷だ。


私は中学入学からわずか3日で完全に孤立し、絵に描いたような「ぼっちロード」をまっしぐらに突き進むことになったのだから。


そんな、暗闇の底で膝を抱えていた私に、中学1年の秋、救いの手を差し伸べてくれたグループがあった。

当時の私には、彼女たちの差し伸べてくれた白くて綺麗な手が、まるで暗闇を照らす救世主の光のように、本当に眩しく見えたのだ。


ようやく私にも春が来たんだ。そう歓喜した私は、中学校生活が半年を過ぎる頃には、彼女たちの輪に加えてもらい、4人グループの一員として居場所を確保していた。


———だが。


いま思えば、それが悪夢の始まりだったのかもしれない。

彼女たちの機嫌を損ねないために、休み時間になれば「あかね、購買で炭酸ジュース買ってきて」「学食の限定プリン、並んで取ってきてよ」という言葉に従い、自分の財布から金を出し、パシリ同然の役割をこなした。


宿題の提出期限が迫れば、徹夜で書き上げた私のノートを差し出し、「答え丸写しさせてー」という彼女たちに差し出す。


正直、心の奥底では「これっておかしくないかな……」という嫌な予感が渦巻いていた。


けれど、ノートを返してもらう時、あるいはジュースを渡した時、3人が私に「ありがとう、あかねちゃん! 本当に助かるー!」って、満面の笑みで言ってくれるたびに、私は自分の胸の痛みに蓋をした。


「きっと、これでよかったんだ」「みんなの役に立てているなら……私、このグループに居ていいんだ」って、そうやって無理やり自分を納得させていた。


あの時の私は「うまくやれている」と、本気で。正真正銘の本気で信じ込んでいたのだ。


———そのハリボテの虚像が音も立てずに木っ端微塵に崩れ去ったのは、1個上の先輩たちが高校受験を控えた冬の日の夜、スマホの画面に表示された一件のメッセージだった。


『てかさ、あの奴隷、最近オンボロ雑巾みたいじゃね? ウケるんだけどwww』


グループLINEのトーク画面に投下されたその一文。


———メッセージの送信が取り消されました。


送る場所を間違ったのか、それはすぐ消されたけど。

画面を見た瞬間、指先が急速に冷たくなっていくのがわかった。

それが誰のことを指しているのか、考えるまでもなかったから。

心臓が警報のように激しく脈打ち、冷や汗が背中を伝う。

と同時に、これまで彼女たちが私に向けてくれた、数々の「温かい言葉」が、歪んだ電子音となって脳内で呪いのように、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も再生される。


「あかねちゃん、ジュース買ってきてー」

「代わりに食堂で買ってきてくんね? 並ぶのダルいし」

「あかねちゃん、本当にありがとう!」

「あ、ごめん、お金今ないから、また今度返すね(笑)」

「あかねちゃん」

「おい、あかね――」

「お前さ――」


あれ……?

そう言えば、3年間の会話の中で、彼女たち3人の誰かが、私の目を見て話してくれたことって、一度でもあったっけ……?

いつも彼女たちの視線は、スマホの画面か、あるいは私の背後にある「別の何か」を捉えていたような気がする。

私はただの、都合の良い便利グッズ。

ボタンを押せばジュースが出てきて、宿題を代わりにやってくれる、人型のインターフェースに過ぎなかったのだ。


その事実を完全に理解した翌日から、私は学校に行けなくなった。

見事な不登校児の完成である。


ベッドの中で毛布を頭から被りながら、「こんな私が悪いんだよ。私がうまく立ち回れなかったからだ。みんなはただ、私に相応しい『奴隷』っていう立ち位置を優しく用意してくれた、心の広い善い人たちだったんだ……」そうやって、ひたすら自分に刃を向け、部屋に閉じこもる日々。


現実の人間関係から逃避し、一日中スマホの液晶画面をスクロールしては、SNSの他人の幸福そうな日常を見て心を満たそうとする。苦しい。苦しい苦しい。


そんな、中身のすっからかんな生活を繰り返していた、ある日のことだった。


偶然にも、タイムラインにあの3人がお洒落なカフェで遊んでいる写真が流れてきた。

そこには、流行りのパンケーキを前に、普通の女子中学生らしく、顔をくしゃっとさせて心の底から楽しそうに笑う彼女たちの姿があった。


私を散々召使いのように利用し、ポイ捨てしたあの人たちは、今この瞬間も、太陽の光の下で人生を謳歌している。

一方で私は、昼なお薄暗い部屋の隅っこで、埃っぽい毛布にくるまりながら、過ぎ去った過去の恨み言をブツブツと呟いている。


――どうして私は、あんなやつらに、自分のたった一度きりの人生を台無しにされなきゃいけないのだろう?


このまま部屋に閉じこもっていたら、私は一生、外の世界を恐れてビクビクしながら生きることになる。

何も成し遂げず、誰も愛さず、ただ無機質にスマホの液晶画面をタップし続ける無機質なドール。

そんなの、まるで電池で動く生きた人形じゃないか……。

私にとってそれは死んだも同然。


そんな、そんな生活――。


「嫌に決まってるだろうがぁああああああああああああああああ!」


私は、薄暗い部屋の中で、大声を上げて立ち上がった。

心の中で、静かに、だが猛烈な勢いで復讐の炎がパチパチと音を立てて燃え盛るのを感じた。


まだ光は失っていない。

絶望で汚れた手を洗う。

朽ち果てた手は再生を知る。


復讐と言っても、あいつらの家に殴り込みに行くとか、そんなバイオレンスなことじゃない。


最大の復讐は、「私が、あいつらよりも絶対に幸せになって、まばゆいばかりの人生を送ること」だ。


絶対に、可愛くて、優しくて、本当の意味で対等に話せる女の子のグループに入って、放課後はクレープを食べたりカラオケに行ったりして。


背が高くてお洒落で優しいイケメンの彼氏を作って、夜遅くまで電話で恋バナとかしちゃったりして。

これぞアオハル!というお手本のような高校生活を、これでもかと謳歌してやるんだから!


そのためには、まず私の暗黒の中学時代を知る人間を、私の周囲から物理的に排除しなければならない。

選んだのは、学区内でもトップクラスの偏差値を誇る、県立の超進学校。


中学時代の同級生たちは、勉強が大嫌いなギャルやヤンキーばかりだったから、ここを受ければ確実に誰とも被らない。これが絶対条件だった。


もともと私の頭脳は中の下、特別に勉強ができるわけでもなかったが、幸運なことに私の母親は、専業主婦になる前は塾の熱血教師だった。


「お母さん、私、どうしてもあの高校に行きたいの!」と涙ながらに懇願すると、母の目つきがプロのそれに変わった。


それからの数か月は、まさに地獄の特訓。受験直前は、鏡を見るたびに自分の生気が抜けていくのがわかるほど勉強に没頭した。

そして迎えた、合格発表の冬。

掲示板に自分の受験番号を見つけた瞬間、私はその場でボロカスに号泣した。

お母さん、ありがとう。私はついに、中学校(じごく)から脱出したよ。


次に、この貧弱な陰キャ精神を、瞬時に輝かしい陽キャマンのものへと変身させるための擬態計画をスタートさせた。


あいにく、私の周囲には陽キャのサンプルなんて一人も存在しなかった(というか、もし身近にいたら、私はこんなこじれた性格になっていない、と思う)


そこで私は、同じ高校に合格したと思われる、SNS上で活発に発信している「それっぽい」アカウントを数人特定し、ストーカーばりにフォロー。


彼女たちの投稿を、まるで学術論文を読むかのような真剣さで分析した。


どんなブランドの服を着ているのか、前髪の束感はどうやって作っているのか、どんな言葉遣いを使っているのか。


それらをひたすらに理解し、脳内にインプットし、部屋の鏡の前で実践した。


野暮ったい眼鏡をコンタクトに変え、ボサボサだった髪を美容室で震える声で縮毛矯正をかけた。オタク特有の早口な話し方を矯正し、常に猫背気味だった背筋をピンと伸ばす練習を繰り返した。


かくして、涙ぐましい(のだろうか…)努力の末に、私は「高校デビュー」というスタートラインに辿り着いたわけであるが。


やはり、人生という名のゲームは、難易度「ハードモード」に設定されていたことを、私は身をもって知ることになるのだ。

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