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まず最初に言っておこう。
ダリア・バッケンはただの子爵令嬢である。
半月程前の事だった。ダリアは王子がメイドに振られるという、国家機密相当の現場を目撃してしまった。
一時は命の危険さえ感じたが、王宮側の不手際と見做され、口外しない事を条件に念書を記名。ダリアはお咎めなく日常へ戻るーーはずだった。
約束通り口外していないにも関わらず、ダリアは王城へ呼び出され、王子の恋慕の後始末という大役を任されてしまう。
念書のせいで断れないダリアは現実主義の王子の側近、ブレーデン・ハノーヴァーと共に件のメイドの元へ向かい、無事にその任を果たした。
ーーこれでもうお役御免だ。
そう思っていたダリアだったが、この一件で王子であるジョシュアから絶大な信頼を得てしまう。その結果…
「文化も言葉も違う姫と仲良くなるにはどうしたらいいと思う?」
新たな相談を受ける羽目になってしまったのである。
(どうしてこんな事に…)
ダリアはそう思いながら、項垂れそうになるのを我慢する。
なぜならここはいつもの談話室ではなく、王子の執務室。
本や紙、ペンが並べられている机を挟んで、ダリアはジョシュアと向かい合って座っている。ジョシュアは期待に満ちた表情でダリアに言った。
「よろしくお願いします。“先生”」
ジョシュアの言葉に、ダリアは何とか礼を返す事しか出来なかった。
なぜダリアがこの様な状況になったのかというと、一週間前に遡る。ジョシュアから二度目の相談を受けた時の事だ。
婚姻が決まった他国の姫と、どう仲を深めたらいいか。そう聞かれてダリアは困惑していた。
(今度は殿下の婚姻の仲介役…?もうこんなの前回と比にならないくらいの大役じゃない!)
これは念書に書かれていた条件外の案件だ。だが真剣な眼差しをこちらに向けている王子を無碍にするなんて、それこそただの子爵令嬢が出来るわけがない。
ダリアは一度咳払いをした後に言った。
「その、ご相談に先立ちまして…お相手の方とどうしたら仲を深められるのか、僭越ながら殿下の考えを先にお伺いしてもよろしいでしょうか」
いくら何でも丸投げすぎる質問に、ダリアは恐縮しながらもジョシュアに問うた。さすがに何も考えていない訳ではあるまい、とダリアは願う。
ただこの質問は無礼ととられる可能性もあった。
ダリアは内心心配していたが、ジョシュアは難なく質問を受け止め、「俺の考えは…」と答え始めた。
「相手の国の文化と言葉を学ぼうと思ってる…そのままだけど」
自信なさげではあるが、即答で返ってきたことにダリアはほっとした。
「はい、私もそれが一番良いかと思います」
「そうかな…すごく当たり前というか、誰でも思いつく事だと思うけど」
「思いつく事と実践する事はまた別かと。
それに、もしお相手の方が逆にこちらの事を学んできてくれたら、どう思いますか?」
「それは…嬉しいな」
「はい。ですので殿下のお考えに間違いはありません」
「そうか」
ジョシュアが安心した様に微笑む。
人は相談と言いながら、ただ後押しして欲しいだけの事がよくある。
前回の相談では想いを吐露させる事が最善だったが、今回は後押しする事が最善だった様だとダリアは確信した。
「ありがとう。君のおかげで自信がついた」
「滅相もございません」
「じゃあ、ぜひ君の家にお願いしよう」
ジョシュアの言葉にダリアの動きが止まる。
(お願いする?何を?)
困惑して言葉が出なくなったダリアにジョシュアが「ああ、大事な事を言うのを忘れていた」と言った。
「ブレーデンから聞いたんだけど、君の母君はリーズリー国出身だそうだね?」
ジョシュアの口から発された国の名前で、ダリアは嫌な予感がした。
「ええ…そうですが」
「君もリーズリー語を話せるのかい?」
「はい…幼少期から母に教えてもらっていましたので」
「そうか!」
ジョシュアの嬉しそうな表情を見て、ダリアは恐る恐る問うた。
「あの…殿下のお相手の方は…」
「リーズリー国第一王女。エマリエル・ヴァン・ダンジェ殿だ。君も知っているだろう?」
(ちょっと待って…まさかこの流れは)
ダリアはジョシュアの後ろに立っているブレーデンの顔を見た。
ブレーデンが薄く笑っている気がする。ダリアは静かに理解した。
(…やってくれたわね、この策士!)
(私は殿下に、君の母君がリーズリー国出身だと教えただけだ)
そんな二人の静かな攻防が行われている事なんてつゆ知らず、ジョシュアは非常に和やかな顔をしながら言った。
「良かったら、俺にリーズリー語を教えてくれないかな」




