02
ボビーは衣装や音源の調達とともに、作戦課のメイ主任を訪ねた。
「お願いがあるの、主任」
赤坂の『志の川』というお店の『葛葉の間』で音楽を流したいの、びっくりするくらい大きくてクリアで、でも合わせて歌うからあまりバカでかくなくて、しかも音源がすぐに見破られないように。アイディアない?
メイさんはぱっと顔を起こした。「それ、彼がらみ?」
ボビーは親指を立てる。メイさんも、親指を立てた。
同時に、志の川の葛葉の間の庭を挟んだ向かい側、『紅葉の間』が予約され、三人の男が招待状を受け取った。そしてその他の部屋にもすべて、貸切予約が入った。
キサラギは四日間の練習のために、毎日定時で引き上げざるを得なかった。
「女房には残業してる、と思われてますけど」
ブツブツいいながらも、足しげく蒲田のスタジオに通ってきている。
トラノシンは、NPOによく出入りしている元路上生活者のメンバーから一人、カラオケチャンピオンを引き抜いてきてくれた。案を話して聞かせると始めは臆していたものの、財政難の危機を乗り切るためには止むをえまい、というところに落ち着き、練習に通い始めた。回を重ねるごとに、声も出てきて、ノリもかなり良くなってきた。
「みんな、頼んだぞ」
サンライズは真剣な顔で指示を飛ばしている。
「今はそれぞれ服も普通だから声も出てるけど、本番は一発勝負だからな。恥を捨てて、完全に成り切ってくれよ」
三日目、アズマがばったりと倒れ伏した。
「もう無理だ」すごい汗だった。「動けん」
サンライズが怒鳴る。「立て、アズマさん、もう一度最初から」
「出来んものは出来ん」
アズマは顔も起こさずに叫ぶ。「歌はともかく、こんなマネ……」
つかつかと、サンライズが近づく。
アズマのすぐ脇でカセットデッキを抱えていたボビーははっとした。
こんなことならば、ワタシが代わった方がいいのかしら……
サンライズ、アズマの耳元にごく普通の口調で囁いた。
「ヒミツをバラされたくなかったら、やるしかありませんよ所長」
アズマは弾かれたように起き上がった。「よし最初からだ」
「リーダー」ボビーの声は震えている。
「なんて……なんてベタなネゴシエイションなの、アナタそれでもプロ?」
リーダーは肩をすくめて定位置に戻る。
「何とでも言ってください」そしてよく通る声で全体に指示。
「立ち位置確認、明日は現地の状況を実際に再現しながらやるからな」
正面からみて左端からまず、ヨンジュ、トラノシン、サンライズ、アズマ、キサラギ、そしてNPOからの助っ人、コンちゃん。
「立ち位置OK」コンちゃんがキューを出す。「ワンツースリー、はい!」
誰もが、深夜二時までの猛特訓に身も心も捧げていた。目指すはたった一つ。
あの場所で、最高のパフォーマンスを。
メイさんから、連絡が入った。
『例の場所に仕込みOK。明日ボビーにスイッチ渡す』
本番まで、秒読み態勢に入った。