表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/41

ある恋物語の書かれた本のお話。

ぱらり、ぱらり、と。


机の上の本が、風によって1ページ、また1ページとめくられていく。


大きく開いた窓からは、小さな小川と、その向こう、どこまでも、遠く遠く、はるか向こうまで続く平原がみえる。


風は草原を渡り、緑のしずくと香りをはらんでどこまでもさわやかに吹き抜け、そして、大きな窓にかけられた柔らかなカーテンをふわりと揺らした。



窓の前には、小さな机がある。


つややかに磨かれ、柔らかな光沢を放つその机には、インク壺とつけペン、それに本が一冊。


草原を吹き抜けた風は、ふわりとカーテンを揺らし、そして、ぱらりと、机の上の本をめくる。


ぱらり、ぱらり、と。


静かな部屋の中、誰もいない部屋の中、響くのはただ、その音ばかり。


誰も居ない部屋。一冊の本、そして吹きぬける風。


爽やかな緑の香りが、そっと、部屋の中を清めるようにただよい、やがて消えていく。



キィ、と。


部屋の入口に取り付けられた小さな扉が、かすかに軋む音を立てて、開いた。


その扉は、この家がたてられた、ずっとずっと昔から底にある扉で、少しだけ蝶番が軋む音がする。


長い年月を丁寧に磨かれて大事にされた扉は、つやつやと飴色に輝いて、とても美しい。


少しずつ開く扉から、ひとりの人影が、するり、と、部屋の中に入ってきた。


その人影は、少女のようにみえた。


ほっそりとした体と、長い髪を持つ、けれど女性というのはまだ幼いような、そんな様子だった。


彼女は、ゆっくりと窓辺に歩み寄る。


そのたびに、彼女のそのさらりと長い髪は、ゆらりと揺れ、美しい影を作った。


ぱらり、ぱらりと、本のめくれる音と、小さく、こつ、こつと、靴の音があたりに響く。


彼女は、ゆっくりと窓辺に歩み寄ると、それから、小さく微笑んだ。


そして、ぱらり、ぱらりとめくれる本をしばらく楽しそうに眺めたあと、ゆっくりと閉じる。


ぱたん、と、本の綴じる音。


そして、本を両手にもった少女は、そっと、そのページを開く。


そこにたっぷりと描き出された、物語の世界へと旅だつために。


彼女は、ワクワクする心を抑えながら、ゆっくり、ゆっくりと本のページを開く。



――と。


窓から、ふわり、と、再び、草原の香りをはらむ風が、カーテンを揺らしながら部屋へと吹き込んできた。


その風は、さわやかな香りを周囲に広げながら、いたずらにさらりと、彼女の髪を揺らしてゆく。


彼女は、風に誘うわれるように、窓の外をみた。


目の前には、小さな小川。そして、その先に、どこまでもどこまでも広がる、はるかなる草原。


そして、ゆっくりと沈み始める、くれないの、茜色の、太陽の姿。


彼女の唇が、そっと、静かにほころぶ。


しばらく、じっと窓の外を眺めていた彼女は、一度、深く幸せそうなため息をつくと、やがて、机のわきにすえられた椅子へと腰をかけ、窓辺からの明かりを頼りに、ぱらり、ぱらりと本をめくり始める。


日が落ちて、文字が見えなくなる、その時まで。


彼女は、僅かな時間を愛おしむように、ゆっくりと、ぱらり、ぱらりと、ほんのページを捲る。


それはまるで、いまこの、太陽が沈むまでの時間を惜しむかのように、もしくは、まるで、まもなく終わらんとする少女時代を惜しむかのように、ただ、静かに、ぱらり、ぱらりと、本のページをめくってゆく。



――口元には、穏やかな幸せそうな笑みを浮かべて。




本は、ずっと、この家の女の子に手渡されてきたのだという。


そして、また、きっと、この本は彼女の子どもへと、受け渡されるのだろう。



――ある恋物語の書かれた本のお話。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ