第20話「誰かに助けてほしかった」
判決が出るまで、
長い時間がかかった。
法廷では、
十五年前の事件も語られた。
俺が受けたいじめ。
美咲への被害。
学校の対応。
藤堂正臣による隠蔽。
俺の十五年間。
すべて。
でも。
それは、
俺が人を殺したことを消してはくれなかった。
当然だった。
俺自身も、
消してほしいとは思わなかった。
正臣の命は戻らない。
俺は刑務所へ入った。
最初の一年。
美咲は来なかった。
母さんは三回来た。
一回目。
二人とも泣いて、
ほとんど話せなかった。
二回目。
母さんが言った。
「ちゃんと食べてる?」
俺は笑った。
こんな場所でも、
母親はそんなことを聞く。
三回目。
「美咲、結婚するって」
時間が止まった。
「……そう」
「いい人よ」
「会った?」
「うん」
「幸せそう?」
母さんは笑った。
「幸せそう」
俺は泣いた。
嬉しかった。
本当に。
自分でも驚くほど。
「式は?」
「小さくやるって」
「俺のことは?」
母さんは黙った。
「言わなくていい」
俺は言った。
「相手に、俺のこと」
「美咲は全部話してる」
「……そう」
「それでも一緒にいるって」
俺は俯いた。
「良かった」
それだけ言った。
藤堂翔太は、
十五年前の件について公に謝罪した。
久我。
石田。
村瀬も、
それぞれ証言した。
法的にどこまで責任を問えるかは、
当時の年齢や時間の経過で簡単ではなかった。
それでも学校は、
過去の対応に重大な問題があったことを認めた。
佐伯も証言した。
俺が望んでいたはずの真実が、
少しずつ表に出た。
俺が正臣を殺さなくても。
いや。
殺さなければ。
同じように進んだのかもしれない。
そう考える夜が一番苦しかった。
刑務所に入って三年目。
面会通知。
名前。
三上美咲。
文字を見た瞬間、
呼吸が止まった。
面会室。
ガラスの向こう。
美咲が座った。
髪が少し短くなっていた。
指輪。
本当に結婚したんだ。
俺は椅子に座った。
何から話せばいいか分からない。
「久しぶり」
美咲が言った。
「……うん」
「痩せたね」
「美咲は変わらない」
「老けたよ」
少し笑った。
俺も笑った。
何年ぶりだろう。
妹と二人で笑った。
それだけで、
涙が出そうになった。
「ごめん」
最初に俺が言った。
「何が?」
「全部」
美咲は黙る。
「お前のためって言いながら」
声が震える。
「結局、自分のためだった」
美咲の目に涙。
「分かってた」
「うん」
「ずっと分かってたよ」
「俺さ」
言葉が止まる。
「正臣を殺したとき」
「……」
「何か戻ると思った」
美咲は静かに聞いている。
「笑えるようになるとか」
「……」
「夢見なくなるとか」
「……」
「十五年前の俺に戻れるとか」
俺は首を振った。
「何も戻らなかった」
美咲が言った。
「当たり前だよ」
優しい声だった。
俺は笑った。
「そうだな」
「でも」
美咲が続ける。
「戻らなくていいんじゃない?」
俺は顔を上げた。
「十五年前に戻る必要ないよ」
「……」
「今からでいいじゃん」
「ここだぞ」
周囲を見る。
「刑務所」
「うん」
「何年も出られない」
「うん」
「今からって」
美咲は少し笑った。
「生きてるじゃん」
その一言。
胸の奥に入った。
「お兄ちゃん」
「何?」
「私ね」
美咲はゆっくり言った。
「あの日、お兄ちゃんが助けに来てくれたこと」
俺は黙った。
「ちゃんと覚えてるよ」
「……」
「何回も『ごめん』って言ってた」
俺の目から涙が落ちた。
「でもね」
美咲も泣いた。
「私、本当は嬉しかった」
「何が?」
「お兄ちゃんが来たこと」
息ができない。
「私、ずっと思ってた」
美咲が笑った。
「あの日、誰も助けてくれなかったわけじゃないよ」
俺は泣いた。
子供みたいに。
「お兄ちゃん来てくれたじゃん」
十五年間。
俺は守れなかったと思っていた。
間に合わなかった。
失敗した。
兄として最低だった。
そう思っていた。
でも。
美咲にとっては違った。
俺は――
助けに来た人間だった。
「ごめん」
また言った。
美咲が笑う。
「それもういい」
「でも」
「もういいよ」
面会終了の時間。
美咲が立つ。
「また来る」
「いいよ」
「来る」
「幸せに暮らせよ」
「お兄ちゃんもね」
「ここで?」
「ここから」
美咲は行った。
俺はしばらく椅子から立てなかった。
その夜。
独房。
眠れなかった。
でも。
十五年前の夢は見なかった。
俺はようやく分かった。
復讐がしたかったんじゃない。
本当は、
十四歳のあの日。
誰かに言ってほしかった。
もう大丈夫。
お前は悪くない。
よく耐えた。
ここからは大人が助ける。
それだけだった。
誰も言ってくれなかった。
だから俺は十五年間、
自分で自分を助けようとして、
間違えた。
人を傷つけた。
人を殺した。
そして。
自分まで壊した。
罪は消えない。
許されるとも思っていない。
でも。
それでも生きる。
それが、
俺に残された罰であり、
たぶん――
最後の責任なのだと思う。
窓の外が少し明るくなる。
朝。
俺は目を閉じる。
美咲の言葉を思い出す。
『生きてるじゃん』
そうだ。
まだ生きている。
十五年前には戻れない。
戻らなくていい。
俺はこれから、
一日ずつ、
十五年前から離れていく。
あの日。
誰も助けてくれなかったと、
ずっと思っていた。
でも本当は――
一人だけいた。
震えながら、
泣きながら、
何もできないと思いながら、
それでも妹を迎えに行った、
十四歳の俺自身だった。
だから今度は。
俺があいつを助ける。
十五年前の俺を。
ここから。
何年かかっても。
生きながら。
――完―
全20話 完結




