47話 悪役の思考回路
日記に掛けた鍵の暗証番号は結局開錠出来ず仕舞いに終わり、落胆するフィービーに落ち込むなと言わんばかりにベンが頭をスカートに擦り付ける。慰めてくれているのだと感じ、大きくてフワフワな頭を撫でながら足下にいる赤ちゃん犬に目をやった。
「生後半年くらいですか?」
「まだ三ヵ月程度です」
超大型犬の赤ちゃんとあって普通の赤ちゃん犬より大きいのは知っていたが、まだ生後三ヵ月とは見えない。きゅんきゅん鳴く赤ちゃん犬の内、一匹がアルドルの足下に来た。両手で抱き上げた時の重みに吃驚していた。
「こういう動物って城ではお目に掛かれなくて、自分で触る体験というのをあまりしたことがない」
大教会ではフィデスが友人のペットを預かる回数が多い為、動物と触れ合える機会はあれど、リーンハルトが大の動物嫌いなせいで皇宮での動物の飼育は厳禁とされている。
「陛下は動物がお嫌いだったんですね」
「小さい頃、猫や犬に威嚇されてそれ以来駄目になったって大叔父上が言っていた。どうせ、自分からちょっかい掛けて嫌われたんだろう」
元々は好きだったようだが、アルドルの言う通りな目に遭って以来大嫌いになったのだとか。
「陛下は自分が他人に嫌われる、なんてことは起きないと平気で信じてる目出度い頭の持ち主なんだ。対象が動物になっても変わらない」
「そう……なのですか?」
「そうそう」
生まれながらに特別で国中が待ち望んだ待望の皇子。人間は兎も角、動物に無条件で愛される人はいない。いたとしてもかなり特殊な体質の持ち主といっていい。
腕の中でぐっすりと寝てしまった赤ちゃん犬を呆れつつも愛らしいと見つめるアルドルの黄金の瞳は、見たことがないくらい穏やかな色を宿していて。動物には人の心を癒す効果がある、と昔エイヴァに教えられたがその通りだと実際目にして知った。
「フィービー嬢」
膝を床につけてじゃれてくる二匹の赤ちゃん犬の相手をしていたクリストファーに不意に呼ばれた。
「今後、ウェリタース家に戻る気は?」
「考えていません」
エイヴァやジゼル、ハンナやダイソンに会いたい気持ちはある。安易な気持ちで家出を決行したではないのなら、易々と帝都に戻る訳にはいかない。即答したフィービーの意思は固い。
「そうか」と呟くと赤ちゃん犬二匹をベンの側に置き、立ち上がったクリストファーが懐から一通の封筒をフィービーに差し出した。上質な用紙で作られた封筒にはローウェル公爵家の家紋が封蝋されていた。
「これは……」
「リングベルクを知っているか?」
「帝国よりずっと南にある海に面した国、ですよね」
観光大国とも知られており、貿易も盛んにおこなわれている国。帝国とも取引があるとは聞く。
「そこに、私の旧知の知り合いがいる。もしも、レティーシャが君の居場所を嗅ぎ付けたらそこに書いてある住所へ行って手紙を見せればいい。必ず君を保護してくれる」
どうしてその様な手を回してくれるのか。フィービーはあくまでクリストファーが愛したダイアナに瓜二つな娘という存在。ただ、それだけの筈。宛名を見たアルドルが「この名前はリングベルクの公爵の名前だな」と零すとより驚きは増した。
「一体、何時からこんな準備を」
「……さっき、フィービー嬢とミゲル様が婚約破棄になったら、私はどうしていたかという答えがそれです」
「これを?」
もしも、フィービーとミゲルが婚約破棄になり、娘のダイアナと婚約を結び直したとしてもレティーシャの憎悪と警戒は決して消えない。婚約破棄のショックに陥るフィービーの為という大義名分を掲げて悪辣極まる相手をゴーランドに勧め無理矢理婚約させていたか、或いは別の方法でフィービーを更なる不幸に陥れようとした。
「ミラージュを使ってフィービー嬢をウェリタース家から出て行くよう仕向けていたでしょう」
「婚約破棄になっていたら、私はきっとお父様の監視下に置かれた筈です。ミラージュと言えど、簡単には接触出来なかったかと」
ミゲルとの婚約が台無しになってほしかったのはゴーランドも同じ。レティーシャとの違いは目的が見えない点。亡きダイアナに容姿だけではなく声もそっくりなフィービーをウェリタース家に留めておきたい、というのが予想。
クリストファーに言ってみると何とも言えない表情をされた。
「おれから一ついいか公爵。陛下の誕生日パーティー以降、叔母上は生家のブルーメール家に力を借りる筈だ。あの叔母上のこと、フィービー嬢がいないならエイヴァ夫人やフィービー嬢の妹を狙うと見ているが実際どうだと思う?」
「殿下の読みは当たっているかと。ただ、すぐに事は起こさないと見ていいでしょうな」
公衆の面前でエイヴァに恥をかかされ、亡きダイアナを侮辱したことでクリストファーの怒りを買って頬を殴られたレティーシャは必ず復讐に動く。誕生日パーティー終了目前ミゲルと話したアルドルは、クリストファーの台詞に疑問を抱いた。
「せっかち極まる叔母上がすぐに動かないなんて」
「レティーシャはそうでも、ブルーメール公爵はそうではありません」
レティーシャがサイモン=ブルーメールに泣き付くのは予想の範囲内。溺愛するレティーシャの頼みならば何でも叶えるのはビアトリスと同じでも、狡猾で残忍な性質が強いのがサイモンだ。
「お義母様とジゼルが狙われるなんて……っ」
「そこはミゲルを信用してやってくれ。叔母上が必ず動くとあいつだってよく分かってる。ヘタレでもミゲルは騎士団を率いるアリアージュ家の後継者だ」
逆に言うとここで少しでも挽回しないとフィービーに会える会えないの話ではなくなるとミゲル自身が最も理解している。
「陛下の誕生日パーティーが終わって間もない頃に、エイヴァ夫人達に何かあれば、当然疑いの矛先はレティーシャに向きます。ある程度の期間を置いて事を起こす確率が高い」
「そ、それは大体どのくらい」
「短く考えて……二、三ヵ月先と見ていいでしょう」
春に向かって徐々に暖かくなる時期ならば、失態の色も薄まり、事件が起きても事故として見られるよう細工をすれば首謀者がレティーシャだと感付く者はいない。
「ブルーメール公爵を止められる人は……」
「一人当て嵌まるとすると大叔父上だな。公爵が叔母上と婚約させられた時、ブルーメール公爵にもカンカンだったとお祖父様が話して下さった」
内容は不明だがブルーメール公爵の弱味を握っているらしく、迂闊な真似に出られない。というのがアルドルの予想。
「あの……ミゲルは大丈夫なんでしょうか」
「大丈夫って?」
「こうなってくると公爵夫人は、ミゲルを無理矢理にでもダイアナ様の婚約者にしようとしませんか」
「無くはない。こうなってくると何をしてくるか幾らでも考えられる。領地で療養していることになっているフィービー嬢を攫う計画とかね」
「わ、私を? しかし、領地にいるからといって場所は……あ」
最後まで言い切る前にゴーランドが内通者の役割をしているかもしれないという点が思い出される。他家の領地だろうと内通者に居場所を聞き出せば良いだけに、フィービーは顔を青褪めさせた。
「普通、こういうのって相手が何を考えているのかが分からないものなんだけど、叔母上の場合は分かりやす過ぎるな」
「とは言え、実際に駒を動かすのはブルーメール公爵。レティーシャはあくまでブルーメール公爵に泣き付くだけ。結果を聞くだけに公爵が徹底させる筈です」
下手にレティーシャが動けば、尻尾を掴まれる危険性があると見ている。レティーシャと違ってサイモン=ブルーメールは慎重に事を動かすタイプだ。




