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40話 懸念と矛先

 



 今夜の夕食は冬の定番クリームシチュー。こんがりと焼かれたパンもある。子供達や平民のスザンナやウォレスと違って、貴族出身者達は皇太子の口にクリームシチューが合うか気が気じゃなかった。作り方はいつも通りと言えど、城で贅沢に慣れ切ったアルドルの口に合うか疑問が強く、懐かれているジェレマイアとベリーの間に座り熱々のシチューが注がれた木のボウルを受け取っていた。



「週に一回はクリームシチューなんだよ。とっても美味しいよ!」

「週に一回? いくら美味しくても飽きないか?」

「そうかな? 此処にいる人達皆大好きだよ」



 好きな食べ物と言えど、頻繁に出されると飽きるのが人間。室内でも耳付きニット帽と黒眼鏡の装着を外さないアルドルに不思議がっていたジェレマイアやベリーだが、すぐに気にしなくなり、早くクリームシチューを食べてほしそうにしていた。

 子供達の期待と貴族出身者達の不安を余所にアルドルは一口食べた。



「おお、中々美味しい」

「でしょう? 美味しいんだよ!」



 緊張した面持ちで見ていたフィービーやダイアナ達は心底ホッとし、自分達も食べようと視線を漸くクリームシチューに変えられた。



「心配し過ぎだ」と全く気にせず食べていたオルドーに呆れられた。

「アルドルには、事前に好き嫌いをするなと言ってある。文句があるなら、自分で調達しろとな」

「だとしても、やっぱり気になりますよ」

「相手が陛下ならまだしも、アルドルはああ見えて平民の作る食事を気に入っている」




 今よりずっと幼いアルドルを先帝の手を借りて平民の街に連れて行き、大衆食堂で食事を摂った際とても気に入っていた旨を聞かされ、意外だとフィービーは目を丸くした。



「オルドー様が殿下を?」

「ぼくがアルドルの遊び相手になっていた旨は話したろう? 城にいたって、ダイアナ=ローウェルばかりを可愛がる陛下が目に入る。それなら、外の世界を見せて気分転換させてやりたかったんだ」

「……」



 息子はアルドル。待望の皇子の誕生は国中が沸き上がった。誰もが愛に満ち足りた生活を送っていると考える。それは実は、妻の姪ばかりを可愛がり、関心を引こうとする息子には最低限も怪しい愛情しか示してこなかった。皇帝と皇太子の関係が険悪なのは有名であり、事実を知っているのは極一部の人間だけだった。



「殿下はオルドー様に助けられたのですね。私と同じです」

「アルドルはともかく、ぼくはフィービーに関しては何もしていないぞ。強いて言うなら、叔父上に頼まれたから引き受けただけだ」

「フィデス司祭に頼まれた以上の気遣いをオルドー様は見せて下さっています」



 深くは踏み込まず、けれどフィービーが困っていると手を差し伸べ、幾つかの選択肢を示す。助けはすれど決めるのはフィービー。フィービーに選ばせ、後悔のないように道を照らす。素っ気なく見えて非常に面倒見が良い人だと割とすぐに解った。アルドルについて聞いていると尚深まった。



「焼いたパンにシチューを付けると更に美味しくなるぜ! やってみてよ御者の兄ちゃん!」

「パンに付ける、か。どれどれ」

「後、サラダで残ったソースなんかにも付けたら美味しいよ」

「へえ」



 左右に座るジェレマイアやベリーの美味しいパンの食べ方は、皇族・貴族ならはしたないと叱責されるもの。今はただの御者に扮しているアルドルは嫌悪せず、どんな風になるのか興味津々といった様子でジェレマイアのお勧めした食べ方でパンを食べた。



「うん。これも美味しい。シチューに浸したパンにチーズを載せて焼けば、グラタン擬きにもなるんじゃないか?」

「美味しそう! 今度やってみる」



 最初の不安は何処へ消えたのか。すっかりと馴染んでいるアルドルに安心した貴族出身者達はこれ以降気にせず食事の手を進めたのだった。


 


 ——四日後。今日はサンディス領へ向けて出発する。向かうのはフィービーとオルドー。アルドルは御者として同行する。一定の距離に昔フィデスが作った小屋が数軒あるとイーサンに教えられ、オルドーは少しホッとしていた。ずっと野宿でも構わないよう念入りに準備したとは言え、冬の野宿は厳しい。馬車に荷物を詰め終えるとフィービーは見送りに来たアズエラに振り向いた。



「行って来るね」

「うん。気を付けてね。一応、イーサンさん曰く吹雪は起きないかもしれないって」

「ありがとう」



 自然の力を侮るなかれとは、この地の言葉。特に冬の時期は、町を離れると雪の脅威に晒され命を落とす者は決して少なくない。余程の事情がない限り、出身者で冬に町を出る人は極端に少ない。

 キャビンに乗り込んだフィービーは、向かいに座ったオルドーを一瞥。馬の手綱を握るのがアルドルなのが未だに不安らしく、難しい顔をしていた。



「まだ不安ですか?」

「ん? ああ、いや、そうじゃない。少し考え事をな」

「?」



 外からアルドルの「フィービー嬢、オルドー様、出発しますよー」と言う掛け声と共に馬車が動いた。

 御者台に座るアルドルが後ろの小窓を開けた。



「叔父上ってば、まだおれの腕を疑ってるのですか」

「そうじゃない。前にも言ったがクリストファー=ローウェルの行き先がどうも気になる」

「公爵の?」



 皇帝の誕生日パーティーの翌朝、領地へ出発したというのが最新の情報。先代夫妻に顔を見せに行くと言っていたクリストファーの言葉通りなら、ローウェル公爵領に行っている筈。



「サンディス領とローウェル領は北と南、全く逆じゃないですか」

「そうなのだが……」

「オルドー様は、公爵が実際はローウェル領に行っていないと思っているのですか?」



 言い切れない言葉を歯痒く感じるオルドーに訊ねれば、確証はないがそんな気がすると返された。態々嘘を吐く理由があるのかと過った直後、レティーシャの顔が浮かんだ。嘘の行き先を周りにも言うことでレティーシャが信頼する方向へ誘ったのではないかと。



「公爵夫人を騙してまで赴く場所って……」

「そこまではぼくにも分からない。アルドルやフィービーの言う通り、ただの杞憂で終われば良いのだが……」



 人の直感というものは何故か侮れず、心配性なだけとは簡単に片づけられない。三日後サンディス領に到着する。その時、何も起こらないことを全員祈った。


 


 帝都、ローウェル公爵邸ではレティーシャが荒れに荒れていた。先代の頃より使える家令マリクは、私室の物を投げては泣き叫ぶレティーシャを遠目で眺めていた。部屋の扉はクリストファーが帝都を発った半月前より開けっ放しにしている。初日からレティーシャはクリストファーが何故領地へ行ったかの説明を受けても納得しなかった。

 領地の問題が起きたなら、妻である自分も連れて行くのが道理だと叫んでいたレティーシャを止めたのはマリクだ。



『失礼ながら……奥様を帝都に置いて行かれたのは旦那様のご配慮です。領地には、大旦那様や大奥様がいらっしゃいます。今も尚、奥様を旦那様の嫁として認めていないお二人のいる場には連れて行けないと』

『クリスがいれば私は耐えられる!! 今すぐに馬車の準備をしなさい!!』

『旦那様よりご命令です。奥様は帝都に残り、ダイアナお嬢様の治療に専念してください』



 半月経過した現在では、クリストファーに殴られたレティーシャの頬は完治しているがダイアナの容態はずっと悪いまま。



「マリクさん……」



 マリクと同じ年月をローウェル公爵家に捧げてきた侍女長マイラがそっと耳打ちをした。



「ダイアナお嬢様に特効薬をお渡ししました。奥様には極秘に」

「ありがとう。今後も気付かれないよう慎重に」

「心得ています」



 ダイアナの世話係は全員レティーシャが実家に手配をしてもらった者ばかりで、ローウェル家の者は誰一人いない。半月経過しても快方に向かわないダイアナの容態を心配した専属侍女の一人が周囲やレティーシャの目を盗んでマリクに相談を持ち掛けた。

 その侍女はレティーシャが用意した薬をダイアナに渡す係をしており、どんな薬かを訊ねた。



『ダイアナお嬢様が摂取している薬について教えてください。どんな名前の薬か分かりますか?』

『はい! それは……』



 侍女が話した薬の名は高価な解熱剤。ホワイトゴールド伯爵が処方した特効薬ではなかった。



『ずっとこの薬を?』

『は、はい。お嬢様が熱を出したらいつもこのお薬でした』



 でも、と続けた侍女によるとミゲルがお見舞いに来るとマリクが出した特効薬と同じ名前の薬が出されていたと語った。

 専属侍女には今後解熱剤ではなく、特効薬を与えるよう指示を出し、薬の取り替えはマリクとマイラが主導で行うことに。ローウェル公爵邸を知り尽くす家令と侍女長に隠し事は不可能。自前の金庫を置こうと暗証番号を知るのは容易い。



「奥様はダイアナお嬢様を愛しておられないのでしょうか……」

「分かりません……ただ……純粋に愛しておいでなら、お嬢様にダイアナと名付けることはありません」



 クリストファーが生涯愛する女性の名を娘に付けようとしたレティーシャを止められなかったことが大きな後悔。

 専属侍女のお陰で知れたこともある。

 ミゲルがお見舞いに来ればダイアナは特効薬を与えられていた。一度の投与で楽になれるなら、必死にミゲルの来訪を懇願するのは無理もなくなる。ミゲルが来れば助かると刷り込まれたダイアナは、まさか実母がミゲルが来ないと特効薬を与えないと知る由もない。


 私室で泣いて暴れるレティーシャを止める侍女達に向かって物が投げられていく。枕、グラス、本、ペン、インク入の壺等。

 部屋の外にまで物が散乱していく様はレティーシャの現在の心情そのもの。

 暴れていたレティーシャは体力切れを起こし、その場にへたり込んだ。その間に周囲は散らかった室内の片付けに走った。



「…………わ…………そうだわ」



 どれだけ尽くしても愛してくれないクリストファーが憎い。

 死して尚自分を苦しめるダイアナ=サンディスが憎い。

 愛娘の恋を邪魔する挙句、ミゲルの関心を奪うフィービーが憎い。



「報いを受けてもらわなきゃ……」



 ふらりと立ち上がったレティーシャは、側でガラスの破片を回収する専属侍女に指示を出した。



「お父様に遣いを出しなさい」

「え、し、しかし」

「早くしなさい!!」

「は、はい!!」



 レティーシャの怒気に圧倒され、逃げるように部屋を出て行った。気持ちを落ち着かせるべく部屋を出て行ったレティーシャは誰も付いて来るなと言い放って外へ出た。



「先ずは……そうね……帝都に戻った時、フィービー様の絶望する様が見たいわ」



 ウェリタース家には幼い次女がいて、フィービーとの関係は不明だが、腹違いの妹と言えど死ねばフィービーだって悲しむ。



「ついでにあのいけ好かない母親も道連れにしてやるわ。あの女のせいでダイアナの病気がオルドー殿下と同じだってクリスにバレるところだった」



 クリストファーにも罰を与える。クリストファーが未だダイアナ=サンディスを忘れられないのは、抑々サンディス家があるのがいけない。現在サンディス家は、ダイアナの姉ゾイが婿を取って跡を継いでいる。領地まで手は伸ばせないが帝都なら手が届く。



「ミゲル様にも罰を与えなくちゃっ。でも、相手は帝国騎士団を率いる家柄。こっちは慎重にやらないと……」



 こんな危険な頼みを姉のビアトリスには出来ない。したとしても断られるのがオチ。父なら、レティーシャのお願いを何でも聞き入れてくれる父ならきっと叶えてくれる。




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― 新着の感想 ―
オカン本人も、もう本当に欲しいモノが何か分かってないんじゃないの? そんな生き方、疲れるだけなのに…。自分の人生を生きれば良いのにね〜。 娘ダイアナよりもよっぽど病んでる…。要治療です!(笑)
狂ってるわ。 それしか言えないよね。
とりま使用人とは言えダイアナを死なせないようにしてる人がいて良かった ここまで医者以外でダイアナを生かす方に動いてる人がいなかったからね
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