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39話 愛に飢えていた

 



 サンディス領へ向かうのは四日後。北の町を出発して凡そ三日掛かる。馬車を動かすのは御者に扮するアルドルが担当。乗馬の技術があっても御者の経験はない筈なのに、何処で覚えたとオルドーに突っ込まれると平然と「あれが初めてでしたよ。やってみれば、何とかなるものですね」とあっけらかんと言われたオルドーは頭を抱えた。何でも器用に熟すと知っているが無茶にも程がある。事故が起こらなくて良かったと心の底から抱いた。

 皇太子がお忍びで来ていると知られると要らぬ騒ぎを引き起こすので、滞在する間アルドルは耳付きニット帽と黒眼鏡の装着を常時オルドーが命じた。冬の今なら常時身に着けていても怪しまれない。室内で外さないのは、寒がりや怪我の跡があるからと好きに言い訳が可能。今のところアルドルが来てしまっていると知るのは、オルドーとフィービーを除くと帝都から戻った四人のみ。

 教会の前で雪かきをするオルドーが「口外しないようきつく言い付けておいた。皆口が堅い人達だ、心配は要らんだろう」と隣で手伝いをしているフィービーの疑問に答えた。



「雪かきって毎日するものなんですね。北の町に来て初めて知りました」

「帝都では、地面が覆われる雪は殆ど降らないからな。大変だがこれをしないと道を歩けなくなる」



 雪かき用の大きなスコップを使っての重労働は若者でも辛く、足腰に多大な負担がかかる。この町で育ったダイアナやトレイシー、スザンナ等女性陣は男性に交じってせっせと動き、雪をかき入れた大きなスコップを持ち上げられなかったフィービーは通常の小さいスコップで手伝っている。

 アルドルはと言うと、離れた場所で孤児院の子供達と一緒に雪かきをしていた。



「御者の兄ちゃん下手くそー!」

「絶対この町の人じゃないでしょう! 町の人だったらもっと上手だもん!」

「手厳しいなあ。初めてにしては上出来だと思うんだが」



 子供達から駄目押しを食らっており、特に懐かれたジェレマイアとベリーにはずっと引っ付かれている。

 アルドルが皇太子だと知っているダイアナとトレイシーはハラハラしながら子供達を見つめ、時折近付いては手を休めないよう注意をしてアルドルから離そうとしていた。



「皇太子殿下は楽しそうにしてますね」

「実際楽しんでいる。あいつは、ああ見えて面倒見がいい」

「オルドー様も面倒見が良いですよ」



 フィデスに頼まれたフィービーの面倒をよく見てくれている。頼まれたからしているだけだとオルドーは言うが、最低限で済ませられたのを細かいところまで注意深く見ているとフィービーはよく知っており、感謝をしていた。



「叔父上がフィービーを気に掛けていたのは知っている。僕に君を託すと記した手紙には、もしもの場合は、フィービーを外国へ逃がしてくれとも書かれていた」

「私を外国へ? それって」

「当初はクリストファー=ローウェルを警戒しての物だった。詳細な話を聞いていく内に、彼は勿論、レティーシャ=ローウェルも候補に入れておくべきだと考えた。実際、クリストファー=ローウェルは何を考えているか全く分からないがレティーシャ=ローウェルの方はあきらかにフィービーを敵視している。危害を加えるという点においては、彼女が一番の最有力候補だ」



 死しても尚クリストファーの心を縛り付けるダイアナに瓜二つのフィービーを逆恨みの如く憎み続けるレティーシャの執念は、思う以上に強く濃く深い。生きているだけで一生恨まれ続けないとならないのは理不尽極まる。



「恋愛というのは面倒極まりないな」

「……そうですね……公爵夫人然り。……私然り」



 叶わない恋をしている、という点においてレティーシャとフィービーは同じ。唯一の違いは相手の本心。

 クリストファーは心の底からレティーシャを憎み嫌っている。

 ミゲルは何を差し置いてでも優先してきたダイアナを切り捨てる選択をした。……フィービーと再会したい為に。



「オルドー様にも何時か降りかかるのでは?」

「僕が? 僕の立場を考えてみろ。貴族連中も陛下の僕への態度を分かっているからこそ、自分の娘を押し付けてこない」



 皆、皇帝の不興を買うのを恐れている。先帝と同じ黄金の髪を持った。たったそれだけで異常な嫉妬心をリーンハルトに抱かれているオルドーにすると、仮令好いた女性がいようと気持ちは心の中に封じ込める所存。一生涯。



「アルドルはミゲル=アリアージュと会ってやれと言うが、僕は無理をして会う必要はないと思っている。実際、会いたいか?」



 父や兄、ミゲルから逃げたい一心でフィデスを頼り、遠い北の地へとやって来た。今までのダイアナへの態度やどうしてダイアナの見舞いに必ず行っていたのかの謎が漸く解けた。ミゲルの本心もフィデスやアルドルを通して知った。知ったからと言って今までの行いが無かったことにならない。



「さっき、オルドー様が言っていたように……恋愛って面倒くさいことが沢山です。私がいなくなれば、ミゲルは私を気にせずダイアナ様の許へ行けると始めは思っていたのに、私の知らない沢山の事実を知らされて正直……迷っています」

「主導権はフィービーにある。会う会わないはフィービーの自由だ」



 ミゲルに言いたい言葉は山程あるが、いざ面と向かって言えるかと問われれば——言えるものと言えないものに大きく分かれる。

 離れた場所で作業をしていた筈のアルドルは、雪かきに飽きた子供達に交じって雪合戦を始めており、ダイアナが伝えに来た。



「あのままにしておきますか?」

「ああ。子供達に怒る短気な奴じゃない。ダイアナ達もタイミングを見て休憩してくれ」

「では、温かいココアを淹れますね」

「あ、私も手伝います!」



 手伝いを申し出たフィービーは早速厨房へ向かったダイアナに付いて行った。



「皇太子殿下にココアを渡しても大丈夫でしょうか?」

「皆と同じものを渡してもきっと大丈夫ですよ」


 


 建物の中へ入ったフィービーとダイアナを見ていたオルドーだったが、突然横顔に大きな雪玉を投げつけられた。

「御者の兄ちゃんがオルドー様におっきい雪玉投げたー!」とジェレマイアが叫んだのを聞いて、投げつけたのがアルドルだと判明。微かに頬を引き攣らせながら振り向けば、黒眼鏡を掛けていても隠し切れていない満面の笑顔でアルドルが手を振っていた。

 ここで怒ってはアルドルの思う壺。湧き上がる怒りを大きな溜め息として吐き出したオルドーは大きな雪玉作りを再開したアルドルと便乗する子供達を視界に入れ、違う意味での溜め息を吐いた。



「……しょうがない」



 待ち望んだ皇帝夫妻の嫡男という、生まれた時から特別であったアルドルが唯一与えられなかったもの。

 親の愛情だった。

 妻の姪ばかりを溺愛するリーンハルトは関心を引こうとするアルドルに多少の相手をするだけで、常時自身の多忙を理由に構わず。


 多忙であろうとリーンハルトより愛情を示しているビアトリスには、母親への情がアルドルには残っている。



「どうしてアルドルを愛してやらなかったんだか」



 城の四阿でローウェル公爵一家といるリーンハルトが姪のダイアナを抱き上げている姿を遠くから見つめていた小さな後姿は、寂しさに溢れ可哀想で見ていられなかった。



『僕と遊ばないか? アルドル』



 心の中で泣いていたであろうアルドルに声を掛けると暗い色を帯びていた金色の瞳は期待と喜びに満ち、差し出した手を握ってくれた。


 その手の強さと温もりはずっと忘れられない。




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