九賢将3人は冒険者になりたい!
〜第一話:「九賢将3人は冒険者になりたい!」〜
「俺たち、でっかくなったら、絶対冒険者になろうな!」
おもちゃのグローブを両手につけた、翡翠色の髪と瞳の少年が、満点の笑顔で自分の後ろにいる二人の少年に呼びかける。
「じゃあ、僕、魔法使いがいいな」
最初に答えたのは、白髪に透明と水色のオッドアイの少年だった。翡翠色の髪の少年とは少し違って、彼は穏やかな笑みを浮かべている。
「二人だけじゃ心配だし、しょうがないから僕も一緒にパーティを組んであげるよ」
分厚めの本を左脇に抱えた水色の髪に灰色の瞳の少年は、かけている眼鏡を、空いている右手で軽く上げて言うと、不器用に笑う。そして、翡翠色の髪の少年が右手の拳を差し出すと、二人もまた、右手を握って差し出し、三角形を描くようにグータッチをした。
ー12年後ー
アルキウス帝国領内 ウォールヴァリア峡谷付近 上空
「そんな話をしてたのが、もう十二年も昔って、マジかよ」
翡翠色の髪をした青年が、過去を懐かしみながら、ぽつりとそんなこと言った。
「まぁ、あの時はこんな仕事するようになるなんて、思ってもみなかったもんね」
先頭を飛翔する翡翠色の髪の青年の言葉を先に拾ったのは、長めの白髪を後ろで短く結んだ青年だった。
「ですが、結局は三人一緒に同じ仕事をしているわけですから、ある意味夢は叶ったと言えるのでは?」
白髪の青年に続き言葉を返したのは、眼鏡をかけた、水色の髪の青年だ。
「九賢将かぁ。なぁんか、冒険者とは正反対みてぇな職業だよなぁ」
(九賢将とは、正式には、アルキウス帝国帝室近衛魔法九師団師団長というすっげぇ長い名前の役職である。
どうも、天の声です。ちょくちょくここで、この世界や場面についての説明をします。よろしくお願いします。
帝室近衛魔法九師団という名前ではあるが、実際は、帝室の守護だけでなく、国防や緊急事態発生時の市民救助なども任務として含まれている、帝国の魔法軍事力の総力でもあるため、アルキウス帝国魔法軍とも言い換えられる。
じゃあ、何でわざわざ長い名前にしたのかって?そりゃあ勿論かっこいいからである。
この国の魔法使いの階級における最高位である、"大賢者"の階級にある者たちであり、帝国を守る魔法兵を束ねる九人の将でもあることから、親愛を込めて九賢将と呼ばれている。)
「まぁ、この国で一番強いってことの証明でもあるんだから、前向きに捉えようよ」
悩みながらぼやく翡翠髪の青年を、白髪の青年が宥める。
「フュリウス様、クロックバーグ様、ヴェルドロット様、お取り込み中のところ、申し訳ございません。まもなく目的地上空でごさいます。そろそろ目標が見えてくる頃かと」
三人の話に入り込んだのは、黒髪黒目に黒い背広を着こなした、美形の男性だった。彼の声を合図代わりにして、三人はその場で一度停止し、雰囲気がグッと固くなる。
「昔話をするのはここまでですね。仕事の時間です」
「しっかし、アースドラゴン十五体とは、また大層な話だな」
「一体でも、その街にいる冒険者と貴族の私兵たちを総動員する騒ぎになる脅威なのに、それが十五体か。この国を滅ぼしたい誰かの陰謀だったりして?」
「・・・・・・あながち妄想とも言えないかもしれませんよ。アースドラゴンは、グラウンドドラゴンの上位種で、そもそも存在自体が希少です。現に、過去アースドラゴンが複数体出現した例は、片手で数えきれる程度しかありません。それこそ、十体以上が一遍に同じ場所に現れたなどという報告なんて、ありませんから」
少し間を溜め、眼鏡を右手でクイッと上げて元の位置に直すと、真剣な眼差しで告げる。
「文字通り、国を滅ぼしかねない大事件ってわけな」
三人の賢者は、各々至って真面目に話をする。
「確認しました。アースドラゴンの群れです。どうやら三体一組になって、合計五つの小規模の群れを形成しているようです。最も近い群れが、現在も目視できています、あの群れでごさいます。距離はここから約二百メートル。以降、二百メートル毎に一つずつ折れ線型に群れが並んでおります」
背広服の彼は、俯瞰視の魔法を使いながら三人に説明した。水色の髪の青年は、自身も俯瞰視の魔法を使って状況を確認する。
「・・・・・・止まっている?」
「はい。十五体全てのアースドラゴンが、完全に動きを停止しています」
「ますます人為さを帯びてきましたね」
「どうするよ?レイ」
顎に手を当てて考える水色の髪の青年、レイヴン・ヴェルドロットに、翡翠髪の青年、エルランド・フュリウスが指示を仰ぐ。
「状況がイマイチ掴みきれませんが、動いていないのなら好都合です。まず、一番足の速いエルランドが、最も遠い一キロ先の群れを担当してください。次に、中央に当たる六百メートル先の群れを、オスローに当たってもらいます。私は最も近い二百メートル先の群れの相手をします」
「残りの八百と四百の群れはどうする?」
「一人二体ずつを目安に、適宜処理します」
「たとえ逃げようとしても、挟んでいれば誰かしらが対応できる布陣だね」
二人の話を聞いていた白髪の青年、オスロー・クロックバーグが、自分たちの配置の解釈を述べる。
「けど、それだとオスロの仕事範囲が、ちとデカくねぇか?」
三人で五つの集団を挟撃する形で陣を組む場合、エルランドの言う通り、中央に配置される人物は、自身が担当する集団に加え、場合によっては、誰の担当でもない二つの集団を両方相手取らねばならなくなる。
「オスローには、自分の魔法でどうにかしてもらうしかないですね」
「そこら辺は何とかなると思う。それでいこう」
オスローの了承にレイヴンとエルランドは頷くと、三人は同時に右腕を出した。そうして、正三角を描くようにグータッチをする。これは、この三人が子供の頃から決めている、全会一致の証であり、互いの健闘を祈り合う絆の象徴である。手を離すと、三人は持ち場に着くため、同時に飛び去った。
「さぁて、いっちょ暴れっか」
エルランドは、飛行しながら軽く関節を曲げ伸ばし、指慣らしをする。身体を解し終わると、ちょうどアースドラゴンの群れの上空に来ていた。彼はその場で一度止まると、パチンと一つ指を弾いた。そうすると、彼の両手に、薄墨の濁りを帯びた金色のナックルが嵌った。ナックルは凝った意匠をしており、随所に宝石が装飾されている。拳を何度か閉じたり開いたりして動作を確認すると、ニッと得意げに笑って、真下にいるアースドラゴンを目掛けて、一気に下降した。重力に加え、エルランドは自身に風系統の魔法を掛けて、さながら、海へ飛び込む鳥のように、猛スピードで空を下る。
「ふんっ!!」
エルランドは気を張り、落下の勢いをつけたまま思い切りアースドラゴンを殴りつけた。振り下ろされたその拳は、アースドラゴンの頭部に直撃し、断末魔のような咆哮を上げて、アースドラゴンはその場に倒れ伏した。
「まずは一匹」
残ったもう二体のアースドラゴンは、エルランドの急襲に気づくと、彼に向かって吠声を上げながら襲いかかる。
「おせぇんだよ!翼も持ってねぇ飛ばねぇドラゴンなんざ、図体でけぇだけのトカゲ同然だぜ!」
アースドラゴンたちが自分の元へ来るよりも遥かに素早く、エルランドは倒したアースドラゴンの死骸から飛び上がり、再び空中で止まる。
「とっておきだ。纏めてぶっ飛ばしてやるよ」
両方の拳を打ち合わせ、強気な笑みを浮かべる。そうして、身体を自分から見て右手側のアースドラゴンに向け直し、右腕を真っ直ぐに突き出すと、アースドラゴンの真下から、細い一本の上昇気流が吹き出した。ニッと白い歯を剥き出したまま、今度は得意げに詠唱を始める。
「我、世を憂いし風の御子なり。嘆きの木霊集わせ、天を切り裂く嵐と成さん。昇れ、空裂嵐」
詠唱の途中から、気流の数は徐々に増え出し、勢いを強めていた。そして、詠唱を終えるや否や、アースドラゴンを囲うように作られた六本の気流は、その勢力を一気に強め、螺旋を組むように絡み合って渦を巻き始めた。一襲の嵐となった気流は、アースドラゴンの巨体を軽々と空中へと攫い、異なる方向へと吹き荒む乱流によって、アースドラゴンを引き裂いた。
「補強詠唱ですか・・・・・・」
エルランドがアースドラゴンを討伐する様を、望遠の魔法で観測していた背広服の男、アーサー・ハーミッドは、エルランドが平然とやってのける高等技術に息を呑んでいた。
(補強詠唱とは、その名の通り、魔法の威力や規模を補強するための詠唱のことである。
はい、本日二度目の登場、天の声です。
本来、詠唱とは、それなしでの魔法の構築が困難であるために、魔法を構築する際に必要とされるものである。しかし、詠唱は構築時ではなく、構築後の発動前に行うと、その魔法の威力を向上させるものへと変わるという性質を持つ。故に、魔法には、詠唱構築型と無詠唱構築型の二つが存在する。補強詠唱は無詠唱構築が前提の技術であるため、殆どの魔法使いには扱えないのである。)
「さあ、取っておきパート2だぜ! 貰っちまいな!」
易々と二体目のアースドラゴンを討伐したエルランドは、そう言って三体目に向かって腕を伸ばす。
「我、人を憂いし風の神子なり。怒りの木霊集わせ、大地を穿つ嵐と成さん。下れ、地抉嵐」
またしても補強詠唱を用いて、エルランドは強力な風の魔法を行使する。今度は、アースドラゴンの真上で気流が円環状に渦を巻き始め、詠唱後に上方から巨大な竜巻となって、アースドラゴンの背に降り立った。竜巻は、その勢いでアースドラゴンの外皮をいとも容易く貫き、ついでその巨体を押し潰した。
「いよっし!」
担当の群れの殲滅を終えたエルランドは、また得意げな笑みを浮かべた。しかし、成果を誇るのも束の間、誰の担当にもない、八百メートル地点のドラゴンたちが、一斉にエルランドの方へと向かって走り始めた。エルランドはそれに気づくと、一瞬表情を崩したが、また直ぐにニッと歯を剥き出して笑い、迎撃体勢に入った。
「そうか、こっちに来んのか。なら、纏めて吹き飛ばしてやるよ!」
エルランドはそう言って両腕を広げると、詠唱を始めた。
「吹き荒みし天を裂く風よ、吹き乱れし地を抉る風よ、汝らは分かたれし一襲の風なり。我が命により、今ここに真なる姿となりて顕現せよ。汝、竜巻なり」
詠唱を終えると、勢いよく手を打ち鳴らす。すると、二襲の嵐はエルランドの元へと集まり、混ざり合う。そうして、融合した暴風は、エルランドの前で龍の形に変わった。
「教えてやるよ愚図ども。これが俺たちの故郷に伝わる、"龍"ってやつだ」
エルランドは合掌を解くと、人差し指を立てた右手を顔の高さまで上げる。そして、立てた指をスっと下ろすと、それを合図に、風で作られた龍は向かってくるアースドラゴン三体を目掛けて突き進んだ。空を切って飛び進む龍は、やがて、アースドラゴンたちの前まで辿り着くと、8の字を描くように周囲を飛び回る。龍の飛んだ軌跡に残る風が、彼が爪を立てたかのようにアースドラゴンたちを切り裂いていった。
「わぁ〜 相変わらず派手だなぁ、エルの颶龍。僕のやることだいぶ少なくなっちゃった」
エルランドの暴れぶりを持ち場から見ていたオスローは、言い慣れたような口調で感動する。
「まあ、僕は僕の最低限の仕事をしようか」
足元を見て言いながら、オスローはローブの内側から鎖のついた懐中時計を取り出した。濁りを帯びた金色の時計には、エルランドのナックルと同じような意匠が施されている。竜頭を押して時計の蓋を開くと、対照の二つの時計が現れた。本来時計がある部分にはXIIを頂点とする時計が、そして、逆さまのVIを頂点とする時計が、蓋の内側に当たる位置にあった。針は上部のXIIを頂点とする時計の方にのみあり、十一時を指していた。
「う〜ん、三時のおやつにはありつけるかな?」
時計の指す時間をじっと見て唸ったのは、実に呑気な理由からであった。しかし、彼にとってはとても重要な事項である・・・・・・らしい。
「お昼食べ損ねちゃった分、おやつはちゃんと食べたいからね。悪いけど、手早く済まさせてもらうよ」
豊かに表情を変えながらボヤくと、エルランド同様、フフンと得意げに笑う。
「時針剣」
静かに魔法の名前を口にし、指を鳴らす。その瞬間、三本の時計の針の形を模した剣が、オスローの周囲に出現した。もう一度改めて指を鳴らすと、三本の剣は高速で回転を始め、アースドラゴンの首へ向かって飛んでいった。そうして、頑強なアースドラゴンの頸を一撃で容易く断ち切った。断頭した時針は、回転を続けて返り血を吹き飛ばしつつ、ブーメランのようにオスローの元へと帰ってきた。
「さて、レイの方は・・・・・・」
振り返ってレイヴンの方を見ると、レイヴンも自身の担当の処理を済ませていた。
ー五分前
「さてさて、それでは始めましょうか」
至極冷静に、相変わらずの手つきで眼鏡を上げ直す。そのまま右手を開くと、レイヴンの手に一本の巻物が姿を現した。巻物は紙製ではなく、ごく薄く延ばされた金属によって作られていた。薄鈍の混ざった黄金色の光沢の上に、色とりどりの宝石が散らばっている。
レイヴンは巻物を手の中で三回回すと、詠唱を開始した。
「我が手の内に世界はあり。然れど、その世は現世にあらず。其は我が頭中の世。我が言霊は神託。我が意思は神意。我が世に入りし者、何人も、我に背くを我は許さじ。開かれよ、神意はここに下る。創世界」
詠唱を終えると、四角形に魔法陣が展開され、アースドラゴン三体を巨大な結界の中に閉じ込めた。すると、たちまちドラゴンたちは苦しみ、もがき出した。実は、レイヴンの魔法である創世界は、使用者の意のままに条件を設定、変更可能な空間を作り出すというもので、レイヴンはこの時、空間内部の条件に、"窒素と酸素の完全排除"を設定していた。それには、血中や肺胞内の窒素や酸素などの諸々の気体も含まれていた。内部の生物を完全な呼吸不能状態に陥らせるこの結界の中は、言い換えれば、生物を殺すための処刑空間とも言える。
「呼吸を許さない擬似的な真空空間。これでも十分倒せますが、このような巨大な物体が残ってしまうと、邪魔になりますね。ポイ、してしまいましょう」
自身の勝利を確信したレイヴンは、ドラゴンを倒した先のことまで考慮し、アースドラゴンの死骸が残らないやり方を実行することにした。またしても眼鏡を直すと、新たに魔法を発動した。
「亜空送監」
魔法の名前を口にすると、結界の上部に亀裂が発生した。レイヴンは結界をアースドラゴンごと浮上させ、そのまま亀裂の先へと放り込んでしまった。
「はい、おしまい」
魔法を解除して亀裂を塞ぐと、いつにない砕けた言い方で息をつく。
「おっと、いけませんね。油断するとつい口調が崩れてしまいます。気を付けませんと」
レイヴンは額に手を当て、頭を軽く左右に振ると、また眼鏡を上げて、オスローたちのいる方角を見た。
「まあ、心配など、するだけ徒労でしょうね」
口ぶりはやや呆れたようであるが、その表情には安心がにじんでいた。
ー現在
「やっほ~、そっちも無事に片付いてたみたいだね」
自身の仕事を終えたオスローが、遠隔会話の魔法を使ってレイヴンに話しかけた。
「エルランドは、相変わらずですか?」
「うん。一人で六体も倒してくれたよ」
「競争ではないのですがねぇ」
二人が談笑していると、そこにエルランドも会話に入ってきた。
「そっち、全部終わったか~?」
「残りは四百のやつらだけだよ」
「そんなら、さっさと終わらして飯食おうぜ、飯」
エルランドの提案に、二人は同時に「賛成」と答えた。
「私の創世界でドラゴンたちの足を止めます。後はオスローの時針剣で仕留めてください」
「俺は?」
役割を当てられていないエルランドが、不思議そうな表情で首を傾ける。
「エルランドはもう六体も討伐したでしょう?働きすぎで一回休みです」
さながらすごろくの文言のような言い回しで待機を命じるレイヴンに、エルランドは「チェ」と不服を漏らして口を窄ませる。
「では、いきますよ」
「りょーかい」
レイヴンの掛けた声に、オスローは柔らかに返事をした。
「創世界」
魔法名を詠唱すると、先刻と同じように結界が張られた。但し、今回は特別な条件は付与されていない。
「じゃあサクッと片付けようか」
軽いストレッチをして一呼吸置くと、オスローはまた指を弾いて時計の針の形をした剣を三本出現させる。
そうして、ホイ、と言って、立てた右手の人差し指を振り下ろす。それを合図に、剣は先刻と同じように空を切り裂きながら推進し、レイヴンが開けた結界の隙間を通って、アースドラゴンの頭を見事一刀した。
「一刀両断だな。三本だけど」
エルランドはへっへっへと笑い、どことなく得意げに冗談めかす。
「ま、取り敢えず、任務完了ってことで」
右腕を上げて拳を差し出すと、レイヴンとエルランドも同じく差し出す。
「では、帰路に着きましょうか」
「おう」
笑いあい、出し合った拳を正三角を作るようにして合わせる。その姿を傍から見ていたアーサーは、一人胸中で感銘を受けていた。
(これが、九賢将の実力。本来ならば国の存亡に関わる程の重大危機をこうも軽々と解決してしまうとは)
感慨に浸っていると、おーい、と遠目に呼びかけられた。
「何やってんだ?置いてっちまうぞ?」
大きく声を張り、手を振っているエルランドとレイヴン、オスローの三人は、いつの間にかそこそこ遠くに行っており、アーサーは急いで後ろを追いかけた。
「ふむ、実験は失敗ですね・・・・・・。やはり未完成。まだまだ実用に足る段階にはありませんか」
一行が去った十数秒後、フードを被り、左目にモノクルを掛けた白装束の男が現れた。男は、口元に人差し指を当てて唸るも、直ぐに不敵に笑って言葉を継ぐ。
「まぁ、いいでしょう。実験には失敗しましたが、九賢将三名の実力の一片は見られましたし、それだけでも収穫と言えましょう。さて、こちらも引き上げると致しましょうか」
薄気味の悪い笑みをたたえたまま、右手で被っているフードを摘み、顔を隠すように手前に引き寄せる。暗雲の立ち込める空の下、束の間ヒラヒラと風に靡いていたミスマッチな白色の衣は、あっという間に姿をくらました。
翌日、アルキウス帝国 帝都オルセイニア 王城 玉座の間
「九賢将、遷握の賢者、オスロー・クロックバーグ様、創界の賢者、レイヴン・ヴェルドロット様、劈嵐の賢者、エルランド・フュリウス様、ご帰還!!」
仰々しささえある形式ばった口上の後に、玉座の間の大扉が開き、管楽器によるファンファーレが鳴り響く中、オスロー、レイヴン、エルランドの三人が入室する。玉座には既に、絢爛な宝石が散りばめられた深紅のマントを羽織った身なりの良い男が座っていた。その右隣には、玉座に座る男と同じ深紅のマントを羽織った、艶やかな女が座っている。左隣には、男女と同じく深紅のマントを羽織った、オスローたちと同年代程度の青年が座っている。雛壇の上に座る男女三人の数メートル手前で、幼馴染三人は跪き頭を垂れると、レイヴンが徐に口を開いた。
「皇帝陛下、皇后陛下、皇太子殿下、レイヴン・ヴェルドロット、オスロー・クロックバーグ、エルランド・フュリウス、以上三名、只今帰還致しました」
レイヴンの言葉に、三人の男女はニコリと優しげに微笑む。すると、中央に座する男が言葉を掛けた。
「よくぞ戻った。此度は我が国の危機となり得るアースドラゴンの掃討、誠に大儀であった」
皇帝の言葉に、三人は跪いたまま更に深く頭を下げる。
「無事に戻ってきてくださったことに、心より感謝致しますわ」
「身に余るお言葉にございます、皇后陛下」
皇后の三人の帰還を喜ぶ言葉に、レイヴンはそう受け答える。
「よくぞ戻ってきてくれた。父上、母上同様、そなたらに心からの感謝と喜びを」
「恐悦至極に存じます。皇太子殿下」
「早速だが、そなたらに何か褒賞を取らせようと思うておる。後で紅玉の間に参れ」
皇帝の言いつけに、三人はまた頭を深く下げ、「御意」と答えた。
数分後、王城 紅玉の間 (皇帝の執務室)
「はぁ、ホンマ堅っ苦しいてかなわんなぁ」
皇帝であるアーノルドは、シンプルながら上品な装飾が施された机と揃いの木製の椅子に浅く腰掛けると、気疲れした様子で口調を大きく崩す。
「せやねぇ。やっぱりいつも通りの話し方が一番落ち着くわ」
アーノルドの座るデスクの前に置かれた長机に備え付けられた椅子に座った皇后、カシエルは、頬に手を当て、やはり疲れた様子でボヤく。
「そない言うてもしゃあないでや。まさかこの三人の前以外でこの話し方する訳にもいかへんし」
皇后の左隣に座った皇太子、カルノスも頬杖を着き、足まで組んで、不満を吐く両親を宥める。
「しっかし、まあ、こうやって聞いてっと落ち着きはするけど、帝室の人間が話す言葉じゃあねぇよな」
「それも仕方がないでしょう。セロール皇爵家は元々地方出身の平民だったのですから」
(アルキウス帝国の帝室は、特別な爵位である皇爵の位にある家から選ばれる。
どうも、またまた登場、天の声です。
アルキウス帝国の掲げる主義思想は実力主義である。実力があれば、平民でも九賢将や貴族、皇帝になることができる。逆に、その実力に足りないと評価されれば、九賢将や貴族、帝室さえも降格を言い渡され、最悪の場合、爵位や地位を剥奪される。この実力主義の思想から、アルキウス帝国では、公爵家と侯爵家、そして、帝位継承権を持つ皇爵家の三つの家柄には定数が設けられている。皇爵家は二家、公爵家は三家、侯爵家は七家までしかこの爵位を得られず、これらは家々の実力によって入れ替わることがある。また、皇爵家は本来の読み方は"こうしゃくけ"であるが、公爵家及び侯爵家と同音であるため、区別化の為に"おうしゃくけ"と読まれる。そして、現在帝位を務めるのはセロール皇爵家である。)
そうして談笑していると、アーノルドが口元に拳を当て、ゴホンと大袈裟な咳払いをする。それを皮切りに各々は粛々とした態度に改まる。
「談笑も良いが、ここからはちと真剣な話をしよう。さっきも言ったが、オスロー、レイヴン、エルランド、お前たち三人には何か好きな褒美を取らせようと思う。望みがあるならば言うてみるが良い。可能な限りで叶えよう」
すっかり皇帝らしい口調に話し方を戻したアーノルドの打診に、三人は顔を見合わせ、ニヤリと笑みを浮かべる。
「何でも良いのでしょうか?」
低く手を挙げ、レイヴンはアーノルドに尋ねる。
「余の一存で叶えられる範囲の願いであれば、聞き届けよう」
うん、と一つ頷き、レイヴンの目を真っ直ぐに見据えながら言う。その言葉を確認した三人は、またしても悪戯好きの子供のような、無邪気であざとい笑みを称える。
「では一つ。私たち三名の、冒険者としての活動許可を願いたく存じます」




