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狂想のインサニティエッジ  作者: テイク
第一章 始まり
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第六話 閃光の少女

 重機関都市(ハイ・エンジンシティ)日柳(くさなぎ)。その北側は学生街の色が濃い。書店や喫茶店など学生が行くような店が多く、学生寮も集中している。

 なぜそうなっているのかというと、ここには叢雲士官学園があるからだ。士官学校の名の通り鬼と戦う軍人を育成する学び舎である。

 自由な学びを推奨している学園。良く言えば自由な校風。悪く言えば放任主義で勝手にしてくれな学園である。ただし、軍の士官学校だけあって上下関係だけはしっかりとしている。

 基本的に授業は講義形式で自分で勝手に出席して自分で学べというのが基本スタンス。勿論、それはうけなくていいということではなく、最低限度は出席しなければならない。

 特に、鬼に関する講義と凶器に関する講義、あるいは魔術に関する講義など絶対に受けなくてはならない講義は多い。

 しかし、それらはあまり進級などには関係ない。鬼を殺すこと。これが最もこの叢雲士官学園において重要視される。

 鬼を殺す為の人材を育成しているのだから、鬼を殺してなんぼというわけだ。たとえ試験の成績が悪かろうが、鬼をより多く殺せるならば評価され進級できる。どのような馬鹿でも。精神異常者であろうとも。

 ただし飛び級は許されない。どんなに優秀であろうとも飛び級はない。いわばこの士官学園に通う三年間というのは経験を積むための時間なのだ。それを飛び級させて前線に放り込み無駄死にさせるなど滑稽であろうというわけだ。

 兎にも角にも鬼を殺せば評価される。無論、楽ではない。最下級の鬼だろうとも人を容易く屠るだけの力を持つ。

 だが、彼ら学生たちは多かれ少なかれ力を持っており、それを振るうことを期待されて学園に来ているのである。

 もちろん、望む望まないはあるだろう。力があったから勝手に学園に入れられた者もいる。だが、それでも評価されれば望む職業に就くことは容易い。それくらいにはこの叢雲士官学園というものは対外にも大きな影響力を持っている。

 そういうわけで学生たちは鬼を殺すことに基本的には積極的だ。しかし、鬼は神出鬼没である。それをいちいち探しに行くのは面倒であるし、何よりも危険である。力の及ばない上位等級の鬼に出遭う可能性があるのだ。

 経験も力も弱い学生では殺されるのがオチである。そのため、学園は依頼(クエスト)という形で、学生たちを鬼と戦わせる。学生の実力にあった鬼を宛がうのだ。

 しかし、神出鬼没な鬼の出現場所や強さなどをどうやって特定しているのかは学生たちは誰も知らない。叢雲士官学園新聞部における歴代の調査によれば、理事長の能力が関係しているのではないかと言われている。

 もちろん、完璧ではない。それでも暗がりに行けば高確率で深夜に鬼は出る。ある程度範囲を絞り込めれば遭える。学生でも戦える低級の鬼には。

 上級の鬼は暗がりから出る。それほどの鬼になれば存在を隠す必要はないから、大抵予兆があってわかりやすい。何より、壁の中にはおいそれと入れないようになっている。まあ、そうした鬼は依頼に関係ない。

 依頼となるのは低級の鬼だけ。そして、そうした依頼は学園の生徒にとっては重要であり、進級にも大きくかかわっている。そういうわけで、学園が発行するそれは必ず受けなければならない。

 受けなければ、あるいは受けたとして討伐することができなければ、留年、果ては退学などの処分が下る。そのため、学生は皆、日々己を高めつつ依頼に励む。

 日柳翔子(くさなぎしょうこ)という少女もその一人である。

 黒の学生服を纏い、学帽にインバネスという出で立ち。長身ですらりとして、尚且つ凛とした彼女の雰囲気もあって学生というよりは正規の軍人のよう。可愛らしいといいよりは美しい、綺麗などと言った言葉の似合う少女だった。

 そんな少女は黒の手袋に覆われた右手を形の良い顎に持っていき、依頼が張り出されている掲示板の前でうーんと唸っていた。


「どうしよう……」


 何をそんなに悩んでいるのだろうか。他の生徒は次々に依頼を決めて受注受付に持って行って依頼へと出発している。依頼内容はどれもこれも似たようなものであり、い級と呼ばれる最下級の最弱の鬼やそれよりも一段階上のろ級の鬼を狩るものばかりだ。

 翔子が悩むほどのものではない。彼女はかなりの実力者である。彼女ほどの凶器の使い手であればどれもこれも問題になるようなものではない。だが、彼女は悩んでいた、問題にならないから。そう彼女は強すぎるのである。

 鬼の討伐は複数人による(パーティー)を組んでの討伐が普通である。これが本職ならばソロだとかそういう無謀な連中も少ないがいるにはいる。だが、学生の間は大抵の者がパーティーを組む。あるいはパートナーと共に二人で事にあたる。

 しかし、翔子には相棒(パートナー)が、パーティーメンバーがいなかった。実力が高すぎるのだ。最初の頃はその実力を利用しようと何人もが彼女とパーティーを組んだ。だが、あまりにも高い実力ゆえに誰も彼女のペースについて来れず、次第に離れて行った。

 また、それだけでなく彼女はこの日柳を統治する統治会の最高権力者の娘である。もしものことを考えるがゆえに、ふれてはならないもの、腫物として彼女は避けられるようになった。

 実力が高く、利用しようにも合わせられない上に最高権力者の娘。この結果もある意味では当然であろう。それゆえに、彼女はソロで鬼と戦うことを余儀なくされている。しかし、それでは月討伐ノルマには到底足りないのである。

 月討伐ノルマとは月ごとに定められた鬼の討伐のノルマのこと。依頼ごとにポイントが設定されており、月討伐ノルマ分依頼をこなさねばならない。強い鬼ほどポイントは多い。二ヶ月ノルマを達成できなければ退学である。

 彼女は、一ヶ月ノルマを落としていた。つまりもう後がないのだ。彼女がソロで狩ることを許可されているのはい級の最下級の鬼だけ。

 未だ士官学園に入学して一年目である彼女はたとえろ級を一人で屠れる実力があろうとも、一年目ということでソロ狩りはい級の鬼まで。

 どのような実力者であろうとも鬼の討伐にはもしもが介在する。たとえ、どれほどの実力者であろうとも、殺されることは多い。それゆえの配慮。規則。

 しかし、それでは彼女の実力から計算され設定されたノルマには届かない。依頼も一年次には一日に一つだけと決まっている。体調管理も未だ慣れぬ一年目というのを考慮してのこと。

 そのため複数の鬼を狩ることはできない。安全の為だというが、翔子からすれば大きなお世話でしかなかった。

 彼女のノルマを達成するには、ろ級を狩る必要がある。い級を一ヶ月狩り続けても足りない。しかし、ろ級をソロで狩る許可は出ない。

 ゆえに、今日もまた不毛なことで悩んでいるのだ。パーティーを組もうにも一時期あれほど引く手あまただったのが今では影も形もなく組むこともできない。

 良くも悪くも理想が高すぎたのだ。自分に対することも、仲間に対することも。理想を下げればいいと思うが、そこまで彼女は器用ではなかった。どちらかと言えば非常に不器用だ。

 器用なら今頃こんなことにはなっていない。ゆえに、今日もまた悩む、不毛な事で。


「はあ」


 結局、夜もすっかり更ける頃合いまで悩んだ挙句、彼女は依頼を受けなかった。どうやってもい級の依頼(これ)ではノルマを達成できないと悟ったから。


「やっぱり、なんとかしないと」


 こんなところで諦めるわけにはいかない。すっかりと暗闇に覆われた通りを歩きながら彼女は呟く。機関灯が照らす通り。暗闇の中を動く灯りは煙突掃除屋のもの。


「え?」


 しかし、気が付く。いつもと同じはずの通り。けれど、ある一定の範囲から機関灯が消えている。動力停止の知らせなんて聞いていない。とすれば、何かの異常。見れば、仕事をしている煙突掃除屋の機関灯も一斉に消えている。


「…………」


 周囲の気配を探る。動く気配。歓楽街などの灯りのおかげで完全な暗闇ではないが、それでも暗がりは暗がりで、鬼の出る濃密な気配。しかも、人の気配と共に。


「教団!」


 動くローブの影。教団。ならばこの機関停止の理由もわかる。教団の儀式。鬼を信奉する彼らは時折こうして暗がりに潜む低級の鬼へと供物をささげる。

 鬼は教団員は襲わない。鬼は怪物だが頭が知恵がある。自身への協力者である教団員は狙わず彼らが提供した餌を狙う。そうした方が得であるとわかっているのだ。

 狂っていると翔子は思う。教団の理念は、理解できない。人を殺す化け物を神として崇めるなど正気ではない。人に化けた鬼が教祖であるとか、学園での噂を思い出す。実際に活動しているのを見るとあながち間違いではないのかもしれないとか思ってしまう。

 狙いは煙突掃除屋。彼らは危険な仕事をしているから、死んでも良くあることで片付けられる。吐き捨てたくなるほどに嫌な考えだった。

 ゆえに、翔子は駆ける。学生の身ではあれど、助けられる誰かを放っておくなど彼女にはできない。

 だから彼女は――、


「我は鞘なり。

 鞘ゆえに刃を収め、鞘ゆえに刃を形作る。

 刃とは心であり、心とは即ち刃である。

 刃とは狂想であり、鬼を斬る凶器である。

 我が身が鞘ならば、我が心は凶器である。

 我はここに狂想を抜き放ち、その凶器にて鬼を殺す者なり。

 狂想顕現――凶器・護心刀(ごしんとう)《建御雷》」


 ――狂想を形にして抜き放つ。

 それはバチり、バチりと大気中の塵を弾き飛ばす紫電を纏う一本の刀。鋭く、淡く光り輝くそれはいつか空に見た輝き。遥か遠く、煤にまみれた黒い雨の降るその日、轟音と共に猛る閃光。

 誰よりも鮮烈で、誰よりも苛烈で、誰よりも尊い輝かしき狂想の形。誰かの為を願う彼女の想いの結晶。その凶器の名は《建御雷》。

 それは鬼を殺す凶器。狂うほどに想う心の具現化したもの。心の刃。それは異能。魔術に次ぐ、機関文明に開化した力。

 刹那、電雷(でんらい)となって彼女は夜闇を駆ける。顕現させた凶器によって彼女の身体能力は上がっている。劇的ではないにしても、彼女の鮮烈な思いは誰一人として奪わせないと猛っている。

 ゆえに、淡い光を纏い、紫電を滾らせて彼女は壁を駆け上がり屋根の上を疾駆する。そこには黒い異形四体。


「ヤアアアァァァァ――!!」


 まずはこちらにひきつける。

 気合いの声に紅き輝き八つが翔子を見据える。うなりと咆哮と共に。それは恐怖を喚起させるそれ。魔術による恐怖喚起。

 だが。だが、意味はない。それは魔術的に脳に作用させて起こさせる作用だから。戦闘用魔脳によって魔術防御を張っておけば問題ない。普通ならば専門の魔術師(ウィザード)にプログラムを任せるところであるが、低級の鬼ならば自作の品でも問題ない。

 近場の鬼へと跳躍し斬り捨てる。纏う雷が発する熱によって鬼はバターよりも容易く斬り捨てられる。

 い級の鬼。最弱の生まれたばかりの鬼。同位体連結と呼ばれる鬼の情報共有機能すら有さず、他の鬼と連結できていない弱き者。 

 この状態で倒しても他の鬼に情報が回ることはない。だが、この状態でも一般人を拳一つかすらせる程度で殺すことができる。

 しかし、翔子には問題ない。

 三体の鬼が同時に向かってくる。一本では足りないか、と翔子は《建御雷》から左手を離す。


――刹那、轟音が鳴り響く。


 それは雷の落ちた音。彼女の左手、そこには雷が落ちていた。光り輝く剣。紫電放つそれ。

 先行して来た二体を通り抜け様に斬り裂く。


「あと一体」


 しかし、あと一体の鬼が消えていた。勝てないと悟り逃亡したのだ。


「逃がさない」


 逃がさない。人を害する存在を日柳翔子は許さない。

 弾ける電雷。それは四方へと散らばって――。


「見つけた」


 ――鬼の鋼鉄(クローム)を弾かせる。

 後方、三十メートルを疾走している。速力は人を遥かに超えたそれ。だが――。


「問題ない」


 そう問題はない。迅雷たる彼女にとっては。

 バチリ、と弾ける紫電と共に彼女は駆ける。《建御雷》の異能。雷電の異能。足へとそれを付与することによって、音を置き去りにして、鬼の背後へと。

 それは本能から背後へと剛腕を振るう。

 高速の中において全てがスローモーションのような感覚の中で、翔子は首を捻ることでそれを躱す。死を纏った風を肌で感じながら、その腕へと《建御雷》を振り下ろす。


『GAAAAAAA――!?!!』


 するりと、骨となる鋼鉄を斬り裂いて、飛び散る歯車と漆黒の皮膚有機体。


「き、貴様、神聖な鬼様を!」


 その背後で激昂した声。まずい。

 鬼がそちらを向く。負傷した己。恢復させる手段は喰らうこと。翔子は不可能、ならば、くみしやすいのは――。


「やらせない」


 だが、やらせない。

 たとえこの元凶だろうと、それは人だ。日柳翔子は人を助けるために生きている。それが存在理由。狂うほどに人を助けたいと、人のためになりたいと思っている。

 ゆえに、人を害す鬼の存在を彼女は許さない。

 喰らう暇など与えずに。疾風迅雷。駆け抜ける。鬼の眼前へと踊り出て、十字に鬼を切り殺す。


「ふう」


 完全に鬼が死んだことを確認して止めていた息を吐く。背後で教団の信者が何かを言っているが耳に入らない。

 なぜなら、


『GRAAAAAA――!!』


 怪物の咆哮を聞いたから。まだいる。残り。大きく強い何かが。

 つまり、それはまだ危険な人がいるということで、


「行こう」


 翔子が動くには十分な理由だった。


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