第二十一話 過去
「――――!?」
瓦礫の中で雪弥は目を覚ました。いつの間にか、自分は壁の内側にいる。落下したのか。
「なにが?」
周囲を見渡す。そこで初めて状況を理解した。
壁に巨大な穴が空いていた。それによって指揮所は崩れ、瓦礫と共に士官候補生たちは落下したのだ。内側に。何が起きたのかは自明の理だろう。攻撃だ。でなければ、こんなことにはならない。
雪弥は確かに見たのだ。何かが閃光を放つのを。それで落下した。良くあの高さを落ちて助かったものだと彼は思う。
そこで自分の下に何かがあることを感じる。柔らかく温かいそれ。それがクッションになったおかげで自分は助かったのだろう。
では、それは何か。それは人だった。人。いずなの班でライフルを撃っていた少女だ。それが自分の下敷きになって死んでいた。
衝撃によって内臓が口から飛び出しているのが見える。スカートから覗く下着は真っ赤に染まっていて、そこからも赤黒い内臓がはみ出していた。
眼球は眼孔から抜け出してか細い神経によってぶらぶらと揺れている。それだけではない。更にその下にも何人も知り合いがクッションになって潰れて死んでいた。
一番彼女がマシな状態だというだけだ。それ以外は、潰れてしまっていてわからない。運がよかったのだろう。彼女たちは運がなかったそれだけ。
吐き気を催すような光景をみても、雪弥はなんら思うことはなかった。その様は壊れた何かを思わせる。
「ああ、由宇に怒られそうだなー。はあ、やだな」
そんな状況でなお、平時と変わらぬ様子で立ち上がった。状態は最悪だった。左腕はどうやら折れている。呼吸するたびに痛みが走ることから内蔵も傷ついているのは確実だった。
それでも雪弥は立ち上がり再度周囲を見渡す。内部もまた酷い有様だった。閃光が突き抜けたのだろう。住宅街は燃え盛り、阿鼻叫喚の地獄がそこに広がっていた。
暗がりの鬼が暗がりを出て、市民を喰らっていた。紫電が走っているのを見ると翔子は無事のようだと雪弥は移動しながら考える。
「カハッ――」
「ん、おお、住吉無事か?」
「おーおー、無事無事ー、ほら、俺ってば、無敵の男ジャン? だから、無事だぜ?」
いや、無事ではない。下半身が消滅している。死んでもおかしくない状態だった。いや、生きている方が不思議なくらいの状態だった。
現に、楽勝だぜ、とか普段通りの口調で在りながら、焦点はあっておらず小刻みに視線が揺れていた。消滅した下半身があった場所からはとめどなく血が流れ出して川を創り上げている。
死ぬのは時間の問題だった。
「そう? 下半身ないけど?」
「なに? マジか、俺のビッグマグナムなくなっちまったかー」
「良くてアスパラでしょ」
「ひでえ、な――」
「おーい、住吉? あ、死んだか」
住吉が死んだのを確認して、タグを取る。とりあえず目についたタグだけは回収する。幸いにも、鬼たちは喰いやすい市民を喰らっているので、その間に回収してしまった。
それから、数発の攻撃によって穴を穿たれた壁の外を見る。異形がそこにはいた。竜のような鬼やキメラのような鬼がそこにはいた。
「ああ、に級の鬼か」
は級が更に進化した姿。より異形性が上がり、既存の生物では分類できないような姿に変貌した鬼。その上で、彼らは特殊な能力を発現する。
つまり、あの閃光はそれだろう。数にして数十体程度であるが、一体に付き、一個大隊144人が決死の覚悟で挑んで相打ちレベルの敵だった。
それが続々と地響きを響かせて都市へと向かっていた。それから再び視線を都市へと戻す。瓦礫と炎。目に映るのはそれと死体ばかり。
それを眺めていると、雪弥は何かを思い出しそうになる。かつて。そうかつて、自分が持っていたはずの何かを。
全てを失った事故。それと似た光景が広がっている。何も考えることはない。だが、目を離せない。ただじっと、その光景を眺め続けていると、
「なにしてるの!」
そこに、ぼろぼろの翔子が現れた。片腕は黒く焼け焦げ、頭からは血を流している。それでも今まで戦闘してきたのだろう。皮膚有機体の欠片が《建御雷》の刃を覆っている。
そして、背中にはいずなを背負っていた。片足が千切れているが、どうやら生きているらしい。軽い呼吸をしているのか多少動いている。ただ戦える状態ではなかった。
「あ、日柳さん」
「あ、じゃないわよ! 早く、いったん退くわ!」
無事だった翔子に手を引かれるように撤退を開始する。士官学園へと。一先ずは態勢を立て直さねば、どうしようもならない状態だった。
後ろで悲鳴を聞きながら、彼らは撤退した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
に級が到達するまで二時間ほどだろうか。巨体になるに級はそれだけ鈍重になるのだ。つまり、その間は余裕がある。束の間の休息だった。
交戦最初期に魔力を絞りつくした由宇が目を覚ます。ありったけの術式燃料をを使い果たしたことによる倦怠感が由宇を襲って、起き上がるのも億劫であるがそれをおして起き上がる。
「あ、由宇、起きた?」
「お兄様? どう、なりましたか?」
「うーん、勝ったには勝ったんだけど、別の敵が来てやばい状況」
「…………お兄様、そういうことはもっとそういう表情で言ってください」
いつも通りの笑みを浮かべたままでは危機感というものが足りない。いや、救護室として解放された訓練場の中はにいる者の表情は悲壮感で溢れている。足りないわけではない。ただただ異質だ。
「うん、そうだね」
「思ってもないでしょう」
雪弥は肩をすくめる。
「で、大丈夫?」
「ええ、なんとか。そもそも術式燃料を使い切ったわけではありません。一時的に使用できる限界量を使用したことによる気絶ですので、問題はありません」
「そっか」
「大丈夫そうね」
そこに翔子が恭吾を伴ってやってくる。
「はい、そちらは大丈夫ですか? 治療は必要ですか?」
「出来ればお願いしたいところね。今はどこも回復魔術師が引っ張りだこよ」
「では……」
翔子の左腕を由宇が回復させる。元通りになる腕。
「ありがとう。でも、事態が好転したわけじゃないわ」
「そうですね」
事態は好転しない。あと二時間もすればに級の鬼は日柳へと到達するだろう。そうなれば待ち受けるのは死だけだ。
残りの戦力は乏しい。だが、なんとかするしかない。逃げようとしたところで後ろから撃たれて終わる。対策を練らなければ。
「うーん」
「どうかなさいましたかお兄様?」
「これ、無理じゃない?」
「いえ、だからなんとかしようと対策を考えてるのですよ?」
「考えても無理でしょ。逃げよっか」
雪弥は何気なくそう言った。
「お兄様、さすがに」
「あなた、何考えてるの」
「だって、死ぬのが一番駄目でしょ? なら逃げようよ。僕らだけなら何とかなるでしょ」
言外に彼はこう言った。
都市にいる人の方が多いから、鬼はそちらに行く。だから、僕らは安全に逃げれるよ、と。
そうでなくとも、少なくとも由宇や翔子にはそう聞こえた。
「――!」
翔子が雪弥の胸倉をつかむ。だが、騒ぎにはならない。今は治療に忙しく、彼らに対して注意を払う余裕などない。
「なに?」
「ずっと言おうと思ってた。今だから言うわ。あなた、異常よ」
「…………そだね」
「否定しないのね」
「うん、しても意味ないしね」
「……私は、あなたを変えたいと思ってる。今、こんなこと聞くことじゃない。だけど、もう聞けないかもしれないから、教えて、あなたに何があったの」
「それについては、私がお話します」
雪弥は肩をすくめ、由宇は静かに語り始めた。
それは十年前の話だ。
雪弥と由宇が幼い頃。まだ日本にいて、両親が生きていた頃の話。
由宇は我が儘を言ったのだ。働いている両親のところに行きたいと。
しかし、未だ幼い由宇一人では心配である。そこで、予定があったにも関わらず雪弥がわざわざ予定をキャンセルして由宇の付き添いとして出かけることになった。
ほほえましい兄妹のお出かけ。両親が働く仕事場へおでかけであった。
だが、そこで悲劇が起きてしまう。
出かけ先でテロが起きたのである。世界情勢が不安定であり、いつ戦争が起きてもおかしくなかった。石油燃料が枯渇して中東は後がなかったし、日本の開発した軌道エレベーターと太陽光発電システムによって更に窮地に立たされることだけは避けたかったのだ。
それゆえに、彼らは軌道エレベーター完成式典にテロをしかけた。
その出かけ先というのが軌道エレベーターであり、両親の勤め先でもあったわけで。
構造上、酷く脆い軌道エレベーターは倒壊。凄まじい被害を出す。
それに二人は巻き込まれたのである。その際に、雪弥は由宇をかばいがれきの下敷きになった。頭も打ったのだろう。
その際に、雪弥は寝た切りとなる。彼は約一か月間植物状態で過ごした。奇跡的に目覚めた彼は今と同じ状態。感情を失っていたのである。
由宇は激しく後悔した。自分が我が儘を言わなければ、こんなことにはならなかった。両親すら失い、最後の肉親たる最愛の兄は自らのせいで感情を失った。
罪悪感との後悔の中で、由宇は決意した。雪弥を必ず幸せにしようと。
「つまり、私のせいなのです。私が我が儘を言わなければ、お兄様はこんなことにはなりませんでした」
異世界のことがばれないように多少ぼかして説明した後に、由宇はそう言った。
「でも、それは……」
翔子は思う。
それは由宇のせいでもないだろう。テロを起こした奴らが悪いのである。
「いいえ、私のせいですよ。だから、私はお兄様を幸せにしなければならないのです。お兄様を、こんなふうにしてしまったのは私ですから」
「…………」
「……なるほど」
翔子と恭吾は納得した。
雪弥の凶器。彼の凶器がなぜ、他人の狂想を扱えるのかを。そして、彼ら兄妹のゆがみを。
凶器を出すには自己の狂想の絶対値が閾値に達さなければならない。そう絶対値だ。つまり、それは-に振り切れていても良いのだ。
感情がない。何も思わないのは0ではない。0とは普通に思っている状態こそが0。それなのに感情自体狂想の源がないとなれば-。それが振り切れているのだ。
なるほど、だからこそ《無心》。
だからこそ、他人の狂想が使える。自己狂想が-となれば他者狂想はどうやっても閾値を超えるのだから。
「わかりましたか? お兄様をあまり怒らないであげてください。その責は私が負います」
「……よ。駄目よ。それじゃ、何も解決しないわ」
それでは何も変わらないではないか。
「はい、承知の上です。お兄様をこんな風にしたのは私ですから。そんなことはわかっています」
そう彼女は強く言ったのだ。
だが、
「それで、はい、そうですかって、私が言うと思う? あなたに無理なら私がやる。私はすべての人を救う。例外はないわ。あなたも、雪弥も全員、私が救うわ」
眩しそうに由宇は目を細めた。
なんて眩しいのだろう。彼女は。その決意は。だからこそ、彼女は雷なのだろう。まっすぐな刀なのだろう。彼女ならば変えることができるかもしれない。そう思ったのは間違いではなかった。
「はい、それも私は望んでいます。できるならば」
「やるのよ。あきらめてんじゃないわよ。私は絶対に、諦めないわ」
無理、無茶、そんなことしらない。知っていれば全ての人間を救おうなどという荒唐無稽なことは言わない。
「もう一度言うわ、あんたも救ってあげる」
そう彼女は宣言した。
その時――。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
日柳中央区、高層ビルディングの一室。日柳統治会の会議室として選ばれたこの一室は見るからに異質な空間。
暗い。薄暗い。黒色機関灯の灯りに照らされた室内は明るいのに暗いという矛盾した光景を生み出しているその空間は窮地の中にあってもなにも変わりはしない。
宇宙のようにも思える暗がり。ここに紅い双眸でもあれば鬼が出たと勘違いしてもおかしくないほどの暗がり。
だが、ここにはそんなものはいない。ここにあるのは機関ではない。人でしかない。深海の底のような場所に八人の人間がいる。
統治会の者たち。貴族院が日柳統治会になんら影響を及ぼせない理由が彼ら。超常の力を持つとされる八人。貴族ですら手出しすら出来ぬ者たち。それが彼ら。
「なんとか第一波は防いだね。次はどうする?」
優しげな声がそういう。
【蒸気甲冑を使う。あれならば、使い捨てにすれば倒せるだろう】
武人然とした無骨な機械的な声がそういった。
『クスクスクス、問題はそのあとね。それこそ救世主様にお願いしましょう。クスクス』
悪寒すら感じる美しい声がそういう。
「そうだね。じゃあ、そうしようか」
誰も知らぬ場所でそれは可決された。
すっかり遅くなり申し訳ないです。
リアルがマジに忙しいので、なかなか執筆できない状況ですが、頑張ってます。
ゆっくり更新ですがよろしくお願いします。




