第二十話 大進行
天国の父母へ。
お久しぶりです。今日は報告代わりに手紙を書きたいと思います。こちらに来てしまい帰ることもできないので墓前に手も合わせられない不孝な由宇をお許しください。
こちらに来てから早いもので、もう二ヶ月あまりが過ぎました。私とお兄様、それから恭吾さんが叢雲士官学園に編入してからちょうど二ヶ月ほど。
今までとは打って変わった生活。色々と不慣れなこともありましたが、不満はありません。何よりとても充実した二ヶ月だったと思います。この二ヶ月はまるで流星のように過ぎ去って行きました。
訓練に次ぐ訓練。最初こそついていくのもやっとでしたが、今ではなんとか普通くらいでしょうか。何とか翔子さんの期待に応えられていればいいな、と思います。理想が高すぎなので少しは妥協すればいいのに、だとかやはり思いますが、未だに班を組めているのならば大丈夫なんでしょうね。
お兄様は、相変わらずの様子ですが、人にかなり素直に従うので物覚えもよくメキメキと腕をあげてらっしゃいます。意外にも武術の才能があったんですね。
相変わらず心配なのはかわりませんが、翔子さんともいい勝負をするようになったとか、そうでないとか。妹ではありますが、お兄様が頼もしくなっていくのはなんだか、寂しい気もしますね。まあ、中身が変わっていないので目は離せないのですが。
私の方も似たようなものでした。とにかく言語式を覚えて、頭の中で更に魔術を組み立てる毎日でした。いえ、それに以外にも走り込みだとか、身体を鍛える訓練もあって今ではお兄様に負けないくらいの体力はあると思います。
なんでも、訓練が前よりも厳しくなったらしいですね。そのおかげでしょう。その姿を見せられないのは残念です。
でも、一番変わったのは気の持ち方でしょうか。あとは上下関係。士官学校だけあって、そのあたりは特になれるまでが大変でした。お兄様は当然のように従ってましたが、本当、なんとかならないものですかね。
ああ、もちろん、訓練ばかりではありません。楽しいこともたくさんありましたよ。学友の皆でお買いものだとか、休暇の時には遊びに行ったりもしました。
本当、今が戦時下だなんて信じられないくらいです。こんな日々がいつまでも続けばいい。私はそう願っていました。
ですが、そうもいかないようです。大進行が迫っているのです。ですので、そのために戦わなければならないのです。
どうか天国から見守っていてください――。
「……こんなものですね」
由宇は書き終えて、読み返した手紙を机の奥へとしまい込む。益のないことではあるが、墓前に手を合わせることもできないので、せめてこうやって報告だけはしていきたいと思う。
あるいは、遺書のつもりなのかもしれない。
大進行の知らせがあってから約二ヶ月。
鬼の大群とやらは既に日柳の目の前。軍は展開しており、士官候補生も一応の予備戦力として都市内に配置されるか、あるいは前線へと送られるとのこと。
ど日柳班は前線行きが確定しているらしい。どうにも上からの圧力だとかなんだとか。
「やれやれですね」
殺したいのか、それとも何らかの意味があるのか。それはわからない。だが、やるべきことはわかっている。
「由宇? なにやってるの?」
「いえ、少々報告をと。時間ですかお兄様?」
「うん」
「では、参りましょうか」
兄を守る。ただそれだけ。例え、命に代えても。
さあ、行こう。行きたくはないけれど、行かなければならない。そうしなければ、どのみち殺されるのだから。
――そして、戦いが始まる。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
――日柳南門外
そこに一軍が布陣している。層をなすように、凶器持ちや近接戦闘系が前、後方には魔術師や後衛凶器持ちが布陣している。その更に後ろには蒸気戦車の一団が在る。
本陣は壁の上。そこには士官候補生の姿もあった。
静かな戦場。平原には何も動いていないように見える。だが、止まっているように見えて、静かなように見えて、既に事態は動いていた。
機関が咆哮をあげて、蒸気戦車が前進する。巨大な砲塔を掲げる。
目の前、砂塵を巻き上げて、疾走する二千もの影があった。紅い双眸を輝かせて鬼が迫っていた。地響きを響かせて、地を揺るがせる。
本陣として設営された壁の上にある司令部ですら激しい揺れに見舞われている。前線の威圧感は相当だろう。
だが、逃げることはできない。逃げる場所はないのだ。ここで戦わなければならない。ここで倒さなければならない。
ゆえに、迫りくる二千ものは級の鬼へと蒸気戦車は狙いを合わせる。砲弾には有りっ丈の爆裂術式を封入して、
「撃て――!!」
号令と共に爆裂砲弾を撃ちこむ。爆裂術式を封入した砲弾が直撃するや否や術式が発動し爆ぜる。爆炎と爆煙が上がる。
凄まじい威力に平坦であった平原にはいくつものクレーターが出来上がる。どれほど削れただろうか。着弾を確認し、効果を測定する。
約三割程度の被害。比較的若い個体が砲弾による爆裂によって飛散していた。だが、鬼は止まらない。機関の咆哮をあげて進撃してくる。
勝利条件は極めて単純。鬼の全滅。
だがそれがどれほど厳しいものであるか彼女は良く知っている。かつて目を抉られた時に。は級の鬼を殺すには小隊をあてる必要がある。
そして、その小隊が半壊してようやく倒せるレベルがは級だ。つまり八人死ねば一体殺せるのだ。
「だからと言って、そうそう殺させるわけにもいかん」
ゆえに、層に分けていたのだから。
「魔術師隊! 総員、有りっ丈の最大威力を叩きだけ!」
その言葉と共に部隊後方の魔術師隊が動く。約半数の魔術師たちが一斉に言語式を唱え、有りっ丈の術式燃料を魔導路に流す。
変換された莫大な魔力は光となって辺りを照らす。美しい光景だった。こんな場所でなければこんな時でもなければ観賞したいものである。
極大の術式が展開される。上空に浮かび上がった円形の陣。一人、また一人と魔術師たちが倒れていく。術式燃料を使い切ったことによる安全のために脳が意識をカットしているのだ。
ほぼ全員が倒れると同時に魔術は起動する。
莫大な魔力が圧縮を繰り返す。繰り返し、繰り返し、繰り返し圧縮された魔力塊はまさに爆弾と同じだ。そして、それは鬼の軍勢の中心へと落下する。
『GAAAAAAAAAAA――――!?!?』
鬼の悲鳴が木霊する。
炸裂した圧縮された魔力塊は粉塵を巻き上げながら全てを呑み込んだ。破壊の嵐。炎が全てを焼き尽くす。
それは知識の中でしか知らぬ原爆の爆裂した惨状の如し。魔術師たちの全霊の一撃は、は級の鬼の半数以上を殲滅して見せた。
巨大なクレーターが出来上がり、きのこ雲が立ち上っている。
だが、
『GUOOOOOOOO―――!!』
鬼は健在。大きくその数を減らしながらも未だ、鬼はそこにいる。数は半分以下、最初の五分の一ほどだろう。
「しぶといな。だが、数は減らせた各員散開して前へ――!」
ゆえに、隻眼の指揮官は即座に近接戦闘系の兵士たちに突撃させる。今が好機なのだ。ダメージが大きく回復しきれていない今速攻で崩す。
「おおおおおおおお!!!」
兵士たちが声をあげて突撃を敢行する。得物を手に、鬼へと殺到する。遠距離攻撃持ちが弾丸を放ち回復を阻害、そこに近接系が斬り込む。
穴を穿ち、内部機関を破壊する。倒せる。残りの鬼が更に半数を切った頃。
『GAAAAA!!!』
鬼の咆哮が木霊する。
振るわれる鬼の剛腕。それと同時に水風船が弾けたような音が響いた。
振るった腕の軌道にいた兵士がはじけ飛んでいた。上半身がもげて跳び、下半身が血だまりに沈む。剣で受ければ、骨が砕け、皮膚を裂いて飛び出す。
咆哮と共に鬼がひき殺す。まさにそう言った方が正しい。戦いなどではない。ただの虐殺でもない。ただ轢き殺している。目の前に立っているから、それを潰していっているだけだった。
無論、兵士たちもただではやられない。腕を斬る。足を傷つける。誰かが倒してくれる。自分でなくとも誰かが。
「おおぉおぉ!!」
有りっ丈を込めて振るわれた兵士の剣がその頭部を両断した。
皮膚有機体を斬り裂いて、内部機関を斬る。
「行くぞ!」
「おう!」
術式燃料は回転する。循環し、その肉体を極限まで強化して、兵士たちは剣を振るう。あるいは、譲れない狂想の下に、凶器を抜き放つ。
凶器が強固な皮膚有機体をぶち破り、機関へと攻撃を叩き込む。
倒す。倒して、倒し続ける。始まりは一瞬。だが、終わりは遠い。
『GAAAAAAA!!』
鬼の咆哮。
地を揺らすほどの足踏み。それに気が付いた兵士は、咄嗟に凶器をそちらに向ける。
振るわれた剛腕を凶器が受け止めた。それと同時に嫌な音が響く。瞬間、凶器が砕け散り、剛腕が叩き込まれる。
如何に身体能力を強化していようとも強度までは強化できない。は級の拳はたったの一撃で兵士を絶命させる。
「厳しいか」
戦局は厳しい。そもそも定石を排してまで数を減らさねばならなくなった時点で負けは見えている。定石。そう小隊で当たるという定石だ。
それを崩してまで、数を減らそうとした。二千。ほぼ全軍で当たらねばならない数。おそらくそれとまともにやり合えば負ける。
ならば一瞬のうちに減らしてしまった方がまだましだ。軍が半壊と同義になろうとも。
だが、やはりそのしわ寄せは来る。残り数百体というところで、拮抗し徐々に押され始める。采配は間違っていなかった。
でなければとっくの昔に食い破られて都市に入られていただろう。ただ、相手が悪いだけだ。
「士官候補生! お前たちの出番だ」
「は!」
士官候補生、その中でも上から指示された班と後衛候補となる者たちを全員壁の上に配置していた。この時の為に。
戦場の空気に中てられて数人はえずき、嘔吐している。新兵なんぞこんなものだ。戦おうとする者がいる分だけマシだろう。
「撃て。援護射撃開始!」
指令の下、士官候補生たちが動く。いかにえずこうとも嘔吐しようとも、その身に刻まれた命令に従うという精神は身体を勝手に動かす。
後衛系凶器持ち、あるいは銃を得物とする士官候補生たちが一斉に動き出す。
「ほら、行きますわよ!」
いずなが、その長大な弓を顕現させる。ビシッ! という擬音が聞こえそうな程指を突き出して、矢をつがえる。
「私は、こんなところで負けていられませんの!!」
都市内で戦っている三上を思う。そう死ねないし、負けられない。都市内で大進行に合わせて活性化した都市内の鬼の掃討に当たっている。つまり、ここで負ければ彼らも死ぬということだ。
ゆえに、負けられない。
矢をつがえて打つ。
同じく、長大なライフルを構えた彼女の班員もまた同じようにライフルを構える。
「風向き、修正、変更、修正、湿度、修正、安定、温度、修正、照準、補正……」
魔術式のライフル。魔導路を術式燃料が通り、首筋に存在する接続肢によって接続された銃身の術式回路へ魔力が流れる。
刻まれた術式が魔術を起動する。追いかけっこの時と同じく三つ、射程延長、対象指定、追尾。
「さて、僕も頑張るかな」
雪弥もまた弓を構えて矢を穿つ。
弾丸と矢の雨を戦場へと降らせる。それは確かな援護となる。
「さて、じゃあ私も」
轟雷が降り注ぐ。紫電を纏い翔子は駆ける。壁を駆ける。戦場を抜けてきていた鬼が壁を登っている。ゆえに、落とす。そのために彼女は壁を垂直に走る。
気合いと共に、《建御雷》を振るう。弾かれる感触と共に皮膚有機体にわずかな傷を付けるだけで鬼を斬るには至らない。
「だったら!」
走る。壁を走り、
「はああああ!!」
回転を加えて《建御雷》と轟雷を振るう。回転のエネルギーと共に紫電を纏う刃は鬼を両断する。
「次!」
次へと彼女は走る。戦場へ出れぬ身が恨めしい。あそこで死んでいる者たちがいる。それを救えない自分が恨めしい。だからこそ、今は任務に集中して、上がってくる鬼を斬ることに集中する。
壁を登っていることによって腕が使えぬ鬼。一方的に斬っていく。
雪弥やいずなが矢を撃つ、弾丸を撃つ。作業のように続ける。
前線もまた、同じく。避けて、攻撃して、避けて、斬って。それを続ける。蒸気戦車も同じように、ただ敵に砲撃を続ける。その効果は徐々に薄くなくなっていく。
その中で、時間の感覚が麻痺を始める。
未だ、敵は健在。戦いは続く。
「最後だ!」
そして、ついに、最後のは級の鬼へと相対する。
『GRAAAAAAAAAA――!!』
鬼の咆哮。たったそれだけで、前に立っていた兵士たちが消滅する。振るわれる剛腕。槍のような腕は幾人もの兵士たちを串刺しにする。
だが、矢が刺さる。銃弾が直撃する。動きが鈍って行く。関節を破壊され、鬼が悲鳴を上げた。
勝てるのだ。
「おおおおおおおおおおおお!!!」
兵士が咆哮をあげる。千切れ飛ぶ腕などどうでもいいとばかりに、ただ剣を前にして突撃し、その機関を穿った。
戦場の全てが停まる。矢も、弾丸も、全て。全てが停まる。動くのはゆったりと倒れる鬼だけ。轟音を響かせて、最後の鬼が地へと伏した。
「お――」
「おおおおおおおおお!!!」
勝鬨が上がる。
全体の三割の兵士が死んだ。だが、ここに確かに生きている者もいる。ほぼ壊滅しながらも、二千ものは級の鬼を撃滅することに成功したのだ。
「やった」
「やったぞ!」
「やったーーー!!」
勝利だった。誰がどう見ても。動く鬼はいない。血だまりの中で鬼の機関は駆動を止めている。動く鬼はいない。
勝ったのだ。
――その瞬間、閃光が、全てを呑み込んだ。
おそくなり申し訳ないですが、次回も遅れそうです。
リアルがかなり忙しくなってます。時間がある時にちびちび執筆してますが、どうにも遅れそうです。
すみません。




