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狂想のインサニティエッジ  作者: テイク
第一章 始まり
16/22

第十五話 演習その2

 杉原教官は軽めに走っていた。

 いろいろと破天荒を地で行く彼女もさすがに編入初日の生徒をブッ飛ばすほど冷酷ではない。それくらいの常識的判断はできるくらいには大人だし、大人げなくブッ飛ばしに行きたいと思ってしまうほどには若輩でもある。

 ゆえに、追いつくか追いつかないかのギリギリを見極めて彼女は買い食いしつつ生徒たちを追っていた。すぐに最後尾を走る連中の姿が見える。

 ほとんどが魔術戦闘科の生徒。魔術にかまけ過ぎて気功術を疎かにするからこうなる。まあ、それも仕方ないだろう。気功術と魔術は同時使用ができない。いや、できないわけではないが戦闘継続時間が非常に短くなる。

 なにせ、どちらも使うのは同じ術式燃料。同時使用すればその分に使う術式燃料が減る。気功術はまだしも、魔術は使えば使うほど術式燃料の総量が減るのだ。術式燃料が減ると気功術の強化率も下がる。

 ゆえに、魔術師(ウィザード)は気功術に高い適性を示すもののあまり使おうとはしない。確かに使えるには使えるが、基本的に魔術の習熟の方に力を入れる。その方が威力が高いからだ。


「おーおー、頑張ってる頑張ってる」


 ゆえに、前線組に比べるとつたないことつたないこと。いや、二か月前よりははるかにましだ。だが、まだまだ。もっと頑張ってもらわねばならない。素質は十分ある。直ぐに前線組に並ぶほどの気功術の使い手に成れるはずだ。

 ともかくとして、前線組も含めてあれらを使いものにするのが自分の仕事。できるだけ良い評価をもらい楽な生活をするには彼らに頑張ってもらう必要がある。


「さあて、んじゃ、尻叩くとしますかねえ」


 背中の剣は抜かない。走りながら屋根の煉瓦を抜き取り、


「おらああ! 躱せよガキ共!!」


 ぶん投げた。


「どあああああ!?」


 背後から飛んで来た流星の如きそれに慌てて後方集団は躱す。躱さなければ大惨事確定なのだ。死んでも躱すだろう。


「あら、いない」


 ばらけた生徒たちを見ながらそう呟く。てっきりあの三人、編入組は後方にいるかなーとか思っていたので、意外に良い拾い物だったんだなあ、と思う。


「ふむふむ、結構結構」


 とか思っていると、由宇の言語式を聞いた。


「ええと――

 顕れよ、機関を駆動させるもの。

 紅蓮に燃える灼熱の劫火。

 槍となりて、森羅万象全てを焼き貫け。

 顕現――火炎型一番・轟炎槍」


 身体の中央よりやや下のあたり丹田と呼ばれるような場所から右手の平まで術式燃料たる生命力、あるいは生命エネルギーと呼ばれる術式燃料を由宇は通していく。

 自前の魔導路を術式燃料が通り、魔術の根源である魔力へと変換され、発声による言語式と手の平に存在する刻印式を合わせることにより式が展開され二音節の魔術が発動する。

 魔力の猛りと共に術式が展開されて、炎の槍を放つ。


「おおう!?」


 と同時に雪弥が突っ込んでくる。


「てい!」


 《罪花》が生き物のようにうねりその茨を叩き付けんと杉原教官に迫る。跳んでそれを躱せば、そこに再び、炎の槍が放たれる。恭吾の放ったものだった。

 しかし、それも全て躱す。術式燃料を更に加速させて循環させ、身体能力をあげて躱した。追撃に備えれ身を低くして背の剣の柄に手をかけるが、追撃は来ない。

 代わりに会話が聞こえて、


「見た?」

「はい、見ました。なるほど、ああやるのですね。お兄様の説明では分かり辛いですし、見ようにも走りながらではよくわかりませんし。やはり、教官のを視るのが一番ですね」

「……おい、もういいだろう。さっさと行くぞ」


 三人は再び走って行く。

 どうやら由宇に気功術を見せるのが目的であったらしい。


「わからんかったら聞けばいいのに。まあ、自分でやるってのは評価できるわねえ」


 中々面白い奴らじゃないか、と思いながら杉原教官は追うことを再開する。

 そんな彼女から気功術を盗み見た由宇は今までとは打って変わって速度を上げていた。術式燃料の流れを視れる才能は魔術の習熟にも、気功術の習熟にも破格の才能。

 ゆえに、教官のをそれを盗み見て、加速も減速も自由自在に術式燃料を流し身体能力を強化する。今まで参考にしていた魔術師たちとは雲泥の差。しかも、わかりやすい。無駄が多すぎてわかりにくかったのだ。これでなんとかなりそうだった。


「強化部位は遅く、それ以外は速めに流して術式燃料を循環させるのが良いみたいです」

「へえ」

「……わからん」

「それでどうしますか? 確か、翔子さんに班単位で一回攻撃して良いと言われましたが」

「どうする?」

「……知らん」

「このまま走ってればいいんじゃない?」


 そうですね、と由宇も了承する。恭吾はもとから追う気はない。面倒事はあまりしたくない性質なのだ。ゆえに、このまま後ろを心配しなくていいくらいの場所でゆったりと走っておきたいのが望みだった。

 なにせ、恭吾の凶器の身体能力強化は弱い。かといって気功術も使えない。凶器とは術式燃料を形成したものであるからだ。翔子のような規格外でもなければ不可能・

 ゆえに、凶器を使える者は基本的に気功術が使えない。今、純粋な身体能力と凶器によるか細い補正だけで走っているのである。それだけに、この先もある実習のことを考えればあまり無理はしたくないのだ。


「……んじゃ、そういうことだ」


 中央区に差し掛かり摩天楼の屋上を跳び移りながら抜けて、南地区を走り抜けて、真ん中あたりで雪弥たちはゴール地点に辿り着いた。

 ゴール地点。日柳南外門。都市の内と外をつなぐ三つの門の一つだ。そこの広場に第107期士官候補生は集まっていた。ここまで走ってきたが、ここからが本番である。


「班で集まってる? 集まってるわね。それじゃ、説明するわ。これからの行動は二班による一個分隊じゃなくて二個分隊の一個小隊規模で行動しなさい。

 わかる? これからあんたたちには、は級を狩ってもらうわ。まあ、新人もいるけど、学園主席が一緒だし。回復役もいるし大丈夫でしょ。無理なら私が割って入るわ。

 さて、それじゃ外に出るけど、あまり離れすぎないように。危なくなったら速撤退。良いわね!」

「はっ! 了解であります! 教官殿!」

「よろしい。じゃ、小隊で集まれ」


 ゴールした時に配られたメモのとおりに小隊を組む。


「よし、じゃあ、外出たら固まってなさい。他の教官たちが弱らせて連れてきた奴をそれぞれの小隊が倒す。倒せなかったら居残りね。はい、んじゃ、行くわよ」


 ゲートが開く。ゆっくりと。開いたゲートを雪弥たちはくぐる。光の中から、闇の中へと。そんな比喩が正しいだろう。まさにそんな感じだったのだ。

 黄昏の街の外は完全な闇。都市を囲む外壁に施された機関灯の灯りがなければほとんど前の見えないない薄暗闇だ。

 昼間だというのに、太陽がないという弊害は大きい。だが、見えないわけではない。大機関灯による明かりが降り注いでいるというのもある。ただ、それ以上に、大勢の獲物が来たと鬼が騒ぎ、赫の双眸が妖しく周囲を照らしているのだ。 

 いる。その事実に第107期士官候補生たちは恐怖を感じる。今まで訓練してきた。力もついただろう。だが、一瞬の油断が命取りになる。一回のミスが命取りになる。

 それに思い至った瞬間に、恐怖は伝播して伝わるのだ。


「ふーん、ここが外か」


 だが、そんな気負いのない男が一人。編入組の雪弥だった。外だというのに。恐怖が否応なく押しつぶそうと圧をかけてくる外だというのに、彼はまったくと言っていいほど気負いもなく、恐怖すら感じていない風で、自然体で立っている。

 翔子や熱田ですら緊張しているというのに。彼はただ、自然体で笑っていた。


「よーぉし、んじゃ、日柳小隊から行こうか」

「は!」


 日柳小隊。つまり翔子の小隊から、始まる。


 戦闘訓練スペースとして壁に区切られたさながら闘技場のような場所の中は暗い。そして、その中には隻腕の鬼がいる。

 は級の鬼だ。

 ろ級が更に人と機関を喰らい進化したものがは級。ろ級と比べ格段に強くなっており、怪物的な要素が強まりより異形然した姿になるが、それと比例して知性も向上しておりたどたどしいながらも人語を介すようになる。

 闘技場の中にいる隻腕の鬼は間違いなくは級だった。獣の牙や爪をもち、残った隻腕は長大に膨れ上がり、生物としての体裁を成していない姿。異形だった。まさに。今まさに何かに変態中とでも言われれば納得しそうな形態。

 学生であれば、隻腕であろうとも下手すれば死ぬような怪物。下手をしなくても死ぬかもしれない怪物の出現に、訓練を受けた彼らも足踏みする。だが、


「んじゃ、行こうか」


 そんな気負いすらなく。未だまともに訓練を受けていない雪弥は恐怖を感じていないかのようにさっさと闘技場に入って行く。


「私たちも行きましょう」


 翔子の言葉で、他の彼らも動き、雪弥を含めた16人は闘技場へと入った。

 鬼が唸るのを止める。獲物の匂いを感じ取った。来た、来た、来た。ああ、来た。

 歓喜のように歪んだその顔を嗤うかのようにゆがませる。獲物。16の人間。その双眸が捉える。もはや眼という位置に存在しないそれは、されど鮮明にそれを捉える。16の人間。

 殺せる。殺せる。喰える。そう、喰えるのだ。己は、間違いなく。そうすれば、ここから出れる。このような場所から出れる。斬られた腕も修復できる。


『GRAAAAAAAA――――!』


 鬼は咆哮を上げる。

 ビリビリと大気を揺らすそれを、雪弥たちは肌で感じながら。されど、彼だけは気負う様子もなく。


「倒せばいいんだっけ?」

「お兄様、そうですが、あまり無茶はしないように。皆様、少なくとも恐怖を感じておりますから」

「そう? まあ、由宇がいうならそうするよ」

「それじゃあ、作戦通りに。前衛がひきつけて、皮膚有機体を削ぎ落として、後衛が核を破壊する。良いわね!」

『了解!』


 16人がふたつに分かれる。八人が前衛。八人が後衛。普遍的な定石。鬼もまたそれを知っている。だが、限りなく増幅した飢餓感と、今から人を喰えるという歓喜は、そんな定石を忘れさせるには十分だった。


「行くわよ!」


 いの一番に切り込むのは翔子。紫電を纏い、《建御雷》を振るう。

 されどは級の鬼はそれを軽く受ける。異形と化し、ぎょろりとした赫の眼を翔子に向けて、隻腕となった腕を振るう。

 即座に、翔子は離れる。その腕の外へ。されど、ぱっくりと、制服の腹が切れた。


「つっ!」


 そこに鞭が振るわれる。大上段から振り下ろされたそれ。自在に操れる先端は音を置き去りにして、鬼の肉を抉らんとする。

 しかし、当たらない。振り下ろしただけの一撃は空を切る。その隙を鬼は見逃さない。地面がえぐれるほどの衝撃を発して、鬼は雪弥の前へと躍り出て、隻腕を振るう。絶対致死の一撃。誰もが恐怖で硬直するであろうそれを前にして、


「お兄様!」

「……雪弥!」


 親しい者たちからの悲鳴のような叫びが聞こえる。されど雪弥は未だ余裕を崩さない。何でもないでしょうとでも言うかのように。

 今まさに振り下ろされる鬼の拳に向かって《罪花》を向けて、


「僕は何も持っていない。

 かつて、あの日、あの時に僕は全てを失った。

 ゆえに、これは与えられたもの。彼女にもらったもの。

 これは彼女の狂想。

 それは僕に対する認められないという憤り。

 それは僕に対する眩しい変革の決意。

 僕は、その狂想を抜き放つ。

 狂想顕現――凶器・閃心刀(せんしんとう)八雷(やくさのいかつち)》」


 ――言葉を紡ぐ。

 冷静に紫電を纏う刀へと変化させる。剛腕と変化どちらが速いか。速かったのは変化。誰かを救いたいという想いは、危機に瀕する雪弥を前にしてその純度を増す。ゆえに、その力をあげて《八雷》は顕現すした。

 鬼の剛腕を雪弥は受ける。《八雷》の切れ味により、その腕の半ばまで刃が通る。これ以上は堅すぎてはいらない。

 だが、十分。残っていた隻腕すらも雪弥によって潰された。

 そのまま雷電を流し込む。


『GAAAAAAAAAA―――!!!』


 だが、は級はこの程度では倒せない。しっかりと自らの肉体に食い込んだ《八雷》を掴んだ雪弥をそのまま自らの肉体を振り回して投げ飛ばそうとする。

 だが、その前に、雪弥は《八雷》を手離した。執着などなく。凶器に対する愛着もなく、ただ危ないから、と己の武器を捨てた。

 ゆえに、大振りしていた鬼は隙を晒すことになる。


「今だ!」


 前衛組が一斉に攻撃を集中させる。


『GAAAAAAAA―――』


 鬼の悲鳴が響き渡る。自己再生を続けるも、素材が足りない。だからこその飢餓感。狂乱したかのように鬼がぱっくりと割れた隻腕を振るう。

 さながら暴風のようなそれ。だが、当たらない。そこに放たれる後衛の魔術や遠距離凶器の一撃。次々と放たれるそれは、鬼を削り取って行く。

 そして、鬼は動きを止めた。


「はい、終了。ちょっと、弱らせ過ぎたかなあ。んま、いいわ。良くやったわね。初心者三人を抱えての勝利とは思えないわ。次もあるからさっさと上がってきなさい。怪我した奴は回復してもらう事」


 そういう杉原教官の評価を聞いて彼らの実習は終わりを告げた。


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