殺人日和とはこの事かな
「……変な刑事。」
そう言って峰は名刺をビリビリと切り裂いた。
亜理抄は笑いながら言った。
「でも、本当に漫画から出てきたみたいじゃない?女好きで名刺を配るところまでそっくり」
「遠藤新作は男をナンパしたりしませんよ。男性名で名乗ったのに気付かないし」
「まぁ、そこまでうまくはいかないものよ。ほら探偵じゃなくて刑事だったり。漫画とアニメでも微妙に設定が違うことがあるでしょ?」
「あんな下心刑事の事よりも……今回の模倣犯、どう思います?」
「あぁ、漫画の真似をされる覚悟はあったから…でもそのせいで人が殺されたと思うと遺族に申し訳がないわ」
「先生、漫画は人を殺しませんよ。殺すのは人間ですよ」
その峰の言葉に亜理抄は少し微笑んだ。
「峰ちゃん、明日からしばらく仕事の後も付き合ってもらえないかしら?」
「いいですけど。どうしたんですか?」
「私の漫画の模倣をしているなら止めないとね……やっぱり責任はあるわ。」
「でも、危なくないですか?」
「そのためのボディガードをお願いしたいわけね。峰ちゃん、空手の全国大会優勝者でしょ?」
峰はポーズを決めて言った。
「乙女の護身術ですよ基本、基本!」
「さっきまで男とか言っていたくせに」
峰が帰った後に亜理抄は寝室に入った。
ベッドの脇の写真立てを見つめる。
そこには亜理抄ともう一人の女性が写っていた。
「瑠々……」
写真の裏には「寿賀 瑠々」と書かれていた。
寿賀 瑠々。
それは漫画家・寿賀 亜理抄のペンネームであった。
「なるほど、漫画の模倣犯ですか。お手柄ですな遠藤警部補」
「やだなぁ、亀ちゃん。そんなに褒めないでよ」
亀刑事に褒められて遠藤警部補は上機嫌であった。
事件が発生した翌日にこのような証拠を見つけてくるのであるから、捜査本部の評価は高かった。
「ふん、模倣犯だと分かったから何だってんだよ。犯人を捕まえてこい。犯人を。」
一人だけ津川警部だけが陰口を叩いていた。
亀刑事が漫画のコピーを読みながら言った。
「しかし、これが模倣犯だとすると事件はまだ続くって事ですかね。」
「いいところに気付いたね、亀ちゃん。この漫画は残念ながら打ち切りにあったせいで犯人が誰か分かっていない。まぁ、分かっていてもそこは模倣できないと思うが。しかし、捕まる直前までは書かれている。犯人が事件をなぞっていく可能性は高い。」
「何かの預言書みたいですね。」
「そう、預言書だよ!しかも最初の犠牲者と今回の犠牲者の名前は一致する!つまり、同じ名前の人物を警護していけば…」
漫画の中で殺されたのは……
最初に左手首を切断された「初音 未来」
2番目は右手首を切断されて気から吊るされた「土田 順平」
3番目は足首を切り取られ湖の真ん中でシンクロするように死んでいた「安田 大地」
4番目は首を切断されて車庫に入っていた電車にくくりつけられていた「ジェームス・ポンド」
最後に狙われたのは…
遠藤新作が入れ替わっていたため分からなかった。
「さぁ、亀ちゃん!この預言書に載っている名前と同じ人物を探し出して保護するのだ!」
「ちっ、全国に同じ名前の人間が何人いると思っているんだ!」
津川警部が少し大きな声で呟いたが、相変わらず、遠藤警部補の耳には届いていないようだった。
会議が終わり、遠藤警部補が外に出ると、そこには未来の妹の綾が立っていた。
遠藤警部補を見つめながら綾は話し始めた。
「……何か進展はありましたか?」
昨日は泣いていたため顔が分かりづらかったが、良く見ると端正な顔立ちをしている。
遠藤警部補は胸を張って言った。
「もう、犯人は捕まえたも同然です!安心してください!」
その途端、綾は泣きながら遠藤警部補に抱きついた。
「私……犯人が絶対に許せない!お姉ちゃんが何をしたって言うの?絶対に捕まえてくださいね!」
遠藤警部補は綾のいい匂いを嗅ぎながら思った。
(そういえば、漫画の中の遠藤新作も被害者の妹に泣きつかれていたな…本当に預言書なのかもな。だったら犯人逮捕も予言なのかも……ヒヒヒ)
そんな不謹慎な妄想をしていた。
しかし、遠藤警部補の「預言書」という表現はあながち間違っていなかった。
リストカッターは車を止めた。
周囲を見回す。
信じられないぐらいに周囲は人気がなかった。
(殺人日和とはこの事かな……)
リストカッターはここに殺人をしにきたわけではなかった。
殺人の後始末をしにきたのであった。
深夜。
普通の街ならコンビニがあるのだろうが、この辺にはそのようなものはなかった。
おまけに周囲の家は全て寝静まっているかのように暗い。
外界との関わりを持ちたくないとでも言わんばかりに。
(半年前の前フリのおかげかな。)
リストカッターはトランクから荷物を取り出した。
寝袋のようなそれからジーッとチャックを開けると中から出てきたのは……人間であった。
右の手首が切られて絶命している。
(本当はここで殺したかったんだが……さすがに失血死する前に警察がきそうだな。)
リストカッターは死体を軽々と持ち上げ紐にくくりつけた。
そして近くの大木に吊るし上げた。
その間、わずか10秒。
そしてポケットからパンダニャンの人形を取り出し、木の下に投げ捨てた。
周囲の様子を伺う。
相変わらず人気はなかった。
そしてリストカッターは闇夜に姿を消す。
不審な音を家の中から静かに伺っていた住民の通報を受けて警察が来るのはその10分後であった。
「気合入っていますね」
峰が呟いた。
「何が?」
「先生がこの時間に起きているって事ですよ!今、朝の7時ですよ?よく起きられましたねー」
感心している峰の気持ちとは対象的に亜理抄は眠そうに答えた。
「だって江田君との約束が8時だったから……私だってもう少し寝ていたかったよ」
江田とは探偵遠藤新作シリーズを描いていた時にアシスタントをしていた子であった。
昨日の夜に会う約束をして、指定された時間がこの時間なのであった。
「それでも、先生が自力で起きるなんて……奇跡ですよ」
「言ったでしょ?責任があるって」
「まぁ、普通の社会人は何もなくてもこの時間に活動しているわけなんですが……」
亜理抄は峰の言葉に頬を膨らませた。
珍しく化粧をしているせいか普段のジャージ姿に比べて可愛く見える。
「で、どんな子なんですか江田君ってのは?化粧する奇跡の2つ目を生み出すぐらいだからイケメン?先生とのロマンス有り?」
亜理抄は微笑んで答えた。
「化粧なら外出する時ぐらいはします…そうね、少なくとも私好みの子ではなかったわ。いがぐり頭のまじめそうな子よ。」
「そいつは僕も好みではないですね……っていうか、先生に現実の男で好みなんているんですか?」
「そうね……」
亜理抄は少し考えてから言った。
「峰ちゃんみたいな子とか。」
「今流行の女装系男子が好みですかい。僕が言うのも何ですが。でも、残念。先生は僕の好みではないです。」
「あら。じゃあ、どんな子が好みなの?」
「秘密。って今、恋愛話に華を咲かせる時じゃないでしょ!その江田君って子の事ですよ!」
「本当はね、よく知らないの。アシスタントをやっていたのも探偵遠藤新作シリーズをやっていた時だけだし。今ほど速筆じゃなかったけど、ちょっとしたヘルプしかしてもらってなかったから1週間に1回しか呼んでなかったし。」
寿賀 瑠々は速筆で有名であった。
仕事をあんまりとらないせいもあったが……
峰が毎日来ているが、実際にはそこまで必要ではない。
むしろ峰は漫画のアシスタントよりも電話対応、買出し、掃除、洗濯……
ズボラな亜理抄のマネージャ……いや、家政婦?のような役割を補っている。
峰は聞いた。
「じゃあ、何でそんな他人に近い子を尋ねにいくんですか?」
「江田ね、持っているの。リストカッターへんのギャルOh!を。」
「容疑者ですね。」
「そこまでは!……まあ、あるかも。思い付く知っている人は全員当たっとかないとね。」
峰はため息をついた。
「犯人探しの前に容疑者探しですね……現実は面倒くさい。ドラマや漫画だと容疑者は最初に勢ぞろいしているのに……」
「漫画やドラマで後から出てきた人が犯人だと興ざめでしょ?あれは演出よ。」
話をしているうちに目的の場所に近づく。しかし、何やら様子がおかしい。
「何か騒がしいですね?あれってパトカー?」
「事件かしら……」
何かいやな予感がする。
そうそれは、遠藤警部補に模倣犯の話を聞いた時のような。
峰が亜理抄の方を振り返って言った。
「……行ってみましょう」
「そうね」
騒ぎの中心は児童公園のようだ。
公園の周りをテレビドラマでよく見る「警視庁」の文字が書かれたテープで囲ってある。
峰がちょっと感動して言った。
「あのテープ生ではじめて見ましたよ……」
「私は何回かあるわ。交通事故のだけど。」
「その経験の差が売れっ子漫画家とうだつのあがらないアシスタントの違いなんですかねぇ……」
「漫画に生かしたことはないけどね。その経験。」
テープの周りは警察官が警護している。
一般人を入らせないようにしているのだろう。
峰が口を開いた。
「やじうまはここまでにして行きましょう。約束の時間に遅れますよ。」
しかし、いやな予感が晴れない。
「……まだ時間はあるわ。もう少しいましょう。」
「先生ってやじうま根性あったんですね……その差が。」
「それはもういいの!……何かここから離れちゃいけない、そんな気がするの。」
しばらくすると誰かがテープの前の警察官ともめ始めた。
「あのみすぼらしい格好は……」
「遠藤警部補ね!行きましょう、峰ちゃん!」
「だーかーらー。手帳は忘れてきたんだってば!」
「いいえ規則ですので。」
「もうわかんない奴だな!これでも僕は……」
遠藤警部補はまたしても警察手帳を忘れてきて現場に入れなくなっているようであった。
亜理抄と峰が後ろから近づく。
声をかけようとした瞬間に奥から初老の男性が出てきた。
「遠藤警部補?」
亀刑事であった。
「あっ亀ちゃん!こいつ何とかしてよ!」
亀刑事は警察官に説明をしたが警察官は首を横に振った。
「いくら警部補でも規則ですから。」
どうやら遠藤警部補の態度が気に入らなかったらしい。
「お前!エリート出世したら絶対飛ばしてやるからな!」
そんな遠藤警部補をなだめて亀刑事が言った。
「まぁまぁ。警察官が規則を遵守しようとするのは良い事ですから……」
すぐ後ろで峰が噴出して言った。
「ださっ……まさか、先生はこれを待っていたんですか?まぁ、見られて面白かったですけど。」
しかし、亜理抄は険しい表情のままであった。
「違う……まだ何かある……まだ……そんな気がする。」
尚も騒ぐ遠藤警部補をなだめるように言った。
「まぁ、今現場に言っても写真を撮っているだけですから……」
「もういいよ。とりあえず、状況だけ説明してよ。」
「えぇ、被害者の名前は江田順平。この周辺に住む男性です」
江田……順平?
それは亜理抄達がこれから会いに行く人物であった。
「先生……江田君の下の名前って知らないんですけどもしや……」
その途端、亜理抄は走り出した。
遠藤警部補と亀刑事の下をくぐりぬけて。
制止しようとした警察官もくぐりぬけて。
走り抜けたその先にはまだ見つかった状態の惨劇があった。
木に逆さにくくりつけられた男性の死体が。
右の手首は切り取られポタポタと血がたれていた。
それよりも異様なのは顔であった。
左半分はグチャグチャに潰され、頭には大きな杭のような物が刺さっていた。
「江田君……」
亜理抄は死体となったその人物の名前を呼んだ。
昨日の夜、電話で喋ったばかりの人物を。
「何をやっている!ほら出て行って!」
死体のそばで調査をしていた津川警部が亜理抄の肩をつかんだ。
呆然としている亜理抄は津川警部に引きずられるように離れていった。
その途中で目に入ってきたものがあった。
ホッケーマスクを被ったパンダニャンが死体の木のそばにもたれかかっていた。