もしかしたら犯人の事を一番分かっているのは先生なのかも
亜理抄と峰は警察署に連れて行かれた。
勝手に現場に入った説教もあったが、何よりも遠藤警部補の方に用事があったようだ。
それは亜理抄達の方も同じであった。
「遅いですね……遅刻ばっかで本当に遠藤新作みたい。悪いとこばかり。」
もう1時間以上も待たされている。
その間に亜理抄は峰に江田が殺されたこと、現場の惨状を説明していた。
「いやー、すみません!遅刻は多いほうですが、今回は不可抗力なので……」
遠藤警部補の言葉に峰が口を尖らす。
「遅刻は遅刻でしょ。」
「いや、ごもっとも!しかし、参りましたよ。次に殺されるのは土田順平だなんて上司に言っていたもんだから大目玉食らっちゃって……違うじゃないか!って。」
峰は首をかしげて言った。
「何で土田順平……あっ、もしかしてリストカッターに殺される犠牲者の名前!」
「えぇ、さすがふじおちゃん。理解が早い。一人目が同じ名前だからそう踏んでいたんですが……江田順平なんてニアミス!まさにミスリード!……じゃないな。そこまでこだわる犯人じゃなかったのかね?」
「違うわ。」
亜理抄がピシャリと言い放った。
その一言に峰と遠藤警部補はピタリと黙り亜理抄の次の言葉を待った。
「江田君の顔の左半分は潰されていたわ。これで左がなくなってエ田……そして頭には杭がささっていたわ。」
遠藤警部補が感心半分、あきれ半分に言った。
「頭に杭で土田……土田順平……あら一致。ってこじつけすぎませんか?いや、先生がじゃなくて犯人の方がね。」
「もし、私が犯人なら。」
「はい?」
「私が犯人なら漫画の登場人物の名前をストレートに使ったりしない。少し謎かけのような工夫をする。」
遠藤警部補はふむぅと腕組みをして考えてから言った。
「それでは一人目がストレートだったのは?」
「いきなり謎かけをしても誰も気付いてくれない。だから最初の事件で気付いてくれるような名前にしたのよ。」
「でも、気付かなかったら二人目が謎かけだとすら考えないんじゃ?」
「犯人は気付くと思っていましたよ。きっと私なら。」
峰が口を挟んだ。
「先生なら……ってどういう。」
「警部補さんは気付いているでしょうけど、今回の事件は私へのあてつけ。パンダニャンを置いたのも警察が作者のところへいくであろうと見越した上での行動。そうすれば私が遅かれ早かれ事件の事を知るでしょう?」
「なるほど……でも、それって狙いは先生……」
そこで遠藤警部補が制止した。
「それは大丈夫!預言書……もとい漫画のこの後の展開では殺されるのは男性ばかりですから女性である先生とふじおちゃんに手を出される事はありません!」
峰が自分の性別の事を言おうとした瞬間に亜理抄が言った。
「確かに漫画の流れに大きく逆らった事件は起こさないでしょうね、この犯人は。」
「でしょう?」
「でも、顔を潰したり杭を刺したりしてルール通りと見なす犯人ですよ?性器を切り取ったり繋いだりしてルール通りを装うんじゃないかしら?」
その言葉に遠藤警部補と峰は思わず股間を押さえる。
そんな二人の様子を気にせず亜理抄は続けた。
「とにかく次の被害者を漫画の登場人物から探すのは止めたほうがいいわね。次の事件はもっとこじつけた名前を狙ってくるでしょうから。」
「まぁ、言われるまでもなく上司はその線は外すみたいですが。」
峰が横から口を挟む。
「殺される人より犯人逮捕ですよ!何かヒントとかないんですか?」
「ヒントねぇ…1年ぐらい前にあの近辺で通り魔事件が起きたとか……」
「おっ。くわしく。」
「でも、犯人は捕まっていますよ?怪しい物音がするから近くの民家の人が外の様子を窓越しに覗き込んだら通り魔が人を襲っているところでした。」
峰は身震いして言った。
「それは…トラウマですね。」
「でも事件はそこで終わらなかった。通り魔が見られていたことに気付いちゃったんですね。そのまま民家に突撃してその住民は帰らぬ人に……」
「げーっ。悲鳴とか聞こえてももう絶対外見ない……」
遠藤警部補は頭を掻きながら言った。
「まぁ、そのせいで今回の事件も目撃者がいないんですよ。みんな「見たら殺される」と思うようになっちゃって。半年前にも不審な物音がするって通報があったんですけど、みんな外を見ないもんだから目撃者はゼロ。」
亜理抄は少し考えてから言った。
「それって同一犯じゃ……」
「えっ?だから通り魔は捕まって……」
「そっちじゃなくて半年前の方。不審な物音を立てて誰かが出てくるかどうかを実験していたんじゃないかしら?」
遠藤警部補はなるほどと納得した顔をした。
亜理抄は続けた。
「遠藤警部補。半年前も目撃者はいなかったんですか?」
「えぇ、今言ったとおりみんなビビって……」
「そうですか……」
峰が亜理抄の質問の意味を疑問に思い聞いた。
「何でそんな事を聞いたんですか?実験なら目撃者がいなくて大成功じゃないですか?」
「そうなんだろうけど……さっき、言ったでしょ?近くに置いてあったパンダニャンがホッケーマスクを被っていたって。」
ホッケーマスク……
遠藤新作シリーズの一つ目のエピソード。
「死体にホッケーマスクを被せるとか考えたけど、違っていた。となるとホッケーマスクを被って目撃されるのがあのエピソードを連想させるかなと。」
峰は感心する。
亜理抄は始めてみるアニメやドラマの先の展開をピタリと読み当てるところもあったが……
今回は特にすごい。
(もしかしたら犯人の事を一番分かっているのは先生なのかも……)
その時、亀刑事が遠藤警部補に何かを耳打ちした。
遠藤警部補は驚きながらも二人に説明した。
「……先生の読みが当たっていましたよ。別の市で車を盗難した人物がホッケーマスクを被っていたのが防犯カメラに映っていたみたいですよ。」
今度は峰が驚いていった。
「すごい……でも、車を盗難って?」
「あぁ、言ってなかったですね。犯人……「リストカッター」は盗難車で死体をあそこまで運んできたようです。近くに盗難車が乗り捨ててありました。あっ、死亡したのは別の場所のようですよ。あそこで失血死を待つ前に通報された警官が救出にきちゃいますから。被害者を殺す、車を盗む、車で運ぶ、死体を吊るす、車を乗り捨て。口で言うのは簡単ですが、マジシャンみたいな奴ですな。」
亜理抄は言った。
「恐らく防犯カメラに映ったのはわざとね。半年前から計画している用意周到なリストカッターがそんなへまをするわけがないんだから。」
そこで峰が気付いて言った。
「あのー殺されたのは別の場所なんですよね?それって何時ごろですか?」
「まぁ、解剖待ちだけど車の盗難が15時頃だからそれよりは前かな。」
「先生……江田君と電話をしたのはいつでした?」
亜理抄の顔は冷静を装っていた。
しかし、その額には汗がすごかった。
江田と約束をしたのは夕食の後だったから20時頃。
しかし、江田は少なくとも15時にはこの世にいなかった。
江田が霊界から電話に出た?
そんなわけがない。
では、亜理抄と約束をしたのは誰であったのか?
思えば亜理抄は江田の声を覚えていなかった。
数年前のしかも短い付き合いの相手でしかなかったのだから。
誰かが江田の代わりに電話に出た……
そう考えるのが自然だ。
誰が……
そんな事が出来るのは?
そんな事をして得をするのは?
「リストカッター……」
亜理抄は呟いた。
「本当にいいんですか?読者が泣きますよ……」
峰が心配して言った。
亜理抄がパンダニャンを休載すると言い出したのだ。
「今の状況じゃ漫画にも影響が出るよ。それこそ、読者が望んでいることじゃない。」
「そりゃまぁ、出版社も納得してくれましたし……でもそれは事情を知っているからであって、読者はその事情を知らないんですよ?かといって本当の事情を紙面に載せるわけにも……」
「そうね、これは私への挑戦状。私のわがままよ。読者は恨んでくれても良い。」
峰は遠藤警部補のように頭を掻き毟って言った。
「あーもう分かりました!普段はおっとりしているのにこういう時は頑固なんだから……で、今日はどちらに行きますか、お嬢様?」
亜理抄は微笑んで言った。
「容疑者探しの続きよ。江田君の他にも当時のギャルOh!を持っている人がいるわ。」
「誰ですか?」
「当時の編集部の人間よ!ギャルOh!の編集部は3人しかいないって聞いたわ。」
「少数精鋭……休刊だから精鋭でもないか。」
亜理抄は苦笑いしながらも言った。
「担当だった服部さんともう一人の行方は知らないけれど……当時の編集長は別の雑誌に移籍したって聞いているわ。まずはその人を訪ねましょう。」
「よく来てくれたね、寿賀君!」
当時のギャルOh!の編集長、安部巧は別の雑誌の編集長に就任していた。
「ギャルOh!は僕が最初に編集長を務めた雑誌だから……そこからデビューした君が今や大物になっているのは子供の成長を見るようで嬉しいよ。まぁ、肝心のギャルOh!はなくなっちゃったけどね……ははは!」
軽いノリの人に峰は少し安心した。
読み切りしか書かせてもらえたことのない峰にとって編集長なんて人間は未知の存在であった。
そのせいか堅い近寄りがたいイメージがあったのだ。
「それで今日は何の用だね?おっと、寿賀先生と呼ばないといけないかな?」
「以前のまま「君」付けで結構です、編集長。当時のギャルOh!の編集をしていた人たちのお話を伺いたくてきました。私の担当の服部亮さんとえぇともう一人は……」
「宮本進君だね。」
編集長はタバコに火をつけて喋り始めた。
「僕は運が良かったから他の雑誌で起用してもらえたけど……あの二人はそうは行かなかった。人事にかけあって何とか僕の雑誌の編集として使いたかったんだけどね……会社の足切りだよ。可哀想なことをしたもんだ。」
峰が口を挟んだ。
「それじゃあ、二人の行方は編集長も知らないんですね?」
「あれっ、君は?」
今頃、峰に気付いたように編集長が驚く。
「自己紹介が遅れました。峰 富士男です。寿賀先生のところでアシスタントをしています。」
「あっ、そうだったんだ。いつも二人だったから僕はてっきり……」
編集長はおかしなことを言う。
「まぁ、そんなわけで二人の行方は知らないんだ。宮本君の方は別の出版社の面接に行くって最後に言っていたけどね。」
「服部さんの方は?」
編集長はタバコの火を消して言った。
「彼からは何も……」
そこで亜理抄は思い出して言った。
「そういえば最後の原稿を取りに来たのは編集長でしたね。」
「気付いちゃったか……彼は直前で失踪していてね。全く最後の号だて言うのに……モチベーションが下がるのは分かるけど……」
編集長が愚痴っぽくなってきたので亜理抄と峰は挨拶して編集部を出て行こうとした。
その時、編集長が呼び止めた。
「あっ、寿賀君!今日、瑠々君はどうかしたのかね?」
亜理抄の代わりに峰が喋る。
「瑠々?それって先生のペンネームじゃ……」
「てっきりそっちの子が瑠々君かと思ったよ」
亜理抄は少し悲しげな顔で答えた。
「編集長、瑠々は漫画家を止めました。」
「そうだったのか……そういえば君の作風が変わっていたのが気になっていたんだ。やっぱりその頃から一人で?確か原作担当は瑠々君だったよね。今、彼女はどこに?」
「さぁ……どこで何をしているのやら……」
「あんなに仲が良かったのに……いや、これ上は踏み込むところじゃないな。すまんね。」
「……原作担当なんていたんですか。」
会社のビルを出たところで峰が聞いた。
「昔の話よ。隠していたわけじゃないわ。」
「ギャルOh!の直後に作風が変わったのもそのせいですか……でも、先生。隠していたわけじゃないけどその話題を意図的に避けていませんでした?」
「かなわないな峰ちゃんには……その子……雪枝 瑠々(ゆきえだ るる)って言うんだけど喧嘩別れしたからあんまり触れたい話題じゃなかったの。ごめんね。」
誤られたが峰は少しスッキリした気分であった。
ちょっとした謎が解けた気分であったからだ。
「でも、先生が一人になってからの方が成功していますよね。才能は先生の方があったんじゃないですか?」
その言葉で亜理抄の足が止まった。
妙な緊張感が漂う。
(失言だったか?)
峰は怖くて亜理抄の顔を見られなかった。
謝ろうと口を開こうとする前に亜理抄が言った。
「まぁ、高校時代からの付き合いで組んでいただけだから。それよりも行くわよ。」
「どこに?」
「出版社。宮本さんは別の出版社の面接に行ったって編集長が言っていたでしょ?」
「えーしらみつぶしに探すんですかぁ?」
「手がかりはそこにしかないんだからしょうがないでしょ。」
峰が恐る恐る亜理抄の顔を覗き込むと普段と同じ穏やかな表情であった。
さっきの緊張感は何であったのだろう?
雪枝瑠々の事は気になるがもう聞かないことにしようと、峰は思うのであった。




