みうごきできない[ノアザ視点]
テオとわたしが王宮に来て、1週間がたった。
王宮にテオが呼び戻されたのは、王子さまたちに剣術を教えるため。
そんな理由で?
国を離れたテオをわざわざ?
なにか、もっと危険な任務かと思っていた。
うちに来たブラナーさんたちの剣幕もそうだったし、急かされようもすごかったから。
わたしは腑に落ちなかったけれど、テオが納得したのだから仕方がない。
いつまで、と期限が決まっているわけでもない教師役。
わたしは1日でも早く家に帰りたいのに。
いったいいつまでここにいればいいの?
テオと会える時間もめっきり減った。
…減ったというより、全然会えていない。
王子さま付の教師というのはそんなに忙しいのだろうか。
テオはいま、近衛騎士たちの宿舎で寝泊まりしている。
いっぽう、わたしは来賓用の客室に泊まらせていただいている。
つまり、廊下を歩いていてばったり会うという偶然はありえない。
そして。
わたしから会いにいってはいけない。
テオに言われたわけじゃない。
わたしが自分で決めたこと。
近衛騎士宿舎に寝泊まりするのには、なにか理由があるはず。
なにもなければ、わたしのように客室でもいいのだから。
テオの仕事の邪魔にはなりたくなかった。
毎夜、寂しくて、ベッドのなかで泣いているのは秘密だ。
広い王宮にひとりぼっちで朝から晩まで過ごすのは、辛い。
城の外に出ることも許されず、歩きまわるのにも制限付き。
だから、目下の暇潰しは、読書。
わたしの世話係としてついてくれている侍女のサラさんに頼んで、図書館から色々借りてきてもらう。
この国の歴史や現状についても、本から学んだ。あくまで、さわりだけ。
自分がいたウルスラという国が、どれだけ平和だったのかを知れただけで充分だ。
本の種類や内容はサラさんにおまかせしている。
彼女はどうやら、恋愛小説が好きなよう。
特に、主人公の女性と好きになる相手との間に格差のあるのが趣味のようだ。
例えば、王子と侍女の身分差だとか、獣人や吸血鬼、エルフなど実際に現実にはいない種族と人間との恋。
あとは…年の差。
その年の差のお話は、悲恋物だった。
他の小説でも、悲しい結末のものはあった。
けれど、その年の差の恋愛の本だけは、わたし自身に重ねてしまったのか、読後しばらく放心状態だった。
これは架空の物語。
わたしとテオはちがう。
森の奥でたった2人で暮らしていたときには感じることのなかった不安が、いまにきてやってくる。
こうやってたくさんのひとが関わってくるようになって。
森の家での生活が排他的なものであり、およそ現実では考えられないような特殊な環境下だったのだ、と。
テオはその場の雰囲気にのみ込まれただけで。
ひろい、開放的な場所に還れば。
正気に戻り。
そして。
彼にとってわたしはただの“姪”になる。
あまりに暗い気分になったので、このままでは精神的によくないと思い、中庭に出ることにした。
中庭は、制限なしで出入りできる数少ない場所。
いくら機能性重視の王宮とはいえそこは大国、見事な庭である。
ウルスラより暖かいこの国には、すでに春がきていて。
どんな種類のなんという花かはわたしにはわからないけれど。
とにかく、たくさんの色とりどりの花たちがところせましと互いに自己主張して咲きほこっていた。
出てきてよかった。
花を見ていたら、落ち着いてきた。
あれは小説であって、わたしたちのことじゃない。
テオは魔導師に魔法をかけられてわたしのことを好きになったんじゃない。
魔法がとけたらわたしとのいままでのことを全部忘れてしまったりしない。
最後に婚約者があらわれて、そのひとを選んだりしない。
大丈夫。
いつまでも年の差悲恋物を引きずりながら、わたしはふらふらと歩いていた。
そのとき。
繁みのむこうから、聞き覚えのある声が。
わたしはなぜか、近くの大木のかげに隠れた。
テオだ!
テオはだれかと一緒にいるらしい。話をしながら近付いてくる。
わたしはそっと様子をうかがった。
一緒にいるのがブラナーさんやレビンソンさんなら、出ていって声をかけよう。
話し声はどんどん近くなり。
腰の高さの生け垣を隔ててテオの上半身が見え。
隣を歩くのが女性だと認識できたとき。
わたしののどから、蛙を押しつぶしたような息がもれ、その場へずるずると座り込んでしまった。
さいわい、2人にはきこえずに済んだようだ。
わたしは両手で口を塞ぎ、自分の声が口からもれないようにした。
そうでもしないと、うめき声でわたしの存在がテオにばれてしまう。
体が小刻みに震える。
テオと女性が親しげに並んで歩いていく。
テオはいつもの普段着ではなく、紫黒色の軍服を着ていた。
あんなにきっちりとした格好をしているのを見たのははじめてだった。
女性のほうは、目鼻立ちのはっきりした聡明な美人。
まっすぐで艶やかな漆黒の髪は腰のあたりできれいに切り揃えられている。
白磁のような白い肌。
すらりとした手足が深い青のドレスから出ていた。
背筋をぴんと伸ばした姿は、テオと並んでいても見劣りしない。
なんと絵になる2人だろう。
わたしがショックをうけたのは、テオが女性と歩いていたからではない。
テオとその女性が隙のないくらいお似合いだったから。
テオが話しかけるたび、頬を朱に染め、嬉しそうに笑みを浮かべて答える女性。
ああ、彼女は。
テオのことが、好きなんだ。
あんなに楽しそうに笑っている。
どこからどうみても、完璧な恋人たちだった。
わたしはひどくみじめになる。
うちのめされ、目から涙が溢れてきた。
それでも手は口から離さず、なんとか嗚咽をもらさないようにする。
やがて2人がわたしから遠く離れ、話し声がきこえなくなっても。
わたしは大木の側で座り込んだまま、動くことができなかった。
わたしは、これからどうしたらいいのだろう。
もしかしたら、テオは教師のお役目のままずっとここに残るかもしれない。
あの女性はテオのことが好きなんだろう。
テオを見つめるまなざしが、わたしが彼を見つめるそれと同じだ。
テオは…彼女の気持ちを知っているのだろうか。
あの女性に告白されたら、テオだってきっと受け入れる。
そのときわたしは、黙って身をひくことができるだろうか。
テオがいない生活をおくることができるだろうか。
涙はとまらず頬をつたい、ぽたぽたと下に落ち、スカートにいくつものしみをつくった。
テオと一緒に歩いていた女性が、この国の王女さまだということをサラさんからきいた。
夕食を運んできてくれたときに思いきって訊いてみたのだ。
女性の特徴をいくつかあげると、サラさんはすぐに
「それは王女エルフリーデ様ですね。とても美人でらっしゃったでしょう」
夢見るようにうっとりとした目付きでこたえてくれた。
王女…さま。
人生というものはどこまで残酷なのか。
わたしをどれだけ痛めつければ満足なのか。
恋のライバルがよりにもよって王女さまとは。
はじめから負け確定。
勝負にもならない。
ベタですね。
ベタな展開すぎてすみません。




