第11話
「おい、あの人……」
「ガーゴイルを食った?」
静寂に包まれた街中で、そんな困惑の声がちらほらと上がりはじめ——
「ひぃ!!!」
ガーゴイルに狙われていた少女が立ちあがり、逃げ出す。
直後、周りの人たちもささっ、と蜘蛛の子を散らすように離れていき——
「あれ? どうしたんだ? ガーゴイルは倒したぞ!」
その中心にいるニトだけは、全身にガーゴイルの返り血を浴び笑っていた。
「おい、ロドリゴ!」
ロドリゴへと近づいていくニト。
ロドリゴは、その姿を見るなり、一瞬びくりと身体をこわばらせ——
「申し訳ない、ニト様。腰を抜かしてしまったようで」
「そうか、大丈夫か?」
まったく立てずにいるロドリゴに向かって、ニトが血まみれの手を差し出す。
ロドリゴは、ニトに向かって手を出しかけるも、その手が止まり——
「どうした、ロドリゴ? 大丈夫か?」
あいかわらず血まみれになったままのニトが問いかける。
すると、ロドリゴは、差し出されたニトの手へと、自らの手をゆっくり伸ばし——
「ありがとうございます、ニト様」
ニトの手を取り、ロドリゴが立ち上がる。
「ふふ、逃げずにちゃんと守れたじゃねえか、ロドリゴ。さっきのロドリゴは間違いなく勇敢な戦士だったぞ!」
血まみれの顔で、ニトはししっ、と歯を見せて笑った。
一方のロドリゴは、少し苦笑しつつも、
「……いいえ、ニト様、私はまだまだ未熟です」
ロドリゴはうつむき加減に語りだした。
「さっき、私はニト様に対しても、おびえてしまったのです。助けてくれた命の恩人のあなたに。やはり、私はあなたの隣に立つ資格はない」
「?? そうか? ま、ならしゃーねえな!」
あっけらかんと笑っていたニト。その様子を見て、ロドリゴがおそるおそる問いかける。
「怒らないのですか? 私に?」
「なんで俺がロドリゴに怒るんだよ?」
「だって、命の恩人のあなたを拒絶してしまったのですよ」
「しゃーねえだろ、こええもんはこええんだし、嫌なもんは嫌なんだから」
すると、ロドリゴはまるで憑き物が取れたかのようにすがすがしい表情へと変わり、
「やはり、あなたは大戦士です。あなたには敵いませんよ、ニト様」
「そりゃ、俺は世界最強だからな!」
「……決めました。私、旅に出ます。そして、世界を回って、弱い自分を鍛えなおして、もっと強くなりたい。あなたのように」
ロドリゴがニトに向かって言う。
「おい、じゃあロドリゴの料理食えねえじゃねえか! 約束はどうすんだよ!」
ニトがロドリゴに向かって声をあげる。
「……ふふ、では旅に出る前に、レストラン閉店のパーティでもしましょうか?」
「お! みんなも呼んでいいか!?」
「もちろんです。腕によりをかけて、ニト様のために料理を作ります」
「そうか、楽しみだな!」
「……ニト様、これは私の勝手で申し訳ありませんが、今回の縁談、なかったことにしていただきたいのです。私の勝手で旅に出るというのに、結婚はできませんので」
「ま、ロドリゴがそうしたいならいいぞ!」
「……それにきっと、あなたには私よりもずっとふさわしい男性がいる。だけど、私が今よりもずっと強くなって帰ってきたその時、もしあなたにまだ隣に立つ男性がいなかった時には……」
そこまで言いかけて、ロドリゴは言葉を呑み込み寂しそうに笑った。
「いいえ。その時はまたぜひ、料理屋を開店するので、食べに来てくださいね」
「ああ、わかった! 約束だからな!」
「ええ、約束です。必ず強くなって帰ってきます。いつかあなたの隣に立つのにふさわしい男になって」
◆
アーデハルト王国、王都アーデンヴェルク。
王都の外れにある小さなレストランにて。
「じゃあ、乾杯!」
アルルが音頭を取り、レゼリアたちも乾杯をする。
「おい、ロドリゴ! 今日はどんな料理を出してくれるんだ!」
客席から、カウンター内の厨房部分にいるロドリゴへと、ニトが問いかける。
「当店のおすすめコースを出しますので、少々お待ちくださいな」
作業をしながらロドリゴが声を返す。
「しかし、アンタ。あれはないわよ」
「え? 何のことだ?」
「ガーゴイルを喰らいつくして、血まみれって、そりゃ誰だって引くわよ」
「しかし、ニトらしいじゃないか」
レゼリアがフォローを入れる。
「なによ、せっかくの特訓が台無しじゃない」
「ですが、よかったじゃないですか、アルル。結果的に被害もなかったですし…… それに、ロドリゴさんだって」
すると、カウンターからロドリゴがちょうど皿をもってレゼリアたちのテーブルに来て——
「ようこそ、みなさま。まずは前菜から、お召し上がりください」
皿をテーブルに並べていくロドリゴ。
「わあ、とてもおいしそうですね!」
ローナが料理を見るなり、両手を合わせ、感動を露わにする。
その間にも——
「これ、うめえぞ! ロドリゴ!」
すでに両の手で口にかき込んでいるニト。
「もう食べてるし!」
アルルが思わず突っ込む。
「ニト様のお口に合ったようで、なによりでございます」
一方、ロドリゴは、満悦の笑みを浮かべるニトを見て、穏やかに笑っていた。
「でも、アンタ。本当によかったの?」
アルルがロドリゴに近づいて、耳打ちする。
「何がでしょうか?」
「別に、すぐに迎えに来るから、待っててくれ、って言えばよかったじゃない?」
すると、ロドリゴは微笑み、
「いえいえ。私の自分勝手な理由でニト様を待たせるわけにはいきませんから」
「はあーあ! 男ってそういう風にかっこつけたがるのよね!」
「……アルル! ロドリゴ殿は筋を通そうとしていてだな」
「はいはい! そうやって、かっこつけて後悔しても知りませんよーだ!」
「ふふ。そうかもしれませんね。ニト様はすごく魅力的ですから」
「ん? なんか言ったか、ロドリゴ?」
口の周りをソースまみれにして、ニトが顔をあげる。
「……やっぱり、前言撤回。きっと大丈夫よ、ロドリゴ」
「どうでしょうか? そうだといいんですが」
「だって、こんなソースまみれの女を選ぶなんて相当物好きだわ」
「おい、誰がソースまみれの女だって!」
「アンタよ!」
と、ニトとアルルが言い合いをはじめ——
「レゼリア様! またしょーもない喧嘩です……」
「おい、アルル! ニト! ロドリゴ殿に迷惑をかけるような……」
そんな騒がしいテーブルを見ながら、ロドリゴは寂しそうに微笑み、一人小さな声でつぶやいた。
「……あなたはいつだって美味しそうに食べてくれる。その笑顔が何よりも素敵なんですよ」




