第1話
「ねえ」
アーデハルト王国、王都アーデンヴェルク。
王都の片隅にある、馴染みの酒場。
世界を支配していた魔王を討伐し、人類に平和をもたらした四英雄の一人——大魔法使いアルルは、葡萄酒の入ったグラスをテーブルへ置き、これ以上ないほど深刻な表情で仲間たちを見回し、告げた。
「私、婚活しようと思うの」
アルルの言葉に、他の三人はまるで時が止まったように固まった。
しばらくの静寂の後、最初に口を開いたのは、パーティの中心である、勇者レゼリア。
「コンカツ…… なんだそれ? ニト、知っているか?」
ぴんと来ていない様子のレゼリアが、隣に座り、骨付き肉にがっついている大戦士ニトへと問いかける。
「俺に聞くなよ、知るか! 食べ物か? 美味いのか?」
「……あんたたちねえ」
アルルは大きなため息をついた後に、グラスの葡萄酒をグイっと飲み干した。
「いい? 婚活って言うのは、結婚のための活動のことよ。要はオトコと出会うのよ!」
レゼリアが、空になったアルルのグラスに、グイっと葡萄酒を注ぎ、問いかける。
「しかし、アルル。いきなりどうしたというんだ。色恋の話なんて、魔法一筋だったお前からは全く想像できないが」
「だから、婚活をするのよ」
たった今注がれた葡萄酒を再び飲み、アルルが続ける。
「私たち、もう二十七よ。同級生だって、結婚して、子供がいて…… なんか、このままでいいのかなって思うのよ」
アーデハルト王国——いや、王国に限らず、この世界ではどの国でも、十代から結婚するのが普通だ。二十代前半では多くが子供がいて、彼女たちの知り合いも軒並みそんな人生を送っている。
だけど、彼女たちは違った。
なぜなら、彼女たちは十代のころから、戦いに明け暮れる日々を過ごしていたから。
人類に恐怖をもたらし続けた魔族の王、第二十四代魔王ゴンザレムの討伐。
彼女たちは魔王を倒すために、旅立ち、鍛錬を重ね、そしてついに成し遂げた。
いままで、誰もがなしえなかった魔王討伐という人類の宿願をついに成し遂げたのだ。
「ふーん、相変わらずアルルは、頭でっかちだな。考えすぎじゃないのか!」
骨付き肉をしゃぶりながら、ニトが豪快に笑い言う。
「アンタはもう少し、筋肉以外で物事を考えるべきね」
アルルが冷たく言い放つが、ニトはまったく動じない。
「そもそも、こうやってみんなで飯食って、話して。それで楽しいだろ!」
「それがまずいのよ」
アルルが深刻な表情で告げる。
すると、今度はレゼリアがアルルへと問いかけた。
「何がまずいんだ?」
「勘違いしないで欲しいんだけど、私は皆のことを家族みたいなものだと思ってるわ。でも、魔王がいなくなって平和になった今、私たちだって、普通の女性としての幸せを求めてもいいのかなって思うのよ」
「女性としての幸せか…… ローナはどう思う?」
レゼリアが、今度は大僧侶ローナへと問いかける。
「……そうですね。私は、神に信仰を捧げる身ですので、恋愛という俗物的な感情はよくわかりませんが…… しかし、そう言われると興味がないわけではありませんね。平和になった今だからこそ、恋というものを知るのも悪くはないのかも……」
「でしょ? 考えてもみてよ! 昔からアンタらと一緒に戦って、戦っての日々で。生傷は増えていくわ、肌はくすんでいくわで…… だけど、私たちだって年頃のレディよ! 世界を救ったいま、今度は理想の王子様に私たちを救ってもらってもいいじゃない!」
「……王子様といえば、こないだ私にも縁談の話が来ていたぞ。王子からの」
葡萄酒を飲みながら、レゼリアが静かに語る。
突然、告げられたその言葉に。
アルルもローナもレゼリアをじっと見つめたまま固まり——
ニトだけがなおも飯をがつがつと喰らっていた。
静寂が彼女らのテーブルを包み、むしゃむしゃとおいしそうに咀嚼する音だけが響いた直後——
「ちょ、ちょっと! どういうことよ! レゼリア、アンタまさか抜け駆けしようとしてるの!?」
「私も、聞いていませんわ! どういうことですの、レゼリア様!」
と、二人が一斉にレゼリアへと詰め寄る。
そのまま二人がレゼリアの首元を掴み、前後に強く揺らすも、
「……いや、でも興味ないと断った」
レゼリアは動じることなく、そう告げた。
「はあ!? あんたバカ?」
今度は、アルルが吐き捨てるように言う。
「しかし、私にはこう…… 結婚して、子供を産んで、という未来がどうしても想像できなかったからな。それに、私にはみんなもいるし」
レゼリアの言葉を聞くなり、小さな声でローナが、「よかった……」と呟く。同時に、アルルはまだ納得していない様子で続ける。
「みんながいる、って。それがだめなんだってば! そうやって、安心してしまって、気がつけば時代は平和になって、周りも家族ができて! でも、いつまでも私たちは次のステージに進めないの! だから、踏みださなきゃいけないのよ!」
「ですが、アルル。わざわざレゼリア様にも強いなくてもいいのではありませんか? ほら、レゼリア様もそれを望んでいないですし、それにレゼリア様は私たちといたい、と。それに、私もレゼリア様と一緒にいられるのが幸せですし…… なにより……」
「ええい! うるさい! 私はやるの! いい!? 婚活をするの!」
「……どうでもいいけど、それ、面白いのか? 旨いもの食えるのか?」
と、頬杖をつきながら、ニトが言う。
「そりゃあそうよ。デートと言えば、美味しいご飯を食べに行くのがメインなのよ!」
「おお! だったら、俺もその婚活とやらやってみようかな!」
ニトが身を乗り出しながら声をあげた。
「ふむ…… ところで、アルル。いままで男とデートした経験はあるのか?」
冷静にレゼリアが問いかける。
さらに、ローナも顔を赤らめながら続ける。
「そうですわ! あなた、いつの間に…… えーっと、その…… 殿方との逢瀬の経験を?」
「んなもんないわよ。アンタたちが一番よくわかっているじゃない? いつ恋愛なんてする暇があったと思う?」
「しかし、経験のない私たちが、婚活をやります! といっても、いきなりうまくいくもんなのか?」
レゼリアが冷静に突っ込む。
「そんなもん簡単じゃない? 男なんてちょっと甘えたら一発よ。それに私たちは世界を救った英雄なのよ! 私たちが結婚してあげるって言って断るバカがどこにいるのよ!」
「はたして、そうなんでしょうか……」
ローナが不安げな声をあげると同時に、
「アルルー! 婚活って俺よりも強い男に出会えるのか!?」
「……アンタより強い男なんてそういないと思うけれど。それに人類最強の戦士であるアンタがいるんだから、強さなんてどうでもいいじゃない」
「えー! つまらんぞ! 強い男と出会いたいのに!」
「だから、あんたのその筋肉で考える癖、やめなさい! だいたい、婚活に強さなんていらないじゃない!」
「いるぞ! だって、俺は俺よりも強い男じゃないと嫌だ!」
「いやだって、じゃあ結婚できないわよ!」
「……だけど、嫌なもんは嫌なんだ!」
「しかし、アルル。ニトの価値観だって重要なんじゃないのか。ニトは強い男がいいんだろう?」
と、レゼリアがニトに問いかけると、ニトはちょっと不機嫌そうにこくりと頷いた。
「逆に、アルルはどんな相手がいいんだ?」
レゼリアが今度はアルルに問いかけると、アルルは待ってましたと言わんばかりに笑い出し——
「ふっふっふ。実はもうデートの約束までこぎつけたのよ」
「えっ!? お相手はどんな殿方なのでしょうか!」
と、ローナが食い気味に反応する。
「貴族ハーデルン家の次男でね! ぜひ、お食事でもと言ったら、すんなりと話が進んだのよ。まあ家柄的にも、見た目的にもありかなって思う。向こうも私を見て顔を真っ赤にしていたし、あれはもう惚れているわね」
「やたらと自信満々だが、アルルは相手のこと、どう思っているんだ?」
レゼリアが尋ねる。
「……まあ、正直ちょっとどんくさそうだけど。悪い話は聞かないし、それに私に惚れているのなら問題ないんじゃない?」
「しかし、アルルが結婚してしまったら、寂しくなりますね……」
と、しおらしげに言ったのはローナ。
「だから、みんなも婚活よ! 別にローナだって相手を探したらいいじゃない!」
「でも、私は神に忠誠を誓った身。殿方と一緒になんて…… レゼリア様なら、同じ女性ですので問題はありませんが」
ごにょごにょとローナが言葉をごまかすように言う。
「もうそんな規律なんてどうでもいいじゃない! 魔王はもういないのよ! もう神に忠誠を誓わないで、自分の欲望に忠実に生きたらいいのよ! 私たちはそのくらいしても罰は当たらないわ!」
葡萄酒をぐびっと再び飲み干し、アルルが言う。
先ほどまでは、顔色もいつもとそう変わらないアルルだったが、流石に酔いも回ってきたようで、すでに顔は真っ赤になっていた。
「とにかく! 私は今週末にデートをするのよ! いい? これでフェアだから! 私だけみんなを裏切るって言うわけじゃないから!」
「ところで、アルル。私はあまりデートについて詳しくないから教えて欲しいんだが。まずはどうしたらいいんだ? どうやって待ち合わせて、どこに行くとか決まっているのか?」
「ええ。時間は十五時。場所は、この近くにあるレストラン『クーロン』よ!」
アルルが顔を真っ赤にし、自慢げに言うと同時に、三人の視線が交錯した。




