隻腕男の話。その二
俺があいつに初めて会ったのは、大陸東部の国境地。ニーナ・ハーゲンだった。
リヒトの初の侵攻作戦さ。聞いたことあるだろ?
『カンプフ・フュア・ディー・フライハイト』
……今でこそ、諸悪の根源だみたいに言うやつはいるけどよ。元々、大陸で暮らしていたのはリヒト人だったんだぜ?
それをいつの間にか、京人とかいうちっこい猿が……おおっと。へへへ。悪いな。悪気はねえんだ。
まあそいつらが我が物顔で大陸に住み着いて……。
俺たちゃあ心も器もでかいリヒト人だ。別に同居生活に文句はねえんだよ。
それを、俺たちを『移民』呼ばわりしてヤレ規律だ宗教だ地名だを押し付けてこなければな。
そりゃあ……皇帝からしたら面白くねえよな。
話が逸れたな。
散々勝手な事を言ってきた京国への我慢の限界がきたってんで、皇帝は三人の息子達に、それぞれ一ヶ所づつ京国の都市を攻めさせたんだ。
ニーナハーゲンなんて田舎でヒマと力を持て余してた俺も、皇子と一緒に京国相手に喧嘩できるって決まった時は、そりゃあ燃えてたわけさ。他のやつだってそうだ。
……ただ一人を除いてな。
揃いの鉄の鎧に鉄の剣。サテ今から京国に殴り込みに行こうぜって村中盛り上がってたある朝だった。
皇子の拠点……まあ、ニーナハーゲン城だよな。その広場に人だかりができてたんだ。
何事かと思って見てみたら、険しい顔をした皇子の前に、知らねえ男が座り込んでたんだ。
妙な野郎だったぜ。どう言うつもりだか知らねえけれど、仮面をかぶって顔を隠してたんだ。
周りには、当時からおっかねえ顔してた火炎将軍ヴォルフ。それから、軍参謀のアルフレート。その他大勢がそいつを取り囲んでた。
特にヴォルフは今にも斬りかかりそうな危機迫った顔をしてたっけ。
「仮面を外せ! 皇子の前で失礼だろうが!!」って俺まで震え上がっちまうくらいおっかねえ声を出してた。
……そいつにもはっきり聞こえただろう。なのにそいつは身じろぎもせず、仮面を外すこともしなかったんだ。
何事か? って俺がそこらへんのやつに聞いた。
なんでもその仮面の男、進軍を取りやめるように皇子に陳情したんだそうだ。
「進軍は決まっている。この作戦は、兄上たちと足並みを揃えることが要となる侵攻作戦だ。我々だけ出陣しないと言うわけにはいかぬ」
さすがはスタンウェイ皇子だったよ。堂々としてて、格好よかったね。
しかし仮面の男は、まるで子供に言い聞かせるかのように淡々と、こんな事を言うんだ。
「出陣すれば、必ず敗れます」
「破れるはずがない。三方向からの同時奇襲作戦だ。我が軍に負けの目はない」
すると、仮面の男は少しだけ考えた。多分言葉を選んでいたんだと思う。
「奇襲は成功します。しかし皇子、あなたは生きてニーナ・ハーゲンに戻れないでしょう」
ヴォルフが剣を抜いた音が聞こえて、俺は慌てて押さえた。数人係で彼を止めたよ。
「どう言う意味だ」
「Wahrheitをみればわかる事です」
「『真実』だと? この作戦は皇帝からも勝利を約束された完璧な作戦だ。
兄上達の士気も高い。なぜ余が敗れるのだ」
「……皇帝からの言葉も、兵の士気や感情も、Wahrheitではありません。
Wahrheitは数字です」
男の口調は淡々としていて、むしろ皇子の方が火がつき始めちまった。
当たり前だよな。このままいけば負けるって言われてんだから。
「……それでは聞かせてもらおうか。お前のWahrheitとやらを」
すると仮面の男は土に絵を描いた。
「……此度の作戦。西側の中荒隅を、次兄ラムシュタイン皇子。
中央の仙野多摩を、長兄ザウター皇子。
そして、東側、淀桂を、スタンウェイ皇子が侵攻しますが……、
兵数が全て千と同数です」
「均等に兵を分けていただいた事に不満があると言うのか」
「そうではありません。立地です。
西側も中央も、駄馬道すらない、いわば獣道を進軍する事になる。
まともな道を行くのは淀桂に向かう我々だけです」
「それになんの不満があると言うのだ貴様は!!」
ヴォルフはもう、真っ赤な髪の毛から蒸気が沸騰しちまってた。
「これが真っ当な奇襲攻撃だと言うのなら、兵の分配は西からせいぜい五百対五百対二千が妥当。
それを、なぜか綺麗に三分割されている。皇子、この意味がわからないのですか」
アルフレートの野郎だけは顎に指を絡めて何か思案していたな。
周りからは野次が飛び、石を投げるやつまで現れた。
それでも仮面の野郎は止めなかった。
「兵站もおかしい。こちらは西と東で補給兵が二隊しか用意されておりませぬ」
「それは大陸の中央に巨大な山脈があり、人が踏み込めないからだ! そんなこともわからんのか貴様は!!」
ヴォルフが騒ぐと、仮面はヴォルフの方を向いた。
「いいえ。最初から、隊が二つしか生還しないことが前提だからです」
荒れる現場の中で、皇子だけは凛としていたな。
「それがお前の言うWahrheitか? それこそ根拠のない臆心論ではないのか?」
言われると、仮面は淡々と続けた。
「京武士常備兵の数が私のWahrheitの根拠です。中荒隅は三百。仙野多摩もせいぜい八百で優秀な将はおりませぬ。
淀桂には二千。敵将は京国の智将、加賀美です」
「それは単なる足し算引き算の問題であってWahrheitとは思えん。
それにそのことは最初からわかっていたことだ。
中荒隅が陥落し、仙野多摩が陥落した後に、兄上達は淀桂に兵を送ってくれる手筈だ」
「そうでしょうか?」
仮面のあまりにもの落ち着きっぷりに、皇子はついに一歩にじりよった。
「何が言いたい……?」
「次期皇帝は、三兄弟の中でも選ばれるのは一人。その一人の座を、御三方は争っている」
「余はそうは思わん。皇帝に即位するのは長兄殿で一向に構わん」
「周りはそうは思いませぬ。……スタンウェイ殿は聡明で誠実なお方だ。国民の人気も一番高い。
そんな皇子が敵に打ち取られたら……リヒト国民の反京意識に火がつくとは思いませんか……」
「まさか……此度の作戦は、国民の戦意向上のための作戦であると!?」
アルフレートが目をまんまるくしていたよ。
ヴォルフには……多分もう言葉は通じねえだろうな。
仮面は相変わらず落ち着いていた。いや、仮面の奥では震えてたかも知れねえけどな。
「私も信じたくはありません。しかしあらゆる数字が、それを裏付けているのです。
中荒隅を陥落させて、仙野多摩を陥落させたのちに、智将が率いる二千の兵を相手にする利がありますでしょうか?
私はそうは思いません。京国に攻め込むのに、三都市も陥とす必要はない。西側と中央が陥とせればいい」
この言葉がきっかけになっちまった。周りで聞いてた奴らは自分らの熱気に水刺されちまったもんで、もう大乱闘だ。
仮面はただ、うずくまって自分の身を守るだけだった。
「ものども沈まれ!!」
こんなことを言われても、スタンウェイって皇子は堂々としたもんだよ。
「お前の言いたい事はわかった。しかし、余は倒れぬ。
仮にお前の言うことが全て正しいとしても、リヒト国民の自由が成るまで、余は絶対に死なぬ」
この短い言葉で野次が歓声にかわっちまった。
まあカリスマ性ってのがあるから皇子なんだろうな。……そして、アニキ達からすれば、そんなスタンウェイ皇子のカリスマ性が厄介だったわけだ。
仮面はそれ以上は何も言わなかったよ。
こうして、出陣前の暗雲が、むしろ兵士の火をつける結果になっちまったわけだ。




