隻腕男の話。その一
うひょお!?
……お前さん、京人のくせに羽振りがいいねえ。
気前よくリヒトの敗残兵に麦酒を振る舞ってくれるなんざあ。へへへ。
この麦酒は? ……Siegbräuか! ホホ!!
終戦後に酒なんてよく手に入れたもんだよ! 生きてるうちにまたお目にかかれるなんて思ってもなかった。
さてはお前さん気風がいいねえ。俺は見た目のまんまのリヒト人だけれども、酒のわかる奴は京人だろうが悪人だろうが信用するって決めてんだ。
ただ京人を信用できねえのは、奴ら戒律で酒が飲めねえからってなもんで。
……ああ。いいんだ。片腕で注げるからな。気を使わないでくれ。
この腕? ……俺のことはいいんだよ。
それにしても、ハァ。もう終戦から一ヶ月も経つのか。
シュワルツワルトはすげえ戦いだった……らしいじゃねえか。
首都を落とされた京国が、まさかの巻き返しで、リヒト首都シュワルツワルトを陥としちまう。
自分の国のことだけどもさあ。あんなことがあるもんだなあっつって。
…… ……かああ!! うめえ!!
知ってるかい。ズィークブロイって酒は、リヒトの代名詞みてえに言われてるけれどもな。
元々は京国で捨てられた麦のクズを集めて作ったのが最初って言われてんだ。
……ほれ。おめえさんも飲んでみな。って、奢ってもらった人間の言う言葉じゃあねえよな。ハハハ!!
どうだ。うめえだろ。
……なあ、京の役人ってわけじゃないんだろ? あんた。
仮に京の役人でも、ここは中立地だ。俺を引っ捕えにきた……ってんじゃねえよな?
そもそも本当に京人か?
確か……京人だったら酒は戒律で禁じられてるよな?
……まあいいや。あんたも訳ありなんだろう。じゃなかったらこんな場所に来るはずもねえ。
ああ。『エイザ』。アウサーシュタットの一つさ……。あんたらの言葉で言うところの『虚民区』って言うんだっけ?
戦争に嫌気がさしたもんが真っ先に駆け込む、中立地帯。いや……非戦闘地帯の方が意味合いは近いのか。
俺の見立てではそうだな……あんたも……一ヶ月前に首都、荒神が陥落したあたりで、怖くなって必死に南に逃げてきた。
それで辿り着いたのがここ『エイザ』だった。そうだろ?
何にせよ酒が飲めるなら京人もリヒト人も関係ねえや。仲良くやろうや。
そもそも、戦争も終わっちまったもんなあ。
プハァ。だいぶいい気分になってきたぜ。
このズィークブロイ。安酒のくせに酔いが早く来るから好きなんだ。
俺はね、自分で言っちゃうと……腕が一本だけになるまではそこそこ……強え兵だったんだぜ。
自慢話がしてえわけじゃねえ。何が言いてえかって……つまりリヒトでも名の知れた大将軍サマの事もこの目でみてきた。
お前さんが御所望なら、暇つぶしに言って聞かせてやってもいいぜ?
『火炎将軍 ヴォルフ』か? それとも『生死を測る天秤』こと『アルフレート』か?
奇跡の皇帝『スタンウェイ・ジークベルグ』の事だって、まるで自分の目で見たかのように語ってみせようか。
全部お前さんからしたら敵将の英雄譚になっちまうなハハハハハ!! そんなもんが聞きたいか?
物好きだねお前さんも。
……ああ、酒がうまいねえ。アウサーシュタットじゃあ、恵んでもらえる酒なんて、羊の小便みたいな偽物ばっかりだからよ。
気分良く酔えるってのは……やっぱりいいな。平和ってのはよ。まあ……
これから京国は積極的にリヒト人を登用してくれるんだろ? いろいろ意見はあるけれど……いい時代になるんじゃねえのか?
そもそもが、同じ大陸にデケエ国が二つしかないのが問題なんだ。できるだけ仲良くしねえと。なあ。そうだろ?
で、さ。へへへ。何が聞きたいんでい。俺もー……なんだか昔話がしてえ気分なんだよ。
……
……あ?
……
……
……なに?
『仮面の男の話が聞きたい』だ?
……
ハァァ……。お前さん、本当に何者なんだ?
なんでソイツの事を知ってる?
……いや、やめだやめだ。酒が不味くなる。
いや、奢ってもらえる酒ほどうめえもんはねえよ? 何せここはアウサーシュタットの一つ『エイザ』だ。逃げた野郎の吹き溜まりだ。
酒が飲めるだけありがてえってなもんで。
でもそいつの話はナシだ。
ったく。運命の手違いでスタンウェイなんぞが皇帝になっちまうから、一緒に『仮面の男』みてえなのが有名になっちまうんだな。
……しつこいねあんたも。
そんなに聞きたいか?
何が聞きたいのか知らねえけれどもよ。多分、あんたの思うような話じゃねえぜ。
しかもあんたみたいな京人が聞いたって……とても景気のいい話じゃねえ。やめときな。
本当にしつこいな。
じゃあしょうがねえ。少しだけ、話してやるよ。
でもあいつの話は……はあ。こいつのことを思い出すと、俺らの戦いって結局なんだったんだって、陰鬱な思考の袋小路に追い込まれちまう。
……お前さん、家族は?
ああ? 別にただ聞いてみただけだよ。
いや、俺が言いたいのはな?
……自由だ、権利だ、革命だ。それっぽいことを雄弁に語ろうが、そんなものには価値はないって気付かされることが、どんだけ虚しいかって話なんだよ。
……いいか? あいつの話は、面白くねえぞ。




