第七話 兵士トリオの優雅な休日
ヤルン達は珍しく連休を貰いました。忙しかった日々の合間の、まさに「閑話」回。
それは、俺達にとっては、とてもとても珍しいことだった。
神様の気まぐれか、揃って三人ともが休暇、しかも四日連続! これまでの経験から言って、奇跡に等しい出来事だった。
税金のつぎ込み先なら貴族の次に挙がりそうな兵士は、馬車馬の如くこき使ってなんぼの存在だ。任務は与えても連休をくれてやるなんて正気の沙汰じゃない。
いや、素直に有難く貰っておいて、そこまで言うのは失礼かもしれないが、商人の息子としては「コスパが悪い」とか、考えてしまうわけで。
そんな奇跡の四日間の、今日はもう最終日。
「あ~、休みも今日で終わりかぁ」
休みと言っても食堂で取る夕飯の席で、俺は寂しげに呟いた。
「バチあたりそーだけど、何日も休むともっと休みが欲しくなっちまうよなぁ」
人間とはつくづく貪欲なものだ。明日からまた訓練の日々かと思うと、このままテーブルにでろでろと溶けて消えてしまいたくなる。
「珍しく長期のお休みでしたもんね」
向かいに座るココがアツアツのグラタンを口に運びながら言う。あー、マカロニ旨そう。俺もそっちにしておけば良かったかなぁ。
「休みっていうか、兵士だから『非番』かな?」
そう言ったのは右隣のキーマだ。まぁ、正確に言えばそうだろう。でもお前の口から今はマトモな意見は聞きたくない。
「なんか失礼なこと思ってない?」
「全っ然」
俺は思っていることが知らず知らずのうちに口から出てしまうタイプで、かろうじて出ていなくても顔にはありありと浮かんでしまうらしい。
訓練中ならポーカーフェイスは得意な方のはずなのに、普段だとどうしてうまくいかないのだろうか。正直者は苦労する。
「ヤルン~? ダダ漏れしてるよー?」
「うっせ」
話を戻して。まぁ当分次の連休はないだろうなと改めて考える。
「別に鍛錬が嫌いってわけじゃないぜ?」
そうなのだ。頭や体に知識や経験を叩きこむ作業は、自分が技術的に向上している実感がわく瞬間でもある。
ただ、長く休むとカンが鈍ったり、覚えたことを忘れたりする。それを取り戻すのに時間がかかるのが面倒くさいだけなのかもしれない。
「そう言いながら、ヤルンさんは毎朝運動や勉強をなさっていたじゃありませんか」
「夜にはいつものヤツやってたしね」
二人に言われて、この四日間を振り返る。そりゃ、朝から走りこんでみたり、魔術の復習くらいはしていた。ちなみに「いつものヤツ」ってのは、師匠に呼び出されての特訓だ。
「あれはやってたんじゃなくて、やらされてたんだよ」
「あはははは」
あの人絶対、俺のスケジュールなんてどうでも良いって思ってるだろ。ざけんな。
なお、爆発系魔術についてはかなり教え込まれてしまった。自分の魔導書にそんな記述ばかりが増えて、復習のために開くたびに凹む。このままじゃ、いつか本当に城や街を爆発させそうだ。
「それはまた随分と偏った教育方針だねぇ」
「というか、あの人の方針、偏ってなかったことないからな」
教わったことは問題のない範囲でココにも伝えているのだが、さすがに攻撃一辺倒の術には抵抗があるらしい。俺の話を聞く彼女も、最近は微妙な反応だ。
「何か新しい術は教わったんですか?」
「んー? ここ何日かは復習期間だな。くそ面倒臭い『おさらい』をやらされてる」
「復習も大事ですよ?」
「最初の術から全部実践させられてるんだぞ。『休みだから魔力が有り余っておるじゃろう』とかなんとか言ってさ」
「全部ですか!? 凄いですね……」
素直に感心するココとは違い、キーマは別のことが頭に浮かんだようだ。
「もしかして、そのための四日間だったりして」
「だから陰謀説禁止! 夜の訓練に合わせて昼の日程組むとか本末転倒だろ。いちいち怖いんだよ、お前の妄想は!」
一息に吐き出す。もうこの話は終わりだと告げて、テーブル上の水をぐいとあおった。えぇと、何の話をしてたんだっけ?
「と、とにかく、その師匠の特訓以外は遊びみたいなもんだよ。流す程度にはやっとかないと後がキツイだろ」
首をコキコキ捻りながら返せば、ココはうんうんと頷いて「ですね。私も寝る前に精神集中しておきます」と同意した。
「二人ともマジメだねぇ。で、ココは休みを楽しめた?」
キーマが話を振ると、きっと引き締まっていた彼女の顔に笑顔が戻る。嬉しいことがあったのだとすぐに分かる表情だ。
「はい。前から読みたかった本に集中できました。……まだ余韻が残ってます」
「へぇ、何日もかかるなんて、冒険モノ?」
「正確には戦記物になりますね。大長編なので今までなかなか読む時間が取れなくて」
「ココが読むのにそんなにかかるんじゃ、俺には無理だな」
「そんなことありませんよ。面白いのでぐんぐん引き込まれますから」
実は、というほど意外でもなく、ココはかなりの読書家だ。俺もそこそこには読むようにしているが、彼女は常に何かの本の読みかけ状態という、まさに本の虫である。
ファタリア王城に落ち着いてからは更に読書量が増えたんじゃないか?
「それより、キーマは何してたんだ? あんまり部屋にいなかったみたいだけど」
今度は相棒に振ると、こちらも別の意味で驚きの答えが返ってきた。
「簡易労働」
「え、アルバイトですか? わざわざお休みの日に?」
ココもびっくりしたらしい。目を丸くしている。
「四日も部屋に籠ってるのは性に合わないし、だからって町でブラブラするのも限界があるしさ。だったら時間を有効に使おうかと、師範に許可を貰って近場の喫茶店で」
そんな手があったとは! さすが、普段はぼやっとして見えて裏では抜け目のないヤツ。コスパが悪いなんて思っていた俺が馬鹿だった。
「なんだよ、だったら誘えよなぁ」
「水臭いですよ。一緒ならもっと楽しく出来たと思いますし」
そうだそうだ。適度に体を動かして、お金まで貰える。なんと素敵なアイデア。くっそー、なんか先を越された気がする!
「折角の休みに『働かない?』って聞くのは微妙でしょー」
そんな風に言ったって信じてやらないからな。もうこの僻み根性は止められないぜー。と、今更絡んだってしょうがない。大人な俺は怒りの鉾をおさめ、続きを聞いてやることにした。
「で? 稼いだ金はどーしたんだ?」
キーマが、「時間が勿体ないから」という理由だけで動くはずがないことは、数年間を共に過ごしてきて良く知っている。
何が「性に合わない」だよ。買いたい物でもなければ、コイツは惰眠を貪り続けて四日間過ごすのがデフォルトの男である。そしてきっと、それでも鈍らないだろう肉体が恨めしい。いつか殴らせろ。
「物騒なこと考えてるでしょ」
「被害妄想だろ」
「まぁいいけど。あぁ、それでなんだけど……」
言って、キーマは脇に置いていた荷物袋をごそごそやったかと思うと、幾つかの小袋を取り出した。ふわっと甘い匂いが広がる。
「わぁ、美味しそうなお菓子! こっちは紅茶の茶葉ですか? 良い香り……」
「うん。休みの最後の日にみんなで楽しもうかと思って」
「マジかよ」
またしても驚かされる。そういえばキーマはソツのないヤツでもあったっけか。
翌日を思って落ち込むであろう連休最後の日に、こいつは三人でワイワイ楽しむことで気合いを充填する様を思い描きながら、数日間せっせと働いていたわけだ。見れば、お菓子もお茶もなかなかの代物だった。
「太っ腹だな。恩を売っても何も出ないぞ」
「ありがとうございます。今度必ずお返ししますね」
キーマは手をひらひらと振りながら「そんなの期待してないって」と軽く笑う。
「今日が楽しければそれで良いんだからさ。気持ちだけ貰っとく」
「ではティーポットやカップを借りてきますね」
「ん、じゃあ俺も手伝うかな。キーマはテーブル拭いてくれ」
「おっけー」
食べたばかりの夕食を片付けるために立ち上がる。不思議と、膨れていたはずの腹が、これから入ってくるデザートのために場所を空けてくれ始めている。女子じゃあるまいし、甘いものは別腹か?
背中越しに聞こえた「今日も平和だなぁ」って低い呟きに、俺は心の中だけで同意した。
のんびりのほほん回でした。ヤルンは飲食店向きじゃない気がしますね。お客と揉めそう。だから誘わなかったのかも?
次回は、おまけを除いて第五部の最終話です。このシリーズにしてはかなりハードな展開なのでご注意を。




