第7話 神林葛葉は助けられる。
私は男に向けてそう言うとその場から立ち去ろうとした。
しかし、突如手首がグイと引っ張られた!?
見ると男が私の左手首を掴んで、まるで私を逃さないとでも言うように苛立った表情で見ていた。
「なんのつもりだ? 私はあなたのような低脳な輩に興味が無いのだから、この場から立ち去りたいのだが?」
「て、てめぇ、なにが低脳だよ!? オレをバカにしてるんじゃねーぞ!!」
「くっ、な、何をするつもりだ! い、今ならまだ許してやるからその手を放せ!!」
苛立ったのか男は私に怒鳴りつけ、私は手首に感じる痛みと目の前の男への恐怖からか声を荒げる。
けれど私のその言葉は男の怒りに油を注いだらしい。
「てめぇ、本当に何様のつもりだよ!? せっかくオレが声をかけてやったっていうのにバカにしやがって!!」
「あぐっ!?」
周囲に人の目がある。それを忘れているとでも言うように男は掴んでいた腕を力強く引っ張る。
すると私の体は引っ張られることに対する抵抗らしい抵抗を出来ないまま、地面に叩き付けられた。
引っ張られた時に伸びたのか肩への鈍い痛み、叩き付けられた時に擦り剥いたであろう腕と肘にヒリヒリとした痛みが走る。
そんな私達の様子を周囲の人達は驚いた様子で見ているけれど、誰も助けようとはしない。
きっと痴話喧嘩とかいう風に思われているのだろう。
それでも警備員を呼ぶなり、警察に通報するなりして欲しいと思うけれど、これが今の社会なのだろう。
そう思いながら男を睨みつけると、男は怒りが収まらないのか息が荒い。
「はあ、はあ……、思い知ったか! それともまだ足りないって?」
「くっ、女性に暴力を振るう……その時点で貴様は低脳などではなく下種な輩だな!!」
「足りないみたいだなあ!!」
軽く痛めつければホイホイついて来てくれるとでも思ってたのだろう、私は男を睨み付けて叫ぶと男は私に向けて手を伸ばしてきた。
きっと何かをするのだと、何をするかは理解出来ないまま私はギュッと目を瞑る。
そして、きっと無意識だろう。私は……彼の愛称を呟いていた。
「――後輩君っ」
……けれど、いつまで経っても男が私に何もして来ない。
どうしたのかと恐る恐る、目を開けると……男の肩が掴まれていたのだ。
肩を掴む力が強いのか、男は私に暴行を加えるどころの話では無くなっているらしい。
そんな男の肩を掴んでいる相手、それは……。
「痛ぇ!! な、なんだテメェ! 邪魔すんじゃねーよ!!」
「女性に暴力を振るおうとしてるなら誰であろうと僕は邪魔をしますよ」
後輩君だった。
後輩君が真剣な表情で喚き散らす男へと告げる。……なんというか、まるで後輩君が後輩君じゃ無いように見えた。
そして後輩君の言葉に男はポカンとしていたけれど、すぐに馬鹿みたいに笑い出した。
「ぷっ、ぶひゃはひゃははっははははっはっ!! 何かっこつけてんですかぁ!? 馬鹿じゃねぇの!!」
「女性に暴力を振るうほうが馬鹿でカッコ悪いと思いますよ?」
正論だと思う。女性に暴力を振るってカッコイイとか思うのはただのバカか、頭のおかしい人ぐらいだろうから。
それを聞いて男が顔を真っ赤にして、後輩君へと殴りかかろうとした瞬間――。
「おい、そこで何をしている!!」
警備員が姿を現した。
それを見て、男は逃げ出そうとしたけれど……後輩君に肩を掴まれて身動きが取れないのか、逃げることが出来ない。
「くそっ、放せ! 放せよ!!」
「放すつもりはありません。ただでさえ女性に暴力を振るったところを見たんですから」
暴れる男の肩をグッと握りながら、後輩君はジッと動こうとはしない。
そして私はようやく気づいた。
先ほどから後輩君は淡々と喋っていることに。
……人間、腸が煮え繰り返るほどに怒ると感情が無くなるということを聞いたことがあるけれど、今の後輩君の状態はそうなのだろう。
そう思っていると、後輩君に掴まれていた男は警備員に受け渡されていった。
多分、名前とか住所とかを聞いて、警察に送られる可能性が高いだろう。
連れて行かれる男を見ていると、手が差し出された。
「え?」
「大丈夫でしたか? 立てます?」
「え、あ、ああ……、大丈夫だ」
「それはよか……って、その声、先輩?」
ようやく私だという事に気づいたのか、後輩君は僕に尋ねてきた。
そんな彼を少しだけ気まずそうに見つつ、私は手を伸ばしたままの後輩君へと話し掛けた。
「あー、その……た、助かったよ、後輩君……」
「結局来てたんですね。何処の美人かと思いましたよ。でも無事で良かったです。立てますか?」
「ああ、だいじょ――痛っ!?」
後輩君に手を貸してもらって立ち上がろうとした私だったが、地面に叩きつけられた時に腕もだが足首も痛めていたようだった。
さらに助けられたことでようやく無事を理解したからか、体がガクガクと震え始めた。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「あ、ああ、大丈夫だ……けど、ちょっと怖かったらしい……」
「……無理も無いですよ。先輩だって女性なんですから……ちょっと失礼しますね」
え? と言い終わる前に後輩君は私の体に手を回すとひょいと私の体を抱き上げた。
突然の事に私は驚き、目をシロクロとさせてしまうけれど……後輩君はそんな私の心境なんてお構い無しに、私を抱き上げたまま近くのベンチへと向かう。
「ちょっと我慢しててくださいね」
「え、あ、え、あ、そ……あ、ああ」
言葉がうまく出ないまま、私は後輩君に抱き上げられて戸惑ったまま、ベンチへと下ろされた。
というか彼にはいろいろと聞くべきことはあるはずなのに。
デートしていた筈なのに彼女はどうしたのかとか、いつも女性に対してそんな感じなのかとか、何処の美人とか言われたとか、考えがまったく纏まらない。
そんな私の様子に気づかないまま、後輩君は「ちょっと救急箱借りてきます」と言って後輩君はこの場から離れて行った。
チャラ男のイメージ
・微妙にイケメン
・短気
・何回か声をかけて成功してるから微妙に自信家