第8話 大地盾哉は手当てをする。
救急箱を近くの売店で貸してもらえないかとお願いすると、快く貸してもらえたのでそれを持って僕は先輩の下へと戻る。
先輩に彼女のことを聞かれそうになるかと思ったけれど……聞かれなかった。
まあ、結論から言えば今回もダメだった。
『大地くんって、頷くけど全然綺麗って思ってくれてないよね?』
イルカショーを見に行こうと言った彼女に頷き、ステージに向かおうとしていた僕へと彼女は言った。
その言葉に僕は「え……っと」と言葉を詰まらせてしまった。
そんな僕を彼女はどこか哀れむような瞳で見て……。
『見せ掛けじゃなくて、本当に好きって思う人が出来ると良いね……。ばいばい』
と言って、僕の前から去って行った。
それにしょんぼりしていると、ペンギンのコーナーの騒動に気づいたわけだった。
だけど気づけて良かったと思う。あのまま気づかなかったら、先輩はどうなっていたのか分からなかったから。
同時に周りは自分達は関係が無いと言った態度を行なっている事にも苛立ちを感じてしまうけれど、それが今の世の中なんだろう。
そう思いながら、世の中を悲しく思いつつベンチへと近付くと……先輩は待っていてくれた。
「おまたせしました、先輩!」
「っ!? あ、ああ、キミか。救急箱は……あったみたいだね」
「はい、手当てしますから傷を見せてください」
僕が声をかけた途端、先輩はビクリと震えて驚きながら僕を見たけれど、どうかしたのだろうか?
少しだけ顔を紅くした先輩に首を傾げながら、僕は先輩の腕のすり傷を見て行く。
本当は汚れた箇所を洗い流したいけれど、足を痛めているみたいだから濡れたハンカチで腕と肘の傷口を拭う。
「痛っ」
「すみません。大丈夫ですか?」
「気にしないでやってくれたまえ」
「はい、……次は消毒っと、沁みますよー」
傷口を拭い、消毒スプレーをかけて行くと沁みているのか先輩は痛みに眉を寄せる。
腕のほうは……血が出ていないな。肘は出ているから絆創膏を貼っていく。
そして今度は足のほうを見ると……右ひざから血が出ているのに気づいた。
「先輩、こっちもしますね。失礼しますっと」
「ちょっ、後輩君!?」
先輩の正面にしゃがみ込むと、先輩の膝裏に手を当てて軽く持ち上げ、ハンカチを当てて傷口を拭っていく。
痛みに悶えているのかモジモジとする先輩の持ち上げられた膝から見えるスカートの隙間から、チラリと空色のパンツが見えたけれども今は手当てが先だ。
消毒を行ない、絆創膏を貼り終えて先輩を見ると……何というか顔を紅くしてモジモジとしていた。
「ま、まったく、後輩君は……もう! 後輩君はっ!」
「? どうしたんですか先輩?」
「私にもよく分からないから、これが何なのか答える事が出来るものかっ!」
顔を紅くする先輩はそう言って僕に怒る。
なんと言うか反応に困るなあ。
そう思いつつ、先輩を見ているけれど……いつもの格好じゃないからか何というか違和感しか感じない。
そんな事を考えながら治療を終えた為、一旦救急箱を売店へと返すために離れてから戻り……僕は先輩に尋ねた。
「それで先輩はどうします?」
「どうとは?」
「えっと、一人で帰ることが出来るかって意味です」
「なっ!? 私をバカにしてるのかいキミは? ひとりでも大じょ――っく~~~~っ!!」
僕の質問が気に触ったようで先輩は怒った様子で立ち上がろうとした。
けれど痛めた足は立ち上がるのに無理があったらしく、すぐに涙目でしゃがみ込んでしまった。
「まったく。無理しないでくださいよ。乗ってください」
「え、の……乗れと? …………わ、わかった」
うずくまる先輩に背中を向けながら僕はしゃがむ。
そんな僕の様子に先輩は戸惑った様子を見せるけれど、最終的に諦めたのか僕の背中へと腕を回してきた。
「良いですか?」
「あ、ああ、けど立てるかな? 私はお、重いぞ? って、うわわっ?!」
不安そうにする先輩を他所に僕は軽々と立ち上がった。
普通に立ち上がった僕に対して先輩は驚いた声を上げるけれど、それ以上に僕は驚いた。何故なら……。
「先輩は重くなんてないですよ? というか、逆に軽いくらいですから」
「そ、そうか……?」
「はい、もっとご飯は食べた方が良いですからね? あと、もっとしがみ付いてください。落ちたら困りますから」
「後輩君、キミっていう奴は……いや、いい。こうか?」
ギュッとしがみ付いてくる先輩の柔らかさを背中に感じながら、僕は一言謝ってから両膝へと手を回す。
その際、ビクンと先輩が震え、声が洩れたけれど痛みを堪えているのだろう。
「このまま帰りますけど、良いですか?」
「ああ、その……キミ自転車で来ただろう? 良いのかい?」
「あ、そこから見てたんですか? 良いですよ。取りに行けば良いだけですから。それよりも怪我してる先輩を一人で返そうとするほうが酷いですし」
「そ、そうか……その、ありがとう」
消え入りそうな声で、先輩は僕の耳元で告げる。
そんな先輩を背負いながら、僕は駅へと向かうのだった。




