13話 元凶、そのための覚悟
理由はただ考えるのが面倒になっただけかもしれない。自分が綺麗だと思っていた国が実はそうでもなくて、むしろ黒く染っていて、そのことに失望して。
適当な言い訳を建前に、この目の前の男を殺したくなった。
「君は、予想していなかったのでおもてなしは出来ないな。影はどうした?」
「俺を監視していたやつか? 昼頃から見てないな」
朝から監視には気がついていたが、こいつの手先だったか。てっきり、素性のわからない俺を騎士団が念のために監視しているのかと思っていたよ。
「そうか、やつも分からないな。それで? クロディー君は何が望みだ?」
「お前に代わってこの国の王になりに来た。そのためにお前を殺す」
「それは聞けない望みだ。私はケジメとしてハクに裁かれなければならないからね。ああ、クロでもいいか」
「俺が気になっているのはその事だ。なぜ、そんなことをする。いや、誰のためにそんなことをしている?」
「はぁ、君は面倒になったのだろう? 調べる必要があるのか? こいつを拷問にかけて吐かせればいいのではないか?と。誠にその通りだ。その選択は間違いではない」
「違う、ただお前への殺意が抑えられなくなっただけだ」
この時、初めて王がその玉座から腰を上げ、俺と同じ目線に立った。
「我慢が足りないところは少し心配だが、獣魔王の分身体を倒し、私に殺意を持っている時点でこの国を継ぐ資格はあるか。……いいだろう、目的から何から全て話してやる」
王の正体、この国ができるまで、そしてこの国に闇をもたらさなければならなかった理由、その全てを語るため、王は口を開いた。
「そういうことか。それが全てか」
「ああ、ケジメは付ける。もうこの闇が晴れるのも時間の問題なのだ」
話が終わった時、吹きさらしになった王の間に朝日が差し込んだ。
知らない方がいい真実。人に心というものがある限り、人の悲しみを知れば哀愁の念に苦しまされ、同情という、無意識の抑制力が生まれる。
「分かった。お前がしていること、あと2日だけ続けろ。その間、娘の命は守ってやる」
全てはただ1人の父親が娘を救うために多くを犠牲にしてきた、ただそれだけの悲劇だったのだ。
◇
当日
「じゃあ頼んだぞ『カコミタチ』、クロディー!」
「そちらも気をつけてくださいね」
結局昨日は寝られなかった。今日、ここでは最悪の試合が行われる。今日の主人公である闘技者2人の素性を知っている者がいて、その人にまともな善の心が備わっていたとすれば、こんな試合は今すぐ中断されているだろう。
俺には今日、必ずしなければならないことが1つある。それは再び王城に侵入し、とある少女に会うことだ。
タイミングは試合が終わって直後から、タイムリミットは王が王城に帰ってくるまで。その間に、任務を放棄することになるが、俺の穴を埋めてくれる戦力はすでに用意してある。
「頼んだぜ、獣魔王」
獣魔王にこの任務を受けてもらうために、俺は獣魔王にある情報を差し出した。
それは俺の正体だ。
本来魔王ならば知っているのが当然のことなのだが、獣魔王は脳筋、アホだからこの取引を快く了承してくれた。
もう一度言おう、獣魔王は、アホだ。
兎にも角にも、これで自由に心置き無く動くことが出来る。入口から国王がコロッセオに入っていくのも確認済みだ。
隣にいる『カコミタチ』にバレないように分身体をその場において立ち去る。分身体は獣魔王のものとは違い、何があっても動かない。攻撃されても反撃せず、ただ姿形を修復するだけの案山子だ。
目的地への進入ルートは、昨日、ハクの攻撃でできた王城の壁に開いた風穴だ。そこから目的地までは近い。というか二つ隣の部屋だ。
風穴は案の定修復されておらず、幻影で隠しているだけだった。中に入っても、王のいない玉座には護衛の騎士もおらず、目的地の前までは誰にも遭遇せずに到達できた。
しかし、目的地の部屋の中には護衛を兼ねたメイドが2人いる。そいつらが居たままでは話したいことも話せない。
「殺るか」
部屋の扉を普通に開くと首元にナイフの突きつけられた。
「何者だ、賊。ここは誰の部屋か分かって侵入したのか?」
「知ってるに決まってんだろ、ばぁーか」
挑発が効いたのか首に2筋の切り傷が出来る。このメイド達は躊躇なく首筋を掻ききれる人間らしい。
「痛くも痒くもないね」
「「なっ!?」」
「バイバイ」
腕を変形させ、メイド2人の首に巻き付けて窒息させる。十数秒で酸欠になり、意識を失ったようだ。まあ命に別状は無いはずだ。
「あなたは?」
「神の隻眼、使えば分かるだろ?」
「っ!! それを知っているのね。なら、私がそれを使えないことも知っているでしょう?」
俺の目的は布団の上でピクリとも動かない少女、国王の娘だ。この国で国王が引き起こした愚行の全ての元凶はこの布団の上の少女なのだ。
「【超越同調】、解析、同調!」
「そのスキルは!? ダメよ、この目を使ったらあなたの身が持たないわ!!」
「まあ見てろって」
国王が人体実験を始めたのはこの少女に【神の隻眼】が宿ってしまったからだ。【神の隻眼】はそのスキル名に負けないほどの性能を持っている。
【神の隻眼】はこの世全てを見通す目、過去現在未来、そして平行世界。あらゆる可能性をその眼を媒体として脳に情報として刻み込むことが出来る。
つまり、1回の使用で脳の容量を食いつぶすほどの情報を使用者に与え、生命活動が維持できなくなるほどの魔力を使用者から奪い去るのだ。しかもその強大すぎる力は人間にはコントロール出来ない。
しかしそれは人間の体という条件で、の話だ。もし、人間ではなく伝説の生物ならばその眼をコントロールすることが出来るのではないか、そう考えたのだ、国王は。
「【超越同調・強制停止】」
俺の【超越同調】の真価を見せる時が来たようだな!
「眼を開けてみろ」
「ん……開かない」
眼の上に巻かれていた包帯は剥がしてやった。それでも眼を開けることが出来ないという。それは過去のトラウマと、今まで動かしてこなかった筋肉が脳の命令通りに動いてくれないのだろう。
「がんばれよ王女様、お前にはその眼を開けて、自分のために苦しんでいる世界を見る責任があるんだからな」
そう、俺はここに元凶を殺しに来た訳では無い。元凶が元凶のままであることを変えに来たのだ。
「ま、眩しいっ! 見える、見えるわ!!」
どうやら上手くいったようだな。これで国王も心置き無く死ねるだろう。