敗走と撤退 ②
♢32♢
少女の身体が必殺の一撃を受け飛んでいく。
一撃で作成者がドレスと呼んだ魔法は砕け散り、少女は外装の守りを失い生身を晒す。
このままの勢いでどこかに激突すれば死ぬし、このままでは激突する前に死ぬだろう。
大男は追い討ちを放った。幾百もの漆黒の杭を。
黒の色と風による回転。対象を確実に、貫き殺す魔法を放った。
しかし、それでも足りぬと思うのか自らも地を蹴る。
その速度は魔法より速く少女まで到達し、攻撃してから今の位置に戻ったとしても時間が余るだろう。
この男にとっては、相手が瞬きするだけの時間で足りてしまう。
そんな大男の脚に力が加わる。
「おっとー、どちらに行かれるので? そろそろワタクシの存在にも気づいてほしい! 覚えてませんか? こないだ遊んであげたじゃないですかー」
動き出す直前、大男の前に道化師がどこからか現れる。
声は聞こえているはずだが、道化師には見向きもしない。大男には少女しか見えていない。
「受けた恩は返せと教わりました。ですので素通りされると困ります。しかし、無視するでしょうからこちらから手を出します!」
カイアスが喋っていた間に、シャボン玉が辺りを埋め尽くす。
それも無視して大男は地を蹴った。
「──あっ、シャボン玉には触れないことをオススメします!」
触れられたシャボン玉は即座に破裂する。
沢山あるシャボン玉は高速で回転している。
シャボン玉は現れた位置から動かず、その位置で回転し続ける。1つが弾けたら、残りも誘爆して弾ける。
──ボン、と鳴った1つの破裂音は複数重なり、無数に拡散する。
辺りのシャボン玉。その全てが破裂した。
シャボン玉の中身は水蒸気。
ムリムリ押し込められた水蒸気は、高速で回転するシャボンに覆われている。ちょっとしたことで破裂する、即席爆弾がシャボン玉の正体。
「あーあー、だから触らないほうがいいと言いましたのに。人の話を聞かず無視しているから、そんなことになるんですよ?」
爆発の真ん中にいる大男に聞こえるべくもないが、カイアスはこう口にする。
この程度ではどうにもならないのが分かっているから……。
だから、爆心地へと大剣を構え突っ込む。
「速くても動けなくてはカカシと同じ。そして、ワタクシは意外と力持ち──」
ガン──
これは叩きつけた大剣が、大男の障壁へと当たった音。本気で剣を振ってみた際に出た音である。
──バリーン
何かが砕ける音もする。爆発の音はもうしない。
爆発以上の力の衝突で吹き飛ばされてしまったから。
「ちょっと! そんなの反則じゃないですか?!」
これだけの威力の剣は大男まで届いていない。
ユウキは障壁をすり抜けて斬っていた。
そんな真似のできないカイアスは、正面からぶつかった。
大男の障壁は砕けたが、それは2枚だけ。三重の障壁はあと1枚残っているし、剣は掴まれている。
血が流れるなら血が流れているだろうが、大男にそんなものはない。
身体を構成する黒い魔力が、斬られた箇所から漏れ出すだけ。しかも、斬られた箇所はすぐに塞がる。
「一瞬でピンチに?! ヘルプミーー!」
大剣ごと引き寄せられるカイアス。
宙に浮いた身体は、大男の拳の届く範囲に近づく。
「剣を離せばいいだろうが!」
ピシリと変な音がして大男がよろめく。
頭の上には1人の少女。
少女は障壁の上からおもいっきり踏んづけた。
掛かる負荷は地面と障壁にヒビを入れる。
「これはワタクシの身体の一部も同じ。そんなことできません!」
「……じゃあ諦めよう。クソピエロはいいやつだった。そう、あたしは記憶の片隅に覚えておくよ。明日まで」
「地に足つけばこちらのものです。それっ──」
カイアスは掴まれたままの大剣を振り回す。
今度は大男が持ち上がり、飛んでいく。
「馬鹿力だね。おまえもボスキャラも……」
フワッと着地した少女は見たままの感想を述べた。
「そんなに褒めないでくださいよ」
「褒めてない。 ──来るよ、クソピエロ! しっかり働けよ!」
空中で器用に体勢を変え、トンと軽くビルの側面に着地したボスキャラは、ようやくユウキ以外の2人に目を向ける。
着地の時は何も起きなかったのに、踏み込んだ衝撃でビルは破壊される。
「ようやくこっち見たな、黒ブタマン。こっからはこの……──クソピエロが相手だ! 覚悟しろ!」
「──ええっ、風神のお嬢さんじゃなくて?! 何故、ワタクシが?」
「ほら、まだよくわかんないから。ミヤビちゃんに代わってアレと闘って」
「……靴ですか」
雅には先ほどまで無かったものがある。
エッグという魔法によって作られたものがある。
それは白い靴。羽の付いた靴。
履いていた黒い革靴とは違い、低いヒールがある白い靴。
「援護してやるから早くいけよ。姉に恩を返すんでしょう? 新宿からユッキーと雲母さんが脱出するまでだから」
もう2人は撤退を始めている。
ユウキも助けたし、漆黒の杭も全部はたき落した。
それをして雅はボスキャラの前に立った。
彼女は先ほどまで出来なかったことが、出来るようになっている。
雅は自分が思った出来たらいいな。を形にした。
ずっと見えてはいたものの、本当の使い方をしたんだろう。
今までは攻撃の軌道を読んだり、人の姿形や地形を把握したりにしか使っていなかった。
だから、自分にだけ見えている風を利用できるものを欲した。それが白い靴だ。
羽が無いから飛べない。
鳥じゃないから飛べない。
構造も違うし当たり前だろう。
鳥は空気を裂いて飛ぶ。羽をバタつかせて飛ぶわけではないのだ。
雅はずっと鳥を見るたびに思っていただろう。
人間は飛べないなーー、と。
人間は重すぎるし風を捕まえられない。
個では揚力を生み出せもしない。
だから、靴に揚力を生み出せる羽を付けた。
飾りの意味合いが強い気がするが、羽を付けてみた。
羽は風を捕まえて広がる。広がった羽は、雅にあることを可能にする。
鳥のように空を移動するということを可能にする。
飛んでいるわけではない。
あくまで靴は風を捕まえるためのものだから。
でも、足を動かせば前に進むし、見えている風の流れに乗れば勝手に移動できる。風の流れる方向に。
滑っている。と言った方がいいかもしれない。氷の上でも滑っているように空中を移動できる。
「練習不足だから離れたところから援護するね。うっかり巻き込むかもしれないけど、上手く避けてね?」
そう言い残して雅はフワリと浮き上がる。
2回、3回と風を捕まえて上に昇っていく。
「本当にワタクシが闘うんですか?!」
新たな標的となった雅とカイアス。
空に逃げた雅は大男の突進をすでに回避している。
大男は猪たちのように真っ直ぐ走り抜ける。
避けられても一瞬で切り返し、再び走り抜ける。
「これ轢かれたら死にますよーー」
再びシャボン玉を発生させるカイアス。
雅はそれに空気に負荷を掛けて、カイアスごと押しつぶす。大爆発が起きる。
「そして何をやってるんですかーー!」
避けようのないやり方に抗議の声が上がるが、上空の雅には聞こえないし、雅は援護のため。あるいはカイアスごと始末しようと魔法を使う。
これまでと同じく足を振る動き、蹴りによる魔法。風による斬撃が上空から振り下ろされる。
より風を集めることが可能になったことで、大きさを更に増した風の刃が振り下ろされた。
♢
「アイリ。配信を開始しろ」
「……それは、雅が勝つと思ってるということ?」
「可能性はあるだろう?」
「ないわよ。さっき怪我を治してあげた時点で、雅の魔力量は底が見えていた。あれから時間が経っているし、あの子はもう限界よ。ユッキーもアレを結局使わないしで、もう散々……」
「いいからやれ。プレイヤーたちに見せなくてはいけない。立ち向かう者の姿を。その闘いを」
これを観ても戦うのか否かを。
自分には無理だと思うのか、自分もと思うのかを。




