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 敗走と撤退 ③

空域制御(くういきせいぎょ)──」


 それは己の支配の及ぶ範囲を囲う魔法。その範囲は新宿区全域。


 カイアスから得た、与えられたエリアからボスキャラは移動できないという情報。

 2人が新宿を脱するまでを把握するためと、残る力の全てを使って闘うために、(みやび)は大規模な空域の箱を作成した。


「そっちよろしく。 ──最大加速!」


 雅は殴り飛ばされたユウキのところへと向かう。空を駆けて。


「治していただきましたし致し方ない。まぁ、お任せを」


 カイアスは管理者権限を発動し、ボスキャラの前へと移動する。

 これを利用し、雅たちを脱出させることも出来るはずだが、それには対象が近くにいなくてはならない。


 そして万が一があってはならない……。


 だから、カイアスはこの方法を提示しなかった。

 リスクとしては、ボスキャラと戦闘し時間を稼ぐ方が低いと判断したからだ。


「あーあー、お父上様。1回だけ盤を操作します」


『好きにしろ』


 今回は確認を取り行った。

 そしてカイアスはボスキャラの真ん前に現れた。


 ♢


 最短のラインを選び、出せる全速力でユウキの元まで追いついた(みやび)

 自分の後ろからは黒い杭が迫ってきている。


「──よっと! 軽いね。ユッキーは。もう大丈夫だから、ちょーーっと掴まっててね」


「雅……貴女どうやってこんなところまで?」


 ここは空中。ユウキの言葉は最もだろう。

 ユウキを捕まえた雅は、そのまま地上へ落下していく。


「あたしもエッグとやらを使ってみた。猪女と闘ってるとき思ったんだ。避けるのに右か左どっちかしか道がないって思ったときね……。本当はもう1つ道があることに気づいた。上に逃げられたら避けられるのにって。そのための道も見えてるのにって」


 でも、空には逃げられなかった。

 彼女は鳥ではなかったから。

 見えているものを利用する方法がなかったから。


「だから作った。風を捕まえておける道具を。靴だし武器ではないけどね。これ、羽みたいに軽いんだよ?」


 羽の生えた靴。純白の翼は風を掴む。

 普通の人間には扱えない代物。

 これを扱うには見えなくてはならない。流れる風の向きを。その起動を。


 風を使う魔法使いなら扱えるかもしれない。けど、風の流れまで意識して魔法を使うとなると難しい。

 そんなことをするくらいなら、空中に足場を生成した方が楽だ。

 

 やはりこの靴は、風神 雅(かざかみ みやび)にしか扱えない。

 彼女のための、彼女にしかできない魔法だろう。


「飛んでくるラインから外れたら大丈夫かと思ったら、あれは追尾してくるんだね。ユッキーを狙ってるみたいだし、全部はたき落とすしかないかーー」


 はたき落とすといいながらも、抱きついた格好のユウキを支えるのに雅は片手を使用しているので、片手しか使えない。


「ユッキー。こう手のひらを、あたしの方に出して」


「……こうですか?」


 言われるままに手を出したユウキの手のひらと、自分の手のひらを合わせる。


「──へぃ! なんて言ってみたりしてね。落っこちろ……」


 ユウキの手を借りて、横に作用する魔法を使用する。漆黒の杭に真横から空気が集められる。

 ギュッと押し付けられた空気は中の杭の推進力を奪う。結果、雅たちに到達することなく杭は下に落下する。


「うーーん。全部は無理か……。なら、地道に減らすしかないね」


 上から迫ってくる杭を、ラインを変えて回避する。

 一度、空中を蹴って雅は杭より上に飛び上がる。


「雅、ごめんなさい……」


「ユッキーが謝ることないよ。全部クソピエロが悪いんだし」


 上から負荷を掛け、地面に杭を突き刺さらせる。

 二度の攻撃により半数まで杭は減ったが、残る半数は左右に分かれてユウキを狙う。


「……いえ、私の弱さが招いたことですから」


「違うって。あの炎の中であたしたちも見てしまった。あの記憶は悲しかった。ユッキーだって本当は悲しいはずだよ……青い炎は悲しみの色なんだよ、きっと」


 ユウキを抱えたまま雅はくるりと片足で回る。すると、雅を中心に風向きは変化し渦を巻く。

 左右から迫って来た杭は、渦に巻かれグルグル回ってしまう。


「これは、今まで出来なかったな」


 残った足で風を、空気を蹴り叩く。

 これまでは真横に負荷を掛け押し潰すことは出来なかった。


 足先では叩くということが難しかったからだ。でも、靴に付属する羽がそれを可能にする。

 空気を面として捉え、塊として押すことが可能になった。


「あたしは、炎は中にいた少年みたいになりたい。あの子は分かってたはずだ。今の自分には無理だって。それでも狗の面の男に立ち向かっていったのは、倒れてるユッキーを見たから……守らなくちゃいけないものがそこにあったからだ」


「私を……」


 雅の技術は攻めにも守りにも使える魔法と化した。


「だからね。あれは事故だよ。ユッキーも悪くないし、あの子も悪くない。ユッキーは怖かったんだよね。あの子があんなに怒っていたのが。でもね──。家族を殺されて怒らないやつはいないし、妹を傷つけられて怒らないやつもいない」


「私が……妹?」


 押し固められた風や空気は、剣にも槍にも盾にも変わる。


「そうでしょ? それも分からない?」


「わかりません……けど、そうなんだとしたら……」


「きっとそうだよ。そして、──いい話してんだからいい加減にしろ!」


 渦巻いて集まった風の力を雅は解き放った。

 風に巻かれていた杭の残りもこれで全て地に落ちた。


「……ったく。無機物に空気を読めと言っても無駄なんだけどね。続きは帰ってからにしよう」


 やっと追いついてきたユウキの姉を見て、雅はそう口にした。


 ♢


「それじゃあユッキーを頼むよ。あたしはクソピエロと時間を稼ぐから」


「悪いな。ミヤビちゃん」


「気にすんなし。今日の夕飯は豚肉とキノコでパスタにする」


「……あぁ、楽しみにしてるよ。待ってるからな……」


「そんなに時間は掛からないから大丈夫だよ!」


「無理だと思ったら……」


「──逃げないよ。無理でも逃げないし。というかボスキャラ倒すし」


「はぁ……。心配するだけ無駄か」


「あっ、志乃(しの)ちゃんと亜李栖(ありす)ちゃんも回収しておいてね」


 ♢


 もう限界……。HP、MPともに尽きそう。

 ユッキーの前ではカッコつけてみたけどさ。


 あの杭。術者の手元を離れた魔法で、それも術者が見てもない魔法なのに強力だった。強過ぎるくらいだった。


 あの黒ブタマンはヤバい……。

 速いし強いし。猪たちが雑魚にしか思えない。

 あんなのが向こうにはいるんだね。


 あたし以外の人たちは、あんなのと闘ってるんだ。

 なら、(みやび)ちゃんも頑張らなくてはいけないかな。

 向こうでは何の役にも立たなかったわけだし。


 だから。せめてこちら側では。


 あたしたちの世界くらいは、あたしが守ってやらなきゃいけない。これも夏休みの宿題かなーー。

 顔も知らないけど、君らが帰ってくる場所は必要だもんね。


 誰かのためというのは悪い気分はしないね。

 世界の危機を救うというのも悪くない。


 ……意味も理由もまだ分からない。

 でも、あの黒ブタマンを倒さなくてはいけないということは分かる。


 幻の中の幻は、いつまでも幻のままではいない。

 きっとボスキャラは裏東京から表側に。

 この幻のような場所から現実に出られるようになる。


 エッグという魔法を自分も得て分かった。

 これもゲートの向こうから来たものだ。

 これが現実に作用しないのは初めだけ。


 スクランブル交差点のあいつ。

 あいつは向こうで魔法を使えてた。

 あの魔法はボスキャラと同じ力だった。


 なら、親玉が向こうに行けない理由はない。

 クソピエロが、ズルをあたしたちに使わなかったのもそのせいだ。

 あいつは周囲を巻き込むと前に言ってた。


 もし、あの黒ブタマンが本物の新宿に現れたら……。

 新宿の人はみんな殺されてしまう。

 あれはそれだけの力を持っている。

 そして被害はいくらでも拡大する。


 ボスキャラはプレイヤーたちにはまだ倒せない。

 なら、今は出来るやつがやるしかない。


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