鬼ごっこ ③
「──ろーーーーく。なーー……」
鬼ごっこが始まる直前。
6まで数えたところで携帯電話が鳴る。
「もしもし、もう見つかりましたか? ……あー、お久しぶり。あれから仲良くされているようでなによりです。まぁ、それはさておき……ご用は?」
その話はカイアスにとって、興味深く面白い話。
ヒヨコはニワトリくらいには成長していた。
たったの5日でだ。
「それは中々素晴らしい。オトモダチを上手く使ったようですねー。今は新宿ですか? ……へぇ、気づいたらやられていた。それはさておき、あなたもお暇ならこっちに来ませんか?」
新宿は目と鼻の先。
レベルが3に到達しているということは、すでに桁違いということだ。
「数分で来れるじゃないですかー。あなたは最初がスペルでしたから、次にスキル。そこからは自分次第なんですが……スキルの身体強化は使いこなせているんでしょう? でなくては3には到達してないでしょうから」
スペルが最初だった者は、次レベルではスキルを。
スキルだった者はスペルを習得する。
どちらも揃ってこその魔法。
しかし、その魔法とは雅が扱う、カイアスの使う魔法とは異なる。
あくまでも初心者の、カイアスに言わせるならヒヨコのための魔法だから。
「特にルールは設けてませんが、見つけたらご一報を。あとはメールを見てください。手伝ってくれたら報酬は差し上げますし、目的のお嬢さん以外は、どーでもいいのでお好きにどうぞ!」
電話ののちカウントを再開したカイアスは歩いて進む。
その内に見つけたと報告がくるだろうし、いざとなれば自分には特権がある。
無理に自分が動かなくてもオトモダチたちがいるし、ゲームは始まったばかりだから。
♢
オトモダチはオトモダチを呼び、人数は膨れ上がった。
この場にいるのは半分といったところだろう。
誰かが見つけれさえすれば、カイアスにはズルが可能だった。
そのズルは盤上を操作すること。
勝手に行っていい内容ではないのだが、そんなことは知ったことではない。
カイアスの興味は風神 雅にしかない。その中身にしか。
普段は手段にもこだわりはしないが、人海戦術を使うのには理由がある。
公園でのアプローチは間違いだった。
そして同じ手では面白くもない。
それに多人数を相手にすれば流石に見せるはずだ。だから、やり方を変える。
公園での風神 雅のやり口は気になるところがあったから。
♢
「──鬼ごっこは終わりですか? 風神のお嬢さん」
突如として囲まれてしまった。
ピエロを含めて22人。
一瞬でこの人数が現れた……。
鬼ごっことピエロ野郎は言った。
この少年たちは鬼ごっこの鬼だったのだ。
そしてピエロはこのフィールド内で特権があるみたいだ。でなければ、不自然にいきなり現れはしないだろう。
「……志乃ちゃん。亜李栖ちゃん。ごめんね……」
その決断は一瞬。
動き出す前に行動しなきゃ。
この数を相手にするのは無理だ。
……でも、出口は目の前だ。
「お説教はちゃんと聞くから!」
ここまで休めたことで立てるくらいには回復した。
ちょっと激しめに動くのは難しいかもしれないけど、1回だけでいい……。
『直線上に道を作成。 ……無理矢理、押しこむ』
前後を挟まれている。
出口は正面。ピエロは後ろ。
志乃と亜李栖は雅より前を歩いていた。
今は振り返ったことで、前を歩いていた2人と出口が後ろ。
出口までは直線。難敵であるピエロ野郎も直線上。
一度の魔法で対処する。
おそらくそれが限界だから……。
「────!」
言葉は聞こえてこない。
起こした風が運んでいってしまうから。
風は吹いていなかった。
なら彼女は魔法を使えない?
いや、吹いていないなら作ればいい。
──パン!
その音が始まりだった。
これは銃声でも、破裂音でもない。
音は手を打つ音だ。
合わさった手のひらの中には風が生まれる。
空気が入らないように、右手と左手の手のひらを合わせる。
手のひらは吸盤のように吸い付き、離れる一瞬風は生まれる。
誰がやっても吸い付くところまではできる。
手のひらが離れる一瞬、風を感じもするかもしれない。それが暴風のようになりはしないが……。
風の振り分けは自分を中心に直線。前と後ろに。
ひとつは出口までの道。
ひとつはピエロ野郎までの道。
友達を逃し、自分は加速する。
「面白い使い方です。しかし……風神のお嬢さんにワタクシは倒せない。その特攻は無意味。何よりこんなものが見たいのでは、──ない!」
雅の前からピエロの姿が消える。
「……逃がされては面白くない。お嬢さん方には役に立っていただきませんと、ね」
姿が消えたピエロ野郎は、志乃と亜李栖。
風の道を行かせたはずの2人を捕まえる。
「両手に花とはこういうのを言うんでしょう。はい、リリース」
ピエロ野郎により、志乃と亜李栖はそれぞれ左右に突き飛ばされる。
その行動は雅の作った道から2人が外れることを意味する。
外れた道の先には魔法持ちの少年たち。
突如の突風に対応できず、目すら開けていられなかった少年たちの元に2人は倒れこむ。
「「──きゃ!」」
……マズい。
そうは思っても今のを止められては、次の手はない。魔法を使ったのは無茶だった。
「……うあっ」
景色はフラつき体はいうことを聞かない。
地面に手をついてしまい、雅はそのまま立ち上がれなくなる。
「いいんですか? オトモダチが酷い目にあってしまうやもしれませんよー。風神のお嬢さんは自分が傷つこうが意味ないようですが、オトモダチが……ダイジナモノがピンチならどうでしょうか?」
いやらしい笑みが浮かぶ。
雅へと歩み寄る道化師は気づいた。
彼女はそんな人間なんだろうと。
自分が傷つこうが構わないが、大事なものが傷つくのは我慢ならないはずだと。
それは核心をつく。
「……やめろ……」
何かが切り替わる。
纏う空気が変化する。
歪な気配。あるいは殺気とでも言うものが放たれる。
そんなものとは無縁そうな少女から。
「これは……なかなか。いい顔を。いい眼をするじゃないですか! ワタクシが見たかったのはそんな顔。そしてその力……」
風神 雅は吐き出されるはずのものを飲み込む。
すると何かが軽くなる。
抑えつけるものが消え失せる。
『──風神さん、ダメっ!』
誰かが、あるいは何が、そう叫ぶ。
その何かも消え失せる。
『戻れなくなるぞ?』
真紅の眼光。それも消えてなくなる。
「……知らないよ。こうする他は思いつかない。欲しいものなどないけどさ……奪われるのも、傷つけられるのも許さない」
ごめんなさい。
あなたたちのしてくれたことを無駄にしてしまう。
それでも必要なんだ。
『何、案ずるな。こんなことで無くなりはせん。その程度と思うな。お前の感じているのは単なる恐れだ。道化師の言う通りだ……力は使わねば意味が無いぞ?』
そう言葉を残し、最後の誰かも居なくなる。
♢
新宿区。全てを殺し尽くした影は自分と似たような気配を察する。
自分の速さをもってすれば、そこまで数秒といったところ。歩数にしても数歩の距離。
影の漆黒は薄まりつつある。
魔力を取り込み、喰らい、取り戻しつつある。
影が影で無くなるのは時間の問題。
与えられたテリトリーから出るはずのない影は、境界を越えた。更なる力を求めて。