鬼ごっこ
♢11♢
作り物の空が見える。
太陽も月も、雲でさえ作り物。空気も土も作り物。
偽物と言い換えてもいいかもしれない。
今日の天気は晴れ。
快晴とはいかなくても雲は流れて風はある。
そう、間違っても台風など発生してはいない。
ところが風は吹き、体は軽々飛ばされ大の字に倒れて、こうして偽りの空を眺めている。
「……こういうの何と言うんでしょう? してやられた。というのでしょうか?」
局地的な台風により、遥か遠くまで吹き飛ばされたカイアスは1人口を開く。
物理的に見えなかった現象を考察し、その解釈に至った。
「アハハ……先日からこんなのばかり。ビルから蹴り落とされ、今日はゴミのように飛ばされですか。運がない」
運がないと口にする男は、そう口にするだけ。
その体に傷もなければ怪我もない。
「これを地面に突き立てれば良かったんでしょうか? 腕がもげはしないでしょうからね。今更ですが」
持ったままの大剣を掲げて、その対応が出来ていたらを考える。
「風の魔法があるのは理解していたのに。これでは余裕ブッこいてるから、と言われても仕方ない。さて……」
手を使わずに起き上がる。
今更、大剣を地面に刺し派手な色のスーツに付着したゴミやら砂を払い落とす。
「案外頭の回る様子の、風神のお嬢さんのことです。公園からは脱したでしょう……。しかし、フィールドから出るには出口に行かなくてはならない。一番近い出口は──」
胸元から携帯電話を取り出し、アプリを立ち上げる。遊戯のためのアプリであるゲートを。
「約3キロ先。時間は十分にある。こんな遊びがありましたね……鬼ごっこ? というやつですね。ワタクシが鬼。逃げるお嬢さんを追いかけますか!」
次いで、取り出した携帯電話の登録されている番号に電話をかける。
登録名はオトモダチ。
「──あっ、もしもしー、ワタシですワタシ。誰だお前なんて酷いー。毎日が夏休みの皆さんは、今日もお暇ですか?」
その思った通りの返答に歓喜する。
「──それはいい! ちょっと頼みがありまして。はい、はい……。トモダチのお願いくらい聞いてくれますよね? 詳細はメールします。ではではー」
鬼ごっこの鬼は1人とは決まっていない。
そして、どうせ遊ぶなら人数は多い方がいい。
カイアスは、携帯を操作して必要な情報を一斉に送信する。
「これで良し! 鬼は10数えてから追いかけるらしいので……いーーち……」
あの様子では風神 雅には、あれ以上の魔法の使用は不可能だと知りつつ、ピエロはゲームを開始する。
始まるゲームは鬼ごっこ。
♢
ピエロが遥か遠くに飛んでいった公園内。
ピエロをぶっ飛ばした張本人。 雅は限界を越えている。
彼女は限界点などとっくに過ぎ、それでも魔法を使い続けた。彼女にはその代償が待っていた。
かろうじて意識を保つのが精一杯。
歩くことはおろか、立つことさえ自分ではできない。
「……オレのことはいいから先に行け……」
「それでも冗談を言う余裕はあるんだな」
「……割と慣れてるから」
虚弱で病弱な彼女には、これくらいは日常茶飯事。
体が言うことを聞かなくても、かろうじてではあるが意識はあるし口も動く。
たとえ、歩けないなー、これは。と思ってはいても弱さなど見せない。さらに心配させてしまうと分かるから。
「亜李栖の言ったとおりになるとはな。よっと──」
動けないのをいいことに、背中におぶさせられてしまった雅は抗議の声を上げる。
「おろせー、なんでおんぶ? こんなのカッコ悪いー」
「耳元で騒ぐな。口は動くっていうのは厄介だな。黙っておぶさってろ!」
首だけを自分の後ろに動かして、志乃は抗議の声を黙らせる。
「──痛っ。何するんだよー。弱ってるのはマジなんだぞ……げほっ……」
それが分かってるから、嫌がろうと下ろすつもりはない。
もうこいつ1人に無茶な真似はさせない。
そう決意を秘め、この場所から移動を開始する。
「見てるやつなんていないんだ。大人しくしてろよ」
「……うん」
──パシャリ
そう雰囲気をぶち壊す音が聞こえた。
さっきから黙っているのは、恐ろしかったのか、あるいはショックを受けていたのかと思っていたのだが、違ったようだ。雅と志乃はそう思った。
「……ふふふ。まさか、こんな形でシャッターチャンスが訪れるとは……」
「見てるどころか撮影してる人がいるじゃん」
「悪い。予想外だわ……」
1枚2枚撮れば満足するだろう。
その考えは甘かった。
実際は携帯電話のカメラで撮影会が始まってしまった。
「亜李栖! お前がナビだろ。いつまで撮ってんだ!」
「──はっ! そうでした。つい目の前のことに夢中になってしまって」
現実に引き戻され、ようやく3人の足並みが揃う。目指すのは今日の脱出点。
一番近い脱出口は駄目だ。
敵はそこに間違いなく来る。
お説教は後回しにして、すぐに移動を開始してください。
そう電話の向こうの水瀬と名乗った彼女は言った。
この場所についての説明も必要なことだけは聞けた。アプリは亜李栖が持っている。
そして魔法もある……。
未だ、卵状態ではあるがエッグは彼女たちの手に存在している。
おそらく脱出に必要になるであろう魔法が。
♢
日中であっても賑わいを見せるフィールド内。
東京にあるフィールドは、裏東京と呼ばれるようになっていた。
その裏東京。場所は新宿区。
今日は何かのイベントのようにモンスターが溢れかえる。
運営からは何の通達もないが、ゲリライベントなのかもしれないと情報が流れ、経験値を稼ぎにプレイヤーたちが集まってきた。
集まる人数を上回るモンスターたち。
ゼリー状のヤツ。動物型のヤツ。
現状、確認されているのは2種類だけ。
動物型はいろいろなパターンが存在するようだ。
犬、猫、豚、牛、あとはよく分からないヤツ。
四つ脚の動物型のモンスターが多い。
その日、その2種とは異なるモンスターがフィールドに出現した。
影がそのまま立っているような黒いシルエット。
真っ黒で人型であることしか分からない。
──これが追加を予定されていたボスキャラじゃないか!
テストプレイに参加していた彼ら。
その中の1グループはいち早くそれに気づき、確証を得るためその影との戦闘を試みた。
結果は惨敗である。
影に攻撃は意味がなかった。
影だから仕方ないな……。
触れないんじゃ、一旦出直すしかない。
誰かが攻略法を見つけるだろ。
そんなゲームのようなことを口にする。
目の前の影が何なのかも知らずに。
影は唐突に動き出す。
一切の反撃も、撤退も許さず、殺し尽くす。
フィールドと呼ばれる場所に、人間が1人もいなくなるまで。




