世界中でたった1人 ③
「貴方の身体の傷。その三撃目。足元からの振り上げの一撃。それはお兄様の十八番でした。私はそれを取り戻せた」
何度も。何度も。何度も。繰り返し見た。
それを記憶としては覚えていなくても、記憶ではないものが覚えていたのだろう。
だから新宿での一戦。あの時、私の刀が同じ軌道を描いたのは偶然ではないと思う。
刀を躱されたことも。
ボスキャラとして現れたことも。
私をお兄様として見ていたことも。
最初から全て偶然ではなかった。
全部、先を歩く人が存在するからこそ起きたこと。
「貴方を殺した技の名は山茶火。使い手の数だけ組み合わせのある技。千差万別の太刀です」
1人として同じ軌道を描くことはないだろう技。
けど、私は無意識に同じ軌道を描いた。
決めに同じ技を選択し、同じ軌道を描いた。
これは確率などではなく、偶然でもなく、決定していたことだと思う。私たちは双子なのだから。
きっとそうするだろうと、そう思ったのだ。
「本来、全ての技は茜を用いて使う技。つまり貴方を殺した技は本物ではない。ですが、これから私が振るうのは本物の山茶火です」
通常の刀には存在しないものが茜にはある。
一振りごとに軌跡に炎が残る。消えない炎が。
一振りが二つ。二振りが四つ。三振りが六つになる。
「行きますよ。いざ、尋常に勝負──」
今度は意図して同じ軌道を描く。
もう躱させない。必ず届かせる。
「──三閃・山茶火」
♢
本当は、もう一度こうして向き合う必要は、なかったのかもしれない。それでも、私はこの男の前に立ちたかった。どうしても。
『私はもう一度、あのボスキャラの、あの男の前に行かなくてはならない。どうしても確かめたいことがある』
これは本当であり、本当ではない。
本当の本当は誰にも言えなかった。
私にしか分からない。
世界中でたった1人。
私にしか分からないこと。
もう一度、男の前に立ちそれを確かめたかった。
もし、そうなんだとしたら誰にも譲れない。
譲るわけにはいかないから。絶対に。
私にしか分からないのだから、他の誰かに奪われたくなどなかった。私が、自分で、自分の眼で確かめたかった。
やっと見つけた繋がりかもしれないものを、他の誰かに奪われたくなかった。ひどく幼稚で。ひどく我儘で。ひどく身勝手なこと。
でも、譲れない。
そうなのだとしたら絶対に。
絶対に避けられないはずの斬撃だった。
自信と確信があったはずの一太刀。
当たれば間違いなく殺せていた。
それを紅い眼の男は躱してみせた。
それまで一太刀だって、剣筋を捉えられなかったのにだ。
その理由は何だったのか?
答えは至極簡単なことだった。
男は見たことがあったのだ。あの一太刀を。
覚えがあったから躱せた。
私が初めて振ったはずの太刀を、生きてすらいない屍のような異形の武人は、見たことがあったのだ。
生きていた時に。おそらく、その最期の瞬間に。
──いつ? ──どこで?
いつかは分からない。
調べようも知りようもないだろう。
どこでかも分からない。
でも、遠くない場所。そんな気がする。
手が届かないほど遠く。でも、すぐそこのような場所。
『──起きなさい。茜。お兄様がそこにいらっしゃいます。貴女を持つべき人が。私は追いつかなくてはいけない。だから、力を貸しなさい』
私には、この瞬間に確かに見えた。
紅い眼の男の前に立つ、追いつかなくてはならない後ろ姿が。絶対に追いつきたい後ろ姿が。
そして分かった。
予感と予測が誠になった。
お兄様がどこにいて、何をしているのかを理解した。今も生きていて、今も変わらないのだと知った。
記憶ではなく実感を得た。
記憶という過去ではなく、実感という現在を得た。
それが嬉しかった。思わず涙が溢れそうだった。
けど、泣くわけにはいかない。泣いてなどいられない。
何よりそんな姿を見せたくない。
同じ時間を生きているようで違う。
お兄様は先を歩いている。
しかし、追いつく道は目の前にある。
この異形の武人の先にいる。
この遊戯の先にある。
♢
互いに限界の近い状態での闘いだった。
最初から長引きはしない闘いだったのだ。
「──ありがとうございました。貴方のおかげで、私は無くしたものを、大切なものを取り戻せました」
すれ違いの一瞬で決着となった。
山茶火は三つの火を残し、茜は三つ身体を通り抜けた。私は肩に一太刀、鋭い爪の傷を負った。
「それは手向けです。貴方はもう二度と迷い出ることはありません。死した後も利用され、死ぬことも許されず、生きた頃より苦しむ必要はもうないのです。三度目の死はありません。だから、安らかに眠りなさい……」
殺さないという選択肢は無かった。
存在するだけで許されないものだった。
最期は武人のようだったけど、最初はただの悪意の獣。
しかし……お兄様もこんな気持ちだったのだろうか。守るために戦ったはずだけど、やりきれないものがある。
「ユッギーーーーッ!! 良がっだ。無事で良かったよーー」
「──ちょっと。私、傷が結構深くて……。痛いし、茜もあるのだから引っ付かないで! 雅、──雅!」
でも、これで良かったんだ。
これは……なんだ……。
黒が消えていく……あの炎か。
「この場所にすら干渉する力。アレが宝物というものか。その力はあらゆるものを焼き尽くす。空間に時間。どちらもが不安定であっても、そのどちらともをか」
……虫螻が……。
「アレは我らのツイの力。ヒトの力だ」
──不愉快。
「だろうな。命令は焼却され、後に残るのは縛りのない存在。かつての姿と言うべきものだからな」
──不愉快。不愉快。不愉快。不愉快。
「勝負は決まったな。扱える時点でジャックのお嬢さんの勝ちだ。あの男は、永劫の時からようやく解き放たれる。二度と蘇りはしない」
……望んだものを自ら否定するとは愚か。
所詮はなりそこない。出来損ない。それだけのこと。




