雅の魔法
♢10♢
魔法には代償が必要だ。
魔法を生み出すのには必要なものがある。
目には見えない魔力というものが必要なんだ。
大なり小なり魔力を使用するのが魔法。
たとえ自然の力を利用するとしても必要になる。
魔力は全身を流れる。血の巡りのように。
それを理解するのがスタートライン。おそらく普通はね。
あたしの場合は逆だった。
魔力を理解する前に知識を手に入れ、そこを越えた者に与えられるのが魔法。
あたしは最後につまづいた。
いざ魔法を使ってみたら……使えはした。
だけど、すぐに自己に多大な影響をもたらす。
こんなふうに……。
「ゲホッ……ゲホッ……っ。うぁ……っ」
咳き込むつもりも、吐くつもりもなかったのに。
意思とは関係なく体は反応する。
「……はぁ……はぁ……。女子高生に何をさせるんだよ……」
「欠陥品といったところですか。そんなところまで似ているとは……嫌になりますねー」
「分かったなら、どけよ。あたしに魔法は使えない」
「しかし、あなたには隠しているものがある。ワタクシはそれが、どーしても見たい!」
滅茶苦茶しやがって。このピエロ野郎。
志乃ちゃんも、亜李栖ちゃんも、あたしが防がなきゃとっくに死んでる。
コイツはそれを理解していて、それでもなお剣を振るう。
せめて2人があたしを置いて逃げてくれたらなー。
そうしたらあたしも逃げられるのに……。
……2人はどうして泣いているんだろう?
「──雅、もうやめろ!」
「いや……こんなの……いや」
志乃ちゃんが泣いてるのなんて始めて見たかもしれない。レアだ、レア。
亜李栖ちゃんはあんなに目を赤くして……しょうがないなー。この真っ赤に染まっちゃったタオルは買って返すから許してね?
……あれっ……声、出せないや……。
それに、倒れるつもりもないのにな……。
「無様。力があれど使えなくては意味ないですねー。殺害はこちらでは許可が出ていませんので……」
現実での殺害は不許可。
だが、フィールド内での殺害は許されている。
この一般人でも、プレイヤーでもない少女。
「フィールド内にご案内〜。ワタクシ、強制的に移動させられるんですよね。風神のお嬢さん。あなたが死ねばその中身がなんなのか、分かる気がいたします!」
場所は同じ場所。ただし景色は一変する。
元どおりの公園に。
何も起こっていないかのような公園に。
影が現れる前。カイアスが暴れる前。
雅が猛攻を防ぐ前に戻ったかのよう。
表の破壊は表のもの。今は裏側。
ここは現実であって現実でない。
瓜二つではあるが、それだけだ。
「……ただ、この移動方法。難点がひとつ。周囲も巻き込んでしまうんですよね。そちらのお嬢さん方は暫しお待ちを。彼女を真っ二つに割ったら、向こうにお送りしますので」
志乃と亜李栖の方を向いたまま大剣は振り下ろされる。2人の悲鳴が、周囲に誰もいない東京という遊戯のためのフィールド内に響く。
♢
「と、友達になってください! お願いします!」
意を決しての一言だった。
こんな台詞を言ったのは生まれてから始めてだった。
「嫌です」
即答でこう返されたのも始めてだった……。
普通はさ、答えが決定していたとしてもさ、悩むフリくらいするよね?
もうバッサリ。心が真っ二つになったよねー。
「……そんな、友達にすらなれない。あたしなんて友達にすらしてくれないと……ひどい」
かなりのダメージだったんだ。
握手のために出した右手は宙ぶらりんのまま。
その状態のまま倒れこみ、ずっとブツブツ言っていたらね。
「風神 雅。貴女はどうしてゲートの向こうに行ったのですか? 貴女には行かない選択肢もあったはずなのに。あんな無茶に参加した理由は何?」
こう聞かれた。先ほどまでとは違う。
これは彼女自身の聞いてみたい質問なんだと思った。
「……お姉ちゃんだから。あたし、いちおう」
これは真面目に言ったつもりだったんだ。
後から聞いたら、顔はおろか耳まで染めて言ってたらしい。
「……っ。ふふっ……」
「えっ、なんで笑われてるの? ねぇ、めっちゃ笑うの堪えてるよね!」
「そんなことないです……ふふっ……よ?」
「水瀬さん! あたし真面目に言ったんだけど?!」
それまで、ずっと冷たい目をした娘だと思ってたんだ。クスリとも笑わなかったし。
その笑顔にやられました。
クールなところとか、ミステリアスなところとか気になってはいたが、これには参ったね。
惚れたよ……。
もう友達じゃなくて、結婚を前提にお付き合いしてください! って言おうと思ったんだ。
「ユウキでいいですよ。私も雅と呼ぶことにします。トモダチというのは名前で呼び合うのでしょう?」
その言葉と差し出された右手。
あたしは言おうと思った言葉を飲み込み、その右手を握り返した。
彼女は水瀬ユウキ。
ユウキの漢字がわからないのでご了承ください。今度聞いておきます。
「じゃあ、あたしはユッキーと呼ぶよ!」
「じゃあの意味がわからないですが、お好きにどうぞ」
こうしてユッキーと友達になった!
しかし、友達で終わるつもりはない。それ以上の関係を目指します。
♢
なんだかユッキーの声が聞こえた気がした。
何もなければ今日はデートだったのに……。
どうしてこんな目にあうのかな。
このままじゃ死んじゃうな……。
それは……嫌だな。
価値の無い自分はいつ死んだっていいと、どうせ悲しむ人なんていないと思ってたのに……。
少なくても2人。悲しんでくれる、泣いてくれる人がいた。
なら、悲しませてはダメだろう。そのくらいは分かる。
このピエロは強い。底など見えないくらいに。
でも、つけいる隙はある。
余計な動きが多いし、真面目とは言い難い。
今だって、振り下ろす剣を見ていない。
志乃ちゃんと亜李栖ちゃんの方を見ている。
あたしは、もう動けないと思いこんでる。
「……空域……制御……」
短く、しかし確実に、微かであっても言葉を紡ぎ、範囲を指定する。と言っても半径2メートルくらいが限界だ。十分だけど。
『圧縮と道を作成。2秒後、空域内を圧縮。軌道は見えてる』
1秒という時間にはどのくらいの価値があると思う? 1秒じゃ何もできない? そんなことはないんだ。
コイツが全力で剣を振り下ろせば1秒も掛からない。でもね。相手を見ずに余所見をして、手を抜いてそれをするなら、あたしは対処できる。
ものが移動するには空気の中を動かなくてはいけない。空気が動くというのはね。風が吹くということなんだ。
振り下ろす剣は空気を裂き進む。
風が吹いてなくても風が生まれる。
そして空域内の風はあたしのものだ。
「──どこから」
ピエロ野郎は意味がわからなくてそう口にする。
剣は振り下ろされるけど、逸れる。
直接当たらないなら、今のあたしには意味がない。
その顔にまとわりつく血塗れのタオルはあげるよ。
「ざまぁみろ……余裕ブッこいてるから、そうなるんだ」
想定した通り、立ち上がるのに2秒。
空域内の風。ピエロ野郎が自分で起こした風圧は空域内に拡散する。
「……この風は、どこから……」
おまえが自分で起こした風だよ。
──吹っ飛べ!
そのままでは数秒拘束するのがせいぜいだけど、これはオマケだ。あたしは、見えるし触れる。風というものに。
誰にも話したことはない。
みんなには見えないらしいから。
これまで用途も特に思いつかなかった。
……今なら、ユッキーのスカートをめくりたい。
冗談はさておき、ちょっと押してやればいいんだ。力はそこにあるんだから。
「ここだけ台風みたいなんですが? お嬢さん? ちょっと────」
果てまで飛んでいってほしいけど無理だ。
この隙に逃げなくては……。
アレはこの程度では死なない。
♢
風神 雅の一連の動きを説明すると、彼女は自分の血に染まったタオルを倒れる直前に上に放り投げる。
本来ならタオルはどうなるかはさておき。
今起きた事だけを説明するなら、タオルは上手い具合にカイアスの顔にまとわりつく。
どこからか風が吹き、不思議なくらい自然に。
次にカイアスの振り下ろす剣は、直前の謎の現象により逸れる。余所見をし、視界すら失っては当たるはずがない。
雅に当たらなかった剣は、公園の惨状よろしく無駄な破壊だけをする。
地面は裂け、尋常ではない風圧が発生した。
そしてカイアスの半径2メートルだけ、局地的な台風が発生した。男の動きを止めるほどの風が吹く。
最後は風の向きが変わった。
吹く風が真横にだけ吹き、男を大剣ごと吹き飛ばす。
この一連の不思議な現象は魔法という。
魔法を扱う存在の中で風神という、文字通りの風の魔法を扱う一族の魔法。
彼女は知り得た魔法の全てを理解している。
そこに彼女自身の力が加わる。
風を読み、その流れすら支配する力。
これが彼女、雅の魔法。
答えを付け加えるなら、彼女には欠陥があった。
だけどその欠陥は補われて、並……いやそれ以上に改修されている。
それがカイアスの気づいた、そして彼女が隠す、事柄である。




