95話 耳掃除でいっちゃうっ!
「ふにぁぁぁ~」
ニムは裸で、俺のベッドの上で伸びをしている。 久々にニムの背中をブラシ掛けしてやっている最中だ。
うつ伏せになっているニムの毛並みにブラシが通る度に、細かい毛が舞う。
背中が終わったら、ひっくり返して、ニムのお腹に頬を付け、その柔らかさと温かさを堪能する。
「ほわぁぁ、柔らけぇ……。 もふもふだよ。 このまま寝てぇ」
「寝れば良いのににゃ」
「フワフワで暖かそうだよなぁ」
元世界の故郷の冬は寒かったので、ニムが居たらさぞかし重宝することだろう。
きっと布団の中から出たくなくなること請け合いだ。
そんな事を考えながら、彼女の腹の柔らかい毛を撫でていたら、玄関のドアが開いた。
ギクッ! そんな書き文字が俺の頭の上に出たに違いない。 玄関をみると、フェイフェイが呆れた表情で立っていた。
「なんだフェイフェイか。 師匠かと思って、ビビったぜ」
俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
「なんだとは、なんだ。 何をしている」
「見りゃ解るだろ? ニムの背中にブラシ掛けをしてるの。 殿下の周りにいる女は綺麗にしておかないとな」
ブラシ掛けで毛並みの揃ったニムの背中を上から下へと撫でる。
「それはいいことを聞いた。 それなら、私にもその権利があるということだな」
「なんだ、フェイフェイもブラシを掛けてほしいのか?」
俺は笑いながら、フェイフェイに冗談のつもりだったのだが、彼女は本気のようだ。
俺のベッドの縁に腰掛け、背中を向けるフェイフェイ。
これは、やらないと収まりがつかないんだろうと、諦めて棚から櫛を取り出した。
彼女の白くて長い髪に櫛を入れていると、ニムが俺の背中に抱きついてくる。
「こら、ニム。 邪魔するな」
そんなニムの背中と違い、フェイフェイの髪に櫛をいれて梳かしても、それほど時間は掛からない。
ニムのブラシ掛けを見ていたフェイフェイは、自分に掛ける時間が少ないんじゃないかと、不満があるようだ。
しかし、毛の多さが違うからなぁ。 そう言われてもね。
ニムの大きな耳を見て、前々から気になっていた事を言ってみた。
「そうだ、ニムの耳掃除をしてやろうか」
「耳掃除ってなんにゃ?」
「え? 耳の中を綺麗にするんだよ」
ニムの反応からして、獣人達には耳掃除の慣習がないような……。
それどころか、この世界で耳掃除の話を聞いたことがないような気がする。
耳かきも売ってないから、白金線でループが連なってるタイプの耳かきを自作したんだが。
戸惑うニムの頭を俺の膝枕に乗せて、彼女の大きな耳の中を見る。
ふむふむ。
どうやら、日本人にいるような湿った耳垢タイプではないようだ。 簡単に言うと乾燥しているタイプ。
これは、耳かきよりは、ピンセットだな。
俺に耳をいじられている、ニムは大きな耳をピクピクと動かしている。
「ニム、耳を動かすとやり難い」
「ふにゃにゃ、だってくすぐったいにゃ」
ニムの大きな耳を持って、ふと、フェイフェイを見ると――喫驚している。
「え? フェイフェイ、どうした?」
「な、なんだそれは!」
「何って、耳掃除だが……」
ニムの左耳が終わったので、寝転がる方向を変えてもらう。
そのまま、顔を俺の腹方向へ向けて貰っても良いのだが――顔が向き合うので、ちょっと気恥ずかしいんだよな。
「この世の中にこんな破廉恥な事が……」
「破廉恥ってなぁ。 ニムは平気なのか?」
「ちょっと、恥ずかしいけど、大丈夫にゃ」
耳掃除が終わると、ニムは起き上がり、耳をクルクルとまわしている。
「にゃ! すごい、耳が聞こえるようになったにゃ!」
「結構、詰まってたからな。 獣人には耳掃除する慣習がなかったんだな。 しょっちゅうする必要は無いけど、たまにした方が良いぞ」
取り出した耳垢だが、保存することにした。 何か未知の物質が含まれているかもしれないからな。
変な嗜好ではないぞ。 あくまで、学術的な見地からだ。
俺は、ベッドの縁から立ち上がると、フェイフェイの腰に手を回す。
「さあ、フェイフェイもやろうか」
「え? ちょっと、待ってほしい! 私は必要ないっ!」
「ニムと同じ事をしてもらう権利がある! って言ったのはフェイフェイだろ?」
「確かにそう……だが。 これは必要ない」
「まあまあ、いっぺんやってみろって」
彼女の身体に重量軽減の魔法を掛けて、引き寄せて、ちょっと強引にベッドに寝かす。 フェイフェイの耳に触れると、彼女は吐息を漏らす。
「はひっ! ちょっとまって!」
俺に耳を触られているせいか、いつものパワーが無い。
フェイフェイの頭を俺の膝枕に乗せると、彼女の右耳を俺の太ももで挟み込む。
「はぁっ、だめっ。 こんな卑猥で淫らな事がぁ!」
何やら、叫んでいるフェイフェイの耳を見ると――彼女も乾燥しているタイプか。
この世界には乾燥しているタイプしかいないのか? 帝国はアジアっぽかったから、湿っているタイプもいるかもしれないが……。
ちなみに、元世界の俺の家族は、全員湿っているタイプだった。
確か、遺伝的な物だとか、なんとか。
フェイフェイの耳掃除をしながら、そんな事を考えていると、手足をバタバタさせていた彼女が、静かになった。
まあ、観念したのかもしれない――丁度良いと、反対側の耳掃除もしてしまう。
――というわけで。
ダークエルフの耳垢ゲットぉ!
これは貴重な一品かもしれない。 多分、霊験あらたかな未知の物質が含まれているのに、違いない。
耳掃除の終わったフェイフェイは、ぼ~っとした表情をして、眼の焦点も定まっていない。
何をしてもなすがままだったので、調子に乗って色々としてしまったのが――もちろん、ニムがいるので、最後までしたわけではないが。
だが、正気に戻ったフェイフェイには、とても恥ずかしい出来事だったらしく、彼女はしばらく、俺と会話をしてくれなくなってしまった。
ちょっと反省。 しかし、反省しても、次に活かせてないような気がするが。
まあ、気のせいだ。 小さい事を気にしていては、大きな事を成し遂げられん――ということにしておく。
ふと、視線に気がついた。 視線の主はナナミだ。
ニムとフェイフェイの耳掃除の様子を、じ~っと窺っていたようだ。
耳掃除が終わると、自分の部屋に戻ったのだが……。 なんだろう?
なにか気になることでもあるのだろうか?
そんな耳掃除の話を何処かで聞いたのか、ステラさんが俺の工房へ凸してきた。
入ってくるなり、何か叫んでまくし立てている。 半分ぐらい聞き取れないのだが――。
「なんであいつばっかり! くぁwせdrftgyふじこ、ふじこ、ふじこ~っ!」
多分、エルフ語なんだろうが、とりあえず、ふじこ――だけは聞き取れた。 ふじこってなんだ?
あいつってのは、フェイフェイの事だろうけど。
「じゃあ、ステラさんもやりますか?」
「え? いや、あのその……」
「フェイフェイだけやるのはズルいから、ステラさんも耳掃除したいって事でしょ?」
「いや、そうだけど……そうじゃない」
「優しくするなら、耳を触っても良いって言ってたじゃないですか」
「確かに、言ったけど……」
ステラさんは、俺に追い詰められて、ジリジリと後退する。
構わず、ステラさんの耳に手を伸ばすと、彼女はペタンと床に座り込んでしまった。
しょうがない、フェイフェイと同じように重量軽減の魔法をステラさんの身体に掛けて、抱え上げてベッドに寝かす。
「えっ、ちょっと待って、こころの準備がぁ」
「そんなの要らないでしょ?」
フェイフェイと同様に、ステラさんの右耳を俺の太ももに挟み込んで、強引に耳掃除を始めてしまう。
「ああああっ! だめぇ! ちょっとぉ!」
「はいはい、大人しくする」
ステラさんの耳をみると、やはり乾燥しているタイプだ。
俺が耳を触っているので、ステラさんの手足は力無くパタパタとさせている。
「ひいっ、そんなの入れちゃ、らめぇぇぇっ!」
なんだよ、らめぇって。
エロ漫画のヒロインじゃねぇんだから――450歳のBBAは、自重してほしいもんだ。
「はいはい、ステラさんはコレが好きなんですね」
柔らかい自作の綿棒の先で、ステラさんの耳中をスリスリする。
「@#%&*○&△! *&#$□*○!!」
手足をバタバタさせて、訳の分からない言葉を連呼していたと思ったら、突然静かになった。
ステラさんの顔をのぞき込むと、白目を剥いている――叫びすぎて、過呼吸で失神したようだ。
うるさくなくて、丁度良いわ。 さっさと終わらせてしまおう。
そんなわけで、貴重なエルフの耳垢ゲットぉ! しかもステラさん、ハイエルフを自称してたし、これはマジで貴重。
多分、霊験あらたかな――以下略。
耳掃除が終わったので、そのまま俺のベッドに放り、俺の部屋の掃除をしていると、突然ステラさんが起き上がった。
「どうでし……」
そんな俺の問いかけに、話を聞きたくないとばかり、ステラさんは耳を押さえて、玄関から飛び出てしまった。
「ありゃ」
そして、ステラさんを見送って、後ろを見ると、またナナミが……。
「ナナミ、何か気になることでもあるのか?」
「なんでもありません」
それからしばらく、ステラさんも俺の所へ顔を出さなくなった。 まぁ、静かで良いけどな。
ステラさんはどうでも良いのだが、フローも俺の事を警戒して、近づかなくなってしまった。
あいつには、魔力ブースターとしても仕事をしてもらわないとイカンのだが。
借金返すつもりあるのか?
伯爵領のミルーナに俺の車を大金で売り、金に余裕が出来たので――また、デカい魔石の原石を買った。
用途はもちろん、魔力の保存タンク。
ここに来て結構経つのだが、基本的な事で知らない事があった。
それは、魔石が魔法の補助として使えるということだ。
つまり、魔石に魔力を蓄積しておいて、それを魔力電池代わりにして使うことができる。
魔法を使う上で、初歩の初歩らしいのだが、俺はそれを知らなかったわけで、知ったのはつい最近の事。
なんでかっていうと、師匠が教えてくれなかったからなんだけど……。
道理で、魔導師を倒したりすると、皆が魔石を持ってるわけだ。
魔力切れ寸前でも、非常用として魔石に充填してある魔力を使って魔法を使えるのだから、持っていて損はない代物って事。
――というわけで、デカい魔石にフローの魔力を溜めておけば、あいつがいなくても、魔石をブースター代わりに使えるって寸法だ。
わざわざ、フローを呼んで近くに待機させている必要がなくなるから、作業効率は格段にアップするはずだ。
で、そのフローは何処へ行ったんだ? お城の中庭と、裏門の間を行ったり来たりしていると――あ! フローがいた!
「おい、フロー」
「ぎゃぁ! ショウ! なんすか? あたしにも酷い事するっすか? 」
呼びかけると、ビックリして振り返ったフローが、猜疑の目を俺に向けてくる。
「そんな事しないっての」
「悪魔悪魔と思ってたけど、ホントの悪魔だったっす!」
「もう、悪魔でも良いから、仕事してくれよ」
フローを、俺が新しい蒸気自動車を作っている、車庫へ連れていく。
2号車はフレームだけ出来ていて、まだまだ未完成の状態だが、こいつには、元世界の車のような丸いハンドルを装備したい。
ステアリングを丸いハンドルで動かすには、自在継手とラック&ピニオンギアというギアが必要だ。
また、ナナミに加工してもらわないと……。
「ここで、あたしに口で言えないような酷い事するっすね! 薄い本みたいに!」
車庫に連れてきたフローがそんな事を口走るのだが。
「だから、しないっての。 ここに、デカい魔石があるから、これに魔力を充填しておいてくれ。 終わったら、お前の借金から、銀貨1枚(5万円)分引いておくから」
「しないっすか?」
「しないっての!」
「そんなに力一杯否定しなくてもいいじゃないっすか! ちょっとはしても良いっすよ?」
もう、顔だけ見りゃ間違い無く美少女エルフなんだが、なんだってこんな性格なんだろうなぁ、このダメルフは。
そっと、フローに耳に手を伸ばして、その長い耳に触れると――。
「ひゃん!」
叫び声を上げて、フローが後ろに退いた。
それを見た俺は、両手を掲げて、ニギニギするポーズをしながら、フローにジリジリと近づいていく。
「や、やっぱり、いいっす~!」
あ、逃げた。
「おい! フロー! 魔石の充填はしておいてくれよ!」
「アイィィィ!」
なんか、叫んでいるが。
フローなんかは無視して、俺の工房に戻って、作業をする。
今やっているのは、ナナミが書き出してくれている資料の製本作業だ。
製本といっても、元世界で行われていたような、ノリで本の背中を固めるようなものではない。
全部、針と糸でチマチマと紙を縫っていくのだ。 非常に手間がかかる作業だが、今のところ製本と言えばコレしか無い。
針と糸といえば、ミシンを作るって手もあるなぁ。
後は、自動織機辺りか……。
ここら辺の物は全部、産業革命期に出来たはずだから、蒸気機関が上手くいけば、次のステップとして、候補に上がるだろう。
でも、蒸気機関がまだ未知数だからな。
意外と経費が掛かりすぎて、もう止めるとか言い出すかもしれないし……。
工作師も、もう手がいっぱいだしな。 それに、この世界の誰かが、発明するかもしれん。
俺が、紙を広げて製本作業をしていると、師匠がやってきた。
「あ、師匠。 今、何も作りおきしてないんですよ。 ちょっと待っていただければ、すぐに何か作りますけど……」
師匠は、そんな俺の言葉をどうでも良いような仕草をして――俺を、ベッドの縁に座るように言った。
「なんですか? いったい……」
俺は、師匠の言葉通り、ベッドの縁に座る。
すると、彼女はベッドの上に上がり――狙いを定めると、俺の太ももの上に頭をドスンと乗せてきた。
「……師匠、耳掃除ですか?」
師匠の行動から察して俺は、そう言ってみたのだが、彼女は黙っている。
まったくもう、一言言ってくれれば良いのに……しょうがない。 師匠の耳をのぞき込むと、彼女の耳も乾燥しているタイプだ。
やはり、この世界には湿っているタイプがいない説に、拍車をかけたな。
それはそうと、このままじゃ道具も何もないので、師匠の頭を一旦どける。 そして、道具を揃えると、彼女の耳掃除を始めた。
「……」 「……」 双方無言で、時が過ぎていく。
これは怒ってるのかな? とりあえず、師匠に、この世界には耳掃除の慣習が無いのか? ――聞いてみると、やはり、無いようだ。
そうか、無いのか。
耳掃除の間、しばらく沈黙していた師匠だったが、やっと口を開いた。
「ショウ、あの女はなんなのですか?」
「あの女って、ナナミの事ですか?」
「そうです、およそ人間とは思えませんが」
一瞬迷ったが、師匠には話しても良いだろうと、判断した。
「さすが、師匠。 あれは、ある男が作った、人形らしいですよ」
「人形……?」
師匠にナナミの説明をする――人工で作った身体に、偽りの魂を吹き込んだ、人ならざる物。
「そんな物が……」
「まあ、私とて確証は無いのですが……。 師匠は、何故気がついたのですか?」
簡単に言うと、ナナミの心を読んだらしい。 その結果は虚無に襲われ、まるで氷の世界に飛び込んだような、感触だという。
「孤児院のマリアも、かなり妙な感触でしたが、まだ人間味を感じました。 しかし、あの女はまるで生命を感じさせません」
なるほど、師匠にはそう感じるのか。 そりゃ、脳みそが電脳だって言うなら、そりゃ機械だよなぁ。
どういう仕組みで動いているのか、想像もつかんけど。
「師匠、この話は内密にお願いいたしますよ」
「それは、もちろんです。 完全に禁忌に触れる物ですし、露呈すればどんな騒ぎになるかわかりません」
そんな物が造れると知れたら、どんな事になるか。
屈強な人造兵士――高級娼婦――要人の身代わり、影武者――奴隷―― 需要はいくらでもある。
「ステラさん辺りは、気がついているかもなぁ」
「それが、貴方が大枚叩いて、あの女を手に入れた理由ですか」
「そうですね、あれを造った超技術の欠片でも手に入ればと思ってですが……。 あれ? もしかして、奴隷商から聞きました?」
師匠は黙っているが、多分そうなのだろう。 あの奴隷商め、個人情報漏洩だろ。
師匠は、もう俺のやる事には口出ししないと約束したから、好きにしろとは言っているが、内心は止めたいんだろうな。
まったく、俺って奴は師匠不幸だよな。
師匠の耳掃除をしながら、俺は心の中で、彼女に頭を下げた。
師匠としばらく話をする。 そして、彼女を見送り、後ろを振り向くと、またナナミが……。
「ナナミ、もしかして、お前も耳掃除をしてもらいたいのか?」
「いいえ。 私にそういう行為は必要ありません」
「耳垢は溜まらないのか? 飯も食って、排泄もするんだ、耳垢が溜まってもおかしくはないだろう」
「そのような、分泌物は出ていませんので」
そういう彼女の耳を見ても、確かに耳は綺麗だ。 じゃあ、何故、見ている?
「好奇心か?」
「そういう感情はありません」
「ホントは感情あるんじゃないのか?」
「ありません」
色々と質問してみても、感情は無いと繰り返す彼女。
「じゃあ、ポンコツって言っても怒らないのか?」
「それは、私の評価として誤った認識なので、訂正してください。 私の仕事の内容からして、ショウ様の要求を全てクリアしていると思われますので、ショウ様のその認識は、極めて不当な物だと思われます」
「それは怒っているんじゃないのか?」
「違います」
それから、延々と『ポンコツ』 発言の撤回を求めて、説諭されてしまった。
「解った、解った、俺が悪かった。 お前は素晴らしい自動人形だ。 お前を作ったゼロも、さぞかし誇らしい事だろう」
「誤ちを認めていただき、ありがとうございます。 それでは、仕事に戻ります」
ふう……、ホントに感情無いのかな?
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ナナミの知識で作った、炭酸水素ナトリウムを何かに使えないか、思案中だ。
一番使い道がありそうなのは、ふくらし粉だろうか。
しかし、重曹をそのままふくらし粉に使うと、苦しょっぱい味が付いてしまい美味くない。
重曹はアルカリなので、酸性の物質と混ぜて中和させれば使えるはず――という事で、色々と試してみた結果。
超酸っぱいズミの実を乾燥させて粉にした物と、緩衝剤として澱粉を混合した物を作ってみた。
これを使えば、パンにならない小麦粉でも、フカフカのパンケーキを焼くことが出来る。
俺が造ったセイタカコムギという品種は、小麦粉にしてもパンが作れないので、それに使えるだろう。
ただ重曹は、俺が魔法で少量作っているだけなので、商品には出来ない。
重曹を使った実験を色々としていると、ドアが勢い良く開いた。
「ショウ! 其方は、妾を蔑ろにしおってぇ!」
「は? なんの事でしょうか?」
殿下の話を聞くと、どうやら耳掃除の話しらしい。
「別に蔑ろにはしておりませんよ」
「ぐぬぬ」
殿下の所へ耳かきの道具を持って、耳掃除をしてみませんか? とか言えるわけないよなぁ。
そんな今にも爆発しそうな、殿下を宥めて耳掃除を始める。
やはり、殿下も乾燥しているタイプ。
ふむ。
耳掃除をしながら、色々な計画の進捗状況を聞いてみる。
まずは、西側の川の向こうに製鉄所を作るそうだ。 城下町には空き土地が無いからな。
それに、煤煙やらの問題もあるし、ちょっと離れていたほうが正解かもしれない。
そして、その製鉄所とお城の間に、鉄道の実験線を敷くらしい。
どのみち、出来上がった鉄を工作師工房へ運んだりするのに運搬路は必要だからな。
果たして、どのくらいで出来るものだろうか。 この世界のマンパワーに掛かっている訳だが……。
「殿下、この大陸に、製鉄専用の工房――つまり製鉄所というのは無かったのですか?」
俺の膝枕で横になっている殿下に、この世界の製鉄に関して質問をしてみる。
「妾は、聞いたことはないな。 大体、木炭を燃料にして、大規模な製鉄所など造れるはずもあるまい」
「そりゃ、そうか……」
「全て、其方が見つけてきた、石炭のおかげだ」
そういえば、石炭の場所を教えてくれたムイムイにも、お礼をした方が良いのかな?
耳掃除が終わった後、殿下にふくらし粉を使ったパンケーキを試食して頂いたのだが、評判は芳しくない。
変な雑味が混じっていると言うのだ。
そりゃ、化学薬品で無理矢理膨らましてるからな。 俺は気にならないレベルだと思ったのが……。
殿下がお食べになる物は、今まで通り、日本のカステラ方式の方が良いということになった。
しょうがない、ふくらし粉は俺のオヤツ等に使うとするか。
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ある日、街にダークエルフのミルミルが露店を出しているという話を聞いたので、訪ねてみる事に。
通りで露店をしているミルミルを訪ねると、何故か、店の後ろにムイムイがいる。
「ミルミル、商売の調子はどう?」
俺が訪ねると、2人共耳を隠した。 多分、フェイフェイ経由で話が伝わったのだろう。
そんな、いくら俺でも、いきなり耳を触ったりしないっての。 まして、男の耳なんぞ、誰が触るか。
「ホントに何もしない?」
ミルミルはまだ疑っているが。
「しないって」
「……そう、商売は上手くいってるよ。 やっぱり、たまに街へ出るのも良いね。 凄い賑やかだし」
ミルミル達は、森の深層で採れるものを、馬に積んで行商に来ている。
森の深層へ入れるのは、限られた一部の人々だけだ。 当然、そこで採れる物は貴重な物ばかりだ。
「ムイムイがいるのは、丁度良かった。 彼にお礼をしたくってな」
そう言って、俺は、彼に金貨を入れた袋を差し出した。
ムイムイのおかげで、石炭を発見出来たのだからな。
「ああ、あたし達の村へ行く途中に、デカい鉱山が出来るんだってね。 でも、使い方が解らない、役に立たない石の使い道を発見したのは、ショウじゃない。 気にすることはないよ」
「しかしな……」
「へっへっへ、貰える物は、貰っとくぜ」
そう言って、ムイムイが金貨の入った袋に手を伸ばしたのだが――。
その袋を、ミルミルが奪いとった。
「こいつに、金を与えないで!」
「何か、あったのか? なんで、ムイムイが下働きみたいな事をしてるんだ?」
「コイツが、博打で借金を作ったのよ! この穀潰しが!」
どうやら、城下町にチンチロリンを持ち込んで、大儲けしようとしたら、逆にやられてオケラになったらしい。
どうりで最近、あちこちで、チンチロリンを見かけるようになったわけだ。
ダークエルフ達が、広めてたのか。
「ムイムイ、博打は勝ち逃げだって、言っただろ?」
「くそぉ~、あの時の出目が出ていれば……」
何かブツブツ言ってるが、こういう連中は、結局負けるまで同じ事をするから。
ポーカーゲームで、結局外れるまでダブルアップするような奴らだ。
その、ムイムイが作った借金をミルミルが立て替えたらしい。
そして、その借金を返すために、ムイムイは彼女の店でバイトをしてるってわけだ。
アカン、典型的なオケラのオッサン状態だ。
それはそうと、変な博打を広めてたって事で、殿下にお叱りを受けたりしないだろうな。
それだけが、心配だ。





