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異世界で目指せ発明王(笑)  作者: 朝倉一二三
異世界へやって来た?!編

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94話 産業革命だワッショイ(挿絵あり)


 満を持して、いよいよ蒸気機関を製作する事にした。

 作るのはスライドバルブ式の蒸気機関。

 これは、蒸気機関車などに使われた方式で、高圧の蒸気でピストンを押して、往復運動に変える外熱機関だ。

 俺が鍛冶場で使っている和式の鞴(ふいご)は押しても引いても空気を送ることが出来るが、それと反対の動きをしていると思えばいい。

 元世界では、最初にニューコメン機関が作られて、ワット機関になり、最終的にスライドバルブ式の蒸気機関になった。

 それなのに、いきなりラスボスのような物を作るのだから、かなりのチートだ。


 俺が試しに作った物はまともに動かなかったが、今はナナミがいる。

 彼女の電脳で設計して、シミュレーションまでして、工作機械で出力されて、俺は組み立てるだけ。

 なんて、楽ちん。 こんなインチキで良いのだろうか。

 ただ、俺が作るものもある。

 ボイラーは俺が溶接で作ったし、ボイラーの中に通る細管の加工作業なども俺だ。

 ナナミにも、溶接等を教えればすぐにマスターしてしまうとは思うが、なんでも彼女に任せきりでは、後々困る事もあるだろう。

 ナナミはいずれ、ゼロのもとに帰る時がくるのだから。


 出来上がった、大きさが約1m程の蒸気機関の模型は板の上に設置され、車輪のようなフライホイールがトレードマークだ。

 これは何馬力ぐらい出るのだろうか。 測定機器がないので不明だが、多分1馬力~2馬力ぐらいだと思う。

 元世界の50ccのスクーターでも5~7馬力はあったのだから、それに比べればちょっとショボイ。

 しかし、この世界で初めての蒸気機関なのだから、それ自体に価値がある。


 小型の模型なので、全部メタル軸受けで、ベアリング等は使用していない。

 ナナミの能力を使えば、ボールベアリングも作れるとは思うが、それだけで数週間を費やしてしまっては意味がない。

 とりあえず動かして――。


 お湯を沸かせば、動力になりますよ。


 ――ってのを見せられれば良いのだ。

 逸(はや)る気持ちを抑えつつ、試運転をしてみることに。

 軸受けに注油して、ボイラーに水をいれる。 蒸気機関はお湯を沸かす作業が面倒なのだが、魔法を使えばすぐに沸かすことが出来る。

 実際のお披露目の時は、石炭で沸かすつもりだ。 魔法を使わなくても理(ことわり)で動くということを証明しなくてはいけないからな。

 

 ナナミと一緒に、ボイラーの圧力計を確認して、徐々にバルブを開くと、フライホイールが回り始めた。

 ピストンとクランクの位相を調整することで、回転する方向を固定出来るらしい。

 これがないと、いきなり始動で逆回転したりして危ないというわけだ。

 ナナミの話を聞くと、蒸気機関の専門知識がインプットされている訳ではなくて、すべて彼女の電脳内で行われた力学的なシミュレーションの結果だという。


「うひょ~! やったぜ」

 俺は、無表情のナナミの両手を取って、握手をした。

 

「これは一定方向にしか回りませんので、逆回転させるためには、別途ギアが必要になります」

「バックギアか。 そこらへんは工作師に任せて良いんじゃないかな」


 後は殿下にお披露目をするだけだ。


 ------◇◇◇------


「また、変な物を作りよったな」

 工作師工房で殿下に蒸気機関をお見せして、第一声がコレ。


「これは、お湯を沸かすだけで、動力が取り出せるという、機械です」

「動力?」

「早速お見せいたしましょう」

 そう言って、ボイラーで石炭粉を燃やし始めたのだが――。

 


 ――中々沸かない。

 じれったいので、魔法を使ってしまうが……。 まあ、仕方ない、殿下もお忙しい身だろうし。

 ボイラーの圧力計を見て、バルブを開くと、フライホイールがクルクルと回り始めた。


「「おおっ」」

 工作師の連中の反応は良いのだが、殿下はイマイチだ。

 

「すごい!」

 ラルク少年も最前列にやってきて、かぶりつくように見ている。

 

「これで、どうなるというのだ?」

「お湯を沸かすだけで、動力が取り出せるので、水車や風車が必要なくなるのです。 馬車から馬も必要無くなります」

「何? 馬車に馬がおらんのでは、動くはずがなかろう」

「ですから、この機械を載せて、車軸に連結すれば、馬なしで馬車が動くのでございます」

「……」

 殿下は何か考えているようだ。


「ラジルよ、それは真か?」

「恐れ多くも殿下、真学師様の仰るとおりでございます」

「……凄いではないか。 凄いではないか!」

 殿下はやっと理解してくれたようだ。

 

 いきなり、蒸気機関とか見せられたので、脳みそが処理落ちしたみたいだ。


 やはり、実際にお見せしたほうが良いということで、工房内の線路で使われているトロッコに搭載してみることに。

 トロッコの車軸に簡易のプーリーを付けて、蒸気機関のフライホイールと皮のベルトで連結する。

 木製の簡単なテンショナープーリーも取り付けてみた。

 多少ベルトが滑ってしまうだろうが、とりあえず動けば良い。

 

 俺が乗って、ボイラーのバルブを開けると、トロッコはゆっくりと動き始めた。


「もっと大型の物を作れば、人を乗せたり、荷物を載せたりも十分に可能だと思います」

「本当に動いておるわ! まるで魔法だの!」

「いいえ、殿下。 これは完全な理(ことわり)で動いておりますので、これと同じ物を作れば、だれでも同じ力を得ることが出来るのです」

「なるほど! ラジルよ、早速この理(ことわり)を研究せよ」

 物の革新性&重要性を理解した殿下が、早速工作師に指示を出す。

 そりゃ、蒸気機関と言えば、産業革命だ。 この世界にも産業革命が訪れて、世界が一変する可能性が来たのだ。


「ははっ! ショウ様、これは分解して構いせんで?」

「もちろん、大丈夫です。 解らない事があれば、私に聞いてください。 私がいなければ、助手のナナミに」

「なるほどのう――其方があの女に拘(こだわ)る理由はこういう事か」

「その通りでございます」

「しかし、これは馬が牽いておらんから、馬車ではないな。 なんと呼べば良い?」

「自ら動く車で、自動車は如何でしょうか?」

「うむ! 自動車か気に入った!」

 殿下が、ダンと机を叩く。

 

 工作師工房内の壁に付いているデカい黒板(プレート)にスライドバルブ式蒸気機関の仕組みを描く。


「なるほど、このような仕組みなのですか」

 ラルクが、他の工作師と一緒に黒板(プレート)を眺めている。

 ラジルさんが、腕を組んで何かを考えているようだ。 

「巧みな構造でございますな。 う~む」

 

 俺はさらに、蒸気機関車に連結された客車や貨車を描き、鉄道の仕組みを説明する。


「このように、鉄道を敷いて、その上で自動車とソレに連結された客車と貨車を使えば、大量の人と荷物を一気に運ぶ事が出来るのです」

「ほう!」

「しかも、これは機械ですから、馬のように疲れる事はありません。 水と燃料さえあれば、1日中でも動き続けられるのですから」

「疲れ知らずということか……」

「しかし、これを作るにはまず大量の鉄が必要になります。 そこで――」

 まずは、石炭鉱山まで線路を敷設して、大量の石炭を得て、いまより多くの高炉を稼働する計画を殿下に話す。


「ドワーフが運営している高炉には、魔法で送風が行われていますが、この蒸気動力を送風に使えば、より多くの高炉を稼働させることが出来るでしょう」

「しかし、ドワーフ達がそれを許しますかね?」

 工作師の1人が疑問を呈(てい)する。

 

「それは、妾が説得しよう。 製鉄といっても、全て高品位にする必要もないのだ。 それなりの品質でも使える場所はいくらでもある」

「その通りでございます。 ドワーフ達には、今まで通りの質の良い鉄を作ってもらえば良いのです。 それに人間の作った高炉が動き始めれば、結構よい品質の物が出来ると思いますよ」

 実際、元世界では魔法が無くても、高品位の鉄がいくらでも生産できていたのだから、やりゃ出来るはずだ。


 蒸気機関を甚(いた)く気に入られた殿下の肝いりで、他のプロジェクトはそこそこに、蒸気機関の開発が急ピッチで進められた。

 まともに開発研究をやっていたら5年~10年はかかる事案だろうが、俺が持ち込んだチートのせいで、動く実物が出来るまで1ヶ月半しか掛からなかった。


 そして完成した蒸気動力車は、地面を走るタイプで、幅が広い車輪がついており、見た目は元世界のトラクターに似ている。

 燃料を投入するボイラーの釜口は後ろ、運転席は前に付いていて、長い煙突が特徴だ。

 元世界での初めての蒸気動力車は、ブレーキが無かったせいで、壁に激突して壊れてしまったとか伝記で読んだ記憶があるが、コイツには最初からブレーキが装着されている。

 難しいパーツはナナミが加工して完成した、登場でいきなりレベル30ぐらいになっているチート級のアイテム。

 ただ弱点もある。 前輪にはステアリング装置が付いているが、切れ角は少ないので、改善の余地有りだし、バックギアもついていない。

 ボイラーは、溶接が出来なかったので、ボルト締めになっており、沢山のボルトが列をなして並ぶ。

 そんな元世界の知識が詰まったチートアイテムだが、工作師達は、時間は掛かるが同じ物を作れると、彼等は自信を見せていた。


 運転手はナナミ。 運転席は1人席で、その後ろに2人席がついているが、これは、馬車を模倣しているらしい。

 運転するのは身分の低い者、後ろに座るのは身分が高い者という固定観念の産物だ。

 ナナミは、自分で運転プログラムを組んだようで、人間のような運転ミスというのは無いだろう――と思う。

 実際、彼女は多重タスク処理でも平気でこなしてしまうのだから、心配ないはずだ。


 試運転をするために、黒い煙を吐きながら城郭工房から副門を通って、ゆっくりと外へ出ていく。

 副門の前で、色々と準備をしていると、あっという間にひとだかりになって、前へ進めなくなってしまった。

 街の連中は、娯楽に飢えているので、何か面白そうな物があると我先に飛びつくのだ。


「すげぇぇぇ!」 「なんだこれ?」 いろんな声が、あちこちから聞こえてくる。

 

「ショウ様! この鉄の怪物はなんですか?」

 俺の事を知ってる女が声をかけてくる。

 

「これは、俺が考えた、馬なしで走る車。 自分で動く車なので、自動車と言うんだよ」

「えええ! 馬なしで、どうやって動くんですか?」

 そんな馬鹿な――ありえない――悪魔の魔法だよ、等々色んな声が聞える。


「この中には、俺が考えた理(ことわり)が詰まっていて、同じ物を作れば、誰でもコレを動かす事が出来るんだ」

 そう言って、俺が汽笛の紐を引っ張ると、汽笛は甲高い音を響かせた。


「待たせたな!」

 殿下が珍しく、ズボンを履いて現れた。

 

 ズボン姿も中々似合っているが、これだけ美人だ。 何着たって似合うだろうけど。


「ほらほら、殿下が試乗されるんだ。 お前ら、道を空けてくれ」

 工作師の連中が駆り出されて、民衆の整理に当たらせると、モーゼの海割りのように、民衆が割れていく。

 ちょっと離れた所に、白と黒のローブが見える。 師匠とステラさんだ。 その横にはフローとニムも見える。

 安全を確認すると、殿下のお声が掛かった。


「よし、前へ進め!」

 殿下の号令の下、ナナミが蒸気バルブを開けると、ゆっくりと蒸気動力車が動き出す。

 それとともに、人々の驚嘆の声があちこちから上がる。

 コイツの最高速度は時速10kmぐらいだろうか、ガタガタと車輪が回る横を、子供達がはしゃぎ並走して追いかけてくる。

 サスペンションも装備されていなくて、乗り心地は悪い。 ゴムタイヤが欲しいところだが、タイヤの製造はちと難しい。

 耐油ゴムや、ゴムの組成もナナミのデータベースにはあったのだが、ゴムに混ぜる薬品や、タイヤ自体を製造するとなるとハードルが高すぎる。

 だが、木製の車輪に分厚いゴムを貼り付けたりするのは出来るだろうと、思う。

 

 バックギアが無いので、街の通りをある程度進んだところで、工作師と街の連中に押されて、元の位置に戻ってきた。

 とりあえずの成功で、殿下の御機嫌も上々だ。

 続いて、荷馬車を改造した貨車を3両連結し、民衆を乗せて、牽引実験をする予定だったのだが――。

 動き出すと、連結部分が壊れてしまった。

 荷馬車をそのまま使っていて、連結部分も木製だったので、荷物を積んだ貨車3両の荷重に耐えきれなかったようだ。


「これは、貨車も鉄で作り直さないと駄目ですね」

「なるほどのう。 重すぎて、木では無理か」

 せっかくのお披露目だったが、何分初めての蒸気機関だ。 何があるか、実際に動かしてみないと解らない。

 1回目のお披露目の後、貨車のフレームを鉄で造り直して、荷物を積み込んだ状態で試走を繰り返す。

 またもトラブル発生。 今度は、ブレーキを掛けると、慣性の法則で貨車が追突してきて、連結器が壊れてしまった。

 貨車にはブレーキが付いていないので、オカマを掘ってしまうのだ。

 そこで、追突対策として、各車両に緩衝器(バッファ)を装備した。

 緩衝器というのは、連結器の横に、バネが入ったキノコみたいな装置を付ける。 

 そのキノコが、車同士が衝突しないようにつっかえ棒の役割をして、追突を防ぐ物だ。


 様々な改良を加えて、2回目のお披露目が行われた。

 今度は、3台の貨車に人間を乗せても、余裕で引っ張るパワーを見せつけた。

 

「すげぇぇ! ホントに馬なしで車が動いてる!」

 はしゃぐ人々の中に商人たちが混じっている。

 

 今回のお披露目に合わせて、殿下が呼び寄せたのだ。


「ショウよ、鉄の道など作らなくても、このまま道を走らせても良いのでないか?」

「街の中は踏み固められて、路面の状態が良いのですが、一歩街を出るとボコボコでございますよ。 こんな重たい物が走ったら、道にめり込んでしまうかもしれません。 雨でも降ったら脱出不可能でしょう」

「ううむ」

「それに鉄道は滑らかで、速度も上げられます。 馬車で速度を上げれば、危険でございましょう?」

「ああ、野盗に襲われて、逃げる途中で横転して死んだり怪我をするのは、よく聞く話だ」

「実現にはかなりの時間と資金が必要になると思われますが、必ずや国を支える大きな産業になってくれるはずでございます」

 実際に作ってみない事には、費用対効果がどのぐらいの物なのか? 何ともいえないのが、実情なのだが。

 しかし、元世界の産業革命期でも、鉄道が大きな役割を果たした。

 この世界でも、成功するはずだと思うのだが……。

 

 お披露目の後の会合で、俺の鉄道計画の説明をする。

 目下の敷設路線計画はファーレーンと石炭鉱山の間が目標だが、その後商業路線の候補に真っ先に上がるのが、ファーレーンとファルキシムとの都市間路線だ。

 未曾有の国家的大プロジェクトとなると、他の国との共同出資が必要となる。 ファルキシムも、即決ではなかったが、計画には前向きだ。

 なにせ、ファルキシムでも燃料不足が起きていて、彼等も石炭が欲しいのだ。

 鉄道への出資は保留、石炭鉱山への出資は各国の商人達も満場一致で決定された。

 これで、本格的に資金が投入されれば、あそこの崖は切り開かれ、新たな街ができるだろう。

 仕事があれば人は集まる。 人が集まれば街が出来る。 そこへの物資の輸送も活発になるだろう。


 ------◇◇◇------


 工作師達が、蒸気自動車を作っていた時、俺は何をしていたのか?

 自分の趣味をふんだんに盛り込んだ、蒸気自動車を製作していた。


 木製の板を張り合わせた箱を繋ぎ、鉄板で補強したラダーフレーム。

 ボイラーは前方に装着して、運転席は後ろ。 

 後輪車軸には差動歯車装置《ディファレンシャルギア》と自在継手(ユニバーサルシャフト)が装着され、サスペンションは上下Aアームのダブルウィッシュボーン。

 スプリングはリーフ式だ。

 ホイールは荷馬車の物を流用したが、軽量化を目指して細い竹を使ったスポークホイールにしてみたが、あまり軽くはならなかったようだ。

 だが、見てくれは凄い格好いい。

 こんな面倒くさい加工が出来るのも、ナナミがいるお陰だし、組み立ても2人でやっているので、凄い捗(はかど)る。


 形になってきたので、車庫も作って、作業を続ける。

 前輪のステア機構は、平行リンクを使った元世界に遜色のない物。 ただ、丸ハンドルは、ステアリングギア等の加工が大変だったので、バイクのようなバーハンドルにしてみた。

 いずれ、丸ハンドルに改造してもいいだろう。

 クラッチも入れて、変速機を付けようとしたが、凝り始めるとキリがないので、とりあえず直結型で製作し、バックギアだけ装着した。

 シートは馬車用を改造して使用し、ドアはついていないバスタブタイプのオープンカーだが、ここら辺は雨は少ないので問題ないだろう。

 ただ、横転した際の安全確保の為に、ロールバーを付けた。


 外燃機関なので、燃料は燃える物ならなんでもいいが、俺が乗るなら、ボイラーを直接魔法で温めれば良いので、元世界の蒸気機関のような煩(わずら)わしさは少ない。

 工作師達が作った蒸気自動車がレベル30なら、コイツはレベル50ぐらいあるだろう。


 シュポポポポポポポ!


 軽快な音を出して、車は駆け出す。

 一応、車の免許は持ってるが、蒸気自動車なんて運転した事がない。

 右手でレバー式蒸気バルブを操作してスピードを上げ、レバーを離すとバネで戻るような仕掛けになっており、ブレーキは足踏み式だ。

 前輪の切れ角はあまりないので、結構大回りなのが、玉に瑕(きず)。


 調子に乗ってお城の周りを乗り回していたら、殿下に見つかってしまった。


「ショウ! なんだそれは! また面白そうな物を作りおって!」

「軽量版の自動車ですよ。 2人しか乗れませんし、荷物も余り積めません」

「よし!」

 殿下はドレスのスカートの裾(すそ)を掴(つか)むと、車に乗り込んできた。

 

「まだ、試運転中ですが……途中で壊れるかもしれませんし。 公務のお仕事は?」

「つべこべ言わずに出発だ!」

「光が強いので、せめてお帽子を……」

 それを聞いた殿下は、俺のマントを毟(むし)り頭に被せた。

 

 しょうがねぇ。 ちょっとひとっ走りしてくるか。

 その様子を見ていたナナミに、修理する際に必要になる工具を持ってきてもらい、積み込む。

 そして、3~4時間出かける旨を伝える。

 

 街の中を通り、大人たちの好奇の目と子供達に追いかけられて、街を出て橋を渡る。

 左に曲がり、そしてまた左折。 ウインカーもブレーキランプもヘッドライトも無い車が、土道を走る。

 そして、橋を2つ渡れば、伯爵領までほぼ一直線の道。 見通し良く、障害物があれば、すぐに察知できる。

 試乗には持ってこいの道だろう。


 シュポポポポポポポ!


 バルブ全開の全速走行だ。 草原や林等の流れる景色を脇目にドライブを楽しむ。

 運転の感触だが、セルフステアとかは無いし、結構クイックなハンドリング。 オートバイ感覚に近いような。

 乗ってみて、分かったが、フロントガラスがないと、ちと辛い。

 殿下は俺のマントを使って、なびく髪の毛を押さえている。

 多分、時速20kmぐらいだとは思うが、馬車と違い地面が近いので、意外と速く感じるんだよね。


「ショウよ! もっと速く走れないのか?!」

「今のところは、これで限界ですね。 歯車(ギア)を増やせばもっと出るようになるとは思いますが、速度を上げると、危険も伴いますよ」

「速いほうが楽しいのに決まっておる!」

 

 そうだなぁ、クラッチをつけて前進3速とかにすれば、時速60km以上は出るかもしれないが――この車で時速60kmか……。

 それは、ちょっと怖いような。


 安全運転の後、1時間ほどで、伯爵領へ到着した。

 車を止めて、各部のチェック。 ボルト等の締め増しを行う。

 これ、サイドブレーキとかないから、車輪止めを使う。

 ボイラーに入れる水を農民達から貰うが、まさか殿下が直接おいでになるとは思っていなかったらしく、皆地面で亀のようになっている。

「よいよい、今日はお忍びだ。 皆作業へ戻るがよい」


 農民たちを散らし、そんなこんなをしていると、話を聞きつけたミルーナがやって来た。


「まあ! まあまあまあまあ まあ!」

 

 ミルーナは、挨拶もそこそこに、車の周りをグルグル回ってくまなく観察していたのだが――。


「私に黙ってこんな楽しげな物を! 酷いです!」

「黙ってって、お城で馬なしの車を作っているというのは聞いていただろ?」

「聞いておりましたが、鉄の怪物とかいうので、こんな楽しげな物とは聞いていませんでしたが」

 鉄の怪物かぁ。 まあ、煙はモクモクだし、そう見えるかもな。


「相変わらずだの。 其方も真学師なら、同じ物を作ればよい」

 殿下は嫌味のつもりで言ったのかもしれないのだが――。

 

「それもそうですわ」

 そう言った、ミルーナは車に乗ってみたいとの事。 しかも、運転席に。

 運転はそれほど難しくはないからな、クラッチ操作もないし、ギアチェンジも無い。

 1速ATみたいなもんだ。

 運転の仕方を教えると、最初はおっかなびっくりだったミルーナだが、すぐに乗り回し始めた。

 しばらく乗り回した後、車から降りると――。


「譲ってくださいませ! 譲って譲って譲ってぇ!」

 

 ミルーナの怒涛の電車道で思わず――ウンと言ってしまったのだが、殿下をみると、こちらを睨(にら)んでいる。

 ああ、そんなに怒らなくても、すぐに2号車を作りますよ。

 俺の鞄から黒板(プレート)を取り出し、蒸気機関の簡単な説明をする。


「要は、お湯を沸かして、蒸気の力を動力に変えているのですね」

 うん、解りが早くて助かる。

 

 しかし、このまま譲ってしまうと、殿下が帰れなくなってしまうので、後日引き渡しということにした。

 

 そして数日後、車を伯爵領へ運んだのだが――。

 ミルーナが用意していたのは、大量の金貨。


「これは……」

「当然、自動車の代金ですわ」

 その値段金貨500枚(1億円)也。

 

「ちょっと、高すぎないか?」

「いいえ、これを元にして自動車を作って売るのですから、このくらいの投資は当然ですわ」

 彼女の話だと、まずは完全にバラして、構造を調べると言う。

 しかし、再現の難しい部品もあると思うけどなぁ。 それに、この伯爵領には工作師もいないし、金属加工機械も無いのだが、どうするのだろう。

 そりゃ、帝国からの流入が増えて、人手は余っているらしいが、純粋な加工技術だけで魔法は全く使わないとはいえ、誰でも出来るってわけでもないからな。


 ミルーナは、商人にも顔が広いので、そのツテで集めるのかもしれない――車だけではなくて、汎用の動力源として蒸気機関を提示するという手もあるが。

 聡明な彼女の事だ、確実な打算があるのだろう。

 

 どの道、量産するにはしばらく時間が掛かるだろうなぁ。

 車のための会社を作ったら、共同経営者として、株式の1/4は譲渡してくれるという話なのだが。

 

 果たして、どのぐらい掛かるのやら。

 

 皆、蒸気機関にのめり込んでいるのだが、帝国の心配はどうなったのだろう?

 殿下の話では、ミズキさんからの連絡でも、目立った動きは無いと言う。

 それどころか、ファーレーンの悪魔が、火を吹く鉄の怪物や、数十リーグも飛ぶ魔法の矢を作っていると――戦々恐々としているらしい。

 また噂に尾ひれがつきまくっている感じだが、今回は都合が良い。

 帝国がそれでビビって、やる気をなくしてくれれば、これ幸いなのだ。

 だが悪い話もある。 貴族や皇族が、商人の借金を踏み倒していて、帝国商人達も頭を抱えているらしい。


 戦争の前に、帝国が崩壊するんじゃないか?


 それはそれで、困った事になる。

 国同士の戦争なら、軍で勝敗が決まり、都市への攻撃やら民間人への略奪は行われることは少ない。

 戦に勝利すれば、その国の領土と民は自分達の物になるのだから、荒らす必要は無いのだ。

 無事に接収して、自分達の物にした方が、旨味が大きい。

 民も、どうせトップが変わるだけだからと、新しい支配者にそのまま付いていく。

 それが、この世界での戦だ。


 だが、国が崩壊して、軍が野盗になってしまうと、コレは厄介だ。

 略奪、放火、殺人、強姦、なんでも有りになって、後にはぺんぺん草も生えなくなってしまう。

 なので、帝国が崩壊したとしても、軍備の維持は怠る事が出来ないのだが。

 まあ、野盗なら、多少大規模になったとしても、城の軍備でなんとか出来るという、殿下のお考えなのかもしれない。

 

 挿絵(By みてみん)

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