90話 エルフの弓とダークエルフの耳
ダークエルフのフェイフェイと一緒に、森の深層に住むゴキという甲虫の前翅を採ってきた俺。
これを材料にして、コンパウンドボウの板バネを作る。
甲虫の翅は強靭な材料だが、構造的には何らかのタンパク質で熱には弱い。
焼きゴテで焼き切るように、素材を加工していく。 加工自体は難しくはないが、コテで焼ける匂いが臭いのが難点だ。
加工した翅と薄い鋼板交互に重ねて膠で接着、何回か試射して張力を決めてから、箍で固定した。
フレームと形は完成していて、問題はバネだけだったので、スムーズに事は進んだ。
だが、この板バネの耐久性はどのくらいなのかは、実際使用してみないと解らない。
滑車の形は色々と作って試してみたが、頭に残っているネットの画像をアバウトに再現しただけなので、これで正解なのかはイマイチ不明だ。
とりあえず、使ってもらうしかないな。
そう、この弓は俺が使うために作ったのではないのだ。
物は完成したので、早速フェイフェイに試し引きをしてもらうために、畑の真ん中に藁で的を作った。
「こんな弓は使ったことがないぞ」
フェイフェイは、初めて引く弓に困惑している。
「普通の弓と同じだよ。 ただ、引く距離が長いんだ」
試しに、フェイフェイに弓を引いてもらう。
「もっと引いて、もっともっと。 引き切ると、軽くなるから」
「ん! なるほど、確かに軽くなった」
「軽くなるから、狙いが定めやすくなるんだよ。 その代わり連射には向かないけどな」
フェイフェイが、矢を射ると、的のど真ん中に当たり貫通した。
「すごい威力だな!」
「四脚に使うと、胴体貫通するぐらいの威力だ」
「すごいな」
そう言うと、フェイフェイは弓を俺に返そうとした。
「いや、俺はフェイフェイに使ってもらいたくて作ったんだけど。 少々重いが、フェイフェイの体力なら平気だろ?」
「これを、私が使っていいのか?!」
「ああ、是非大物を狩ってくれ。 それと、使ってみて、改良点とか気になる点があったら、教えてくれると嬉しい」
「任せろ!」
彼女は、俺と話をしながら、弓をつぶさに観察している。
餅は餅屋。 やはりプロに任せたほうが良いだろう。 弓の原理は知っているが、俺なんて素人だからな。
弓について、フェイフェイとあ~だこ~だと談義をしていると、突然叫び声が聞こえてきた。
「あ~! 何これ! これ作ったのショウでしょ! ズルいじゃん、こんなの作ってぇ!」
声の主はステラさんだ。
「ズルいってなんですか。 フェイフェイに狩りをしてもらうために作ったんですよ。 大体、ステラさん達が食い散らかしている食事の材料だって、最近はフェイフェイが捕ってきてくれているのに」
「私に弓なんて作ってくれた事ないじゃん!」
「え? ステラさん、弓なんて使えたんですか? 見たことがないから……」
「何言ってんだよぉ! エルフって言えば弓だろ?!」
ステラさんは何やら、手足をバタバタし始めた。
「まあ、そう言われれば、そうですが……。 見たことないし……」
「もう!」
ステラさんは、俺の言葉に我慢ならないのか、駆け出すと通路の奥に消えていく。 多分、自分の部屋に行ったのだろう。
しばらくすると、大きな弓を抱えて戻ってきた。
彼女が掲げたそれは、光輝く見事な装飾が施された大弓。
「す、凄いですね」
「でしょ!」
ステラさんは、得意満面だ。
彼女は矢筒から矢を取り、番えると、それは見事な絵に描いたようなエルフの姿。
そして、矢を射ると的の中心に命中させた。
「すげぇ! まるでエルフみたいだ!」
「みたいじゃなくて、エルフなんだよ! 舐めてるのか、このガキゃ!」
ステラさんの蹴りを華麗に躱す俺。
弓を持って立っている、ステラさんとフェイフェイを見比べる。
「エルフとダークエルフ……。 そういえば、ハイエルフっていないんですか?」
「いるよぉ」
ステラさんが間髪をいれず答える。
「え? いるんですか?」
そんな俺の問に、ステラさんはニマニマしながら自らを指差した。
え~? そういえば、フローとかと髪の色が違う。 ステラさんの頭はかなり白っぽい金髪だ。
ただの個人差だと思っていたが、違ったのか……。
後から聞いた話だと、種族的な違いではなくて、王族の血統だけ髪の色が白いんだそうで……。
それを聞いた俺は、地面に座り込んだ。
「嫌じゃん! 嫌じゃん! こんなハイエルフ嫌じゃん! やり直しを要求する」
――と叫んだら、何の躊躇いもなく、俺目掛けてステラさんから矢が射られた。
「あぶねぇ!」
俺が身を翻すと、俺が座っていた場所に、矢が突き刺さった。 間一髪セーフだったが、ホント躊躇無しだよ、この人。
あ~もう、がっがりだよ。 なんでこの世界のエルフは、俺の儚い夢をことごとく裏切ってくれるのだろうか。
もう、エルフの事は諦めるとして、ステラさんが持っている弓は見事な物だなぁ。
「そんな立派な弓があるなら、俺の弓なんて要らないですね」
「ち、ちょっとズルいぞぉ! そいつばっかり贔屓してぇ!」
「別に贔屓とかしてませんよ」
「どうせ、そのデカい胸に誑かされたんだろ! このおっぱいせいじんめぇ!」
なんだよ、そのおっぱい星人ってのは。 ステラさんの話だと、元始のエルフの時代からある言葉なんだとか……。
本当かよ。
「だから、女の魅力はこんな脂肪の塊じゃなくて、尻だって言ってるだろぉ」
ステラさんは、彼女のお尻を俺に向かって突き出してきた。
俺は、ソレを無視して、ステラさんの脇に手を伸ばす――。
「ひゃぁぁぁぁっ! なんで脇を触るんだよぉ!」
ステラさんが俺に脇を撫でられて飛び上がった。
「いやほら、ステラさん脇が魅力的だから。 ああ、ついでなんで、ステラさんの脇の匂いを嗅がせてください」
「つ、ついでってなんだよ! な、なんで脇の匂いなんて嗅ぐんだよぉ!」
「エルフの脇の匂いと、精霊の関係を調べてみたくて……」
「そんなの関係あるわけないだろ!」
「え? エルフの脇の匂いと精霊の関係を精査して、理を証して真理に到達したんですか?」
「そ、そんな事してないけど、関係ないに決まってるだろ!」
調べてないのに、決まっているとか、真学師にあるまじき行動だな。 色々とケチを付けてみるが、頑としてステラさんは拒否している。
大体、尻はOKで、脇はなんでNGなんだ。 そこら辺の心のホゾを聞かせてほしいもんだ。
「解りました。 脇のくんかくんかは諦めますので、耳を触らせてください」
「み、耳なんて、もっと駄目に決まってるだろ!」
そう言うと、ステラさんは尻もちをついて、そのまま身体を丸くして、耳もペタっと閉じてしまった。
器用だな。 エルフの耳って、そういう動きが出来るのか。
「私なら良いぞ」
俺とステラさんのやりとりを見ていたフェイフェイが、会話に割り込んできた。
「え? フェイフェイは、脇をくんかくんかしても良いの?」
「くんかくんか――がなんだか解らんが、脇ではなくて、耳だ」
「ダークエルフは、耳を触られても平気なのか?」
「平気ではないが、お前なら良い」
エルフもダークエルフも耳を触られるのが、苦手なのか。
OMG! ステラさんを縛り付けた時に、耳を思い切り触ってやればよかったな。
それじゃ、フェイフェイの気持ちが変わらん内に、彼女の後ろから失礼しま~す。
「あっ……」
モミモミ……う~む、柔らかくて温かい。 まったりとしていて、それでいてしつこくない。
多分、舌の上で転がしたら、シャッキリポンと踊ることだろう。
「もっと、優しく……」
フェイフェイが、息を荒くしてくねくねと身悶えをしている。
「あ、悪い……。 う~ん、なるほどなぁ」
「な、何か解ったのか?」
「うん、何もない器官に、これだけの血流を集める意味がないからな。 やはり、なんらかの重要な役割を持っているとみて間違いないだろう」
「ふぁ、スマン……。 お前を勘違いしていた。 てっきり性的な興味から触りたいのだと言ってるものと」
「俺は、一応真学師だよ。 仲間で耳を怪我して、何か能力に影響出たりとかそんな奴はいなかった?」
「そういえば、能力の均衡が取りにくくなるとか、聞いたことがあるな」
「なるほど……」
フェイフェイと、村の仲間についての話をしていると、ステラさんが口を挟んできた。
「お前ら、おかしいぞ! そんな耳を触って喜ぶとか!」
「だから、ステラさんの耳も触らせてくださいよ」
ステラさんの長い耳を狙ってジリジリと、俺が迫ると、ステラさんは逃げ出した。
「いやぁぁぁ! ショウのバカァァ!」
「あ、逃げた」
その光景を見たフェイフェイが、ポカンと口を開けている。
「ショウ! あのエルフ泣いてたぞ!」
「ああ、結構泣かせてるな、俺」
「お前は凄い奴だな! エルフ、しかもあの破滅の泣き顔を見れるなんて思わなかった!」
なんか、フェイフェイは凄い感激しているようなんだが、よく分からん。
何はともあれ、コンパウンドボウは完成した。 これで、彼女に大物を狩ってもらおう。
なにせ、大食らいばっかりだからな、ウチのエンゲル係数も凄いことになっているに違いない。 フェイフェイの持ってくる肉なら処置もしっかりしているし、安心出来る。
食いきれなかったら、売れば良いんだ。 お城の食堂に卸してもいいしな。
「しょうがねぇ、ステラさんにも弓を作ってやるか。 思い切りゴテゴテ装飾付けてな。 悪いが、フェイフェイのは装飾なしだぞ」
「そんな物は要らない。 狩りの邪魔になるだけだ。 機能を突き詰めていけば、自然に美しい物が出来上がるものだ」
「俺も、その意見に賛成だが、それに作り手の意思が込められて、初めて美しさが際立つと思う」
「なるほど、職人の心とか魂というやつだな」
フェイフェイと色々と話すのは楽しい。 彼女も物を工作して作ったりするのが好きらしいので、自作魂があるのだろう。
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――数日後。
フェイフェイが、大型の猪を狩ってきた。
すでに、処理は済ませてあり、リブと脚に分かれている。
「よし、もも肉を使って、干し肉を作ってみよう」
たまり醤油ベースでタレを作る。 スパイスと、行者ニンニクモドキも少々入れよう。 もも肉から骨を外して、圧力鍋で煮る。
ショウガも欲しいが、この世界にはショウガが無い。
火が通ったら、魔法で圧力鍋の中を負圧にして、タレを浸透させる。
タレが染み込んだら、魔法で乾燥させて、出来上がりだ。
ナイフで切り取って、一口食ってみる。
「ん、中々美味い。 これなら、長期保存も利くし、時間が経てばもっと美味くなるだろう」
「なるほど、干し肉なんて味気ない物だが、こいつは美味いな」
ジャーキーの味見をしていると、ステラさんが黙って入ってきた。
フェイフェイの方を見向きもしないが。
ダークエルフが嫌なら来なければ良いのだが、美味いものを食ったり飲んだりしていると分かると、我慢出来ないのだろう。
「ステラさん、新しい干し肉の味見をしてみませんか?」
ステラさんにそう言うと、彼女はナイフを使って、ジャーキーをムシャムシャ食べ始めた。
そんなステラさんに構わず、次の料理の準備をしてたのだが――。
「おいこら! 待て!」
突然の、フェイフェイの大声。
「どうした?」
「あのエルフ、肉を持って逃げたぞ!」
「ああ多分、自分の部屋で酒のツマミにでもするんだろう。 まあ、いつもの事だから。 肉はまだ沢山あるし、残ってるもも肉で、同じものを作ろう。 もうすこし味が濃くても良かったから、丁度良かった」
「お前凄いな……」
フェイフェイが何やら感心している。
「いやぁ、エルフの相手をするのも俺の給金に含まれているんだよ」
実際、俺がステラさん達の相手をするようになって、お城の人達への悪戯が減ったと殿下が言っていたし、お城の男達に手を出したみたいな話も聞かなくなった。
「お前の心の広さに感服するしかない」
「まぁ、子供だと思えば良いんだ。 頭は凄い良いけど、中身はデカい子供さ」
俺は笑って話すのだが、フェイフェイは信じられないといった様子だ。
こんな事で感心されても、嬉しくはないがな。
さて、残ったもも肉はジャーキーにするとして、バラ肉はどうしようか。
う~ん、やはりバラ肉といえば、ベーコンかな? 生ハムも作ってみたいが、ちょっと難しそうだし、ただの腐れ肉になってしまう可能性が高い。
それに、ベーコンの作り方は、以前俺の親父が作った事があるので、おおよそ解っているのだが、生ハムの経験はないのだ。
ベーコンと似たような作り方で、冷蔵で1ヶ月~2ヶ月熟成だったかなぁ。
あまり危ない橋を渡る必要もないので、ベーコンでいってみよう。
ベーコン作るのは結構時間が掛かるんだが、魔法でショートカット出来ないか、試しにやってみるとするか。
まずは、バラ肉を切り分ける。 全部使って失敗したら、ダメージデカいからな。
塩とスパイスを満遍なく振りかけて、肉に擦り込む。
それを、負圧タンク代わりの圧力鍋に入れて、魔法で中を負圧にし、発酵促進の魔法も使ってみよう。
これで、塩が中に染み込んで、塩分濃度が上がれば、肉は腐る事はない……はず。
1時間程たって、肉を見てみたが、腐っている様子は無い。
とりあえずは大丈夫だ。 ちょっと切り出して、舐めてみたが、塩分も上手く浸透しているようだ。
続いて、水に漬けて塩抜き。 コレも圧力鍋に入れて、魔法で負圧を掛けてしてみる。
10分程で、塩味も抜けたようだが、この方法だと旨味も抜けてるかもしれないな。
時間があれば、普通の方法も試してみたいところだが……。
そして、最後に魔法で乾燥させてからの燻蒸。
燻蒸に使えそうな魔法は無いので、これは普通にやるしかない。
この世界にもリンゴはあるので、リンゴの木のチップを使ってみるか。
資材部に行って、リンゴの材木を貰ってきて、ナイフを使ってチップを作る。 チップ作りにはフェイフェイも手伝ってくれた。
資材部の連中に、匂いの良い木を尋ねたら、3枚程板材をくれたので、違う木でも試してみよう。
小屋の裏で端材を組んで、燻蒸スペース作り。
「ほう、肉を燻蒸するのか」
「村で燻蒸したりはするのか?」
「獲物が捕れ過ぎたときに、保存のために燻蒸したりするが、こんな手間の込んだ方法はやったことがないな」
燻蒸している間に、2人で残りの材木でチップを作った。 これが上手くいったら、残りのバラ肉は全部ベーコンにしたいからな。
燻蒸が終わったので、ちょっと切り取って、焼いて試食。
少々塩辛い。 最後に乾燥させるので、塩分が濃くなるようだ。 もうすこし塩抜きしたほうが良いって事か。
結構時間が掛かってしまったので、夕飯に早速ベーコンの試食。
ベーコンで簡単といったら、ベーコンエッグだろう。
ベーコンの塩味を活かした、芋のスープも作ってみた。
料理をしていると、師匠とニムがやってきた。
フローは逃げ出したまま顔を見せないし、ステラさんはジャーキーを沢山持っていったので、それを食っているのだろう。
皆でベーコンエッグを食べる。
「美味いにゃ~」
ニムはパクパクと口に放り込んでいる。
師匠は黙々と食べているが、黙っているという事は問題ないということだ。
「う、美味い。 手間が掛かるが、こんなに美味くなるのか」
「魔法を使わないと10日から1ヶ月は掛かるからな。 今回は試作なんでちょっと塩加減が解らなかったが」
スープの味も中々良い。 この世界にはキャベツも白菜もないが、デカい葉っぱの野菜があるから、アレを鍋に敷き詰めてベーコン鍋も美味そうだ。
あと、ベーコンと言えば……ペペロンチーノか、カルボナーラか。 いいねぇ。
しかしなぁ、人数が増えたから、マジで狭くなってしまったな。
皆、俺の所に飯を食いに来るし。 まあ、1人分も10人分も食事を作る手間は然程変わらないから良いんだが……。
やっぱり、部屋を横に拡張するか。
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部屋の拡張には、あまり乗り気じゃなかったが、色々と狭すぎるようになってしまった。
何故か、皆私物を持ち込んだりしてるし……。 いやもうほんとに、まいっちんぐ。
前に拡張にするのは大変なので、やはり横に拡張することにした。
屋根の傾斜を緩やかにして、少し伸ばせば良いからな。 6畳程だった、ダイニング兼寝室が、12畳程になる。
施工は、以前工房の改築工事をしてくれた大工の棟梁だ。
ファーレーンは、急激に人口が増えているので、慢性的な住宅不足になっているらしい。
そこで、俺が以前この棟梁に教えた、同じパーツを一気に加工して、現地で組み立てるプレハブ方式でなんとか、仕事を回しているという。
「いや~、真学師様にいい方法を事前に教えて頂いたお陰で、助かってますぜ」
「忙しいのに、仕事頼んで悪い事したな」
「な~に、構いませんぜ、真学師様の仕事を優先して仕上げれば、また良い方法を教えてもらえるかもしれねぇし、ガッハハ! それに、今の仕事なら、材木に書いてある数字通り組み立てりゃ、ガキでも家が作れちまう」
「家主からは何か言われないか? 同じ家は嫌だとか」
「金持ちなら、もっと立派な家を注文するし、とりあえず住む所が欲しいって奴ばかりだからなぁ。 一気に材料を加工して、手早く現地で組み立てる。 早くて、安くて、質も良い。 文句が出るはずもありやせんぜ」
「そうか」
城下町の話を聞きながら、棟梁と改築の打ち合わせ。
部屋は横に拡張。 キッチンも狭いが、拡張出来ないので、キッチンの後ろにキッチンテーブルを作る。
テーブルも横に伸びて10人掛け。 これで、多少の人数が来ても大丈夫だろ。
師匠やステラさんの本や、黒板などの私物も溜まっているので、据え付けの本棚と、収納も作ってもらった。
俺も色々と手伝ったので、10日程で、改築工事も完了した。
実は、仕上げは残っているのだが、それは自分でチマチマとやる事にした。
「いや、無理な仕事やってもらってすまなかったね」
棟梁に渡す代金は金貨40枚(800万円) 小さな羊皮紙に領収書を貰う。
すると、棟梁が何か言いたそうに、口をモゴモゴしている。
「実は、大変口幅ったいんですがね……真学師様のところには、すげぇ酒があるって酒飲み連中の間で噂になってましてね」
「ああ、なるほど。 う~ん、実はエルフに全部酒を飲まれてしまってなぁ。 今、倉庫の中がすっからかんなんだよ」
「そいつは、間が悪かったなぁ」
棟梁は実に残念そうである。
「だが、新しい酒を仕込んだら、棟梁の所に真っ先に届けるよ」
「本当ですかい! そいつは楽しみだ! また、仕事がありましたら、遠慮なく頼んでくだせぇ!」
酒で、仕事がスムーズに運ぶなら安い物だ。 ステラさんにタダ酒飲まれるより、100倍良い。
「ショウ、部屋を拡張したのか?」
改築工事の間、姿を見せなかったフェイフェイが顔を出した。 殿下の国外視察に護衛として付き添っていたのだ。
「うおっ! こいつは、また見事な。 眼福、眼福、ありがたや、ありがたや~」
何故か、フェイフェイを突然拝み出す、棟梁。
「ああ、皆が押しかけてくるようになって狭くなってしまったんでな。 台所も狭かったし。 元々は俺1人用の部屋だったんだが」
「人が集まってくるということは、お前に人々を惹きつける何かがあるということだから、誇っていい」
「面と向かって、そういう事を言われると、背中が痒いなぁ。 そんなに上等な人物じゃないんだが……」
「真学師様が、ダークエルフの美女を連れていたって、街の噂になってましたが、この方だったんですかい」
棟梁が変な勘違いをしないように、説明をする。
「彼女は、殿下の護衛として雇われた戦士だからな」
ここで、こんな事を言っても、尾ひれが沢山ついて面白おかしく街中に広まってしまうのだろう。
娯楽の無いこの世界では、人の噂話が格好の餌だからな。
噂話が娯楽というのは、この世界の話だけではない。
俺の地元のど田舎でもこんなもんだ。 どんな些細な事でも、数日で村の隅々まで伝わってしまう。
それどころか、郵○局員が――「〇〇さんってこういう物を買ってるのよ」
――とか、個人情報駄々漏らしとかザラだ。
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改築工事の片付けをしていると、殿下がお見えになった。
「ほう、広くなったの」
「何故か、皆が飯を食いに来るもので……」
「其方の下に来れば、美味い物にありつけると、皆知っているからな」
「ウチは食堂ではないのですがねぇ……」
「四の五の言わんと、妾に――ニムが言っていたしちゅーという物を、振舞うがよいぞ」
シチューを食べた殿下は、大層気に入ったらしく、メイドさん達に作り方を教える事になった。
まあ、特別な材料も使ってないし、料理法も難しくはないからな。
その後すぐに、街にもシチューが広まり始めたが、高価な牛乳をふんだんに使うとあって、金持ちの高級料理という位置づけになっているらしい。
スパイスを沢山使った、元世界のカレーシチューみたいのもあるそうなので、いずれ食べてみたいと思っている。
それから、出来上がったコンパウンドボウを抱えステラさんを訪ねた時に、フローの借金について少々話したのだが――。
あいつは、ステラさんが師匠だった時に、同じような事をやらかしたらしい。
それが、ステラさんがやつを破門した直接の原因だと言う。
クソ。 あいつが、エルフにしては多少まともだとか、一瞬でも思った俺は、いい面の皮だ。
エルフはエルフって事か。
師匠が言うとおり、関わらないのが一番だが、どうやって借金を回収しようか。
う~む。





