91話 奴隷商で見つけたゼロの影
――ある日の夕飯時。
「うまっ、うまっ!」
フローが俺の目の前でシチューをがっついている。
しばらく逃げてたと思ったら、何食わぬ顔で俺の所で飯を食うのだから、エルフってのはどういう神経をしているのか。
エルフだから神経構造も人間と違うのかもしれないがな。
「フロー、少し遠慮したらどうなんだ? 借金どうやって返すつもりだ?」
「その内返すっす」
「その内って、100年後か? 200年後か?」
「そんなに言うなら、あたしの身体を好きにして良いっすよ」
「ほう? 好きにして良いのか? それじゃ、街中裸で引き回して、お捻り貰うか? それとも、何処からかオークを捕まえてきて、絡ませて見世物小屋でも作るか」
「なんて事言うっすか! 人でなしっすか?! あたしに対する愛は無いっすか?!」
「そんな物はねぇよ.」
「チッ! その手があったか……」
ステラさんが何か呟いている。
「ぎゃー! ショウがそんな奴だとは思わなかったっす!」
俺は味方には優しいつもりだが、敵と判れば女子供でも容赦はしない。
俺の問い詰めに、もう詐欺やら騙りはしないと誓うフロー――。
しょんぼりして意気消沈の奴だが、そのしおらしさがいつまで続くか……。
「や~い! 怒られてやんのぉ」
「ステラさんも人の事言えないでしょ。 俺の物勝手に持っていったり、飲み食いするくせに」
「だってぇ、ショウの物は私の物でしょ?」
「まったく……。 また縛りつけて、今度は耳を思っきり触りますよ」
「あ、あの……さ、優しくしてくれるならいいよぉ……」
450年も生きた糞BBAが耳まで紅くしてモジモジしているが、まったく反省する意思が見えないので、話すだけ無駄だ。
ステラさんの悪戯を黙らせるには、師匠クラスにならんと駄目という事だろうが、師匠もたまに被害にあっているらしいので、もう無理かもしれない。
「ショウ」
「あっはい」
俺とフローステラさんとの会話を黙ってシチューを食べながら聞いてた師匠が、そんな話は聞きたくないとばかりに、会話に割り込んできた。
かなり不機嫌そう。
「師匠、申し訳ございません。 あの~、師匠にお見せしたい物がありますので、食事の後にお時間を頂けますか?」
「わかりました」
「ショウ様、このシチューってやつを、母ちゃんの店でもやり始めたにゃ!」
「へぇ、オニャンコポンでもか。 でも、値段が高いんじゃないのか?」
「そうにゃ。 普通のスープの3倍はするにゃ。 でも、人気があるにゃ」
ニムは、口の周りをシチューだらけにして、店の出来事を話している。
彼女の話を聞くと、街じゃ色だけ白くてドロドロな、シチューの偽物もあるらしい。
まったく、何で白く色を付けているか心配になってしまうが、何処の世界でも、本物と偽物のイタチごっこだな。
あまり酷い物を出して、健康被害等が出れば、取り締まりが行われるので、食えないような物を出すことは無いと思うのだが……。
皆の会話に加わる事無く、フェイフェイは一番離れた席同士で、黙々とシチューを食べていて、一言も喋らなかったが――。
「ここにいると、エルフ共の醜態を見れて、感動的だな」
――そんな事を呟いた。
「話を聞いていたと思うが、俺の心は広くはないだろ?」
「はは……十分広いと思うぞ。 私なら斬りかかってるからな」
まったく、エルフの相手をする俺の身にもなってくれ。
だが、フェイフェイが来てくれたおかけで、ステラさんの悪戯が大分少なくなった。
それもいつまで続くかは不明なのだが。
食事が終わった後工作室にて、俺は師匠に用意していた物を見せた。
ガラス製の皿に澱粉を引き、そこにカビを生やした物だ。 それが2つ。
「このカビが何か問題でもあるのですか?」
師匠と一緒にフェイフェイとステラさんも覗きこんでいる。
「いいえ、このカビが問題なのではありません。 ここに、ある物を落とします」
俺は、パンに生やした青カビと、別に用意した白い粉を、皿の上に広がっているカビの上に置いた。
白い粉には水を少々垂らし、溶かした。
そして、それぞれに成長促進の魔法を掛けると――みるみる、皿の上のカビが駆逐されていく。
白い粉のほうが、より効果が強力だ。
「師匠、このように、この青カビと白い粉には、カビを駆逐する成分が含まれていると思うのです」
師匠は、じっと皿の上を観察している。
「人間の身体が腐ったり化膿するのもカビのような物が入り込むために起きるのならば、カビを駆逐するこの成分を使って、病気や怪我を治療することが出来るのではないでしょうか?」
この世界には、細菌やウィルス等の概念が無いので、説明に苦労する。
「なるほど……大変興味深いですね」
「治癒魔法だと、限られた人しか使えませんが、薬ならば一般の多くの人を救えます」
「それは、真理だな」
フェイフェイが腕を組んで呟く。
青カビの成分は、有名な抗生物質のペニシリン。 もう一方の白い粉は――
「青カビは解りますが、この白い粉は何なのですか?」
「それはゴキの脳みそを乾燥させた物ですよ」
Gの脳みそには、その過酷な環境で生き延びるために、あらゆるバイ菌や病原菌から守るために最強の抗生物質が分泌されているとかなんとか。
元世界のネットニュースで見たのを、俺は覚えていた。
「な! あなたのその突拍子もない発想はどこから出てくるのですか」
「いやその、閃きっていうか、アマテラス様からお告げというか」
「私は真面目に聞いているのですよ?!」
師匠が俺の耳を引っ張る。 最近、師匠のツッコミが俺に効いてないのが解ってしまったようで、こういう攻撃をしてくる。
そんな発想が――と言われても、チートなのだから正直には言えない。
「あたた、ちょっと師匠やめてください。 閃きですよ。 閃き。 9割9分の努力と1分の閃き!」
「1分の閃きもない私には、努力が足りないと言いたいのですか?」
「違いますよ。 悪い方に曲解しないでください。 はぁ~いてぇ」
師匠の指から俺の耳を外す。
有名なエジソンの言葉だが、1%の閃きも無ければ、99%の努力も無駄――そんな訳もあるらしい。
「私にこれを見せてどうしろと?」
「どうでしょう? この研究の続きを師匠が行うというのは」
「あなたが発見した手柄を私に譲るというのですか?」
「より多くの人々を救うために、動植物の専門家である師匠にこの研究を引き継いでもらったほうが、研究が捗ると思うんですよ」
「まあ、それは理に適っているよねぇ」
ステラさんも俺と同意見のようだ。
「わかりました」
よかった。
こういう研究には顕微鏡が必要だと思うのだが、顕微鏡を作るのは大変そうだな。
簡単な屈折式望遠鏡でも、レンズを研磨するのが難しいし、レンズの設計には複雑な計算が必要だったはず……。
顕微鏡はともかく、望遠鏡は色々と役に立ちそうな気がする。
師匠にお任せしても、すぐに抗生物質が出来るとは思わないけど、基礎研究ってのは大事だからな。
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城郭工房にある、ドワーフの鍛冶場に、最新式のコークス炉が完成したというので、見学をしに行く。
どんなものかと思ったら、デカい! 高さ10mほどもある、黒い石を積み上げた立派な高炉だ。
ドワーフ達が積み上げたノウハウが詰まった結晶なので、元世界の高炉とどのような違いがあるのかはちょっと不明。
「よお! 真学師様、見に来たのか」
迎えてくれたのはドワーフの親方だ。
「ああ、こいつは大きいな」
「ガハハ! 真学師様が作ったコークスってのはすげぇな。 今までの木炭じゃ、鉄の溶ける温度まで上げられなかったんで、魔法を併用していたんだが、こいつを使えば魔法無しで鉄をドロドロに出来る」
高炉には送風をする必要があるのだが、それも魔法でやっているらしい。
俺の作ったモーターでは送風機を稼働させるのには貧弱で、工作機械ぐらいしか動かせない。
大モーターを作っても、電力が確保出来ないからな。
う~ん。 早く蒸気機関を実用化したいところだ。
だが、外熱機関やら内燃機関を作るのには、ノウハウが山のように必要になる。
原理が解っていて設計図があったとしても、実用化には険しい道のりが待っていると思う。
ここの工作師なら、原理さえ教えればなんとか作ってしまいそうな気もするが、それでもやはり、動く模型ぐらいは用意しないと駄目だろう。
高炉の見学を終わり、城郭工房の内部を見渡す。
城内や第2工房まで線路が敷かれ、荷物を積んで人が押したり、馬が牽いたりするトロッコが行き交う。
現在試し掘りをしている石炭鉱山でもこのトロッコは使われて重宝されているという。
鉱山まで、道や橋が整備され、馬車で2台3台と石炭が運ばれてくるようになった。
このトロッコにも、早く蒸気機関車を付けたいところだ。
気分転換に、そのまま副門から、街に出た。
街の市場を冷やかして回る。 人口が増えて景気が良いせいか、以前に増して物が溢れている。
どうも、街の女達が俺を見る視線が気になる。 また、変な噂が流れているっぽい。
そんなのを気にしてては真学師なんてやってられないから、無視するのだが。
市場を見渡して新しい品揃えがある。 ぼちぼちと紙に印刷された本が出始めたのだ。
まだ高価な物だが、いままでの羊皮紙に写本された物に比べれば庶民でも何とか買える値段で売っている。
本として最初に作られたのは、教義書だ。 これは、元世界の聖書に当たる物だと思えばいい。
――我、タカマガハラから此の地へ来たる、アマテラス也――
この一文から始まるこの本には、この世界の教義が書いてある。
と、言っても、難しいことは書いているわけではない。
――人を殺すべからず。
――嘘を吐くべからず。
――物を盗むべからず
――虫を殺すべからず
ってのもある。
等々、所謂一般常識ってやつが、書いてあるのだが、その中に気になる一文がある。
――他の世界へ行くべからず。
他の世界へ行くと、アマテラスの加護が消えるから不幸が訪れるのだと言う。
ダークエルフの話によれば、この世界の住人は、アマテラスによって連れてこられたみたいな話なので、他へ行くなということか。
なんだか、謎の一文である。
神話や寓話を本にしたものもあったので、そいつをペラペラと立ち読みした後、そのままぶらぶらと街を探索。
以前は、街の表通り以外は危ないから止めた方が良いですよ――なんて事を言われていたが、今ではどこでもお構いなしだ。
たまに、行った事がない場所へ行ってみるかと、街の東側へやって来た。
そこに建っている大きな石造りの屋敷。 ただ、これだけ立派な屋敷でも、窓に透明なガラスは嵌っていない。
伯爵領でガラスの生産は行われているが、宝飾や鏡に使われている段階で、一般的な屋敷の窓ガラスへ使われる程には普及していないのが現状だ。
俺の目の前にある、この立派な建物は、奴隷商だ。
以前は、街の東外れに建っていたそうだが、人口が増えて家がドンドン周りに建ち始めてしまい、住宅街の中に埋もれてしまっている。
「奴隷商か……奴隷に興味はないが、後学のために覗いてみるかな」
俺は、奴隷商のドアを叩いた。
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「よくぞいらっしゃいました! 真学師様においで頂くとは、この身の誉れ。 この商館の主、ケルナーでございます」
愛想よく出迎えてくれたのは、がっちりとした体格、金髪の髭面で頬にデカい傷がある男だ。
歳は50近いだろうか。 後ろに北○の拳でヒャッハーとか言いそうな、スキンヘッドの大男の護衛を連れている。
愛想は良いが、いかにも海千山千百戦錬磨って感じで、油断ならない。
「真学師様、どのような奴隷をお探しで? 護衛に使う戦士ですかな?」
「そうだな……これと言って……そうだ、俺の仕事を手伝わせたいので、読み書きが出来て、計算が出来るやつはいないか?」
「そうですな。 男ではいませんが、女では何人かおりますよ。 もちろん、少々お高くなってしまいますが」
「それは承知している」
奴隷の値段は通常では、金貨25枚~30枚(500万~600万円)といったところだ。
そして、何か技能持ち――例えば、元戦士とかになると金貨50枚(1000万円)を超える。
元貴族やら、元王族なんて出物があると、金貨100~200枚(2000~4000万円)以上なんて事もあるらしい。
元世界の高級車やスーパーカーと似たような感覚に思える。
俺は、商会の上階へ案内された。 中の造りも立派だ。
伯爵領の屋敷より立派なのだが、それだけ儲かっているのだろう。
ハーピーを城へ運んだ時――師匠に聞いた話でも、ここの主はかなりのやり手だと聞いた。
屋敷の上階には個室が並んでいて、高級奴隷が揃えられているが、普通の部屋と違う所は、ドアが鉄格子で中が見えるという点だ。
ここから、奴隷の品定めをするのだろう。 この階には女しかいないようなので、女用のフロアなのか。
「私は、下におりますので、じっくりと品定めなさってください」
この階にいたのは5人、皆美人だ。 わざわざ個室に入れられているというのは上物扱いなのだろう。
大方、破産した商家の娘とか、地方貴族の成れの果てとか――そんなところか。
皆、上物の服を着せられ、小奇麗な部屋に入れられているが、一般人と違うのは、首と手首に刺青が入れられているところだろう。
高い買い物をしに来たのに、商品が粗末な扱いをされていたら、客は眉を顰めるはず。
故に、商品を小奇麗にしているのは当たり前と言える。
高級車を買いにディーラーへ行ったら、店がゴミだらけとか、車は汚れていたりしたら、客は回れ右をしてしまうだろう。
粒ぞろいの高級奴隷。 その中に、気になる女がいた。 俺と同じ黒髪の20歳ぐらいの女だ。
黒いドレスを纏い、艶やかで真っ直ぐな黒髪は肩まで伸びている。
その女が、俺に興味を持ったのか、俺に近づいてきた。
見た目に美しい――が、なんだろうこの違和感。 なんというか、整い過ぎているのだ。
――そして、彼女がお辞儀をすると。
「ゼロ様、お迎えに来て頂き、ありがとうございます」
「え? あ、いや、違う、俺はゼロじゃないぞ? 俺はショウ、真学師だ」
ゼロ? ゼロと言ったか。 マリアと同じ事を言っているが……。
「承知いたしました。 ショウ様ですね」
「何故、俺がゼロだと?」
彼女は、黙って俺の腕に嵌っている白い腕輪を指差した。
「これはゼロが作ったのか?」
「そうです」
女にゼロの関係者なのかと尋ねると――そのとおりだと言う。
「この腕輪便利だし、気に入っているのだが、ゼロに返さないと駄目かな?」
「いいえ、ショウ様が使えるということは、その必要はないでしょう」
「どういうこと……?」
「それは、使える人にしか使えない物ですから」
コイツは驚いたな。 マリアが言っていた、超凄い真学師だか魔導師とやらのゼロの関係者に出会うとは。
この女から、ゼロの持っている超技術や知識について、色々と情報を引き出せるかもしれない。
これはチャンスだ。
「君を買いたいのだが、いいかな? 無論、奴隷として買うつもりはない」
「ショウ様が、私の仮のマスターになるという事ですね。 承知いたしました」
「マスター? マスターと言ったか。 『君、もしかして、日本語話せるのか?』」
『もちろんです、ショウ様』
コイツは、間違いない。 大当たりだ。
多少高い金を払っても、この女から情報を引き出せれば、自販機からお釣りが止まらない状態になる。
「よし、商館の主と交渉してくるよ。 待っててくれ」
「はい、お待ちしております」
彼女の名前は――『ナナミ』 といった。
俺は、商館の主と値段の交渉をするべく、下の階へ向かうと、階段の途中に案内役が待っていた。
案内され、主の部屋に行くと、男はデカい机前に真っ赤な椅子に座っていた。
「真学師様、良い商品は見つかりましたかな?」
「髪の黒い女がいただろ、アレが良いな。 賢そうだ」
「さすが真学師様、お目が高い! あれだけの上物は、なかなかございません」
「いくらになる?」
「そうですなぁ――金貨250枚(5000万円)」
「250ぅ? いくら上物でも高すぎるだろ」
「いやぁ、あの女は賢いだけではなくて、かなりの手練なのですよ。 実は捕縛する時に、かなりの犠牲者が出ましてねぇ。 その料金も含まれているのでございます」
ホントなのか、足元みているのか分からんが、金貨250枚とは……。
しかし――。
「解った、金策してこよう」
「真学師様、帝国金貨はお断りしておりますので、念のため」
「解っている」
俺は、奴隷商の連中に見送られ、頭を抱えながら、自分の工房に戻った。
俺は、急いで自分の工房へ戻り、金の隠し場所を全部ひっくり返した。
金は一カ所には置かず、何カ所かに分けて、秘密の場所に隠してある。
この世界には探知魔法の類は無いようなので、これでなんとかなっている。
だが、ステラさん辺りが精霊を使えば、あるいは――だが、金持ちのステラさんが俺の金を狙うとは考え難い。
それに、金が盗まれたら窃盗だ。 犯人が誰であれ、捜索しなければならなくなる。
酒や食べ物をちょろまかした――では済まされない。 お城の内部にそんなリスクを冒してまで、犯罪に手を染める奴がいるとも思えない。
手持ちの金を全部集めても、金貨100枚ちょっと。
くそ、あのバカ(フロー)の件がなければ、なんとかなったかもしれないのに。
手持ちの物を売って残り150もの金貨を作るには時間が掛かりすぎる。
金貨250枚という大金を簡単に用意出来る、他の客がいるとは思えないが、逃がしたら魚がデカすぎる。
う~ん、どうしよう、どうするか。
殿下かステラさんから金を借りるか?
「女の奴隷を買いたいので、金を貸してください」
ってか?
そんな事を言ったら、何をされるか解らん。
……仕方ねぇ、奥の手を出すか……。
俺は、金貨100枚ちょっとが入った袋と、以前ステラさんから貰った白いローブを手にして再び奴隷商に向かった。
一時、マリアに預けてあったが、返却された物だ。
そして、懐には奥の手を忍ばせて……。
再び、奴隷商の主と対峙して、机の上に金貨の入った袋を置く。
「真学師様、これじゃ全然足りませんが……」
さすが、ベテランの商人だ、金貨の袋を見ただけで、金額が解るらしい。
「丁度出費が嵩んでいてな。 今のところ、手持ちがこれしかない」
「それじゃ、話になりませんぜ」
いきなり、態度を変える商館の主。 これが、奴の本性だろう。
「金は用意出来なかったが、これと引き替えにしてくれ」
俺は、小箱に入ったある物を差し出した。
「何ですかい、これは?」
商館の主が、訝しげに箱の蓋を開けて出てきたのは、赤くて丸い球体。
戸惑う商館の主より、その隣にいたスキンヘッドの護衛の方が、その価値に気がついたようだ。
「親方! こいつはもしかして、リルルメルヒの実じゃ……」
「なっ!」
俺に不審の目を向けていたその男も、それが何か解ったらしい。
「そうだ、腐りかけの黒い実でも、金貨100枚(2000万円)はくだらない。 しかも、これは真紅。 欲しい奴なら、金貨300でも400でも出すはずだ。 どうだ? これと交換というのは?」
「ううむ……」
男はじっと真紅に輝く赤い実を見つめている。
「そいつが、信用できないというなら、俺の師匠に裏書きしてもらってもいいが」
「真学師様の師匠って言えば魔……!」
スキンヘッドの大男が、慌てて自分の口を押さえた。
商館の主は暫し考えている。
「よしましょうや。 藪をつついて蛇。 洞窟をつついて、ドラゴンを出す必要もありませんぜ。 欲をかくとロクな事がねぇ」
男は頬についたデカい傷を撫でている。 彼は何も言わないが、欲かいた結果が、その傷なのか。
「解りやした。 では、その金貨と赤い実とを一緒に引き換えということで、手を打ちましょう」
「くっ」
足元を見られて、金額だけ見たら大損だ。
ハッキリ言って、俺は交渉事は下手だ。 ベテランの商人に敵うはずも無いしな。
殿下か、ステラさんに仲介を頼めば面白い結果も見れるかもしれないが、その後の見返りがどのぐらいになるのかは見当も付かない。
何事もタダでは回らないのだ。 仕方ない。
「おい、ナナミを連れてこい」
男が、部下に指示を出す。
「1つ聞くが、女に手は出してないだろうな」
「真学師様、馬鹿言っちゃいけませんぜ。 商人がせっかくの上物の価値を落とすような事をするわけがありませんや」
「そうか、悪かったな。 謝罪する」
男の部下に連れてこられたナナミという女に、俺が持ってきた白いローブを渡す。
「コレを被ってくれ」
「承知いたしました」
真学師のショウが、女の奴隷を連れて歩いていたなんて、また面白おかしく噂のネタにされてしまうからな。
「これが、奴隷の引き渡し書と奴隷の権利書、そして領収書でございます」
「――ナナミと言ったな、この証文に目を通してくれ」
「承知いたしました――問題ありません」
ナナミは証文に一瞥して、結論を出した。
「早いな、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「へっへっへ、もっと細かく読まなくていいんですかい?」
商館の主も茶化してくる。
「まあ、この商館が真学師を敵に回すような、愚か者でない事を願うだけだ」
「はっはっは、大丈夫でございますよ。 今後共ご贔屓によろしくお願いいたします」
俺の嫌味にも臆せずに、老巧な奴隷商人は涼しい顔だ。
ズラリと並んだ商館の従業員に見送られ、俺とナナミは奴隷商を後にした。
某、高級車を購入した時のセレモニーの如く、鳴り物入りで送られたらどうしようかと思ったが、そんな事はなかったようだ。





