30話 キラキラ光る
温度計が完成したんで、蒸留用に高さ2mぐらいの小型ポットスチルをつくるため、図面を描いてラジルさんのところへ持ち込んだら――。
仕事が立て込んでいて、しばらくは無理だと言われてしまった。
ちょっと複雑な形状の金属製だし、俺一人では製作はちょっと無理。
ここは、金属加工のプロであるドワーフとかに任せたほうが得策だろうし、物理的な限界と言われれば仕方ない。
俺のは実験段階の試作品だからな。
ポットスチルというのは、化学の実験に使う三角フラスコのような形をしている、蒸留に使う金属製の容器だ。
上部から横に細管が伸びていて、そこで冷えた蒸気が液体になるような作りになっている。
微妙な形状の違いで、酒の味が変わるらしく、各酒メーカーも独自のポットスチルを色々と試しているところもあると――昔TVの番組でみたなぁ……。
容器の内部で蒸気→液体→蒸気……と繰り返す事で、香りが強くなってみたり、PCのシミュレーションでも解析できないような複雑な反応をするらしい。
まったく、酒をつくるつもりだったのに、遅々と進まず、回り道ばっかりだが――蒸留は化学の基礎とも言える、重要な理の一つだ。
じっくりでも確実に進んだ物にしたほうが、この国の財産になるだろう。
――というわけで、ポットスチルが出来ないんじゃ仕方ない。
材料も道具も全部揃えてしまってるので、ここでガラス関係の製造を一気にやってしまったほうがいいだろう。
溶けたガラスを重量増大の魔法で潰し、板状にして、円形から正方形にガラス切りでカットして成形する。
坩堝が小さいので、デカいガラスは作れず、一辺20cmぐらいがいいところ。
正確に寸法を揃えないと、窓に嵌まらなくなってしまう。
デザインは、日本の障子のような小さいガラス窓が沢山並んでる物を考えている。
丸から四角にカットするから、使えないガラスが沢山出てしまうが、切り屑ガラスはまた坩堝へ入れて溶かせばいい。
工房の俺の部屋の窓を測ったら、4×5で20枚は必要と解った。
引き戸なんで、左右で40枚。窓が2カ所あるんで、計80枚だよ。
結構作らんといかんなぁ……。
こりゃ大変だ。
石英の粉砕は、精麦用の杵と臼を金属製に変えて、水車動力で自動粉砕。
これで、材料を入れておくだけで、ドンドン粉になる。
途中、魔法で加熱と冷却を繰り返すと細かく割れることを発見――このスピードアップで作業が捗り、魔法の使い方次第で、まだまだ色々な事が可能になると目から鱗が落ちる。
生クリームを作る際に、ゴロゴロと足踏みで回していて、作業効率が悪かったのだが――。
大きめ木製ドラムを作って重量軽減の魔法をかけて、紐を掛けて引っ張るとコマのように高速回転する事が解ったりして、魔法の使い方次第でいろんな応用が利くらしい。
重質が減るって事は、慣性も減るって事だからな。
そんな事を考えながら、ずっと作業を続けて、結局、20cm×20cmのガラスを80枚作るのに、都合5日ほど費やした。
作業の結果、解ったのは――厚さを揃えるのが中々に難しい。
――その作業途中。
「なにこれ? なにこれ?」
工房で作業中に、部屋の方から声がする。
「は? ステラさんですか?」
「なんで透明なの? 水晶?」
「違います、ガラスですよ。透明なのは、透明なのを作ったからです」
「へぇぇぇ~」
「ちょっと、ステラさん持っていかないで下さいよ、欲しいならあとで作ってあげますから……」
――と、話しつつ部屋に戻ったら、もういねぇし! ガラス一山(20枚)持っていかれてるし!
「あ~もう、勘弁してよ」
――と言いつつ、最近こういうのに慣れてきた。
エルフとはこういう生き物なのだと、そして、これは必要経費なのだと。
だてにステラさんは450年以上生きてない、魔法も知識も半端ない、王侯貴族や商人へのコネクションも超強力だ。
その力を得るための貢ぎ物という事で自分を納得させた。
しょうがない、ステラさんに持っていかれてしまった分を、20枚追加で製作した。
しかし、ガラスだけ取って、どうするんだろう? 俺みたいに窓をつくるのかな?
――と思って、あとで聞いたんだが、懇意にしている職人がいるらしい。
ステラさんは、家具や建具に拘りを持っているらしく、そういう職人に製作を頼んでいるみたいだ。
まあたしかに、ステラさんの部屋で、俺が作ってるようななんちゃって和風の建具は似合わないだろう。
その窓の構造だが、日本の障子の建具と同じように、長い桟を格子状に組んで、ガラスを嵌める溝を掘る構造にしてみた。
製作には丸鋸盤が欲しいところだが、この世界にも丸鋸自体は存在しているので、設置には時間が掛からないとは思うが、もう工房内に加工機械を設置する場所がない。
部屋を増やしてもいいが、そうすると、水車からの動力が届かないし、そこまで改修するとなると大工事になってしまうので、とりあえずはフライスで加工する事にした。
フライスで加工出来るようなジグ(加工を補助するツール)を作るのに、これまた2日も掛かってしまった。
回り道をしまくっているが、こういうのは後々の財産になるので、急がば回れ急がば回れと心に念じる。
窓枠は、ガラスが割れたときに交換できるように、釘を使用しないで組み立てて、最後はダボで固定してある。
やっとガラス窓が完成して、嵌め込む。燦々と明るい日差しが入り込み、凄い明るい――まるで別世界だ。
デザイン的に、玄関の扉の両脇にも小窓が欲しいので、あとで作ろう。
カットしてない円形のガラスを持って細工師のところへ向う。
細工師工房は、拡大しまくっている工作師工房に比べると、まだ控えめだ。
俺が初めて訪ねた時よりは、大分人数は増えてはいるが。
「こんにちは~」
「あら、ショウ様。この工房の事をお忘れになったわけではなかったのですね」
細工師工房の女性親方が迎えてくれた。
「はは、カリナンさんは、きついなぁ」
「きょうはどういったご用件で?」
「コレを綺麗な円形に加工して、表面の凸凹を研磨してほしいのですけど」
「これは……水晶ですか?」
「いいえ、ガラスですよ?」
「え? ガラスですか?」
細工師工房の職人達がワイワイと集まってくる。
「透明なのを作ったので、透明なのですよ。しばらくしたら、売り出されるでしょう」
「これは凄く綺麗ですね」
「これを研磨して、そして、これに合わせた枠を製作してほしいのですよ。片方は殿下へ献上させていただきますので、それなりの様式でお願いいたします。もう一方は私が使うので、無地でもいいですよ」
「解りましたが、ショウ様がお使いになるのであれば、無地というわけにはいかないでしょう。しっかりと作らせていただきます」
「枠が完成しましたら、こんな台を付けてほしいのですが……」
黒板に図を描いて説明する。
「これは鏡台でございますね、承知いたしました。――という事は、これは鏡になるのですか?」
「まあ、まだ試作ですけどね、よろしくお願いいたします」
「すご~い、見せてもらってもいいですか?」
カリナンさんとのやり取りを横で見ていた、若い女性の職人が、興味津々にガラスを手にとった。
「綺麗~」
――と掲げた瞬間。
それは、女性の手から滑り落ち、床の上で砕け散った。
「……」
「……」
親方のカリナンさんと、ガラスを割ってしまった女性が涙目になりながらペコペコ謝っている。
「申し訳ございません」
「ごめんなさい~! どうしよう……」
「大丈夫ですよ、代わりを持ってきますので、それでお願いします。割れたガラスは集めておいてください。また溶かして使いますので」
代わりのガラスを持ってきて、カリナンさんに欲しい物があるので、ちょっと相談してみる。
「カリナンさん、ここで銀箔を扱ってますか?」
「はい、ございますよ」
「よかった、それじゃ、研磨と枠の製作が終わったら、銀箔も5枚ほど欲しいのですが」
「承知いたしました、ご用意しておきますので」
「よろしくお願いいたします」
細工師の方はこれでOKだな。
やっぱり、ガラスの使い道は多いなぁ、使い道が沢山あるわ。
ガラス専用の炉やスペースを作ったほうがいいかもしれない。
「さて、ここまでやったのなら、吹きガラスもやってみるか」
まずは吹き竿を作る。
よくガラスの工房とかで、ガラスを風船のように膨らませている、長いアレだ。
細い鉄パイプを作るのは難しいので、先口を鉄、中間のパイプをティッケルト、吹き口を木で作った。
早速挑戦してみたが……。
これが難しい。
ふうううう~と吹き込むより、プッ! と勢いを付けたほうがいいんだが、その加減が難しい。
しかも、溶けたガラスが、垂れないようにクルクルと回し続けないといけない。
――と、やり始めたら色々と道具が足りない、切ったり、丸めたり、撫でたり、挟んだり……その都度、道具を作って製作を続ける。
それでも、失敗を繰り返しているうちに、それなりに形になってきた。
俺が使う物なんで、曲がってても傾いてても、なんでもいいんだよ。
都合コップ5個、薬品をいれるような小瓶5個、シャーレーみたいな皿を5枚、形はバラバラだが瓶も3本ばかしつくってみた。
とりあえず、数に根拠はない。全部テキトー。
オリジナルの物を作れるのは結構楽しい。使い道も多いし、やはりガラス専用の炉を作りたい。
――と色々やってたら。
「なんだこれは!」
また部屋から、声が聞こえる。
この声は殿下だろう。慌てて部屋へ向う。
「殿下、いらっしゃいませ。それはガラスですよ」
「ガラスなのか? 透明だぞ?」
「透明なので、部屋が凄い明るいでしょう」
驚いている殿下に、また透明ガラスの説明をする俺、何回目だろう……。
「ラジルを呼べ!」
「殿下、ラジルさんは1ヶ月ほど空きがなくて、これ以上は何も出来ないと申しておりましたよ」
「うう……ショウが色々と作り過ぎるからだ、少しは自重せい!」
「国のためと思い、色々と発明しておりますのに、自重しろとは異な仰せ……」
「うぐっ――あい解った、ガラスは後回しだ」
「承知いたしました」
ガラスは後回しと言われた殿下だが、何だか様子がおかしい。
「それより、ショウよ! 妾はアレを貰っておらぬぞ!」
「アレとは……?」
「風呂で泡がでるやつだ!」
どうやら、師匠とステラさんが、城の浴場へ石鹸を持ち込んで自慢したらしい、ホントに大人げない。
「石鹸でございますね。あれでしたら、師匠とステラさんにも作り方を教えましたので、お二方に作ってもらえばよろしいかと……」
なんだか、殿下がモジモジして、言い難そうにしている。
「……妾は、ショウが作った物が欲しいのだ……」
「ああ、申し訳ございません。殿下の心中を察しいたしませんで、そのような言葉を殿下の口から吐露させてしまうと、このショウ、汗顔のいたりでございます」
「そして、それじゃ!」
「は?」
殿下は、俺の予想外の事を言い出した。
「他の者達と話している時は楽しそうなのに、何故妾と話す時は堅苦しいのだ!」
「そう申されましても、私は真学師とは言え平民――殿下は次期国王陛下となられる身、あまりに身分が違いすぎますが」
「妾が嫌いなのか?」
「此の身は殿下に忠誠を誓った身、そのような事があろうはずがございません」
「ならば、妾の命令だ、皆と同じように接するがよい!」
「承知いたしました。それが殿下のお望みとあれば」
「妾の事はライラと呼ぶがよいぞ!」
――腰に手を当てて、踏ん反り返る殿下。
「それはちょっと……。せめてライラ様で、それも、二人でいる時限定じゃないと拙いですよ? 他の人達の目もありますし、不敬だとなんだと雑音が酷くなって、ライラ様の心労が増えますよ?」
「う……、しかし……」
「それでは、二人きりの時はライラ様で、そして、このぐらい近づいた時は、ライラとお呼びしますが、それでいかがでしょう」
俺は、殿下とヒソヒソ話をするぐらいの距離に近づいて耳打ちする。
「このぐらいの距離であれば、人に聞かれる心配もございませんでしょう」
「よし、解った、それで手を打つ!」
「それじゃライラ、工房に透明なガラスの試作品がいくつかあるけど見てみるか?」
「是非、見せてくれ!」
呼び捨てなんていいのかな? と思ってしまうが、殿下は喜んでるみたいだから、いいのか。
工房へ案内し――俺が作った、斜めなコップや曲がった瓶などのガラス細工を殿下に見せる。
「綺麗だのう……」
殿下がガラス細工を掲げて、透明度を確かめている。
「私が作ったので、斜めになったり曲がったりしてますが、この技術が公開されれば、優秀なファーレーンの職人によって、もっと素晴らしい作品が沢山生まれると思いますよ」
「あの……ショウ……」
――なんだか、殿下が言いたげにしている。
「はい? もしかして、そのコップが欲しいとか?」
「うむ!」
「そんな曲がったコップじゃなくて、職人に作らせば、もっと綺麗な物が作れますよ」
「さっきも言ったが……其方の作った物が欲しいのだ!」
「もちろん、そんなのでいいのであれば……それじゃ、こんなのもありますよ」
俺は、四角いガラスの角をカットし研磨した、クリスタルのようなガラスを殿下に見せた。
「これもガラスなのか」光が反射して、キラキラと光っている。
「そうです。まだ製法が安定してませんが、職人達が試行錯誤を重ねれば、もっと素晴らしい製品が出来るでしょう。そして、このガラスの加工品は、ファーレーンの重要産業になるでしょう」
ガラス産業といえば、元世界でも重要な産業だ。ガラスは色々と利用価値が高い。
「うむ、コレは素晴らしい物だな」
「それと、女性がみんな欲しがるって事は、この石鹸も売れますよ」
俺は、台所にあった石鹸を殿下に見せた。
「これは、女であれば欲しがるだろう。作りかたは難しいのか?」
「いいえ、魔法を使わなければ熟成に1ヶ月ほど掛かりますが、それ以外はそれほど難しくはありませんよ」
「そうか、それであれば商売に出来るな」
「一つ問題があるとすれば、この透明なガラスも石鹸も、灰を沢山使うので、灰の確保が大変になると思います」
「灰というのは、燃え残りの灰の事か?」
「そうです」
「う~む、灰を作るために、森の木々を伐採したりするのはなるべく避けねばならぬ」
「ファーレーンの豊かな森は財産ですからね」
「そうだ、帝都の周りなぞハゲ山だらけだぞ、無残という言葉に尽きる。妾はファーレーンをあのような姿にしたくない」
実際、ファーレーンの森も、殿下が年少の頃に比べると、かなり後退したらしい。
燃料にするために、ドンドン伐採されているからだ。
ファーレーンは冬になっても、気温があまり下がらないので、暖房に使う事はないのだが、普段の煮炊きや風呂を沸かしたり、鍛冶場の燃料のための木炭の原料……全部森の木々が元である。
ファーレーンがこのまま発展していけば、人口が増える。
人口が増えば、薪や木炭の消費も加速度的に増えるだろう。
せめて、石炭か石油があればいいのだが、そのような物は噂にも聞かない……。
「灰の確保にいい方法が見つかるまで、ガラスも石鹸も少量生産という事になると思いますが……」
「まあ、その方が、高く売れるわけだが!」
殿下はアハハと笑い声を上げている。
殿下は俺が作ったガラス細工を抱えて、ニコニコ喜び顔で執務に戻った。
あんなのでいいのだろうか? もう少し良いものが出来たら、再度プレゼントする事にしようと思う。
ガラスの件はしばらく保留、工作師工房の仕事が一段落つくまで無理だろう。
俺が発注した蒸留器の製造も止まってるしな。
とりあえず、殿下は石鹸が欲しいという事だったので、香料の花を摘みに出かけて、3種類ほど採取してきた。
殿下には石鹸2つ、メイドさん達には人数分ミニ石鹸をプレゼントした。
女性へのプレゼントは、全く同じ物だと嫌がるが、似たような違う物だと喜ぶ事が多いような不思議。
男にはちょっと難しい女性心理だ。
――後日。
「ショウ! ずるい! ずるい~っ!」
ステラさんが俺の工房へ凸してきた。
「はい? またなんです?」
「私にもいろんな香りの石鹸作ってよぉ!」
なんかクネクネして気持ち悪いポーズで、俺に迫ってくる。
「はい、却下です」
「え~なんでぇよぉ!」
「私の作り方見てたでしょ? 自分で作ったらいいでしょうに」
「うう~、ずるい……」
なんか、ブツブツ言って、むくれながらウロウロしてる。
可愛い子ぶってもダメです。450歳なんだから、ちっとはBBA自重しろ! とは口が裂けても言えないけどね。





