31話 鏡よ鏡
石鹸を作って――1週間ほど後。
まだポットスチルは無理だが、俺が注文した研磨が終わったガラスと加工が終わった鏡台が2つ、細工師から出来上がってきた。
う~む、これは素晴らしい――さすがプロの仕事だ。
枠には花と動物の文様が彫られており、鏡台の微妙な曲線も絶妙だ。 片方は、文様が途中から幾何学模様へ変化するような作りで、コレは変わったデザインだ。
俺が作る、素人細工とは訳が違う。 これなら王侯貴族への贈り物としても喜ばれるだろう。
ただ、俺が作る元世界ベースのデザインが、こちらの人達には新鮮に映る場合もあるようだが。
そして、一緒に運ばれてきた、薄い小箱には銀箔が入っていた。
「材料も揃ったし、先に鏡を作るか……」
研磨されたガラスの入っていた箱がちょうど良い大きさなので、こいつを利用するとしよう。
箱にガラスを入れ、その上に薄い銀箔を乗せる……と、これが難しい。
細い竹ひごを作り――そっと持ち上げて、皺になったり、気泡が入らないようにガラスの上に乗せる。
その上から水銀を垂らして、上からガラスと鉄板で押さえると、水銀が薄く広がっていく。
端まで広がったところで蓋を閉めて、箱の合わせ目をデンプンで密閉。
何故密閉するのか? ――水銀の蒸気は有毒なのだ。
そして、魔法を使って、10分で1ヶ月相当の反応を加速。
完成しているはずだが――水銀蒸気を吸わないように、念のために外へ持ち出して、そこで蓋を開けた。
残ってる水銀は、回収する。
出来上がった鏡を持ち上げると、ガラスに薄い銀色の皮膜がついている。
これは、銀と水銀が反応して出来た合金だ。
手で持っていると落としそうなので、さっさと鏡台へいれてしまおう。
ここまできて壊してしまったら、精神的なダメージがデカい。
鏡台に入れて、押さえ枠を嵌めれば完成……。
「おおっ、こいつはやっぱり綺麗だぜ。 これでヒゲ剃りも捗るってもんだ」
鏡を持つと変顔しまくって、鏡の出来を確かめてみるが、良い出来だ。
いままで鏡が無かったので、ヒゲ剃りに難儀していたのだが、それも今日でおさらばだ。
もう一枚の方も加工して、鏡台へ嵌めた。
鏡を沢山作れば、ヘリオスタットが作れるなぁ……まあ、そんな数作れっこないけど。
まてよ――空気の温度差や気圧差で、空気の屈折率が変わるから、魔法で太陽炉が作れるかもしれないな……。
今後の研究課題だな。
それは置いておいて。
よし! 早速殿下へ鏡を献上するか。
殿下は執務室にいるようなので、出来立ての鏡を持って推参したが――長旅から直帰したような旅姿のままのミズキさんと、立ち話のままなにやら話し込んでいた。
「あ、ミズキさん、こんにちは。 しばらく、見かけなかった気がしましたが……」
殿下は立ち話を止めて、執務室の椅子に座り治すと、脚を組んだ。
「ショウか、ミズキには帝都の様子を見に行ってもらっていたのだ」
「帝都ですか? どんな感じなのでしょう? 何か不穏な動きとか?」
ミズキさんが、表情を曇らせて話し出す。
「あまり芳しくはありません……慢性的な食料不足で、治安も悪化しております」
「やはりな……人が多すぎるのだ。 民を支えるだけの農地も、何もかも足らん」
帝都の人口は100万を超えるらしい。 ファーレーンに比べたら大都市だ。
ファーレーンの人口が増えているとはいえ10数万人、周辺領土を入れても15万もいないだろう。
「皇室も何か手を打とうとはしているようなのですが、決定打に欠けるようです」
「いくら『純血の巫女』 の力が強大でも、帝国人民全員に食わせるだけの畑に花を咲かせることは出来んからな」
「純血の巫女ですか?」
「なんだ知らんのか? ショウはとんでもない事を知っておるのに、一般常識に欠けるようだな」
「まあ、私は辺境生まれの山猿ですので」
――などと、笑って誤魔化していると、殿下が巫女の説明をし始めた。
「純血の巫女というのは、遥かな神話の時代から綿々と血を繋いでおるという一族だ。 それが、嘘か真か知らんが、未だに強大な力を以って帝国を束ねているのは確かだ」
「はぁ、そいつは凄いですねぇ……」
帝国の正式名称はカミヨ大帝国というのだが、カミヨというのが日本語なのかはちょっと不明。
しかし、この世界の神様は太陽神――アマテラスというらしい。
アマテラスといえば、天照じゃん。 やはり日本と関わりがあるのか、単なる偶然なのか……。
そのアマテラスは、アマノウキフネという空飛ぶ船で、この地に生命を齎したという。
どう聞いても日本神話モドキです、どうもありがとうござました。
太陽が神様って事で、空からいつも我々を見ている――悪いことは出来ない。
そのような信仰があるせいか、この世界の治安はそれほど悪くはなく、モラルもそれなりにある。
そりゃ、法治国家の日本と比べる事は出来ないのだが――そもそも警察すら無いし、治安維持しているのは軍隊だ。
どうしてもヤバイ事案には真学師が出るようだし。
この世界が、地球以外の星なのか、それとも並行世界なのか、それともどこかの異次元なのか、全くもって不明だが――今のところ確かめる術もない。
ミズキさんが、殿下に報告を終わって、部屋から出て行った。
「それで、ショウの用事はなんなのだ?」
「あ、そうそう。 コレが出来たんですよ」
そういって、出来立ての鏡台を殿下へ渡す。
「む! おおっ、おおおおおっ、むっ! むう……」
机の上へ鏡台を置いて、俺と同じように変顔をしたり、モデルのようなポーズを作ったりして鏡台と睨めっこをしている。
そんな事していて、喜んでいるのかと思いきや、段々殿下の表情が曇ってきた。
「ショウよ、これは鏡であるな? しかもこんな鮮やかに写る鏡は見たことがない……」
「その通り、鏡ですが、それが何か……?」
「妾は……、ちょっと変ではないか?」
「変? いつの通りのお美しさだと思いますけど」
「そうか……いつも見ている鏡と余りに違うので、妾はホントにこんな顔なのかちょっと不安なのだが」
「いえ、ご心配なさらずとも、いつもと同じですよ。 多分、いままで使っていた鏡が歪んでいたのでしょう」
俺は、机の上の鏡台を取ると、俺の顔を鏡に写して鏡像と並ぶようにしてみせた。
「こうすると、まるで双子の如く、そっくりでしょう? それだけ、綺麗な鏡面なんですよ」
これは、鏡を見たことが無い人に鏡をみせると、パニックになるかもしれないなぁ。
しかし、殿下の顔が変じゃないかと言われると、城下町の女達はイモか野菜という事になってしまうだろうに。
「なるほど、あい解った。 ちょっと面食らってしまってな、驚いたのだ」
そう言って、殿下はまた鏡の前でポーズを作ったりし始めた。
「まるで、自分がもう一人いるようだの。 鏡の中の世界へ入っていけそうだ。 ショウよ、そういう魔法はないのか?」
「それは、魔法でも無理でしょう」
――俺は笑って答えるが、そんな魔法ないよね?
ファンタジーだと、鏡が別の世界に繋がってたりとか、そんな魔法があったりするが。
「それは残念だ。 鏡台の造作はカリナンだな」
「その通りです。 私のような素人細工とは訳が違いますね。 さすがに専門の職人技です」
「妾は、ショウの奇抜な造作も好きなのだが……」
「それは光栄の至りですが、さすがに私の素人細工を、その技物と並べるのは恥ずかしいですよ」
どうやら、殿下は鏡台のデザインも俺がやって欲しかったようだが、俺はあまりデザインセンスは無いからなぁ……。
「その鏡は、売り出せば女性の必需品になりますよ」
「うむ、これは欲しがる者も多いだろう。 だが、妾もラジルから報告を受けたが、仕事が詰まっているようで、しばらくは無理だの」
「鏡とガラスの製法は、今のところ私しか知りませんので、外に漏れる心配はありませんが」
「そうか、まあ暫し待て」
「承知いたしました」
帰ろうとすると、殿下から呼び止められた。 どうやら、石鹸の話のようだ。
「それより、ショウから貰った石鹸とやらに欠点があるぞ」
「欠点ですか? なんでしょう?」
「身体は良いのだが、髪の毛を洗ったらゴワゴワになってしまったのだ」
「ああ、石鹸で髪の毛を洗っては、そうなりますね。 私は気にしないのですが、女性はそうもいきませんか」
「そうだ、なんとかするがよい!」
「う~ん、承知いたしました。 何か考えましょう」
石鹸の後のゴワゴワを取るのは、やっぱりリンスかね。
石鹸のアルカリで傷んでるのかもしれないんで、酸で中和すれば良いのかな?
――などと考えつつ、自分の工房へ帰ってきた。
献上した鏡だが、もっと喜んでくれるかと思いきや――鏡を見たショックか、なんだか反応が微妙だったな。
そんなに自分の顔が変に見えたのだろうか?
鏡に向かって、問いかけてるとゲシュタルト崩壊を起こすとか聞くけど、そんな感じになったのかな?
まあ、そのうちに慣れて、愛用してくださるだろう。
なにせ、女性のお洒落に鏡は必需品だからな。
持ち運び用に小型の鏡を自分で磨いて、もう一つ作った。
出先でも鏡があると便利なはずだ。
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さて、後は何を作ろう……。
ガラス、ガラス……電球? 電気がねぇっての。
明かり……ランプを作るか。
ガラスでランプシェードを作って、灯油ランプが良いかもな。
灯油ランプなら、曾祖父さんの納屋に昔のランプがあったので、構造はだいたい解ってる。
親父にせがんで灯してもらったり、北海道の地震で停電した時にも使った事もある。
この世界の灯油の明かりは、行灯のような油に芯を浸したような単純な物だからな。
ランプがあれば、ロウソクよりはかなり夜の部屋が明るくなるだろう。
灯油といっても、日本で売ってるような原油から作られた灯油ではない。
昔の日本では鯨油が使われていたみたいだけど、この世界には鯨もいない。
そのかわりに、海のモンスターと言われる海獣が海にいるので、海獣油が灯油に利用されている。
海獣猟が行われているのは、ファーレーンの隣都市ファルキシムの遥か南方、アルスダットという所で行われていて、海獣油もそこから輸入されている。
ファーレーンからファルキシムまで南へ約50km、ファルキシムからアルスダットまでさらに南へ約400km。
アルスダットは、海流のせいもあるのか、かなり暖かく熱帯に近いという。
人口は2万ほどの小さい都市だ。
元世界だと、台湾ぐらいの気候であろうか。
漁業が盛んだが、さすがにこの世界の流通では、450kmの彼方から生魚を持ってくるのは不可能だ。
魔法で凍らせながら運んでくれば可能だろうが、お大尽の成り金遊びではない限りそんな事をするやつはいない。
さて、次の製作物が決まったので、早速ガラスを加熱してランプシェード&ランプを作る作業を始めた。
別に鉄を使う必要はないので、加工し易い真鍮板でつくり、パーツの接続には錫と鉛の合金――つまりハンダを使った。
灯油は城の資材置き場にあるので、一壷ゲット。
城下町で買うと、一壷(2Lぐらい)小四角銀貨2枚(1万円)ほどするらしい。
普通の家庭で使うにはちょっと高い値段だ。
灯油ランプの構造は、一番下の油層、芯を長さを調整するネジ構造、ランプシェード、ランプ笠――そして油層とランプシェードと笠を繋ぐフレームといった感じだ。
芯に灯が灯ると上昇気流が生れて、ランプシェードの下から新気が入り込み、さらに勢いよく燃えるという仕組みになっている。
これが上手くいったら、加圧式の灯油バーナーも作ってみたいね。
灯油バーナーがあれば、ちょっと炙ってみたい時とか便利そうだ。
魔法でも良いのだが、魔法を使うとそれなりに疲れるからなぁ、道具で済むなら道具の方が良い。
例えば、バーナーで炙りながら、足りない火力は魔法で補うとかいう、道具+魔法というコンビ技も使えるし。
それほど、難しい構造ではないので、ちょっと形はアレだが、灯油ランプがとりあえず完成。
早速、油層に灯油を入れて、芯を伸ばして魔法で点火してみた。
柔らかい火が灯ったのを確認して、芯をさらに伸ばすと、ボボボボ~と黒い煤が舞い上がる。
煤が出るか、出ないか~辺りが一番明るい芯の位置だ。 しかし、日本で売ってた灯油より煤が多いなぁ……ランプの上が真っ黒になるわ。
燃える臭いもちょっと独特だが、嫌な臭いではないな。 魚臭いと言えば、そうかもしれない。
「しかしこれは、懐かしい明るさだな」
やはり、火というのは、不思議な魅力がある。 太古の昔からの本能に訴え掛ける何かがあるのだろうか。
俺は、ガキの頃見た灯油ランプと同じ明るさを灯してゆらゆらと輝くランプをしばらく眺めていた。





