112話 帝国で真理を探求する者(変態)
カレーに使う香辛料を探しに、ファルタスの森へやって来たのだが、そこでばったりと遭遇してしまった、違法伐採の現場。
そこで違法伐採をしていたのは、こともあろうか帝国の公爵夫人だという。
こいつが、リンが帰った帝国公爵領で改革の足を引っ張る悪玉の元締めなのだろう。
違法伐採を押さえられた公爵夫人は、それを咎めたミルーナと言い争いになり、不利と見るや攻撃に転じてきた。
後先を全く考えてないような、信じられない行為だ。
目の前にいる悪女の命令で、帝国の騎士が3人――剣を振りかざして、こちらへ突進してきたのだが……。
襲ってきた3人が同時に吹き飛んだ。
え?!
後ろを見ると、今まで見たことがないようなドヤ顔の師匠。
師匠がやったのか……しかし、どうやって?
2箇所でも、かなり難しいのに3箇所同時――並行詠唱みたいな技術があるんだろうか?
「うわぁぁ! 本物の真学師だ!」 「こ、殺される!」
魔法の恐ろしさを見せつけられた帝国の騎士達は、主を置いてバラバラと逃走を始めてしまう。
それを見た獣人達も、危険を察知したのか茂みの中に隠れてしまったのだが――この獣人達は、家族を人質に取られているという話だったから、このまま逃げる事はないと思われる。
公爵領へ逃げ帰っても、主を放置して遁走したんじゃ、罰を受ける可能性が高い。
「戻れ! 妾を置いて逃げるつもりか! その首を刎ねてやるぞ!」
いくら、大声を出しても誰も振り返りもしない。
逃げ出した騎士達には、忠誠心の欠片もないようだ。
まあ、主がこれじゃなぁ……。
俺は、ヒステリーを起こして、拳を振り上げる公爵夫人を見ながら――そして、俺が手に掛けた公爵閣下を思い出し、何やら複雑な思いに囚われる。
同じ王侯貴族でも、ファルタスの国王、王妃と格が違い過ぎる。
帝国の貴族でも古参の名家と誉れ高き公爵領は人口5万とも言われ、下手な小国などより大きいのだが……。
「おのれぇ! 揃いも揃いおって! こうなったのも、全てあの平民の女と妾腹の小娘のせいじゃ! 公爵様が、あのような下賤を側室などにせねば――」
この女の言っているのは、リンと彼女の母親の事だろう。
なんでも、人のせいか――こういう奴いるよなぁ。
そんな事考えていると、女の目の前に光が走った――が、それはピンク色の欠片に破砕されて、辺りに飛び散った。
「ひっ!」
公爵夫人を狙った魔法は師匠の物だろう。 自分を狙った魔法に肝を冷やしたのか、彼女は後退りをしてスカートの裾を脚に絡ませ、尻もちをついた。
「なに!?」
俺は師匠の魔法が弾かれた事に驚いた。 まさか、あの女が弾いたわけではないだろう。 魔導師がいるのか――?
公爵夫人は立ち上がると、白く豪華絢爛の馬車の扉を叩き始めた。
「出てきやれ! 其方、いつまで高みの見物を、決め込むつもりじゃ!」
「やれやれ……。 騒々しくて、読書も満足に出来ませんよ」
馬車から降りて来たのは、長身の若い男。
ブラウンで背中まで伸びる長髪に中々のマスク。 暗色上下の服に草色のマントのような物を羽織っている。
そして、首から金糸で刺繍された帯を垂らしているのだが――問題は服装ではない。
胸に煌めく、金色のプレート――こいつは真学師だ。
「くそ!」
厄介な奴が出てきたぜ。 よりによって、帝国の真学師とは……などと身構えていると、師匠が俺の後ろに隠れた。
「ファルゴーレです」
ファルゴーレ? それが、奴の名前か。
「懐かしい魔法を見たと思ったら、ルビアさんじゃありませんか」
「師匠、知り合いですか?」
「し、知ってはいますが」
何やら、師匠の様子がおかしい。 こいつが苦手なのか?
「ルビアさん、久しぶりに再会したのですから、そんな無粋なローブを脱いでは下さいませんか?」
「嫌」
「師匠は嫌だとよ」
「貴方は――ファーレーンの悪魔さんですね? 初めてお目にかかります」
なんだ、意外と礼儀正しいじゃん? 師匠はなんで?
「ファーレーンの真学師ショウだ。 よろしくな。 もっとも、帝国じゃ俺は、見習いらしいけどな」
「ははは! 真理の探究に、こんな金の板は何の価値もありませんよ。 ドラゴンを屠るような者を、板が無いだけで見習いなどと括ってしまう奴等がおかしいのです」
ふむ、凄いまともだ。
「ショウさんからも彼女に頼んでくださいませんか? そのローブを脱ぎ、その素晴らしい身体を私の前に晒してくださるようにと!」
「は?」
なんだか、いきなり怪しくなったぞ。 師匠は、俺の後ろでモジモジしながら、必死に隠れている。
「女神の素晴らしい胸は、全人類の至高の宝。 全人類で誉れ讃え、その存在を崇拝すべきではないでしょうか?」
うむ! その通り――って思わず言いそうになったわ!
あちゃ~、解った。 見れば、公爵夫人の胸もデカイ。 こいつはただの変態で、しかもオッパイセイジンか。
「断る」
「なんですと! そんな人類の宝を、独り占めなどと、無粋! 余りに無粋!」
なんか、手を広げながら、クルクルと回り、なにやら訳わからん演説をしているのだが――なんだこいつは。
「おい、そんな事より、やるのか? やらないのか?」
「ふう、仕方ありませんねぇ。 争い事は性に合わないのですが……しかし、相手が真学師2人では、私でも中々きつそうですねぇ」
「3人ですわよ」
ミルーナの頭上に輝く光のリングから、光の矢が創りだされ帝国の変態に向かって射出された。
しかし、その男は軽々と、ミルーナの放った魔法矢を弾き飛ばしたのだ。
こりゃヤバイぜ。 こいつは変態だが、間違いなく師匠、ステラさんクラスだ。
「ほう! これはステラ様の――やはり、噂は本当でしたか」
こいつの言ってる噂というのは、ミルーナがステラさんの弟子で、正式ではないが真学師だという話だろう。
ミルーナがステラさんの弟子だって話は、彼女の家族と、俺達の仲間内でしか知らない事だ。
「公爵夫人、さすがに私でも真学師を3人相手にするのは、厳しいのですが?」
「なんじゃと! 其方に幾ら払っていると思うておる!」
男は、余裕なのか――戦闘の最中だというのに、公爵夫人の方を向き、何やら話し込んでいる。
――チャンス!
俺は、手探りでカバンからフラッシュバンを探し出すと、ファルゴーレという敵の真学師に投げつけた。
奴は、見たこともない攻撃に一瞬躊躇したが、防御魔法を選択したようだ。
だが、俺が投げつけたのは、マグネシウムから作った新型のフラッシュバン――敵の真学師が創りだした防御魔法に引っ掛かると、激しい閃光を放った。
ステラさんとの特訓、そしてドラゴン戦――その経験則から、目潰しを食らわせて、集中力を乱せば防御魔法は砕け散る。
俺は、重量軽減の魔法を使うと、一気に間合いを詰めると、ピンク色に断片化された魔法の破片をくぐり抜け、男の喉に脇差しを突きつけた。
「おっと、今の光は魔法ではないのですね。 真学師である私を殺せば、後々面倒な事になりますよ?」
男は、両手を低く上げ、一見降参のポーズをしているのだが――そう、真学師は国家間でも最重要人物なので、殺してしまうと色々とヤバイ。
真学師もそれを解っているので、危なくなると早々に降伏して、次の所へ行く。
俺なんて、帝国に命狙われまくっているんだが、俺の場合は見習い扱いだからという事もある。
殺してしまっても、見習いだから良いじゃん! という、理屈だ。
戦闘の最中だが、後ろの師匠をチラ見すると――やはり、殺しちゃダメ! って顔をしている。
その隙をついて、男が後ろに飛んで、間合いを離した。
「ふう、ファーレーンの悪魔は剣術を使うという噂も本当だったんですね。 しかも、カミヨ剣術じゃないですか」
男は、俺と話しながら、衣服の乱れを直している。
「よく見ただけで判るな」
「私は、皇室に近い所にもいましたからねぇ」
さて、このまま戦うとしても相手が相手だ。 そもそも、奴もあまり戦う意思は無いように思える。
言いくるめて、何とか出来ないか……?
う~む。
「つかぬ事を聞くが――お前、オッパイセイジンか?」
「む! そのエルフ語知っているとは……やはり只者ではありませんね」
「やはりか。 お前は、俺の師匠の胸にご執心のようだが、俺の所には師匠よりデカい胸を持つダークエルフがいるぞ」
「な、なんですと! ……そういえば、聞きましたよ。 ファーレーン側の同盟国会議に、ライラ妃殿下がエルフとダークエルフを連れていたと――」
「そう、そのダークエルフだ」
「あなた、ズルいじゃないですか! ルビアさんだけではなく、ダークエルフまで独り占めなんて! こんな、悪行が許されていいのだろうか! 人類の至宝を独占する大罪に他ならない。 まさしく、悪魔の所業!」
だって、悪魔だし。 なんか、どうでも良い事を力説しているが、もうひと押しかな。
「ふふふ、それだけじゃないぞ。 人里離れたダークエルフの隠れ里には、美女がメニーメニー、オッパイプルンプルンだ」
「お、オッパイプルンプルン……」
何だか、ファルゴーレというその男が、眼を見開いたまま、そのまま固まってしまったのだが――。
「おーい、どうした?」
固まっていた、男がいきなり大声を上げた。
「キタ――! そのオッパイプルンプルンという物が、何語で何を表しているかは解りませんが、絶対に素晴らしい物だと確信いたしました。 私の魂がそう呟いています。 間違いありません。 それはまさしく、私が追い求めていたものだと!」
「それで、どうする?」
「今私は、天啓を受けました。 そのオッパイプルンプルンの為にファーレーンへ行くことにしましょう。 そのためには、どんな苦難も果てしない道も、全てアマテラス様の思し召しです」
「帝国の真学師が信心深いとは思わなかったな」
「まさか。 一応、そう言っておかないと色々と面倒な物でねぇ。 貴方は信じているのですか?」
「悪魔が神様信じるわけないだろう」
「そりゃ、そうですね。 というわけで公爵夫人、私はファーレーンに行くことにしました」
ファルゴーレは、笑いながら公爵夫人へ、転職届けを突きつけた。
「何がというわけでじゃ! 其方裏切るつもりか?!」
彼女が激昂するのも無理もない。 あんなアホな会話で、勝負が決まってしまうなんて。
見れば、師匠もミルーナも呆れ返った顔をしている。
「公爵夫人、どう考えても、貴方様の企みは無理筋でございますよ。 血筋でもないのに公爵領を継ぎたいなんて、どう考えても不可能です」
「おのれ、金だけ取っておきながら!」
「いやぁ、ちゃんと給金分は働きましたよ」
「公爵領に来たのは、最近なのか?」
一応、聞いてみた。 こいつが、余りに悪事に加担していると、ファーレーンへ連れていく事は出来ないからな。
「ふう、ほんの数ヶ月前なのですよ。 正統な後継者であるリン様が戻られて、公爵領を取られてしまうから、どうにかならないか? と言われましてねぇ」
「そりゃ、無理難題吹っかけられたな」
「本当にもう、勘弁してもらいたいですねぇ。 いくら真学師といわれても、出来ないこともありますからねぇ」
奴は、オデコに手を当て、ヤレヤレというポーズをして、頭を振った。
「おのれ! 真学師などを、信用した妾が愚かだったわ!」
公爵夫人は、馬車に積んであった彼女の荷物をかき回すと、一本の短剣を探し出し、そして構えた。
――どう見ても、剣術の訓練など、したことがない素人の構えだ。
「こうなれば、公爵様のために悪魔に一太刀なりと――!」
女は、腰に短剣を構えると、俺に向かって体当たりをしてきた。
非力な女が攻撃をするとなると、こういう攻撃しかない。 非力故、短剣を振ることすらままならないからだ。
――俺は、身体を左に開くと女の突進を捌き、下から切り上げた。
だが、無意識だった。 女の攻撃に、勝手に身体が反応して、無意識にやってしまったのだ。
「あ」
俺は、思わず声を出してしまい、切っ先に残る残心を感じながら少々後悔した――だが、やっちまった物は仕方ない。
人間の腹圧ってのは、結構高い。 ビニールの袋の中に水が入っているような物だ。
その袋が破れるとどうなるか? 当然、中身が溢れる。
公爵夫人の白いドレスに真紅の線が走ると、裂け目から臓物が溢れ落ちた。
「ひ!」
女が思わず、短い叫び声を上げる。
腹を切られても、中身が出ても、すぐに死ぬことは無い。
元世界、俺の地元の隣村で割腹自殺した奴がいたんだが、死ぬことは無かった。
死にきれず、中身を全部ドロの中にぶちまけても、救急車で運ばれて、臓物を洗浄――元通りに押し込めれば、助かってしまったのだ。
無論、そのまま放置すれば、出血多量でのたうち回りながら、死ぬだろうが。
そのために、切腹には介錯が付くのである。
「あはは! 妾の物じゃ! みんな妾の物じゃ! 誰にも渡さぬ!」
自分のハラワタをかき集める、公爵夫人の横に立つと、彼女の顔に浮かぶのは狂気――。
俺は、脇差しを振り上げると、女の首筋目掛け一閃させた――。
女の狂気に歪む顔を見て、フラッシュバックが起きた。
――俺の実家の近くに、知り合いの爺さんがやっている小さい店があった。
その爺さんは、子供達に習い事を教えたりして、それなりの有名人だったのだが、過疎化が進み、子供達の影も消え、店を閉める事になった。
村人の意見は――悪く言う人もおらず、まあしょうがないよなぁ、という感じだったのだが。
それから数年後、ある出来事が爺さんを変えてしまう。 爺さん、なんと宝くじに当たったのだ。
聞いた話によると、ウン千万円だと言うのだが、その金で豪邸――田舎だから数千万でも豪邸が建つ――を建ててから、爺さんの態度が一変した。
誰にも挨拶もしなくなり、全て無視。 横柄な態度が目立つようになり村人との付き合いを避けるようになる。
爺さんに訪れたこの世の春――のはずだったのだが、その1年後に爺さんが倒れ、救急車で運ばれた先でそのまま入院。
聞けば末期のガンだと言う。
知らぬ仲でも無かったので、一応見舞いに行ったのだが――そこで聞こえてきたのは、廊下まで響く爺さんの絶叫。
「死にたくねぇ! 死にたくねぇぇ! 俺は、あの金で、俺を馬鹿にした奴等を見返してやるんだぁ!」
さすがに、それを聞いてから病室に入る気も無くして、外にいた爺さんの息子に見舞いを渡し、そこから爺さんをチラ見したのだが――それはまさに、狂気の形相。
それから、爺さんが死ぬまでの数ヶ月間、ずっと絶叫しっぱなしで、死に顔も凄まじい悪相だったと言う。
葬式にも出たのだが、爺さんの息子と娘の疲れ果ててゲッソリとした顔が、今も脳裏に残っている。
その爺さんの形相と、公爵夫人の死に顔がダブる。
――こうはなりたくない。 というのが、俺の正直な感想である。
「お見事!」
能天気な、ファルゴーレの声で、俺はハッとなった。
「あまり、褒められても嬉しくはないな」
ファルゴーレの声に複雑な心境のまま、元公爵夫人だった物から追い剥ぎをする。 もう、こいつには必要の無い物だろう。
最後に彼女が構えていた短剣を拾い、指輪を抜き取るために乾燥の魔法を使う。
「ほう、指輪を抜き取るために、そんな魔法を使うとは」
「お前は、追い剥ぎはやった事がないのか?」
「やりませんよ。 そんな野蛮な事」
ティアラを盗り、そして首の豪華な首飾りをゲット――金の首飾りで、大きなダイヤと赤い石が付いている。
「これだけで、幾らするんだ?」
俺は、ブツブツ言いながら、公爵夫人の荷物を漁り始めたのだが、ファルゴーレが口を挟んできた。
「ああ、青い袋に入っているのは、私のですから取らないでくださいよ」
「解った」
残りの荷物は、全部服だった。 こんな森の中まで、服を持ち込んだりして、何を考えているのやら……。
馬車の中に入ると、上に宝飾の入った剣が飾られていたので、その剣をとり、鞘から引き抜いて中身を確認する。
「ちゃんと、焼きが入った鋼の剣なんだろうな」
指を刃に当てて、確かめてみたのだが、本物の剣のようだ。
「こんなところか……」
最後に公爵夫人の持ち物と思われる、デカい宝飾箱をゲットして、物色は終了。
この宝飾箱、重いんだが……中身は多分、金貨だろうな。
馬車から、出てきた俺を見て、ミルーナが声を掛けてきた。
「終わりましたか?」
「ああ」
それを聞くと、ミルーナが頭の上で、指をクルクルと回した。
――すると、何処からともなく集まってくる、黒い装備を着込んだ男達。 風体だけみると、忍者みたいだが……。
「やっと追いついたようですね」
「は! 王女殿下の移動速度があまりに速くて、難儀いたしました」
ミルーナはその黒装束の男達に指示を出し始めた。
「死体を始末なさい。 証拠を残さず。 馬車も荷物も痕跡を残さぬよう」
「承知いたしました。 王女殿下、随分と大物を仕留められましたな」
「ほほ、私じゃありませんよ」
そう言って、彼女は俺の方へ掌を向ける。
「まあ、何かあったら、全部俺のせいって事にしておけば良いよ」
「そうさせて、頂きます」
「さて、帰るか……と言いたいところだが、ファルタスへ報告してからじゃないと、帰れなくなったなぁ。 奴等の事もあるし」
師匠も同意見のようで、彼女と話していると茂みから獣人達が出てきた。
「あっし達は、どうすれば……」
「とりあえず、ファルタスへ来てくれ。 ここはファルタスだ。 俺達が勝手に色々と決める事は出来ないからな。 王都まで付いてこられるか?」
「はぁ……大丈夫ですが。 何卒、お慈悲を……」
「心配するな。 王女様も見ていらしたし、陛下も王妃様も解ってくださる。 俺も口添えさせて頂くしな」
ミルーナも黙って頷いている。
「ありがとうごぜぇます!」
獣人達が、毛むくじゃらの手で俺の手を握る。
「おいおい、それは、全て解決してからだぞ。 お前等の家族も助けないとイカン」
「全て真学師様にお任せいたしやす……」
尻尾を垂らし、しょんぼり顔の獣人達。 そりゃ、家族が心配だろう。
しかし、どうするか? とりあえず、王都に行って、陛下か王妃様にお話ししてからだな。
戦利品を担ぎ、重量軽減で加速しながら、蒸気自動車まで戻る――ファルゴーレも、当然このぐらいは当然の如くやってのけるので、心配要らないのだが。
俺達の魔法と同じぐらいのスピードで走れるはずの獣人達のスピードがイマイチだ。
「お前等、腹が減っているんじゃないのか?」
「はぁ……面目ねぇです」
「別に、お前等のせいじゃないさ。 お前等は被害者だしな」
ミルーナに話を聞くと、帝国貴族が中之島へ渡航するのに利用している港に、食堂があると言う。
「そこで、飯を食わしてやるから、そこまで頑張れ」
「解りやした」
獣人達の数を改めて数えると、30人だな。
蒸気自動車の場所に戻ってきたが、弄られた形跡は無いので、師匠とミルーナのダブル結界を解除してもらう。
「ほうほうほう! これが噂に聞く、ファーレーンの馬無しの車ですか」
ファルゴーレが、興味深そうに、蒸気自動車を隅々まで観察している。
「そうだ。 今、魔法でお湯を沸かすから、待っててくれ」
「お湯を沸かすとどうなるんですか?」
「蒸気がでるだろ? それを部屋に引き込む――と、どうなる?」
「どうもなりませんねぇ」
「だが、部屋の壁が一枚だけ動くようになっていたら――?」
「壁を蒸気が押して動かすでしょう」
「そう、その壁がこの部分で、この棒と回転軸で往復運動を回転運動に変換しているわけだ」
俺が、お湯を沸かす間に、簡単だが蒸気機関の説明をファルゴーレにしてみる。
「……」
なんだか、奴が固まったように動かなくなった。
「どうした?」
「キタ――! 来た来た! 来ましたよ。 私の頭の中に稲妻がぁ!」
「真学師なら、理を1回聞けば、解るだろ?」
なんだか、ファルゴーレは来た来た! 言いながら、ぴょんぴょん跳ねながら蒸気自動車の回りを回っている。
う~ん、変な奴だ。 こんな変な奴が揃っている真学師の中で、俺が変と言われるのは、解せんなぁ……。
お湯が沸いたので、車を走らせて、一番近い港へ向かう。
ここは、中之島へ向かう船便で賑わったという話なのだが、それがすっかりと寂れてしまっている。
理由は、帝国の景気が悪くなったのと、帝国の金貨の質が悪化して貨幣価値が落ちたせいだ。
いままで、金貨10枚だった物が、金貨20枚~25枚というように値上がりしてしまっている。
そりゃ、金貨に金が半分程度しか含まれていないんじゃ、それも仕方がない。
ファーレーン金貨と帝国金貨の公式なレートは、2:1になっているのだが、足元を見られた挙句、それ以上取られてしまう事が多いようだ。
港に到着した頃、湖畔は夕日に真っ赤に染まっていた。
湖畔の料理屋で獣人達と一緒に飯を食ったが、余程腹が減っていたのだろう――飲むわ食うわで、代金は金貨1枚と銀貨2枚(30万円)になった。
公爵夫人からぶんどった宝飾箱に金貨が入っていたので、そいつで――おあいそしようとしたら、店主に難色を示され、結局帝国金貨4枚を支払う事に。
「帝国金貨の嫌われっぷりが凄いな」
思わず笑ってしまうが、こりゃ面倒だな。
ファルゴーレも苦笑いをしているが、こりゃ、早めに両替した方が良いな……。
ミルーナの話では、御用聞の両替商なら公式レートで両替してくれると言うので、残りは両替商へ持ち込むか。
今日中にファルタスの王都に着かねばならないので、暗い中を先を急ぐが、この蒸気自動車は暗闇を走るようには作っていない。
一応、魔石ライトの前照灯もあるが、懐中電灯みたいな物だし、ちょっと先はもう見えない。
魔石ライトを見た、ファルゴーレが俺に話しかけてくる。
「これは、私も買って分解してみましたよ。 こんな理は見たことがありませんでしたね」
「分解して、何か解ったのか?」
「水晶ガラスの中に炭が入ってますが、中に空気が入っていると燃え尽きてしまうので、中の空気を抜いてあるのですね?」
「ご明察」
さすが、上位の真学師だ。 物を見せると、その理をすぐに看破してしまう。
話をしながら車を走らせるが――さすがに暗くて、トロトロとしか走らせられない。
あまり明るくすると、ここら辺にも当然の如く生息している、突撃虫が寄ってくるしな。
なお、普通の街道では、夜間走行は危険と隣合わせだが、幸いここら辺には魔物や野盗もいないし、道は安全だということだ。
歩みの遅い車に思い悩んでいたら、良い事を思いついた。
夜目の利く獣人の背中に魔石ライトを付けて先導させ――その後を付いていけば良い。
早速試すが――。
「うひょ~! 怖えぇぇぇぇ!」
こりゃ、怖い。 それでも、時速30kmぐらいは出せるが――まるで、奈落の底へ車を走らせているような恐怖。
元世界の地元にいた時に、遊びでヘッドライトを切った車で走らせた事があったが、その時の記憶が蘇る。
暗闇で眼が慣れて、月明かりがあれば、なんとか走れる物なのだが、もちろんスピードは出せない。
そんなしょうもない記憶を反芻していると、車に並走している獣人達が話しかけてくるが、月明かりに反射する、彼等の眼だけが光っている。
「真学師様、こいつは馬無しで走るんですか?」
「まあ、魔法みたいな物で動いていると思ってくれ」
「馬みたいに、疲れたりしないんでございましょ?」
「そりゃ、機械だからな」
俺は笑って答えるが、獣人達はしきりに感心している。
そんな話をしてる間に、車の行く手には、月明かりに照らされた王都が見えてきた。





