102話 ドラゴンの骸に集まる人々
お城の堀に嵌ったまま巨大な骸を晒す、ドラゴンを引き上げることになった。
作業を見物している城下町の住民達から、ヤンヤの歓声を上がる。
騎士団が作業の邪魔にならないように、押し戻してはいるが、凄い人出だ。
黒山の人だかり――いや、日本人じゃないので、頭は黒くないから、黒山というのは不適切な表現か……。
引き上げるために、獣人達にお堀に潜ってもらったり、ロープを掛けたりしているうちに、日も傾いて来てしまった。
もう、時間が無いため、作業を急ぐ。
俺と、師匠、ステラさん、そしてミルーナでドラゴンの屍に重量軽減の魔法を掛け、引き上げる事になった。
4人で魔法を使えば、この山のような図体でも動かす事が出来るはず。
ニニの掛け声に合わせて、獣人達の力を合わせると、水没している巨躯が姿を現し、お堀の水が溢れる。
長い首も死体になると、ぐにゃぐにゃのホースみたいなもんだな。
ドラゴンの骸が全て水から上がると、お堀に異変が起きた。
底に穴が開いたようで、渦を巻きながら水が落ち込んでいく。
そう、俺が腕輪を拾った、あの地下室辺だ。
「どうしたのだ?」
殿下がお堀を覗きこんでいる間に、水の落ち込みは止まった。
「どうやら、地下に空間があったようですが――おそらく、ドラゴンが落下した衝撃で底が抜けたのでしょう」
「ああ、この城が建てられた以前にあった構造物だろう。 埋め戻してない部屋が存在していると聞いた事ある」
なるほど、あの部屋はこの城が建立される前の物だったのか。
それじゃ、俺が拾ったこの腕輪は一体、どのぐらい昔からあそこにあったんだろう……?
しかし、ナナミの話によると、この腕輪を造ったのは、ゼロだと言っていたぞ?
ステラさんの話でも、ゼロの名前は千年単位昔から出てくると言うし……。
ナナミは、スペースシャトルの事も知っていたし――。
――ということは、俺がいた近い時代から転移してきているはずなのだが……。
いや、その数千年前に転移してきたのはゼロで、その知識だけがナナミ達自動人形にインプットされているだけなのか。
ここら辺の事をナナミに聞いても――。
「お答え出来ません」
――で、終了なのだが。
一体どういう事なのか、全然解らん。
最後に、引き上げた骸に、皆で冷却の魔法を掛けて、今日の作業は終了。
肉を冷蔵庫に入れると、外側から温度が下がり最後に中心が冷えるのだが――魔法で冷却すると、内も外も満遍なく冷える。
電子レンジで加熱すると、物体の水分を振動させて加熱するため全体的に温まる。 それと同様に、魔法で分子の動きを抑制するため、丁度電子レンジと逆の作用が起きる。
正直、無理してでも、ドラゴンの内臓は抜きたいところなのだが、重量軽減と冷却の簡単な魔法を使っただけで、もう皆の魔法は打ち止め。
ステラさんも、コンビニの前でたむろするヤ○キーの如くウ○コ座りでへたり込んでしまった。
暗闇の中で作業をするとなると、巨大な作業スペースを照らすだけの明かりも用意しなければならない。
そして、夜間に煌々と照明を灯すと、虫が寄ってきてしまう。
崩れた西の塔から蛍石を運んでくれば、なんとかなりそうだが……。
ドラゴンの体内に猛毒の燃料が残っている可能性もあるし、暗い中での作業には危険が伴う。
実際に、数百年前にドラゴンの死体を解体した際に、犠牲者が出たと言うしな。
危険を冒して、無理に作業をするよりは、万全を期して明日の朝から作業をすることに決まった。
「しかし、改めてみると巨大だな……」
銀色の髪を揺らし、私服姿のフェイフェイがぽつりと漏らす。
「全くだな。 よく勝てたよ。 勝負は時の運ってな」
「運も実力の内だぞ」
「フィラーゼ伯! フィラーゼ伯はおるか?!」
俺達が、寝床に帰ろうとすると、殿下の声が上がると――伯爵が、アーマーを鳴らし、殿下の前に膝を突いた。
「は! 殿下、ここに!」
「其方に、落ちた橋の普請を申し付ける。 とりあえず、簡単にでも橋を掛けない事には、往来も物流も止まってしまう」
「承知いたしました。 お任せくださいませ」
「ロイ、私は、お城に泊まりますので、このドラゴンを解体するまで帰りません」
「解りました。 お気をつけ下さい」
ミルーナの言葉に、伯爵様も連れ戻すのを諦めたようだ。
まあ、真学師なら、ドラゴンの死体を解体するなんて――こんな滅多に無いイベント見逃せないよなぁ。
それは、ミルーナだけではない。 街の住民達も同様なのだ。
辺りが暗くなってきたのに、皆、帰る気配が無い。
「お前ら、家に帰らないのか? 街にも被害が出てるようだし、自分の家が心配じゃないのか?」
側にいた住民に声を掛けてみたのだが……。
「真学師様、ドラゴンの死体を見られる機会なんて、滅多にありませんぜ」
そんな答えが返ってくるのだが、真っ暗になったらよく見えないだろ?
もう、あちこちで酒盛りが始まっているし、商品を持ち込んで商売している奴もいるし……。
脚立を持ち込んで、簡易の矢倉を作って見物料を取っている連中もいる。
こいつら、単に騒ぎたいだけだろう。 まったくもう。
人混みを分けながら、お城の裏門へ歩いていると、ステラさんが俺の背中にのしかかってきた。
「ショウ……もう疲れたぁ。 歩けないから、連れていってぇ」
「ち、ちょっと、ステラさん、重いですよ!」
「重くないだろ!」
ステラさんの言葉と同時に、俺は過大な重量で押し潰されて、地面に倒れこんだ。
「ぬぉぉ! お、重い! ステラさん! 魔法が残ってるなら、重量軽減してくださいよ!」
「やだ」
うぜぇぇぇぇぇぇ! このクソBBA!
「ナナミ! ステラさんをどかしてくれ!」
「承知いたしました」
魔法で重量増大しているステラさんを、ナナミは軽々と持ち上げると、肩に担いだ。
「ぎゃぁ! 離せ! この気色悪い女がぁ!」
ナナミの肩の上で、ステラさんが長い手足をバタバタとさせ、暴れる。
師匠は、ナナミの事を気味が悪いと言っていたが、それはステラさんも同様だったようだ。
そういえば、ナナミとステラさんが直接言葉を交わした事はなかったような……。
「ナナミ、余り暴れるなら、お堀へ投げ込んで良いぞ」
「承知いたしました」
ステラさんは、ナナミの拘束を振り切ると、師匠の後ろに隠れた。
「ルビアぁ! ショウが虐めるぅ」
虐められてるのは、こっちだっての。
もう、疲れて突っ込む気力さえ無くなっているので、ステラさんは無視して、俺の工房へさっさと戻る事にした。
裏門の前へやってくると、マリアと子供達が待っていた。 彼女達と抱きあい、再会を喜び合う。
皆、無事そうでなによりだが、子供達がドラゴンを見たいとワガママを言って、マリアを困らせているようだ。
ドラゴンの前は、人集りで危険だ。
後日、ドラゴンの話をしてやるから――と、子供達を宥める。
「ホントに?」
子供達がぴょんぴょんと飛び跳ねている。 別れ際、もう一度彼女達と抱き合い、手を振る子供達と別れを告げる。
「これが片付けたら、ドラゴンのお話をしてあげるから、今日はお帰り」
ヘトヘトになりながら、重い身体を引きずりお城へ戻ってきたのだが――まだ、ステラさんの暴れる声が聞こえる。
もう、マジでいい加減にしてほしい。 どんだけタフなんだよと思う。
「いやぁ、ショウと一緒に寝るのぉ!」
そんな声を上げながら騒いでいたのだが……師匠が何かやったらしく、すぐに沈黙が訪れた。
今回のドラゴン戦に勝利出来たのも、ステラさんの力はとても大きい。
それを顧みると、彼女に優しくするのも吝かではないのだが、いつものウザい行動のお陰でそんな気持ちもすっ飛んでしまった。
何故、ああなのか?
それはエルフだから――としか言いようがない。
「やっと静かに……」
なっては、いない。 城壁の外で居残っている住民達が酒盛りをしているのだ。
まったく、しょうがねぇなぁ。
俺の工房に戻り、装備を床に投げ捨てると、服を着たままベッドに倒れこむ。
晩飯は食っていないが、もう限界だ。
「ナナミ、悪いんだが、俺が寝ている間にスープを10人前ぐらい作っておいてくれ……。 え~と、メニューは肉団子スープで。 それから、パンが足りないな。 食堂から貰ってきてくれ……」
「承知いたしました」
ナナミに料理を教える際、一度手順を見せれば完璧に再現してくれるので、非常に便利だ。
ただ、アレンジ等は出来ない。 そのまま忠実に再現するだけ。
機転を利かせるとか、新しい料理を生み出すとかは出来ないようだ。
そこら辺が、機械っぽいと言えば、機械っぽいかなぁ。
ベッドに寝転がったまま、寝落ちする寸前にそんな事を考える。
そういえば、何か忘れてるような……。
なんだっけ?
城壁での出来事を反芻してみる――あ、フローとデカい魔石を城壁の上に置きっぱなしだわ。
「ナナミ、城壁の上からデカい魔石を回収……」
フローはどうでもいいや。
「……」
俺は、ナナミの返答も確認しないまま、眠りに落ちた。
------◇◇◇------
朝、金色の光の海で目が覚めた。
目の前のふわふわを触ると、髪の毛らしい。
身体を起こすと、俺の隣で寝ている、白い背中が見える。
「……」
暖気が済んでいない俺の頭で、長い耳とふわふわの金髪の持ち主を導き出すのに、少々時間を要した。
フローじゃん。 なんで裸で、俺のベッドに……。
おそらくは、自分の部屋に帰るのが面倒になって、俺のベッドに潜り込んだのだろうが……。
フローは放置して、顔を洗うと、朝飯の準備を始める。
工房の外は、まだ朝の霧が掛かっている状態だ。
ナナミに頼んでおいて、スープは出来上がっていたので、後は仕上げだけだ。
晩飯を食いのがして、腹減り状態なので、ちょっとガッツリ食いたい。
小麦粉を練ると、小さく取って伸ばし、パスタ? ――いや、ワンタンか?
魔法で加熱してから、スープで煮込む。
いい匂いだ。
「ナナミ、皿を並べてくれ」
「承知いたしました」
戸棚から皿を取り出し、カチャカチャとテーブルの上に並べるナナミに尋ねる。
「ナナミ、寝際に魔石の回収を頼んだけど、やってくれたか?」
「はい、工房へ置いてあります」
「おお、サンキュー!」
落ちる寸前だったので、聞こえていたか心配だったが、回収してくれたようだ。
工房へ確認しに行くと、デカい魔石が2個並んでいる。
ホッと一安心。 結構高い代物だからなぁ。
まあ、こんなの盗んでも、すぐに足が付くけどな。 それに、真学師の持ち物を盗ろうなんてやつはいないとは思うが。
居間に戻ると、フローが起きて飯を食っていた。 しかも、素裸で。
白い裸体に、窓から差し込む朝日に煌めく金色のウェーブ。
エルフを知らない人が見たら、胸がまっ平らなので、美少年と言われても信じてしまうかもしれない。
「うまっ! うまっ!」
相変わらず、品もなく飯をがっついているが――。
「フロー、なんで裸なんだよ。 服を着ろ、服を」
「別に恥ずかしがる必要無いっす。 あたしとショウの仲じゃないっすか」
「あのなぁ……」
おれが、フローに文句を言おうとしたら、玄関の扉が開いた。
入ってきた師匠とステラさんが、裸のフローを見て、固まる。
「お早うございます。 朝飯出来てますよ」
俺が慌てるでもなく、平然と受け答えしたので、師匠達は面を喰らったようで、そのまま黙って席に着いた。
「ショウ、コレは?」
師匠の言う――コレとは、素裸のフローの事だろう。
「自分の部屋に戻るのが、面倒だったのか、俺のベッドに潜り込んできたんですよ」
それを聞いた、ステラさんが服を脱ぎ始めたので、止める。
「なんで、フローばっかり!」
「はいはい、脱がなくて良いからねぇ。 いい子だから、言う事聞いてね」
「ぷい!」
ステラさんは服を脱ぐのを途中で止めて、横を向いてしまった。
「皆、酷いっすよ! 眼が覚めたら真っ暗だし、腹は減るし! あたしに対する愛はないっすか?! 上から見たら、真下がショウの工房じゃないっすか。 部屋に帰るのが面倒臭くなったっす」
「やっぱり、そうか」
フローは3人前の飯を平らげると、また俺のベッドに潜り込んだ。
「おい、また寝るのか?」
「もう、あたしに出来る事は無いっすから」
「確かに、そうかもしれんが、ドラゴンの解体は見ないのか?」
「あまり興味が無いっす」
「真学師がそれで良いのか……」
「そいつは、真学師には向いてないんだよ」
ステラさんが、パンにスープを浸しながら、チラリと横目でフローを見ている。
フローはステラさんに認めてほしいと言っていたが、それは真学師としてではなかったのか……。
「フロー、食ってすぐ寝ると、牛になるぞ」
「そんな話は聞いたことが無いっす」
「帝国で、そんな話を聞いたことがあったような」
ステラさんは、帝国の諺で似たような話を聞いたことがあるそうな。
「あたしは、エルフだから関係無いっす」
ドラゴン戦では、こいつなりに活躍したと自負があるのに、放置プレイをされて拗ねているんだろう。
「フロー、ありがとう。 お前がいてくれて助かったと思っているよ」
「ホントっすか?」
「ああ」
フローは毛布をはね除けると、白い手足を伸ばし、俺に抱きついてきた。
「それじゃ、態度で示してほしいっす」
「こら、ちょっと待て」
手足を避けようとするのだが、意外とパワーがある。
「嫌っす」
うぜぇぇぇぇぇ!
その時丁度、フェイフェイとミルーナもやって来て、素裸のフローと俺が抱き合っているシーンに出くわして固まる。
「「な!」」
「待て待て、ちょっと待て!」
それから、ミルーナとステラさんが、服を脱ぎ始めたりして抑えるのに苦労したが、その間、師匠は黙々と飯を食っていたのが、さらに怖い。
しかし、ミルーナは初めて出会った時は、儚そうな深窓の令嬢タイプかな? と思ったりしたんだが、意外とアグレッシブで焦る。
まあ、殿下の従姉妹なのだから、大人しい? そんなわけ無いじゃん! ――そう言われれば、なるほどそうなのだが。
フローはまた不貞腐れて、俺のベッドに潜り込んでしまった。
いつもの黒いアーマー姿に戻っているフェイフェイも、一連の騒ぎで少々むくれている。
「フェイフェイ、あの服も結構似合っていたのにな」
「ああいうのは、スースーして、落ち着かん」
大きな胸がアーマーの下に隠れてしまったダークエルフの機嫌を取ってみたが、暖簾に腕押しのようだ。
落ち着いたミルーナに、壊れた蒸気自動車の事を聞いてみたが、蒸気が漏れていたという事だったので、ボイラーの破損だろうか。
ドラゴンが片付いたら、自動車を回収して修理する約束をした。
皆で飯を食いながら、気になっていた事を師匠に尋ねてみる事に。
「師匠、ドラゴンの構造というのは解っているのですか?」
「帝都の大学図書館で、ドラゴンに関する書籍を見たことはありましたが、信ぴょう性に欠けるようでした」
「ああそれ、私も見たかも。 あれはちょっとねぇ」
「じゃあ、師匠がこれから記す資料が、この世界の――え~と、なんだ。 デフォルトじゃないし、スタンダードじゃないし……」
「基準、標準、定番辺りは如何でしょう?」
ナナミがフォローしてくれた。
「ああ、定番が良いかな。 師匠が記した資料が後々の人々が学ぶ、定番になりますよ」
それを聞いた師匠は嬉しそうに、スープを飲んでいた。
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朝飯を食い終わり、荷物を担いで、皆でドラゴンの下へ向かう。
荷物は、龍勢祭りの時に作った、マイクと真空管アンプ。
それと、ドラゴンの体内に残っているだろう――炎の燃料という毒物をいれるために、台所のシンクを外して持ってきた。
こいつは、白金なので、腐食に強い。
だが、人、人、人……。 人の波が押し寄せている。
なんだか、昨日より多くねぇか? どうなってるんだ?
なんか、騎馬も増えているし。
ニムを捕まえて聞いたところ、昨日の内にファルキシムまで噂が広がって、危険な夜間走行をしてまでファーレーンにやって来た商人達や見物客だと言う。
ははぁ、なるほどな。
バラック積み上げて、デカい矢倉を建てているやつもいるし……全く、商魂たくましいぜ。
瓦礫の材木が幾らでもあるので、夜中に盛大にキャンプファイヤーをやって、突撃虫による犠牲者も出たらしい。
開いた口が塞がらないが――騎馬については、殿下に直接聞いてくれとの事だった。
ドラゴンが見渡せるど真ん中に、高さ2m程の、殿下専用の指揮所が作られていて、そこに取付られたハシゴを登る。
荷物を担いで、ハシゴから上を見ると、殿下の御御足が覗く。
いつもの白いストッキングに包まれた御御足でないのが少々残念だが、さすがにこういう作業では、いつのも純白ドレスではなく、黄土色のズボンと作業着姿だ。
「殿下! お早うございます」
「おお、遅かったな。 安全と思われるところから、作業は始めているぞ」
見ると、尻尾やら、後ろ脚の鱗が剥がされ――。
その作業の中、見覚えがある婆さんが、大ガエルの皮から作った手袋をした獣人達を使ってアレコレ指示を出している。
俺やフェイフェイが、たまに利用している革屋の婆さんだ。
指揮所の上から婆さんに声を掛ける。
「婆さん、ドラゴンの皮なんて剥いだ事があるのか?」
「ああ、真学師様かい! あるわけないさね。 けど、動物なんだから似たようなもんさ」
腕まくり、裾まくりの格好したこの婆さん、動物の解体に関してはプロフェッショナルだ。 この作業には適任とも言える。
結構歳だと思うのだが、元気だなぁ。
現場は婆さんに任せて、持ってきた荷物を殿下に見せた。
「作業を指示するのに、便利かとコレを持ってきました」
「コレは、この前の祭りの時に使った、声を大きくする機械だな」
「殿下、昨日居なかった騎馬も並んでいるのですが、あれは一体……」
殿下の説明では――並んでいるのは、ファーレーン貴族領の騎士団らしい。
以前、俺が戦った帝国の公爵様には劣るが、中々の武者っぷり――まぁ、格好だけは。
その実、全てが終わった後にのこのこやって来て、おこぼれを拾おうという魂胆のようだ。
「全く、さもしい連中よの」
殿下がぼやくのも無理は無い。 彼女はこの手の輩が大嫌いなのだ。
「我々が戦いに参加していれば、ドラゴンなど捻り潰していたものを。 全くもって、至極残念でございます」
立派な甲冑に実を包んだ若い貴族が、仰々しい身振り手振りで大法螺を吹きつつ、演説を繰り広げている。
「殿下、あの方は?」
見たことがあるような、無いような……。
「テテロ卿だ」
「ああ」
その若い貴族は、俺が失脚に追い込んだテテロ卿の息子のようだ。
領地も減らされたというのに、まだ懲りてないのか。
ガキの頃から、既得権益に守られて、ぬくぬくと甘やかされて育った貴族のお坊ちゃんじゃ、しょうがないかとも思うのだが、ちょっとは自重という言葉を知らんのか。
俺は、真空管アンプとマイクを設置して、スイッチを入れた。
『あーあー、ただいまマイクのテスト中。 テテロ卿、卿ご自慢の騎馬隊の活躍是非見たかったものですなぁ。 殿下、ここは彼等に、力を示す機会をお与えになられては如何でしょう?』
「どうするのだ?」
『騎馬隊に、あそこの大穴に一列に並んで頂きます。 あそこにひっくり返っているドラゴンは、私の師匠の大魔法に耐えてみせましたよ。 そのドラゴンより強いと仰る騎馬隊なら、余裕で耐えられるのでは?』
俺は、師匠の大魔法で出来た、クレーターを指さし、殿下にマイクを渡す。
『ほう! それは、面白そうな余興だの! テテロ卿、いやさ他の騎馬隊でも良いぞ、見事ルビア殿の魔法に耐えられたら、2階位特進を認める。 いや、ファーレーン初の大公爵の地位を授与しても良い』
「アハハハ!」
ステラさんのツボに入ったのか、いきなり腹を抱えて笑い始めた。
「「「「「おおおおおおお~!」」」」」
拡声器を通して、話を聞いていた観客からも大声援が湧き上がる。
「「「「やれ!」」」」「「「「やれ!」」」」「「「「やれ!」」」」「「「「やれ!」」」」
観衆からの怒涛の大コールが響き渡る。
当然、生身の人間が、師匠の魔法に耐えられるはずが無い。 中位のカウンター用魔導師が居ても無理だ。
「いや、そのような事は……」
騎馬達は、民衆のコールに後退り、大歓声に驚いた何頭かは立ち上がってしまい、背中の騎士を振り落としてしまった。
「これは恥ずかしい……」
俺は思わず呟いてしまったが、騎士が馬から落ちるなんて、これはかなり恥ずかしい出来事で――。
実戦で、敵の怒号に驚いた騎馬がご主人様を振り落としてしまったら、即負けに繋がる――馬も訓練が十分で無いというのが、バレバレというわけだ。
その騎士達の醜態をチラリと一瞥して殿下が声を張り上げた。
『しかし、其方達の国を想う気持ちは痛い程解った。 そこで、各領の資産から1/5を拠出させて、街の復興に充てるものとする』
「「「「「おおおおおおお~!」」」」」
まさに、藪蛇。 おこぼれを拾いに来たのに、大金毟られて、しかも、命を懸けたゲームを強いられたのでは、たまったものではない。
思い切り恥を掻いても、ここはもう引き下がるしか無い。
なにせ、おこぼれが欲しいだけで、名誉のために命を張るつもりなど毛頭も無いのだから。
意気消沈したファーレーン貴族達はすごすごと帰領の途に就いた。 就かざるを得ない。
それでなくても、目の前にヤバイ真学師が3人もいるのだから、これ以上突っ張れば、嬉々として何をされるか解らないのだ。
「少しやり過ぎましたか? いざという時に、働いてくれないと困りますが……」
「よいよい、まったく無様を晒しおって! あのような口ばかり達者な者が実戦で役に立つとは思えん。 働かなければ、領地を没収するだけだ。 商人にでも領の経営を任せた方が、捗るかもしれぬ」
邪魔な連中がいなくなったので、ドラゴンの腹を開ける準備に入る。
まずは、地面に内臓を捨てるためのプールを造る。 そしてここに、虫を投入すれば、綺麗にしてくれるだろう。
内臓には、劇薬の燃料を作る器官などが備わっている可能性が高いので、隔離する必要がある。
心配なのは、毒物が含まれる内臓を虫に食わせて平気なのか? という点だが――。
師匠が実験した経験によると、人間が即死するような毒の中に虫を入れても、死ぬことは無いと言う。
それどころか、綺麗に清水まで解毒してしまうらしい。
虫、すげぇ!
元世界に持っていったら、公害やら解毒やらで役に立つ事間違いなしだな。
放射性物質まで分解出来れば最高だけど、分解できるのは有機物だけのようなので、それは無理っぽい。
さて、地面に穴を開けプールを造る方法だが――まず、獣人達が、鉄の棒を地面に打ち込んで、細長い穴を開ける。
そこに、俺が圧縮弾を送り込んで、掘り返す。
これを何回か繰り返して、深い穴ができたら、師匠の出番だ。
爆裂魔法小を使って、地面を掘り返して、円形プールの完成だ。
小爆発と共に、地面が盛り上がり、吹き上げられた黒い礫が宙に舞う。
下がれと言ったのに、興味本位で下がらずに、振りかかる土砂に埋もれる人々。
もう、何やってんだか。
しかし、これを使えば、溜池や、道路の法面を作ったりも簡単に作れるな。
実際、戦争が無い時には、爆裂系魔法の得意な魔導師が、土木工事等で金を稼いでいるという。
魔法じゃなくても、火薬を解禁すれば、役に立つとは思うのだが……元世界でもノーベルの作ったダイナマイトは、当然の如く、戦争に使われてしまったからなぁ。
まだ、時期尚早だろう。
さて、時は来た。 ドラゴンの本格的な解体を始めるとしよう。