盗賊の里(前編)
二人の青年が馬に乗って旅をしていた。
行先は分からない。彼らはただただ東に向かっていた。
辺りは荒野が広がっている。強めの風が吹き、砂埃が舞う。その上日差しも強く、暑い。
二人の青年は、あまりの暑さに頭巾を外したい衝動に駆られた。
しかし、そんなことをしたら頭が砂まみれになってしまうだろう。
「集落はもとより、民家の一戸も見当たらないな」
二人の青年のうちの一人、飛龍雄士がぽつりと呟く。
辛い状況ではあるが、彼の黒々とした瞳は未だ輝きを失ってはいなかった。
「できるだけ早くここから抜け出したいですね」
もう一人の青年、大龍子泉が目を細めながら答える。
彼の切れ長の目に砂埃が入りそうになる。
先の見えない旅、先の見えない場所。二人はそれらに対し焦りと恐怖を少なからず感じていた。
だからといって、ここで旅をあきらめるわけにはいかない。
そんなときだった。地平線の向こう側に人影らしきものが浮かび上がってきた。
「雄士、あれを見てください」
「人、なのか? もしかして」
二人の心に少しずつ希望が湧きあがってきた。
ひたすら人影に向かって進む二人。人影が幻かもしれないという疑いの心は持ち合わせていなかった。
向かったその先には、旅人らしき男の三人組が馬に乗っていた。
「すみません、この先に民家はありませんか?」
子泉が男たちに尋ねた。
「旅の方ですか? よかったら私たちの集落に案内いたします」
「ありがとうございます。良かったですね、雄士」
「うん」
雄士は小さくうなずく。
こうして雄士たちは男たちについて行くこととなった。
ついていくと、少しずつではあるが景色が変わっていくのが雄士には分かった。
先ほどまで見当たらなかった草が地面に生えていて、空気も若干ながら肌にやさしく感じられる。
さらに進むと、屋根らしきものが見えてきた。
「こんなところに集落があったなんて」
雄士は驚きを隠せない。
「驚くのも無理ありません、隠れ里みたいなものですから」
男の一人が少し笑いながら答えた。
集落は二人が思ったよりも家が多く建っていた。
土壁や日干し煉瓦の家がほとんどで、藁ぶき屋根の家がほんの少し混じっている。
民家の奥には水源がある。人々の命を支えているのだろう。
荒野の中にあるせいか、どことなく怪しげな感じがする。
「さあさあ、どうぞこちらへ」
三人の男のうちの一人が自宅に来るよう手招きをしている。
雄士たちは男の家にあがることにした。
よほど休みたかったのだろう。荷物を馬から素早く降ろし、笑顔で家に入っていった。
「いらっしゃい。狭いかもしれないけど、ゆっくりしていってください」
「ありがとうございます」
男の言葉に甘えることにした雄士たち。
家に入るなり、被っていたぼろぼろの頭巾と羽織を脱いだ。
雄士の針のように鋭い黒髪と、子泉の束ねられた銀色の長髪があらわになった。
このとき雄士と子泉は気づいていなかった。
男が彼らの腰につけている巻物を凝視していたことを……。
「今お茶を持ってきますので、お待ち下さい。おーい、お茶二人分な」
「あいよ」
若い女の声がした。奥さんなのだろうか。
男は土間のほうを向いていた。
すぐに若い女性が現れ、お茶を入れた椀を持ってきた。
「どうぞ」
「いやあ、すみません。飲み物までごちそうになって」
「いいんですよ」
「それでは、いただきます」
子泉がにこやかに女性に話しかけ、お茶を飲んでいた。
一方、雄士は椀の中をじっとのぞいていた。
「ありがとうございます、いただきます」
雄士も子泉にならって礼を言い、ゆっくりとお茶を飲み始めた。
だが、半分くらい飲んだ時に雄士は茶碗を机の上に置いてしまった
「どうしたのですか? 雄士」
「いや、なんでもない。一呼吸おいているだけだ」
(何なんだろう、この感じは)
雄士はこのお茶に違和感を覚えていた。
自然の味に何かが少しばかり混じっているような気がした。
「そういえばお二人さん、どちらまで向かわれているのです?」
「どちらまで、ですか。そうですね、今はただ東に向かっているだけです」
「この辺りを抜けるまでは暑いですし、よかったらゆっくりしていってください」
「それはどうも。雄士、どうしますか?」
子泉の問いかけに、雄士は少しの間沈黙していた。
「どうされましたか?」
「大丈夫です。彼にはよくあることですから」
「それはそれは。ところで、お茶のおかわりはいりますか? 遠慮なくいって下さい」
「ありがとうございます。また後でいただきます」
会話を弾ませる子泉の隣では、雄士が目を細めて辺りを見渡していた。
(ふふ、薬の効果が出てきたみたいね)
それを見た女が、雄士に近づいてきた。
女が男の目を見て、本来の目的を果たすために行動に移る。
それは、雄士たちから金目のものを奪い取ることだった。
雄士たちを集落に連れてきた彼らは、狐狸と呼ばれる一族だった。
彼らの被害に遭った旅人は後を絶たない。
彼らの住みかは『盗賊の里』と呼ばれ、旅人達に恐れられていた。
雄士たちは未だその事実に気づいていない。
頃合いだと思ったのか、女が茶碗の片付けをするふりをして近づく。
狙いは雄士の腰についている巻物だ。
女の手が雄士の腰に届きそうになった時、子泉が呼び止めた。
「人のものに黙って触ろうとするのはいただけませんね。まずは相手に許可を取るのが礼儀ではありませんか?」
先ほどよりもきつめである子泉の口調に、女が一瞬動きを止めた。
「何のことでしょうか?」
「子泉、もういい」
子泉を制止するかのように、雄士は立ち上がる。
「長居をしてしまいました。私たちは先を進みたいと思います」
「雄士……」
その時だった。
どすの利いた雄叫びとともに、男が剣を握って雄士たちに襲い掛かってきた。
それに合わせるように、女も短剣を雄士に振りかざした。
雄士は女の手を抑え、向こうの壁側へと勢いよく押し飛ばす。
子泉もとっさに机を持ち上げ、男に投げつけた。
「どういうつもりなのです?」
「子泉、外に行こう」
男たちが立ち上がる前に、雄士たちは荷物を持って家から飛び出した。
雄士は荷物から剣を、子泉が偃月刀を取り出す。
外に出ると、ほかの盗賊たちが家から飛び出しているところだった。
「なんでしびれ薬の量を少なくしたんだ!」
「どう見たってあいつら貧乏人じゃない!」
家の中にいた男たちが口げんかをしながら追いかけてきた。
「早いところ逃げなくては」
「子泉、そろそろ潮時かもしれん」
「あれを使うのですか? できればこんなところで使いたくはなかったですが」
「こんなところで死にたくはない」
「ごもっともです」
雄士たちは盗賊の中に弓を持っている者が見えた。
このままでは狙い撃ちにされるだろう。
「来い! 赤龍!」
「行きますよ、緑龍!」
二人は腰につけた巻物を天に掲げ、力強く叫ぶ。
巻物からは、赤と緑の光が天に向かって伸びていく。
光は次第に太く、大きいものとなっていった。




