4-2 発芽する闇と、言えない言葉
杏の言葉は、拒絶ではなかった。しかし、受け入れでもなかった。
その小さな迷いの隙間に、確かに何かの種が落ちた。それがいつか芽吹く時、どんな花を咲かせるのかを、この場の誰も、まだ知らなかった。
帰り道、二人は並んで山道を歩いた。
来る時と同じ道だった。しかし、何かが違った。杏の足取りは変わらない。ツインテールも揺れている。それなのに、光昭には、隣を歩く少女が少しだけ遠くなった気がしてならなかった。
夕暮れが山の端に落ちかけ、道の両側の木々が橙色に染まっていく。どこかで鳥が鳴いた。
「ねえ、光昭」
杏がぽつりと言った。
「うん」
「これで、お姉様を傷つける人は誰もいなくなるね」
光昭は、答えられなかった。
言いたいことはあった。それは本当にそうなのか。あの黄色い霧は、お姉様を守るためのものになるのか。それとも、守ろうとしたものを全部溶かしてしまうのではないか。
でも、言葉が出なかった。
杏の横顔は、笑っていた。それがいつもの笑顔と、どこか違う気がした。しかし光昭には、その違いを言葉にする術がなかった。ただ、胸の奥に、冷たい石を一つ飲み込んだような重さだけが、じわりと広がっていった。
神宮の石段が見えてくる頃、千代が水桶を抱えて降りてくるのが見えた。おりんが竈の火を落とす煙が、夕空に細く上っていた。さくらが最後の一掃きをして、箒を立てかけるところだった。
三人とも、帰ってきた二人に気づき、ぺこりと頭を下げた。
光昭は会釈を返しながら、その笑顔を見た。
何も知らない、穏やかな笑顔だった。
この笑顔を守るために、あの霧が使われる日が来るかもしれない。その霧は、この笑顔と同じ世界に存在していいものなのか。
光昭には、まだ答えが出なかった。




