ブレイブファースト(プロローグ)
今日も、ここはいつも通りだと思っていた。
防衛ラインの内側にある学園は、外の世界とは切り離されたように静かだった。遠くで低位の魔物を討伐する音は聞こえるが、それすら日常の一部として扱われている。ここでは生きるための物資も食料も、すべて順位によって配分されていた。
上位にいれば必要なものは揃う。下位であれば不足を補うために討伐任務へ回される。それでも最低限の秩序だけは保たれていた。崩れそうで崩れない、その均衡の上で人々は暮らしている。
八神流矢と一ノ瀬彩菜も、その中にいた。まだ子供として扱われる立場で、完全に外へ出ることは許されていない層だ。教育と簡単な討伐訓練を繰り返しながら、順位の仕組みを当たり前として受け入れていた。
「今日の討伐、少し楽だったね」
彩菜の言葉に、流矢は小さくうなずいた。それは特別なことではない。ただ今日も同じように過ぎていく日常の確認だった。
その一方で、この世界の仕組みに異常なまでに執着する者もいる。人が減れば相対的に順位が上がるという、この歪んだ法則に気づいてしまった者だ。
そして、その日。
防衛ラインの外側ではなく、内側に“違和感”が生まれた。
空気が一瞬だけ重くなる。誰かがそれに気づくより早く、境界そのものが揺らいだ。次の瞬間、本来この場所に存在するはずのない上位存在の気配が侵入する。
警報が鳴るより先に、崩壊は始まっていた。
壁が砕け、地面が裂ける。積み上げられていた秩序が音を立てて壊れていく中で、流矢の足元が崩れた。視界が反転し、瓦礫に飲み込まれる。
彩菜の叫びが聞こえた気がした。しかしその声もすぐに遠のいていく。
立ち尽くす者、逃げる者、抗おうとする者。そのすべてが混ざり合い、意味を失っていく光景だけが残った。
そして最後に、音が消えた。
崩壊の音も、人の声も、何もかもが遠ざかり、ただ静寂だけが世界に残る。
──それが、この世界の始まりだった。




