はずだった。
僕は椅子に座っていた。
え…僕……卒業した、はずじゃ……。
ざわつく会場の音が、やけに遠く聞こえる。
「――入学式を始めます。起立。礼。着席。」
……入学式?
視界がぐらつく。
反射的に横を見ると、見慣れた顔があった。
「英司……?」
思わず声が漏れる。
「英司じゃん!おい、俺ら――」
「は?誰?」
空気が一瞬で冷えた。
「なに急に話しかけてきてんの。周り見ろよ。変な目で見られるだろ。」
「……え」
言葉が続かない。
確かに、周りの視線が刺さっている。
「おい、そこ。静かにしなさい。」
前方から鋭い声。
顔を上げると――
石蕗先生。
2年まで担任だった、あの先生がそこに立っていた。
……なんで。
「では、2009年度、新入生――起立。」
2009年。
その数字が、やけに重く胸に落ちる。
周囲を見渡す。
知っている顔ばかりだ。名前も、性格も、全部思い出せる。
3年間、同じ教室で過ごした連中だ。
――なのに。
さっきの英司の反応だけが、明らかにおかしい。
壇上に一人の少女が立つ。
「新入生代表、呉本。」
「はい。」
静かな声。
まっすぐに背筋を伸ばして、舞台へと上がっていく。
……誰だ、あれ。
見覚えが、ない。
あり得ない。
たとえ話したことがなくても、新入生代表なんて目立つ存在を覚えていないはずがない。
それに――
この頃の僕なら、ああいうタイプにはとっくに声をかけている。
少女は紙を広げ、読み上げる。
整った声。淀みのない言葉。
けれど、その内容はほとんど頭に入ってこなかった。
視線が、離れない。
知らないはずなのに、目を逸らせない。
式辞が終わり、少女は一礼する。
「新入生一同。礼、着席。」
椅子が一斉に鳴る。
少女が壇上を降り、こちらへ戻ってくる。
――その瞬間。
目が合った。
にこり、と笑った。
柔らかい笑顔。
……のはずなのに。
ぞくり、と背筋が震えた。
まるで――
値踏みされているような。
逃げ場を塞がれていくような。
理由も分からないまま、身体が強張る。
目が、離せない。
心臓の音が、やけに大きく響く。
なんなんだよ、これ……。
時間も、人も、記憶も。
全部が、少しずつズレている。
それでも――
確かめるしかない。
あの女なら、何か知っている。
そんな確信だけが、胸の奥に残っていた。




