彼女は僕の死を知っている
今日は、卒業式だ。
校舎の空気はどこか軽くて、でも少しだけ寂しい。
笑っているやつもいれば、泣いているやつもいる。
そんな当たり前の光景の中で――
僕は、ひとつだけやり残したことがあった。
今日じゃないと、もう機会はない。
伝えられるのは、今日しかない。
それだけなのに。
それだけのはずなのに、胸の奥がやけにうるさい。
式の最中も、ずっとそのことばかり考えていた。
気づけば、拍手の音が響いていた。
――終わったらしい。
人の流れに押されるようにして、外へ出る。
探す。
あの子を。
すぐに、見つかった。
少し離れた場所で、友達と話している。
息を整える暇もなく、走り出す。
向こうも気づいたらしい。
こちらを見て――
そして、走ってくる。
鼓動が、早くなる。
あと数歩。
声をかけようとして――
「……ねえ。」
先に、彼女が口を開いた。
少し息を切らしながら、周りを見渡す。
「ここ、人多いからさ……」
小さく笑う。
頬が、少し赤い。
「第4棟の2階、空き教室。来てほしいな。」
言い終わると同時に、彼女は踵を返した。
返事をする間もなかった。
その背中を見送りながら、胸が高鳴る。
――同じ気持ち、なのかもしれない。
そんな期待が、勝手に膨らんでいく。
第4棟へ向かう。
一歩進むたびに、心臓の音が大きくなる。
廊下は静かで、人の気配もほとんどない。
やけに、遠く感じる。
……こんなに遠かったか?
教室の前に立つ。
ドアに手をかける。
少しだけ、躊躇う。
――いや。
ここまで来て、引けるわけがない。
扉を開けた。
中に入る。
彼女は、いた。
窓際に立って、こちらを見ている。
手を後ろで組んで。
柔らかく、微笑んでいた。
「来てくれたんだ。」
一歩、近づく。
彼女も、一歩近づいてくる。
距離が縮まる。
息がかかるほどの距離。
言葉が、喉に詰まる。
何か言わないと――
そう思った瞬間。
彼女の手が、動いた。
後ろに組んでいた手が、前に出る。
左手が、そっと僕の肩に触れる。
そして。
もう片方の手に――
光。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
遅れて。
喉に、焼けるような熱が走る。
「……あ」
声が、出ない。
手で触れる。
濡れている。
視界の端で、赤が滲む。
血だ。
息が、うまく吸えない。
「なん……で……」
音にならない。
力が抜けていく。
膝が崩れる。
彼女が、近い。
やけに、近い。
ぼやける視界の中で――
彼女の顔だけが、はっきり見えた。
泣いていた。
どうして。
どうして、君が。
そんな顔を――
「……ごめん」
聞こえた気がした。
それが、本当に彼女の声だったのかも分からない。
床に倒れる。
冷たい。
遠くで、誰かの声。
「誰か!血が……!!」
視界が、赤に染まっていく。
音が、遠ざかる。
痛い。
苦しい。
それでも。
最後に浮かんだのは――
さっきの、笑った顔だった。
――――
2012年3月15日。
僕は、死んだ。
はずだった。




