15話 無くなる場所
つられて見上げる。
その先には、歴代の絵があった。
「え、運び出すって、この絵をですか?」
「そうよ」
「ど、どうして?」
「どうして? あなたたち、どこから入ってきたの?」
僕はキョトンとした。
なにかまずいことでも言ったのだろうか。
答えに窮していると、
「取り壊しが決まったのよ。玄関に工事用フェンスがあったでしょ?」
「あ、そうでした」
頭を掻いて誤魔化した。
僕たちは裏門から入って、正面玄関には回り込まず、外階段を使って上がってきた。
何度も来ているうちに、そっちのほうが早いことに気づいたからだ。
「外していくわよ。さあ、二人とも手伝って」
先生は上着を脱ぐと、袖をまくり、絵を外しはじめた。
一歩遅れて、先に動いたのは笠井淳子。
僕も背を伸ばし、絵を外した。
蛾の絵。
僕が描く絵だ。
違う。
描くはずだった、絵。
近くで見ると、蛾の鱗粉が静かに光っていた。
これまでの変化に気が動転していたけど、間近で見て思った。
爪を集め、選んで、貼る。
それが、この絵の正体だ。
「……この世界でも継承されてるんだ」
先生が手を止めて、「そうよ。毎年、絵心のある人が、一年かけて作るのよ」と付け加えた。
「そういえば、今年は相沢くんが担当するのよね?」
「え、ええ!」
「もー、大きな声出さないでよ、ビックリするから」
いや、僕の方だよ。
「今年は僕……ですか?」
「あなた、休みボケでもした? ゴロゴロしてたんでしょ?」
「それより先生。僕がですか?」
「なに、本当に覚えてないの? 去年、手を上げて立候補してたじゃないの」
うそだ。
そんな記憶は、と思いかけて、否定する。
確かに、僕は手を上げた。
朽木先輩と一緒に絵を作るために。
でもそれは、この世界の話じゃない。
前の世界での話だ。
考えが詰まる。
この絵は一体誰が作ったんだ?
僕が描くはずの絵は、僕じゃなかった?
そうだ。
「先生、絵の枚数なんですけど、全部で36枚で合ってます?」
「ちょっと待ってね」
藤井先生は、ポケットから紙を取り出し、何かを確認する。
「そう。全部で36枚。合ってるわよ」
うそだ。
そう叫びかけて、無理やり飲み込んだ。
「お、おかしいですよ。ほら、一枚多い」
「ん? そうなの?」
台車に乗せた絵を数える。
「34、35、36。あら、ほんとね。一枚多いわ」
「どの絵が多いか分かります?」
「調べればわかるけど、先に運び出しましょう。それからよ」
「でも」
僕は食い下がる。
「ほらほら、手を止めないで、運び出すわよ」
もう考えたくなかった。
偶数がなんだ、奇数がどうした。
もういやだ。
僕は先生の指示に従い、ただ体を動かすことに専念した。
廊下にあった台車に乗せて、階段まで行き、下ろして、また積む。
それを繰り返す、単純作業。
隣で、笠井淳子も黙って運んでいる。
どれくらい時間がたったのか。
旧校舎から運び出し、新校舎の美術室に運び終えたときには、日が傾きかけていた。
「ご苦労さん。お陰で助かったわ」
「いえ……」
もう入っちゃだめよ、と言い残し、先生は校舎に消えた。
両手がだるかった。
それよりもっと、頭が痛い。
体の疲れより、精神的な疲れが勝っている。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
「うん」
笠井淳子は、ふっと息を吐いて、「先生も調べてるって言ってくれたし。今日は帰ろ」と言って僕を覗き込んだ。
うつむいたまま、返事を返す。
誰も居ないことを確かめ、旧校舎へ戻り、裏門から出る。
帰り、疲れていたし、二人乗りをする気にもなれなかった。
それは彼女も同じで、僕の後ろを黙ってついてくる。
三日。
たった三日間のうちに、思いもよらないことが、連続して起きた。
僕たちは、この世界のことを知らなさすぎる。
本音を言えば、知らないままでいられたなら、どれだけ楽なのだろう。
それに僕は、いつからこんなにも考え、動き始めたのだろうか。
後悔と葛藤を飼い慣らすようになってしまったのか。
「戻れないよ」
あの世界で、朽木先輩が繰り返し言った言葉を、僕は今、思い出していた。




