第234話 密林を越えて⑬
少し開けた森の奥、1週間と数日ばかりを経て再開したリオンの姿を目にしたディンは驚愕した。
目の下にクマを作り、無精髭を生やしてこちらに弓を引いているリオンの姿は、以前の快活な青年の印象とは程遠いものであったからだ。
「……お前、何された」
思わずそう問いかけるディンだが、その答えは返ってこない。
代わりに彼が返したのは、「帰れ」の一言。なので、ディンは代わりにリオンの背後で待機している3人の女戦士に同じ問いを投げると、彼女らは地面に降りてきて各々武器を構えながらそれに応える。
『へぇ、まるでアタシらがコイツをぞんざいに扱っている様な言い草だね』
『むしろ真逆さね、コイツは毎晩アタシら戦士達からの祝福を受けてるんだからさ。だろ?』
『え、いや、アタイは……』
『祝福……? みんな揃ってコイツがいる方向にお祈りでもしてるのか?』
『わかんないのかい? アンタみたいな童貞が喜ぶことをしてやってるんだよ』
いつの間にか森に吹いていた風は止んでおり、女達の嘲笑混じりの返答だけがこの薄暗い空間に響いた。
『ぷふっ、ははっ! はははははははッ!!!』
女達の口から明かされたリオンへの許し難き所業、しかしそれを前にディンは何をするかと言えば、彼もまた頬を吊り上げて盛大に空笑い。
ーー弾丸掃射ーー
『避けろ!』
——そしてその直後、一切の前触れなく女戦士達に向けて両手からマシンガンの如く弾丸を連射した。
『うわああああッ!?』
『チッ! なんだいこれはッ!!!』
間一髪で滑り込んだリオンの警告が功を奏し、すんでのところで女達は散会して弾丸を回避、それと同時に1秒前まで自身の背後にあった樹木が瞬く間に蜂の巣を通り越して粉微塵になる光景に、その内の一人である〝速き槍のカサンドラ〟は目を見開いた。
『まだだッ!』
そんな死の雨を回避した矢先、再び叫んだリオンが弾丸の威力に気を取られていたカサンドラに矢を放つ。
『ッ!?』
突如自身に向けられた矢に、カサンドラは真っ先にリオンの離反を疑う。
咄嗟に飛び退いてからの着地を狙ったタイミング、現在の体勢からリオンの豪弓を回避することは不可能と瞬時に悟り、死を覚悟するが……
直後、リオンの放った矢はカサンドラを少し逸れて、彼女のすぐ目の前まで迫っていたディンへと命中する。
まずは「弾丸」で前衛を分散、そこから近接による各個撃破に切り替えることで、矢による援護をやりにくくする……そんなディンの狙いをギリギリで見抜いたリオンによるカバーであった。
「チッ……」
「矢避けの加護」による防御で致命打にはなり得ぬものの、リオンの矢の威力を殺しきれずに一瞬の硬直を見せるディン。
そんな彼を前に、カサンドラは背筋が凍るような感覚に襲われる。
(いつの間に……!?)
決して慢心はしていなかったが、ディンの身体能力はカサンドラの想定を超えていた。ディンの実力は戦士長や他の代表戦士と拮抗するという、リオンの言葉は誇張などではなかったのだと、本人を目の前にして彼女は初めて思い知った。
『ッ! おおおおぉぉぉッッ!!!』
ゆえに、とにかく一度距離を離して連携によって安全に仕留めたいと考えた彼女はリオンの作った一瞬の隙を無駄にするまいと、慌てて槍を振り抜いた。
しかし焦りにより精細さを欠いたその一振りは一歩届かず、ディンはその横薙ぎを高跳びのように空中で身を捩って回避しながらカサンドラの胴体に蹴りを打ち込むと同時に、そのまま彼女を足場に後ろに飛び退いて距離を取る。
『姉さんッ!』
『囲むっす!!!』
そしてディンが後退した先にはバラけていた残る2人……アスランとクルシュが回り込んで退路を断つ構え。
『てやああああああッ!!!』
先に動いたのは〝紅き若葉のクルシュ〟、その怪力を以てディンの背中に目掛けて棍棒のフルスイングするも、バックステップを維持したままのディンがノールックで放った左腕の裏拳がさらなる怪力でそれを打ち落とす。
『うぇっ!?』
『ぼさっとしてんじゃないよッ!!!』
不完全な体勢から繰り出されたディンの超パワーに驚愕するクルシュ、そしてその脇を〝勇み刀のアスラン〟が駆け抜けて蛮刀に手を掛け、3段目の攻撃が放たれようとしたその時。
ーー鎖を操る魔術ーー
クルシュの棍棒の横薙ぎが拳に叩き落とされた直後、そしてアスランが蛮刀を振り抜く直前、ディンが密かに組み上げていた術式が完成し、彼の足元に浮かび上がった魔法陣から漆黒の鎖が飛び出して彼を囲む3人の戦士の連携を阻む。
『鎖に直で触れるな!』
ディンの魔術発動とほぼ同時、リオンは彼の行動を予期していたかの如く3人に向けて叫びながら、ありったけの魔力を矢に込めて放つ。
ディンが新たに生み出した「鎖を操る魔術」は、多数の戦士を相手取る場面において非常に有用である反面、鎖の操作を維持するために展開した足元の魔法陣からほとんど動けないことや、複雑な魔術を同時に行使できないといった欠点を持つ。そのため、相手取る戦士たちの中に遠距離攻撃手段を持つ者がいれば、防御は一転して不利になる。
それを知るリオンは前衛3人が鎖に対応し切れなくなる事を見越して、いち早く無防備なディンの意識を炸裂矢にて奪おうと試みたが……
『なっ……!』
しかし、リオンの予想は大きく外れる。
何らかの防御体勢を取るかと考えられていたディンは発動から早々に鎖の魔法陣から外れた位置まで大きく跳躍して矢を回避。
そして何より、魔法陣から術者であるディンが出たにも関わらず、鎖の制御は未だ失われていないのだ。
『俺が欠点を放置すると思ったか!?』
『くっ!?』
矢のお返しとばかりにディンは弾丸でリオンを牽制しながら、3人の中で唯一鎖に攻撃されていないアスランへと接近し、再び近接戦を開始する。
そう、ディンは密かに「鎖を操る魔術」をアップデートしており、ターゲットに直で触れて刻印魔術によるマーキングを施す事で鎖に自動で攻撃させる術式を組み込んでいた。
さきほどの〝速き槍のカサンドラ〟と〝紅き若葉のクルシュ〟との戦闘において、彼女達に触れ事前にマーキングを打ち込むことに成功していたため、ディンは移動の制限を取り払いながら残る〝勇み刀のアスラン〟を相手取ることが出来るのだ。
『戦士の真似後かッ!?』
『どうかな』
土魔術にて双剣を用意したディンはアスランに斬り掛かると、磁力魔法陣の跳躍を利用した三次元的かつ軽快な動きで彼女を翻弄すると同時に、時には不意に氷結魔術で彼女の足を強引に止めることで、常にリオンと自分の射線上にアスランを入れるようコントロールし、最も厄介な援護射撃の機会を潰す。
『はっ、ちょこまか飛び回るのは子供でも出来ることさね!!!』
『かもな』
連撃を凌ぎながら吠えるアスランの言葉にディンは同意する。
現に、戦況こそ押してはいるが、ディンはアスランに致命打を与えることができていない。
正確には与える事は出来る……しかしアスランの実力も半端ではなく、倒すとなればディンはその瞬間に大きな隙を晒すことになり、そしてそれをリオンが見逃さない事が問題だ。
故に、倒すならばできるだけリオンに予測できないタイミングかつ、せめて2人以上は同時に撃破したいとディンは考え、そしてすぐさま実行に移した。
『はい、チーズ!!!』
思い立ったが吉日、普段ならば戦闘を長引かせながらその間にじっくりと策を練るディンだな、リオンもおそらくその癖を見抜いていると予想しアドリブに賭けることにした。
『うぐっ!?』
激しい斬り結びの中、ディンは突如剣を捨ててながら半歩下がって右手をアスランの前に突き出し、「閃光」による極光を浴びせて彼女の視界と動きを奪う。
(ここ!!)
勝負は一瞬。
リオンの援護が入るよりも速く、幻惑して防御が覚束ないアスランの胸に残していた左の双剣を突き立てようとし、そして——
『ぐッッ!?』
視界を奪われていたはずのアスランが、ディンの双剣を受けるよりも先に彼の体を斬り付けた。
『やっぱり、目眩しを使ったねぇ』
引き伸ばされた刹那の中、肩から腰にかけてを斬り裂かれて頭から倒れゆくディンを前に、アスランは閉じていた片目を開けて頰を吊り上げる。
ディンの閃光による目眩しは近接戦闘において無類の強さを誇るが、対策がないわけではない。
かつてヴェイリル王国の元海軍元帥フラグラフト・ハウリッヒが、ディンの閃光を受けても戦闘を続行できていた場面を目撃したアインとリオンは、数日の思考を経て一つの単純な答えに辿り着いた。
「閃光を喰らう直前に片目を閉じ、極光が止むと同時に閉じていた片目に視界を切り替えれば限りなく硬直時間をなくせる」、その方法を事前にリオンから伝えられていたアスランは土壇場1発目にてそれを成功させ、トドメを急いでいたディンに見事カウンターを入れることに成功したのだ。
——そう、カウンター自体は成功したのだ。ディンの狙い通りに。
『いぎッッ!?!?』
アスランが蛮刀に妙な手応えを感じたその直後、彼女は顎に強い衝撃を受け空を仰いだ。
そして急速に薄れゆく意識の中、歪んだ視界に映ったのは自身と同じように頰を吊り上げているディンの顔と、彼の体から分離した左腕。
ディンはアスランを極限まで油断させるためにわざと閃光を攻略させ、さらに敢えて攻撃を受けた。
そしてアスランが勝利を確信して見せた隙を狙い、至近距離から義手のロケットパンチによるアッパーカットで彼女の意識を刈り取ったのだった。
『ぎしゅ……ぁっ……!』
『これは子供には出来ないだろ?』
射出した左腕の義手を巻き取りながら、ディンは倒れゆく体勢から磁力反発を利用して起き上がり、白目を剥いて倒れゆくアスランの胸ぐらを掴んで笑う。
続け様、ディンは気絶したアスランを盾にしてリオンからの射線を切りつつ、オート制御の鎖を相手に手間取っているカサンドラとクルシュを射撃した。
『ッ! うぐあああぁッ!?!?』
『ぎッ、ぃあああああああああ!!』
カサンドラは腹に、クルシュは脹脛に弾を受け、その硬直の際に帯電した鎖が彼女らを縛り上げて意識を奪った。
「そんなモロ出しの服着てるからだ、原始人が」
盾にしていたアスランを用済みとばかりに放り捨て、刻印魔術で刀傷を癒しながらディンは木の上に立つリオンを呼ぶ。
「早く降りてこいよ。いくら俺でも、木登りが趣味じゃない事ぐらい知ってるぞ」
「知っているのはそれだけか?」
皮肉を返しながら木から飛び降り立ったリオンを前に、ディンは首を傾げる。
「前みたくケツ捲って逃げないのか?」
「罠のお勉強を無駄にして悪かったな」
「……ああ全くだよ。しかも俺が必死にお勉強してる間にお前ときたら原始人達とズッコンバッコン——うおっ!?」
皮肉を上手く返された腹いせに、少し踏み込んだ煽りを始めたディンの頰を、リオンの矢が掠める。
「2度は言わないぞ、集落に向かっているラトーナを連れて帰れ」
2射目の矢を素早くつがえながら声を上げるリオンを前に、ディンはお見通しかと目を細めつつも、構えを取りながら笑う。
「何が面白いんだ。何でもお前の思い通りになると思ったら大間違いだぞ」
「面白いね。正面からやって俺に勝てる気でいるところとかな」
「ッ! 俺のことを知りもしないでッ!!!」
「!!?」
リオンが怒号を上げると共に眩い光を体から発し始めると同時に、森全体に漂う魔素と精霊の光が凄まじい勢でリオンの元へと集約していく。
大きな渦に吸い寄せられるかの如くリオンの元に流れていく魔素の輝きは凝固し王冠の姿に、そして精霊の煌めきは魔素と混ざり合って銀河を閉じ込めたマントの姿へと形を変え、主たるリオンを飾り、讃える。
400年前に大陸全土の脅威となった巨人王を撃ち倒した英雄達の一角「寵児カーマ」に続いて歴史上二人目となる、精霊に無条件で愛される体質を持つリオン。
そして、そんな彼にとって生まれて初めての激情が今まで無意識に設けていた精霊支配のリミッターを取り払い、彼の真の姿を露わにさせる。
「——さあ、〝俺〟を教えてやるよ」
虹の王冠を戴き、空を宿した片マントを靡かせる精霊皇子はゆっくりと空中へと浮上しながら、ディンを見下ろしながら笑うのだった。
空中戦が出来る人まとめ
①ラトーナ 呪詛魔術の応用で飛んでいる。原理の説明は要望があればやる。(結構おもしろい)
②ディン 飛行魔道具でドッグファイト可能
③ラルド 剣を投げて転移するのを常にやり続ける
④スペクティア&ヘイラ 速くはないが飛べる
⑤リオン 妖精のように大気の魔素を支配して飛んでる
⑥妖精族 同上
⑦リディ 障壁を空中に展開して足場にして戦う
⑧ラーマ王 重力魔術で飛ぶ
⑨ルーデル ほぼジャンプで
あとは未登場で数名該当しています。この中だとまともに飛行してるの半分くらいですね。




