第233話 密林を越えて⑫
夏ですね、うまトマの季節です。毎日食べれるようになったので毎日……までは行かずとも、週4で食べてます。
再会から4日、俺達は中央都市南端の城壁を越えて少し離れたアマゾネス共の縄張りである大森林を前にしている。
目的は二つ、アマゾネスもとい……『フィセントマーレ』の代表戦士の殺害と、リオンの救出だ。
『全員、準備は?』
『大丈夫よ』
『私も平気です』
『バッチリなのです!』
『問題ない』
『ああ、私もだ』
『右に同じくであります」
突入メンバーは俺、ラトーナ、アセリア、スイレン、アルク、そして2日前に合流したセコウと二番隊三席のタイラーとかいうおっさんを加えた7人。
セコウの他にも、彼と行動していたタイラー含む2番隊の騎士数名とも合流は出来たのだが、あくまで暗殺と奪取が目的なので少数精鋭で挑む。
「やっと荒地を越えてきたと思ったら、次は民族帯に攻撃を仕掛ける羽目になるとはな……」
広大な森林を前に、セコウが肩を落としながら大きなため息を漏らす。
セコウと2番隊の数名は魔大国北東部の地に流れ着き、謎の災害により壊滅的被害を受けた中央都市近隣の集落を越えてきたらしい。
位置的には俺達より中央都市に近いスタートが、戦闘のあとで地形が大きく変わっていて回り道をせざるを得ず、オマケに魔物も大量で合流が遅れたそうだ。
「なんなら、もう一日休みますか?」
「はは、この程度なら隊長が持ってくる無茶振りに比べれば可愛いものだ」
「うっ、俺もいつかそうなるのか……」
中央都市に到着してから状況の共有や作戦会議、そして突入の準備で実質半日程度しか休ませてやれなかったのは申し訳ないが、「血戦」の開催はあと三日というところまで迫っている。
スイレン曰く、フィセントマーレは「血戦」への参加を表明する使者を出していない。奴らはかつてこの地をジャランダラ達アスラの祖先に奪われた過去があることから、もう一つの不参加民族帯のゴテールと共謀し、内戦のリスクそっちのけで「血戦」の日に奇襲を掛ける可能性が非常に高いという予測に至った。
つまり、ジャランダラの口聞きでリオンを返してもらうわけにはいかず、それどころかその奇襲にてリオンは奴らの良い駒にされて、最悪そのままジャランダラ達の返り討ちにあってお陀仏だ。
だからこそ今日ここで奴らを統率する戦士長を殺害し、そして人質ごとリオンを救出するしか後がないのだ。
「私みたいになりたくないのなら、リオンやレイシアにうまく仕事を押し付けることだな」
感じているプレッシャーが顔に出てしまっていたのか、セコウはそう言って発破をかけるように俺の背中を叩いた。リオンを救出できることは既に大前提ってか。
「……そうですね、それじゃあ気張っていきましょう!」
毎度、この人には精神的に助けられるな。
ーーー
そして間も無く、俺達は森林へと足を踏み入れた。
以前のように「矢避けの加護」を纏って突っ込む……なんてことはせず、突入と同時に俺が最大出力の魔術を森の中で発動した。
ーー風刃ーー
俺の手から放たれた巨大な三日月型の風の刃が、進む先に存在する木々全てを豆腐のように切り裂きながら鬱蒼とした森の地面を太陽の下に引き摺り出していく。
この森林は中央都市と奴らの集落を隔てる天然の防壁という役割だけでなく、奴らの狩場としても生活に根付いている重要な存在だ。
それをこうして無闇に破壊されれば、集落での籠城という選択肢を放棄して慌ててこちらを潰しに出てくる。
あくまで最終的には逃げる都合上、相手の集落ど真ん中で戦うわけにはいかないからな。
「ははっ! 環境破壊は気持ちいいZOY!」
「お前も相当疲れているんだなディン……」
傍で謎の同情の目をセコウに向けられるが、構わず目につく限りの木々を切り倒す。
冒険者時代ぶりに使う魔術だが、寧ろ前より精度が上がっているな。
『ッ! 来たぞ!!!』
そこから間も無くして、アルクがそう叫ぶと同時に森の奥から飛んできた矢を大剣で弾いた。
やっとこさ迎撃が来たかといった所だが、どうやら矢の威力的にお目当てのリオンではなさそうだ。
『全員、防御体制!』
そんな俺の合図に合わせて5人が俺と背中合わせの防御陣形を作り上げ、四方八方から飛来する矢から森への攻撃に集中する俺をカバー。「矢避けの加護」を纏った精鋭5人による守りは生半可な弓兵では破れない。
となれば必然と出てくるのはその守りを崩すための前衛戦士と、その加護ごと貫通してダメージを与えられる弓兵だけだ。
そして予測通り、矢の嵐が止んだかと思えばそれと入れ替わるようにして森の奥から砲弾の如き一矢が俺達の元に迫る。
『グッッ!?』
しかしここでちょっとした想定外、リオンの一撃を受け止めたアルクだったが「矢避けの加護」では威力を殺しきれずに、そのまま矢に巻き込まれるようにしてぶっ飛ばされたことで陣形が崩壊した。
『アルク君ッ!!』
『問題ない! それよりも早く行け亜人!!!』
地べたを転がったアルクがカバーに入ろうとしたアセリアを制止して俺に檄を飛ばす。どうやら作戦に支障があるような怪我はしていない様子だ。
波を立て始めた心を鎮め、次のフェーズとして俺はラトーナに指輪の魔道具で合図を送る。
「1、2、3回……3時の方向か……!!!」
合図を送って間も無く、俺の指輪が3回青色に点滅する。
森の上空で待機していたラトーナが、リオンの放った矢の弾道を捕捉して狙撃位置を知らせてくれたのだ。
『うぉっ……!』
その直後にラトーナ、アルク、セコウによる「矢避けの加護」が一斉に俺に施されたことで、体は虹のようなオーラを纏い始めた。
——よし、ここからはスピード勝負だ。リオンが狙撃位置を大きく変える前に一手に距離を詰める。
『みんなあとは頼んだ!』
残る5人にそう言い残した俺は急ぎ磁力魔法陣を利用して空中を駆け上がり、空で待機していたラトーナに合流する。
「いらっしゃい」
「ああ! 発射、頼む!」
挨拶も早々に俺は空中で体勢を変えながら、彼女が地上の方向に向けて展開した魔法陣に足裏を合わせる。
「準備は!」
「撃て!!!」
合図と同時にラトーナが魔術を発動。
これぞ名付けて「俺自身が弾になることだ……」作戦。彼女の最大出力の「反射の呪詛」によって、俺はリオンの狙撃位置目掛けて砲弾の如く撃ち込まれ、一切の障害物やトラップを無視して殴り込むのだ。
「ッ……!!!」
発射と同時に風魔術で大気を切り裂いて、空気抵抗を極限まで減らしながらさらに加速。
着弾予定の場所に茂る木々の中からリオンの迎撃として青白く輝く矢が雨の如く飛来するも、防御は5人分の「矢避けの加護」に任せて、俺は着地の方に集中してそのまま矢の雨に突っ込む。
「うおおおおおおおおッッ——とおぉッ!!!」
そして矢の雨と枝木の中を越え、なんとか風魔術の逆噴射で減速しながらも強引に着地。
正直なところスピードを殺しきれていなかったが、ラトーナが直前に俺に施した身体強化の加護と「落馬の加護」、そして自前の強化でなんとか怪我は回避って感じだ。
とはいえ、そんな安堵を顔に出しては格好がつかないので、あくまで毅然とした態度で周囲に舞った土埃を風魔術で一掃しつつ——
「——さあ、お前を教えてくれよ」
弓に矢をつがえた状態で俺を木から見下ろすリオンに笑いかけた。
ーーー
時を同じくして、ディンを送り出した5人の周囲は、既に直接攻撃を仕掛けに出てきたフィセントマーレの戦士達との乱戦状態となっていた。
『ッ! 本当に女の戦士しかいないのだな!』
『はっ! 純人族のオマエらには認め方かろう!』
『いいや!?』
『!? 体が!——』
鍔迫り合いの中、そう吠える女戦士の1人をセコウは剣に仕込んでいた「鈍化の呪詛」を発動させ、著しく動きの鈍った相手を即座に斬り捨てる。
『私の上司も女性だ。強さに性別など関係ないさ』
『う、あ…………』
また1人と死体の山に加わる女戦士の倒れゆく様を見届けながらも、セコウは周囲の様子を確認する。
二番隊の三席の実力者であるタイラーは言わずもがな、スイレンとアルク、そして急造の人形で戦闘を行なっているアセリアも問題なく敵を撃破している。
敵の強さ自体はミーミル王国で言うところの一般階級の騎士に求められる程度なので撃破は今の戦力でもそこまで苦労しないが、たかが一民族帯がこの水準の兵士をジャブ代わりにけしかけてきた事実を前に、セコウは魔大陸を見くびっていたことを痛感していた。
『次がくるぞ!!!!!!』
そして間も無くやってきたフィセントマーレ側の第二陣。
その数は目視できる範囲で10数名、先ほどの2倍以上の人数による包囲は、まるでここからが本番とでも告げているように感じられる。
果たして持ち堪えられるのか、数によるプレッシャーを前にセコウ達の脳裏にわずかによぎり始めた不安であったが、それは1人の少女によって掻き消される。
『アルク!』
『ああ! 行ッ……けぇぇッッ!!!』
ただ一言、名を叫んでその場でジャンプしたスイレンの意図を読み取って、アルクは彼女の足裏に大剣を添え、そのまま敵目掛けてフルスイング。
『なっ——』
直後、対面していた女戦士1人の首が宙を舞い、遅れて吹き出した血飛沫によって生まれた血の池に、白鳥の如き優雅さを以てスイレンが降り立つ。
『名付けて飛天紅山……さあフィセントマーレの戦士達よ! 我が名はスイレン、誉高きスカーの巫女にして、龍脈に見初められし戦士なり! その命、惜しまぬ者からかかって来るがいい……のです!!』
そしてその優雅さを掻き消す様な馬鹿でかい声で渾身の名乗りを終えると、たじろぐ他の戦士達へと斬り掛かっていく。
そんな様子を前に、「かかってこい」とはなんのことだったのかとセコウもアセリアもタイラーも内心そう呟いていたが、それと同時にその破天荒さに当てられて無意識に士気が上昇していることからも、代表戦士たるスイレンのカリスマが伺えよう。
『隙ありだッ!』
とはいえ、スイレンもまだ28と若い上に、戦士としての経歴はまだ一桁年。
慣れない乱戦の中でわずかに生じた隙に、押されつつも洗練された連携でスイレンの猛攻を凌いでいた戦士達の1人が鋭い反撃を放つ事態が発生した。
『ッ! スイレ——!?』
間一髪。
その反撃は慌ててカバーに入ろうとしたアルクの隣を高速で駆け抜けた黒い影によって阻止された。
『なっ、あ……』
言葉にならないうめき声を上げながら、スイレンに向けて蛮刀を振りかぶっていた女戦士の上半身が下半身から滑り落ちていく。
そしてその背後には、刀を振り抜いた漆黒の骸骨人形の姿があった。
『流石アセリアなのです!』
『突っ走らないで下さいスイレンちゃん!』
反撃をカバーしてもらうと同時に、連携をとっていた他の戦士達がこの場面で見せた隙を突き返し、相手を纏めて葬り去ったスイレンは、少し離れたところでほっと胸を撫で下ろしているアセリアに、血の雨を浴びながら笑顔で手を振る。
「よく間に合ったな、今の……」
骸骨人形が見せたスピードを前に隣で目を見開くセコウに、アセリアは過去の自分に感謝した。
森林へ突入するまでの準備期間で、ディンはアセリアのフルスペックを引き出すために簡易的な構造の人形兵士を魔術で大量生産して預けようとしたが、森の様な閉鎖的な空間での大軍の運用は学園の武闘会を経てあまり有効ではないとアセリア自身感じていたことから、少数の強力な人形を運用する方針に切り替えたのだ。
その結果生産されたのが、骨格のみに身を削ったスピード特化の骨人形と、重装甲を活かして術者本体を常に護衛するゴーレム型の二体。そしてそれを操るアセリアの戦闘力はメンバーに引けを取らないものへと昇華している。
『アセリアの言うとおりだ。持久戦なのだから、いかにお前でもそのペースじゃ持たないぞ』
『ふふ〜ん、アルクは心配性なのです』
『おい頭を撫でるなッ!!』
先ほどの攻防であらかた敵も片付き、戦場に訪れた一時の休息の中でやいのやいのとじゃれ合うアルクとスイレンを中心に、和やかな空気が広がる。
——しかし、そんな空気は彼らの頭上に突如として出現した巨石によって打ち壊される。
『ッッ!? 2人と——』
アセリアが叫ぶ間も無く、現れた巨石は2人を押し潰して周囲に衝撃波を撒き散らす。
『死ぬかと思ったのです……!』
『全くだな——ッ!?』
ギリギリのところで巨石の影から飛び退いて圧死を回避した2人だが、一息つく間も無く再び頭上に巨石が出現する。
『しつこいの……ですッ!』
しかし二度目は頭上の巨石が空中にあるうちにスイレンが一太刀にて両断。
そこから巨石による追撃はピタリと止んで、それと入れ替わるようにして森の奥から更なる敵が姿を表す。
『ほほう? スカーは生娘を戦場に送るほど落ちぶれたのかと思っていたが、存外にやるねぇ……アンタ』
艶めく黒髪を靡かせながら、蛮刀をその逞しい肩に背負った褐色肌の女性が多くの戦士と一人の老婆を引き連れてスイレンに対峙する。
『あなた……代表戦士、ですね』
『ふん、そうだよ。アタイが親玉さ——っおっと!?』
スイレンの問いかけに長の女が答えた直後、アルクが凄まじい速度で女に斬りかかる。
『死ね、フィセントマーレぇぇぇぇぇ!!!』
『ふんっ、行儀の悪い坊やだねぇっ!!!』
漆黒の大剣と紫紺の蛮刀の間に散った火花が、激戦の開幕を派手に告げるのだった。
ちなみに、スイレンの武器は七支刀みたいな感じの剣です。私は読者の年齢層知らないので、万人に共通ので例えるとメ◯ナイトみたいな剣っていうとわかりやすいでしょうか。本作っていくつくらいの方が読んでるのでしょうか。
あ、次回は明日か明後日に出します。うまトマブーストでテンポ上げてきます。