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第229話 密林を越えて⑧


 そして出発の朝がやってきた。

 結局ラトーナに関して悪い想像ばかりしてしまってまた満足な睡眠は取れなかったが、昨日はトレーニングも控えて観光という名のリフレッシュに専念したし、フルーツも少し食べれたのでコンディションは最悪ではない。


『気いつけてな? ラトーナはんにも宜しゅう頼むわ〜!』


 想像よりも多く集まった見送りの先頭に立つカタクリが手を差し出してきたので、グッと握り返す。


『次はクロハを連れて遊びに来ます』


『そらええわ! ついでに子供も——』


『あの子とはそういう関係じゃないです』


『だははは! 冗談やわ冗談! 婿でもええんよ?』


『はいはい、検討しておきますよお義父さん……なんちって』


『『だははははははは』』


 くだらない会話を交わす裏で、ひしひしと罪悪感が募る。

 本当はこの里から戦力を借りるためにも代表戦士のスイレンやラトーナが「フィセントマーレ」の連中に拘束されている可能性が高いことを伝えたかったのだが、アルクにそれだけはやめて欲しいと懇願されたので断念したからだ。

 正直、アイツの頼みというだけなら却下したが、里の様子を実際見てみるとアスガルズ神聖国との戦争の傷跡が顕著に残っているようで、俺たちを歓迎する裏でそう言った薄暗い事情も見受けられただけに頼むに頼めなかった。


『治療してくださり感謝申し上げます。ことがひと段落したら、何かお返しさせてください』


『ええよええよ、困った時はお互いさんや』


『命を救っていただいたのに、そういうわけには……』


『ほんなら、クロハになんか買てやってや。オッチャンらはあん子になんもしてやれへんからなぁ』


『……わかりました。そうします』


 アセリアの挨拶も済み、残るはアルクだが……


『アルクちゃんも、気ぃつけてな?』


 一瞬の静寂が訪れた後、カタクリが恐る恐ると言った様子で声をかけたが、アルクはそれに軽い会釈を以て応えるだけだった。

 

『それでは、本当にありがとうございました!』


 せっかくの所でぎこちない空気は嫌だったので強引に会話を切り上げ、俺達は里の人々に深く頭を下げて背を向けた。


 かなり足踏みをしてしまったが、体勢は立て直した。ここからは最大速度で目的達成に向けて動いていくつもりだ。

 が、その前に……


『おいアルク』


 里の見送りから少し離れた時点で俺は足を止めた。


『なんだ』


 心底不快そうにこちらに目線だけを向けるアルクに対し、俺も俺で気恥ずかしさから顔を逸らしながら昨日から言おうとしてたことを口にする。


『お前を愛してくれる人はいるか?』


『どういう意味だ……』


『人に愛されるには何かしら努力だったり、対価が必要だよな。例えば身なりに気を使ったり地位を高めたり……まあ、そう簡単なことじゃない』


『だから何が言いたい……!』


『いやだから……なんつーか、えっと……む、無償の愛情をくれるのは親だけだって話だよ』


『……俺は親の顔を知らない』


『はぁ、誰も産みの親とは言ってねーよ。お前にだって親と呼べるような人間はいるだろ、他人の俺が知ってるのにお前が知らないわけねぇよな』


 そこまで言ってようやくわかったのか、アルクはわかりやすく目を見開いた。


『俺も9歳ん時に色々あって急に親から離れることになって割とここ最近に再開したけど、めちゃくちゃ心配かけてたんだなって申し訳なさが凄かったよ。まさかそこまで大事にされてるんだなんてな、こんな俺でもさ』


 昨日散々考えたのに結局ぐだぐだになってしまったし、もう面倒くさいので直球で行こう。


『3分間待ってやる。その間にちゃんと挨拶してこい』


『でも、俺は……』


『良いから行け、ちゃんと目を合わせて「行ってきます」って言うだけで違うんだよ。はい、いーち、にーぃ、さーん——』


『わ、わかった行く! 強引な奴め……』


 強引に突き飛ばされて渋々と里の方へ引き返すアルクの背を見て、胸につかえていたものが1つ取れた気がした。

 あと、なんか話の途中でグラサンが似合う大佐が脳裏をよぎったが……気のせいにしておこう。


『見直しましたよディン君』


 事の顛末を静かに見ていたアセリアが、俺の視界の端からひょっこりと現れて顔を覗き込んできた。


『なんですかそれ、さっきまで見損なってたって事ですか?』


『たしかにこの表現は正しくないですね。うーん……じゃあ、もっと好きになったと言っておきましょうか』


『ッ……それはなんというか、恐縮です』


 不覚にも二重の意味でドキッとしたわ。

 この人の場合、わざとなのか無意識なのかマジでわかりにくいんだよな。

 ——いや、仮に無意識だからなんだ。俺はラトーナの夫、誰がなんと言おうとラトーナの夫なんだ……これは浮気ではない。


『良い子良い子〜です』


『ちょっ、勘弁して下さい子供じゃないんだから』


 頭にそっと添えられた手を払うと、彼女はツンと口元を尖らせた。

 ……やっぱ短めの髪も結構似合うな、雰囲気が段違いに明るく見える。そしてこれは浮気ではない。敢えて俺の師匠シュバリエ風にいうなら、花をめでただけだ。


『私は大人にも褒めてくれる人がいるべきだと思いますけどね』


『それは否定しませんが、やり方ってもんがあるでしょ……』


『あ、アルク君が戻ってきましたよ!』


 いや聞けよ。


『待たせたな』


 駆け足で戻ってきたアルクに言いたいことは言えたのか尋ねると、どこかスッキリとしたような様子で頷いてきた。相変わらずわかりやすいやつだ。

 

『じゃあ気ぃ引き締めろ。ここからは助けてやんねーからな』


『はっ、言われなくても!』


 アルクと仲が良くなったつもりじゃないし、そのつもりもないが、なんとなく今のやり取りは小気味良かった。


ーーー

 

 『スカー』の里を出てから3日、俺達は遂に魔大国連盟の中央都市に到着した。


 乱立する複数の種族帯の調停役とも言える役割を果たしてきた都市というだけあって、その街の規模は『スカー』の里の比ではない。

 中央には古代メソポタミアにありそうな神殿のようなランドマークが聳え、それを中心に水路や石造りの建築物が並ぶ非常に近代的な街だ。


 魔族の大都市というだけにもっと禍々しい姿を浮かべていたが緑も多く、なんなら建物と植物が一体化しているようなところもあって、どちらかと言えば『ポスト・アポカリプス』的な雰囲気が強い。

 俺……というか大半のオタクなら好きだと思うよ、この街。


『あれは王宮だよな? 随分と変わった形だな……』


 非常に興味深い街だが、やはり目に留まるのはあの中央の建造物だ。

 位置的に王宮なのはわかるが、ピラミッドよりのその見た目はどう見ても城としての役割を果たせるようには思えない。


『アレは言う通り王宮だ。何であの形状なのかは知らない』


『そうだよな、学がなさそうだもんな』


『お前だって知らないだろ』


 ガイドとして何の役にも立ってないアルクは置いておき、まずは王宮を目指す事だな。

 あそこにいけば逸れていた他の仲間との合流が見込める。セコウやルーデルが居れば最高なのだが、この際2番隊の騎士達でも良い。とにかくラトーナ(ついでにリオン)の救出のための戦力を1人でも増やしたい。

 そう思っていたのだが……


『え、誰も来てない!?』


『申し上げた通りです。この数日で純人の方々がここに訪れた連絡など入っておりません』


 まさかの合流者ゼロで門前払い。

 取らぬ狸の皮算用と言って仕舞えばそれまでだが、さすがに追加戦力ゼロは全く想定していなかった俺は頭が真っ白になってしまった。


『で、いつ攻めいるんだ』


 王宮からの帰りにふらりと酒場に立ち寄り、席についた矢先にアルクが何処か落ち着かない様子でそう言った。

 たった3人で攻めるわけないだろ、なんて当たり前のツッコミもする余裕が今の俺にはない。

 くそ、こんな事なら心を鬼にして『スカー』の集落から戦力を借りるんだった……


『気持ちはわかりますが、あと2日ほどは待機しましょう。ギリギリまで我々の仲間と合流を目指した方が良いです』


 放心状態の俺を見かねてか、アセリアが予定を修正してくれた。

 アルクは反対して騒ぐかと思ったが、意外にも大人しくその案を受け入れた。


『と、とりあえず移動の疲れもあるでしょうし今日は休みましょう! 私はここで少し情報を集めますので……』


 そんなアセリアの提案に従い、俺とアルクはこの酒場の宿を借りて一休みすることにした。


ーーー


「ディン君起きてください!!!」


「んふがっ!!?」


 アセリアが部屋の扉を思い切り開いた音で飛び起きた。

 窓の外をチラリと見れば暗闇。しまった、どうやら夜まで寝落ちしてしまっていたようだ。


「ん、なんか外が騒がしくないですか?」


「近くで戦闘が起きているみたいです! しかもアルク君がそこに飛んで行っちゃいました!」


 まーたアイツの独断専行か、どうして最悪というのはこうも重なるものなのだろうか……

 

「俺が出ます、先輩は待機を——」


「いいえ、私も行きます!」


 正直アセリアにはお留守番していて欲しかったが、引き下がってくそうにもないので諦める。

 そして頼むからこれ以上の面倒ごとは勘弁してくれと祈りつつ、俺達は騒ぎの方へ急行した。


ーーー


 魔大国連盟中央都市の一角において勃発した争いは、瞬く間に騒ぎとなって都市中を駆け巡った。


 竜人族を中心とする「ルエラーク」一派と、虫人族中心の「ファージャー」一派、10人以上の大所帯を受け入れられる宿というのも限られていることから、そこに集団の宿泊場所が被ること自体はそこまで珍しくない。

 本来なら一触即発ではあるが、ジャランダラによって中央都市に被害を与えること自体にもペナルティが課されると伝えられていたことから、互いに一族の地位を賭けている立場を重んじて本戦までは不干渉を貫く姿勢を見せていたのだが……その均衡はたった1本の矢によって崩された。


『おどれらぁ、大人しくしちょるように見せかけて不意打ちの狙撃たぁ、ええ心掛けやのぉ?』


『取り消セ、我々はそのような玩具に頼らナイ』


『ふかしてんとちゃうぞボケがッ! 親父の部屋ぁ知っとんのはおどれらぐらいじゃろうがッ!!!』


 事の始まりは、「ルエラーク」の代表戦士であるバッカーの部屋に突然撃ち込まれた1本の矢、それは王都南の密林集落の長耳族が「フィセントマーレ」の指示によって行った超長距離狙撃であるのだが、そのような神技を持つ戦士がいることを想定できる者はいない。

 片や襲撃を受けたと思う「ルエラーク」と、体の良い理由を用意して喧嘩を売ってこられたと考える「ファージャー」のすれ違いによって、誰も黒幕の目論見に気づかぬままたちまちに数十人規模の戦闘へと発展した。


 そしてその騒ぎをいち早く察知し、乱入する青年がいた。


『なんダ!!?』

『親父! またあの大剣使いじゃ!!!』

『おどれ性懲りも無く!!!』


 乱戦の中心にいる代表戦士達の元目掛けて一直線に猛進する青年……アルクを前に両陣営の部下達が戦闘を中断して立ち塞がるが、炎刻印を利用した跳躍によってアルクは一息でそれらの頭上を越えて乱戦の中心へと飛び込む。


『おおおおおおおおッ!!!!!』


 元々、大剣に付与エンチャントする形で炎を利用していたアルクであったが、ディンの「魔術で一挙手一投足を補助する」という闘法を参考に炎刻印の放出を身体の動作に合わせるこでその身体能力を引き上げることに成功。

 そしてアセリアの回復を待つ間にその力をモノにしたアルクの一撃が、2人の代表戦士に向けて今、振り下ろされた。


『ッ!!!?』

 

『おまっ!? なんじゃこりゃぁッ!!?』


 数多の猛者の中から選出された戦士ということもあって、両名は頭上から降り注いだアルクの落下斬りを躱すが、そのまま空振って石造りの大通りに巨大なクレーターを作り出したアルクの一撃にどちらも目を見開いた。


『チッ、避けるな!』


『避けん奴がおるかボケがぁッ!?』

『顔見知りカ?』

『トンガスの代表名乗る不審者じゃ』


『それはおかしいナ、なぜなら——』


『よそ見とはいい度胸だ!!!』


 奇襲したにも関わらず自身を蚊帳の外にして会話する2人に、アルクは肉薄して再び全力の一撃を叩き込む。

 虫人のゲバルンは軽快なバックステップで素早くそれを躱し、片や竜人のバッカーは器用にも槍の穂先で大剣の横薙ぎを打ち落とした。


『ッ……!!!』


『相変わらず単調やのぉ!?』


 至近距離でアルクとバッカーの視線がぶつかる。

 大剣を撃ち落とされ前傾に崩れたアルクに対し、最小限の動きで防御したバッカーの方が一手速い。

 本来ならば刻印の障壁魔術で咄嗟に防御を行うが、バッカーの槍は防御を貫通することを覚えていたアルクはやむを得ず大剣を捨てて強引にその場から距離を取った。


『甘いわ!』


 しかしバッカーとて歴戦。それすらも予想の範囲内で、カウンターを即座に中断して接近に動きを切り替える……が——


『ぬおっ!?』


 丸腰のアルクに肉薄しようとしたバッカーの足元に数発の『弾丸』が撃ち込まれたことで、已む無くそれを中断し、射撃の主の方へと警戒を切り替えた。


『やっとこさ顔出しよったな? 銀色の亜人』


 月をバックに建物の屋根から戦場を見下ろす銀髪の亜人……ディンの到着に、バッカーは頰を吊り上げた。

次回も投稿は早めかと思います。あと20話くらいでこの章を終わるので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。6月あたりまでに何とか書き切りたいのでヨシヨシして欲しいな! 「私みたいなおばさんのどこが良いの?」って自嘲するアラサーのダウナーOLのやや散らかった自室で、生々しい緊張感の中で膝枕してもらいながらヨシヨシして欲しいな! 先生、俺死にたいんすよ

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