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第228話 密林を越えて⑦


 戸が地面を重く擦る音と共に、暗闇に僅かな月明かりが差し込む。


『何の用だアセリア』


 戸の先に立つ月明かりを背にしたアセリアに、アルクは暗闇の中で背を向けたまま問いかけた。


『よくわかりましたね』


『……これくらい戦士ならわかる。それと俺は疲れてる、早く要件を言って帰ってくれ』


『む、今日はいつになく冷たいですね……病み上がりの女の子にかける言葉が違うのではないですか?』


 妙に浮ついた声音と共にアセリアが暗闇に踏み込む足音が一つ、また一つ。


『ッ……来るな———ぇ……?』


 迫り来る干渉の気配を払い除けようとしたアルクは、振り向いてすぐにその言葉を失った。


『髪……どうしたんだ……』


『邪魔なんで切っちゃいました……似合ってますか? なんちゃって……』


 床に直で座り込んだまま呆然とするアルクと、引き攣った笑顔で毛先を指に巻くアセリア。

 形容し難い凝り固まった空気の中、それに耐えかねたアセリアは咳払いをして会話を強引に続けることにした。


『ええっと、要件でしたよね? お願いがあって来ました』


『……?』


『単刀直入に言いますと、ディン君の弟子になってあげて欲しいんです』


『帰ってくれ』


 アセリアの言葉に目尻を吊り上げたアルクは立ち上がって背を向け、怒声にも似た声を上げる。

 

『なぜ俺がそんなことをしなければならない…………お前を置いて一人で行こうとしたことへの意趣返しか? アイツに負けたとは言え、お前にまで従うと約束した覚えはないぞ』


 敗北の屈辱、アセリアへの後ろめたさを覆い隠そうとする裏返しか、アルクは早口で捲し立て、そして息を切らす。

 

『……大体、あんな奴に学ぶことなんてない。戦闘法もそうだが、俺はアイツのように物事を都合良く考えていない』


『それは……違うと思います』


『何が違う? 万全がどうたらと悠長に準備してる間に人質が殺されない保証がどこにある。それに、聞いた限りではアイツの妻の方が人質としての価値が高い。スイレンはもういないかもしれないッ……!!!』


『そうですね、アルク君の考えは正しいです』


『なら何故ッ——』


『どちらも正しい、ただディン君とアルク君は恐れている事が違うだけで、本質的に二人はよく似ていると私は感じます』


『俺と、アイツが……?』


『ディン君はですね、ラトーナちゃんを手に入れるために一国を相手に大立ち回りをした人なんですよ?』


『は? 一国? 一国って、一国か?』


『そうですよ、その国の王子とラトーナちゃんが婚約したことを知った途端です、役目も立場も放り出して一人で飛び出していってしまったんです』


『…………それほどのことが出来るなら何故……』


『ラトーナちゃんを取り戻すことが出来たのは彼一人の力じゃありません。本人も言っていましたが、数々の奇跡と助力してくれた友人達あっての結果だそうです』


『……』


『アルク君の意見には、多分ディン君自身が1番共感しているはずです。だからこそ彼は過去の自分に重なるアルク君を真っ向から否定して、当時の反省を生かそうとしているんだと思うんです』


『だから俺とアイツの本質は同じ……そう言いたいのか』


『はい。違いますか?』


 見透かすようなアセリアの問い返しを前にアルクはしばらく口をつぐみ、今更素直になれるかと話題を逸らす。


『……それで、その話の流れでどうして俺がアイツの弟子になるなんて話になる』


『それは結構簡単な話です。単に二人の仲が悪すぎるので、無理やり新しい関係性を構築してしまおうかと思いまして。彼はああ見えて身内には超が付くほど甘いので』


『ふんッ、話にならな——』


『そして、ディン君もまたアルク君と同じように魔術師でありながら戦士の領域に挑む人だからですよ』


 茶化すように笑いながら語るアセリアとの会話を切り捨てようとした直後、思いもよらぬ彼女の発言によりアルクはその表情を一変させた。


『なんで……それを知ってる……』


 自身が纏うペルソナを唐突に剥がされたアルクは途端に取り繕うことが出来なくなり、本来の弱々しい声音を隠せないままその見解に至った要因を尋ねた。


『アルク君が魔術師でありながら戦士のように振る舞っているという話ですか? これはディン君の推測です』


『……』


『最初はその不可解な行動に私も少し不信感を抱いていましたが、先ほどの決闘の経緯を聞いたことでなんとなく察しはつきました』


 今にも泣き出しそうな赤子を宥めるような声音で語るアセリアは座り込んで俯いたアルクの前にしゃがみ込み、そして一呼吸置くと共に彼の顎を指先で引き上げる。


『全てをわかったつもりではありませんが、これだけは言いましょう、今の貴方では絶対に望んでいる姿にはなれません。人の急激な成長には理解者が不可欠です、アルク君には必ずディン君という存在が必要になります』


『ッ……』


 鎧の裏に隠した全てすら覗き込もうとしてくるアセリアの瞳にアルクは思わず吸い込まれそうになりながらも、気づけばその言葉に聞き入っていた。


 アルク自身、今のままの自分の力では目標に届きそうにない事は、先ほどの決闘の結果から見ても理解している。

 そしてアセリアの言葉に従えば確かに最短で結果に至れるような予感も感じている。

 予感はするのだが……


ーーごめんね、私はもう踊らないんだーー


 しかし、この地でのかつての記憶が溶けかけていた彼の心を再び凍らせる。


『俺は……』


 何があってもずっと一緒にいられる、そう思っていた存在が離れていくその瞬間、自分はそれを追いかける資格すら持っていなかった。

 誰も助けてくれなかった、だから自力で強くなる道を選んだ。そしてここまで来た。

 自分と似たディンが望みを叶えられたのなら、自分だってそうしなければ一人前以下だ。

 アルクはそう自分に言い聞かせる。

 

『俺は、俺は一人でやれる……』

 

 結局、意固地な態度を貫いたアルクではあったがアセリアはそれも見越していたかのように余裕な笑みで部屋から去る。


『その気になればいつでも言ってください。私も協力を惜しみませんから』


 誰もいなくなった部屋の暗がりの中、立てかけている大剣にアルクは一人問いかけた。


『……これで、良いんだよな』


『……』


 大剣は答えない。

 しかしそんな主人アルクの葛藤は、たしかに大剣の中枢に眠る魂の礎として刻まれていくのだった。


ーーー

【ディン視点】


「うぅ……うるさい……」


 決闘の翌朝、俺は勝利の余韻と共に窓から差し込む朝日の中で気持ちよく目覚め……られなかった。

 ただでさえラトーナの心配でろくに寝れなかったのに、ようやく眠れたかと思えばこの山岳地帯に生息しているとされる怪鳥の鳴き声で無理やり叩き起こされた。


『あん鳥さんは鳴き声を山に反響させて、その音を頼りに借りをするんや。いつも決まった時間に泣いてくれるもんやからウチらも世話になっとるわ〜』


 指輪でラトーナの生存確認と朝のストレッチを終えたあと、俺を起こしにきたカタクリがそんな生活事情を教えてくれた。

 危なかった、それを聞いてなきゃ即刻撃ち落としに行くところだった……


『ほんで、ディンはんは今日は何して過ごす予定なん?』


『そうですね〜特にやることもないので、クロハの故郷を観光しようかなと』


『おお! ほんなら何でも見てってな、あん子にたくさん土産話持って帰ってやり〜』


『はい!』


 というわけで、俺はこの集落の気になるところをカタクリの案内で片っ端から歩くことにした。


 この里の良いところは何と言っても風通しの良さだな。よくあるベンチャー企業の謳い文句的なアレじゃないぞ?

 単純に吊り橋での移動が多く、谷に吹く風を全身で浴びることが出来るからだ。 


 前世だったら絶対こんな常時紐なしバンジーのリスクを抱えた里を歩き回るなんて絶対やらんが、今の俺ならある程度空中移動が出来るので何とか正気を保っていられる。


『しかしまあ、どうして貴方がたはこの場所に集落を作ろうと思ったんですか? なにかと不便そうですが……』


 ふと浮かんだ疑問を、隣を歩くカタクリにぶつけた。

 たしかにこの風は心地良いが、それだけでこんな切り立った崖の側面に無理矢理家を建てようなんて俺なら考えない。魔大国なら他にも土地は余ってそうだしな。


『ディンはんは龍脈って知ってはるやろか』


『はい、龍脈術も修めてます』


『ほんなら龍脈の説明は省くとして、ウチらはその龍脈から過剰に魔力を取り込んでまう体なんよ、やから龍脈の影響が少ないこの地にウチらの先祖は集落を築いたっちゅーことやね』


『……ホントだ、言われてみればここら辺は龍脈が弱いですね』


『せや、どうにもここらの龍脈は山に眠る魔石の種に魔力を取られてもうてるらしいねんな』


『ちなみに、体内の魔力が飽和するとどうなるんです?』


『力が強ぉなるけど、同時に気性も荒なって下手な魔物より危険な存在になるわ。同士討ちなんて起きだすかもしれへんな』


 それ、クロハは大丈夫なんだろうか……

 ミーミル王国はこの魔大陸ほど強い龍脈は無いが、もし彼女も今回の任務に同行してたら……


『ディンはん、クロハの角の大きさってわかる?』


『え、あー……小指よりも短いです』


『なら心配の必要はなさそうやな』


 俺の不安を読み取ったのか、カタクリは鬼族の角について話してくれた。

 なんでも、龍脈から魔力を取り込む量は角の長さや大きさに比例しているらしく、角が小さいクロハは過剰に龍脈を吸うことは出来ないのでどこの土地でもやっていけるらしい。

 ほっとして思わずデカいため息が漏れた。あの子が暴走してスーパーデストロイヤークロハとかになったらどうしようかと……


『良かったですよ……』


 一時雲行きが怪しくはなったものの、その後も散策を楽しんだ。

 意外だったのは、この集落は農耕もやってることだ。これほどの山岳地帯なので狩猟がメインかと思ったが、彼ら鬼族と同じように強い龍脈に適応出来ない植物が集中するので収穫は盛んだそうだ。

 特にイチゴみたいな味のやつが美味かった。全くなかった食欲が戻るくらいにはな。

 ここのモノなら野菜嫌いのクロハも食べてくれそうだし、何とかして持って帰れないかな。


 そんな調子で集落をあらかた周った頃、ちょうど狩から帰ってきた集団を発見したのだが、少し変わったことをやっていた。


『彼らは何をしてるんですか?』


 鹿のような生き物の死体の前で合掌している露出が多めな3人の女性と、それを前に戦士達が跪いて祈るように目を閉じている光景。あの女性達は昨日の宴会で踊り子をやっていた記憶があったが、本職はこっちなのだろうか。


『巫女さんらがご先祖様に報告してくれとるんやで。狩とて命懸けやからな、その前後には龍脈に溶け込んだご先祖様に安全祈願とその感謝を伝えなあかんのや』

 

『へ〜巫女さん! 彼女らは龍脈に触れて平気なんですか?』 


『あん子らは特別や。オッチャンの娘ほどやないけど、龍脈に強いから触れても気ぃ狂わんねん』


『娘さん……たしかスイレンさんでしたよね、戦士なのに巫女もやってるんですか?』


『いーや、巫女だったんは昔の話や。懐いなぁ……あんころはアルクちゃんも可愛い顔しとったわ』

 

『……気になってたんですが、アルクとこの里はどういう関係なんですか?』


 アイツは移動民族の出身地と言っていたからこの里の守衛と面識くらいはあっても違和感がなかったが、里の副代表であるカタクリとも面識があるし、それどころカタクリはアルクを旧友のように語っているように聞こえるので気になる。

 やはり経歴を偽っているのだろうか、非常に怪しい。


『アルクちゃんが「トンガス」の出身なんは知ってはる?』


『はい』


『「トンガス」は六つの集落と物々交換しながらこの地を回ってんねや、んでアルクちゃんはそん人らの忘れもんや』


『ん? はい? 忘れもの……?』


『大体15年くらい前やったかな? 交換した荷物ん中にまだ2歳くらいの赤ん坊が入っとったんよぉ』


 つまり生まれは違うが育ちはこの里で、アルク本人の言ってることは嘘ではなかったのか。

 

『昔はスイレンと後をチョコチョコ付いてってたのに、なんやしばらく会わん内に男前になったわな……』


『しばらく?』


『ん? あぁ、アルクちゃんは5年前に里から出てってしもてな? なんちゅーか、まあ……気ぃ遣わせてしもてたんやろなって』


『……』


『なーんてな!? すまんなぁお客にこんな辛気臭い話してもうて! だははは!』


 大袈裟に笑うカタクリの傍で、俺は遠く離れた地の両親達を思い浮かべていた。

 なにやら怪しい経歴に見えたアルクの全容が見えたと同時に、この里にいる内にやらなきゃいけないことが一つ出来た。


 そのことを考えつつ今日はひとしきり観光を楽しんで気を紛らわし、そして出発の朝を迎えるのだった。


 ストックはあるので次回の更新は早めです。

 最近更新してないのは私の病み気だからです。優しくしてくれなきゃやーやーなの!(かわいい)

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